06 いろいろと話さなきゃいけないことがあるんじゃない?
「え?あの人、ハルさんのこと『京介様』って…。」
「え?…うん、そのあたりのことも、纏めて話をするよ。」
俺は今更ながらにこの3人には、鴨川京介という名前を使っていなかったことに気付いた。
この3人が認知している俺の名前は『根岸波瑠』だ。こっちが俺の本名なんだけどね。
最も『鴨川京介』もすでに戸籍もあって、実在の人物になってるんだけど…。
…あぁ、失敗したな。涼子ちゃんたちにも、徹底しておけばよかったな。
これって輝乃あたりは気づいていたはずだよな…。ひょっとして業と仕掛けられたかな。
万眼鏡から下手な口笛が聞こえてきた。…まったく。俺にどうしろっていうんだよ。
俺たちは中2階のステージの、正面にあたるVIP席に陣取った。ここからならステージもよく見えるし、下の喧騒も少し聞こえずらくなる。実は遮音の結界が緩く貼ってあるんだけど、違和感のない程度なので気づく人もいないと思う。
「う~ん、どこから話すかな。まずはビールで乾杯しようか。」
俺はとりあえず時間稼ぎをしつつ、頭の中でどう説明するかを組み立てていた。
「ハルさん。一体京都に移ってから何してはったん?」
「うん。順序立てて話をするよ。まずは乾杯ね。」
そういいながら、俺はジョッキを打ち鳴らし、どこまで話すべきなのかを決めあぐねていた。
…う~ん。3人とも鑑定で見た結果と人柄を考えると、ここで全部話してしまっても問題ないかな。
でもな…。確実に首突っ込んでくるよな。…う~ん。
俺はビールを一口飲んでから切り出した。
「まず、今日ここで見たこと、聞いたことは内緒にしておいてくれるかな?そうじゃないと話せないことも結構あるんだ。」
「え?ハルさん。ひょっとして犯罪めいたことしてるの?」
「いやいや、別に犯罪ってことじゃないんだけど、俺の秘密にかかわることって感じかな。どう?約束できる?」
俺は3人を見回した。
「はい。私は約束できます。ハルさんの秘密を絶対しゃべりません。」
千春ちゃんは右手を勢いよくあげて、すぐさま返事をした。
「私も絶対にしゃべりません。ハルさんと秘密を共有できるなんて…。」
沙織ちゃんは、なぜかちょっとうっとりした顔で俺を見つめてきた。
…う、おじさんは打たれ弱いんだよ。そんなまなざしで見られたら意識して顔が赤くなっちゃうじゃないか。
「いやいや、顔赤こうしてる場合ちゃうで、ハルさん。秘密って何や?ハルさんが嫌がるんやったら、絶対人に話さんのは約束できるけど…。ちょっと聞くの、怖いな。」
そういって社長も同意してくれた。
これで一応言質は取った。
「うん。ありがとね。それじゃまず、ここ半年ほどで起こった俺のことを順序立てて話すね。」
俺はビールを飲みながら、話をしだした。途中、いろいろと料理を持って来てくれた。
「まずさっきの京介って名前のことからかな。俺の名前は根岸波瑠ってことはもちろん知ってると思う。でも、俺は他の名前もいろいろ使ってたんだよね。」
「どういうこと?よく犯罪者なんかが使う偽名ってこと?」
「うん、偽名で合ってるんだけど何か犯罪をするために偽名を使ってたんじゃないんだよ。夜の街限定でその地方ごとに名前を作って遊んでたんだ。社長は覚えてるかな?あの県庁の会議室でキャバクラのねーちゃんからの留守電再生して大爆笑買ったの。あれぐらいの頃から偽名と別の携帯をもって夜遊びに行くときはそっちの名刺を出してたんだよ。」
「女の子にエッチして、偽名使って遊んでたってことですか?」
沙織ちゃん、飲むペース早えーよ。もう目が座っちゃってるじゃない。え?酔ってるわけじゃない?じゃ、なんでそんな目してるの?
「いやいや、人聞きの悪い。遊びに行くときは遊びに行くときで、割り切って遊ぶための名前と電話を持ってたってだけだから。別に騙してエッチしてたわけじゃないからね。俺は健全に飲み歩いてたの。」
俺は身の潔白を主張した。しかし、裁判官は3人とも俺に『ギルティ』と判決を下した。
「まあ、いいや。それで俺は京都では『鴨川京介』って名前で通してたんだ。もちろん仕事の上では『根岸波瑠』だけどね。飲み屋の店の女の子が使う源氏名と、おんなじ感覚なんだけどね。どうせ名前は記号でしかないし、その名前が本名かどうかなんてだれも気にしないからね。」
「まあ、確かにそうなんやけど。まあ、ええわ。それでなんで『京介様』って『様』づけなんだよ。」
社長、いいところに気が付くね。最も俺にとってはもう一つ深みにはまる話題なんだが…。
「あぁ、言い忘れてたけど、俺、ここのオーナーなんだ。」
「「「ええ!?」」」
うん、そうだよな。つい最近までイベントプランナーの仕事してて、どっから店のオーナーになるかっちゅう話やからな。うん、気持ちはわかるよ、気持ちは。
「ついでに言うと、このビルのオーナーでもある。名義は『鴨川京介』だけどね。」
3人とも放心状態のようだ。しばらく放っておこう。
お、このボーボー鳥の手羽先、おいしいね。こっちのオークのサイコロステーキもなかなか食べ応えあってうまいな。さすが涼子ちゃんだね。あ、ビールお代わり。
…えっと、みんなの分も頼んでおこう。
俺はひとしきり食べて飲んでいた。
3人も放心状態から我に返った後ビールを飲みながら俺と同じように食べだした。
うん、うまいよね、これ。
ひとしきり食べ終わった後
「・・・じゃねえよ。飲んで食ってる場合じゃねーよ。どうやったら店とビルのオーナーなんかになれんだよ。あれから半年しか経ってないんやで。」
「そりゃそうなるわな。うん。今の偽名でこのビルのオーナーだって話は、今の俺を説明するほんのちょっとの一部分にしかすぎないんだ。」
「え?まだ、驚くような話があるんかいな。」
「うん、たぶん質問攻めにあうぐらい驚くと思うけど、まずは一通り話をするから、ちょっと落ち着いて聞いてな。あとで質問は全部聞くから。」
俺はそれから、半年前に眼鏡を買いに行ったときから、この店をオープンしたことまでを、できるだけ細かく説明していった。
しばらく放心状態から帰ってこない3人。
…うん、わかるよ、わかる。俺が他人からこんな話聞いたら『こいつバカなんじゃね?』って気になるのもよくわかる。でも本当なんだよな~、この話って。
俺はその証明の一つとして店のスタッフを呼んで尻尾を触らせてみた。
この子は猫の眷属でサブマネージャーやってくれてる小夜ちゃんだったな。
尻尾撫でられてうっとり気持ちよさそうだ。社長が触った時だけ、なんかいやそうだったけど。
うん、ごほん。社長がいきなり急き込んだ。