プロローグ
*
暗く冷たい石蔵に、天使の羽が落ちている。
ひとつふたつの類ではない。落ちているのは翼そのものだ。部位としての、一対の「それ」が根元から落ちていた。
その崇高な純白が赤々と染まっているのを見れば、人為的に切断されたのだと分かる。
「あああっ!! ふ、う――――っ、くは……ッあ……ぐぅあ――ぅ」
痛みに吠え、弱々しく呻く声は少女のものだ。
嗚咽には血が混じり、滲む汗に涙が解け、それらが髪を伝って静かに流れる。寒さと痛みに身を震わせ、ガチガチと歯を鳴らす。
幼さを残してはいるが天使に相応しい端麗さと清楚を持ち合わせているその顔を、どろどろで真っ黒な感情に満ちた醜悪な表情へ変えていた。
「ああクソッ――ッ、……クソったれ――が……」
神聖な存在である自身に似合わぬ汚言を吐く。
それは自分の行った行為の愚かさにに向けているものであり、同時に世の中の不便さ理不尽さに向けているものでもあった。
既に天使たる彼女の背中に翼はない。ついていたものは既に足元に転がり、当然それらはぴくりとも動こうとはしなかった。
彼女にあるのは「それがあった」というだけの名残が、血に塗れながら肩甲骨辺りにこびりついているだけだ。
「――――――」
息を切らして壁にもたれる。最早、目の焦点は合っていない。
激痛で気を失いそうだった。天使にとってその象徴ともなる翼は文字通り力の源であり、故に内臓に等しい重要器官である。とにかく尋常なことではない。
基本的に、天使はそう簡単に死にはしないが、堕天使は別だ。神聖な加護を失った存在は下界の生物とまではいかないが、それに迫るほどには脆くなってしまう。そうなれば、普段加護を前提にして生きてきたような、基本的な身の守り方を知らない天使たちなど、早々に命を落とす。「死」というのもよく知らないままに。
通常、堕ちた天使は下界の生物として暮らすか、悪魔の加護を得ることでとりあえずの平穏を得る。が、彼女はまだ堕ちたばかりだった。
身の振り方など知ってはいない。それを教えてくれる輩なども居ない。
ただ一つだけ知っていたことは、下界で生きていくのに『天使の羽はとても邪魔になる』ということだけだったのだ。
*
大陸で三番目の大きさを誇る都市、帝都オルグリオンは寒冷期の半ばに入っていた。
内陸に位置する此処は、寒冷期には北から入る湿気を含んだ風によって大量の雪が降る豪雪地帯だ。であれば通常、人は集まらないのが道理だろう。
しかしながらオルグリオンは魔術と科学によって栄えた町。雪雲を誘導して一定の場所で降らせ、そこに設置された大型の魔導術式で溶かして生活用水や農業用水とする。作られた水は水道によって町全体に行き渡らせながら、濾過槽に魔導術式を採用したハイブリッドな浄水施設に辿り着き循環している。実は地下にも農業施設が作られており、魔術による農作の全面的な支援を以て多くの生活資源を獲得しているのだ。
一見して辺境に位置するこの場所だが、元々魔術鉱石などの天然資源も豊富だったこともあり、そこに目を付けた商人や民族によって多くの人が集まった。加えて、王族はそれを効率よく運用するための科学的知識を持った学者、そして科学ではカバーしきれない範囲の管理に必要な神秘的知識を持った魔術師を呼びよせると、元来犬猿の仲とされてきた魔術と科学二つを王令によって混ぜ合わせ使役させた。それにより、高度な資源循環の構築を可能にしたのである。
科学と魔術は相容れないものに見えて、本質的には全く同じだった。
──こと効率よく資源を使役する為の技術であるということに関して、それは全く同義の術である。
ただ追求するベクトルが異なるだけだ。
科学はより現実的、より一般的な観点から。
魔術はより神秘的、より特異的な観点から、それらを追い求めた。
出発点は同じ、通る道のみが異なり、同じ目的地に帰結する。
長年、双方が犬猿の仲とされていたのはそのプロセスの違いによる価値観の相違にある。
――が、大半の原因となったのはいつだって大衆の偏見だった。
「科学と魔術は違うもの、見ている世界も求めるものも何もかもが違うのに、互いに理解しがたい技術を持っている」──。
最初は単なる噂話に過ぎなかったのだ。
無知な民衆にとっては、科学も魔術も「何かよくわからない、恐ろしいもの」でしかない。無知とは時に大いなる罪に等しいというのは、つまりそういう点におけることだろう。
元来はお互いに非干渉で、相手に対して特に何の危険も、興味すらも持ち得てはいなかった。真に知識あるものは、また別の知識あるものを下手に批判したりはしない。彼らにあったのは「ああ、そういう考え方もあるのだな」という楽観した傍観だけだ。
何故ならば、知識あるものにとって、互いは危険ではなかったからだ。
しかし彼らの知らぬ間に、大衆が勝手に作り上げた偏見のレッテルが無視できぬ程に大きなものとなり、いつしか互いを危険視し始めた。
魔術(科学)は我々科学(魔術)を大衆から取り上げようとしているのかもしれない──と、疑心暗鬼のようになり、ありもしない被害妄想に駆り立てられて。
――まあそれも、今のオルグリオンにとっては昔話に過ぎないのだが。
いつだかの国王の尽力もあり、今のオルグリオンでそんな偏見を持つ者はいない。
科学も魔術も同じ目的を持つ学問であり技術だ。今では互いを尊重し合う程にまで、その関係は回復している。
雪解け水を巡らせ循環させるが如く、この都市の経済も殆どを町の中で循環させていることからか、いつしかオルグリオンは「自立した大都市」などと称されるようになっていた。
「この道で合ってる……よな?」
活気溢れる商業区の路。科学技術の結晶の一つである携帯電子端末に映し出された地図と睨めっこしながら、そんな懇願にも似た言葉を呟いていた。
とりあえず、街路の先へと歩みを進める。
街中に雪は降ることがなく大概晴れている為、昼間の商業区を歩いている感覚では「少し寒い春」と言えるような過ごしやすさがあった。
お互いを忌避し合っていた魔術と科学とが手を取り合った最初の町だ。路を歩いてるだけでもその独特な風景に目を奪われる。
路の隅に立つ街灯は科学によるものなのだろうが、あそこで主に指示されて何かを運んでいる泥人形は魔術によるものだろう。大きな帽子を被ったローブ少女は魔術学校の生徒だろうし、あそこを歩いている白衣の男性二人組は休憩中の研究者か何かのはずだ。
かと思えばハイブリッドのものだってある。例えば少し先の円形広場。
そこにはちょっとした噴水のようなものがあるが、あれは吹き上げる機構こそ科学だ。しかし吹き上げられた水を様々な形に変形させ、まるで生きているかのように暫く動かしたのちに水しぶき一つ上げないように元の場所で落ちる――あれはどう見ても魔術だろう。
よく言えば新鮮で飽きない景色だが、悪く言えばあまり統一感がない。
色んな文化が混在した、なんだかごちゃごちゃした場所――。
オルグリオンとはそういう町だ。
しかしその大きなシンボルになっているのは、領地の空高くに煌々と存在している巨大な魔導陣だろう。普段はあまり見えないというが、稀にああして空に浮かびあがるらしい。
あれこそがオルグリオンに本来降るはずの豪雪を丸ごと誘導し、一定の場所で降らせて溶かして水にする、という大規模干渉術式なのだ。
とてつもない大魔術だ。考えられないほどの広範囲に影響しているソレは、通常ならば魔術師が持ち得る程度などでは賄いきれない膨大な魔力を必要とするはずだ。代替に科学技術を用いても、どれほどの資源が必要になるか分かったものではない。それを難なく賄っているというのだから余程の技術の結晶なのだろう。どのような仕組みで成り立っているのか見当もつかない。
もっとも、この都市で普通に暮らす分には当たり前の存在過ぎて、いつしか一般人が持ち得ている認識としては「あの魔法陣が見えているときに告白すると成功する」とかいったくだらない願掛けのような存在になっているようだが。
オルグリオンを訪れたのは今回で二度目だが、魔術学区があると知ったのは前回の後だ。田舎孤児院出身の自身としては、魔術師に憧れるのは当然だった。
しかし大きなきっかけは幼少期の事故が原因だ。両親と訪れたある施設が大火事になった時、見知らぬ魔術師が自分を助けてくれたことを昨日のことのように覚えている。
その事件がきっかけで両親を失い、孤児院に入る羽目になったのではあるが、物心ついたときに明確な目標を与えてくれたことだけは、その事件に対していくらか思うことがある。
無論悲しさや寂しさもあったが、孤児院の中は同じような体験をした奴らが何人もいて、互いに励ましあっていたからネガティブに押しつぶれることはとりあえずなかった。
ともかく、今回は入学試験の為に訪れたのだ。とはいえ試験は翌日だが。
下手に迷う前に適当な人に声を掛けて道を聞く。豊かな街なだけあって声を掛けた人は大概快く応じてくれた。昔友人に「言葉が通じるならどこにだっていける」と言われたことを思い出す。なるほど確かにそうだ。聞けばおおかた道はわかるのだ。
結局、学区近くの宿をとることにした。
「くぅ~~~~っ」
部屋に入るなり大きく体を伸ばし、そのままベッドに倒れ込む。
そのままもぞもぞと上着と靴下を脱いだ。
一階の端の部屋。
特に景色を求めていたつもりはなかったが、学区近く――街中でも少しばかりに位置するこの宿から見る景色はそれなりにいいものだった。
「小麦畑、かな」
照る陽射しに金色の穂が揺れている。
広大なものではないが、それなりの広さをもった畑が近くに見えた。
それにしてもこの時期に穂が垂れているような小麦を見るのも不思議な感覚だ。
魔術による支援によって作物はどの季節でもいくらか収穫できるような仕組みになっており、ローテーション的に収穫時期をずらしていると聞いたことはあるが、まさにそれをみることができるとは。
魔導術式によって一定領域の気温や日光を調節しているのだろうか。
農業区ではないため本格的な設備はないようだが、それでも壮観な光景だ。
帝都オルグリオンは大きく分けて三つの区画に分かれている。
広大な土地のおおかた七、八割が農業区画である「下層」、商業区画や居住区画が大半を占めているのに加え、魔術や科学の研究区画が存在する「中層」、王族や貴族の居住区に加え、政治に関するあれこれを行う施設がある「上層」。
魔術学区は中層と上層の中間に位置しているが、条例の上では中層に位置付けられているようだ。
「さて」
いつまでも見惚れているわけにはいかない。自分は受験生なのだ。
準備は万全だが、少しは復習しておこう。適当な参考書を開いていく。
「ええと、固定術式における魔導力場の形成――――」
明日試験を受けることになる魔術学校――――王立スペルビア魔術学院。
一部の都市では禁忌とされることもある魔術を実用的なものとして運用するオルグリオンにとって、魔術師の育成は重要事項の一つである。
決して試験は甘いものではないが、特別厳しいものでもない。
才能が無いから門前払い――なんてことは滅多にない。魔術の才能が無くても知識を活かして魔術技師として活躍することもできる。
入学試験で求められるのは最低限の知識と意欲。
あとは適性を見極め、将来を考える一つの指標を得る為に行う診断なのだ。
『スペルビアは来るものを拒まない』という話は、田舎出身の自身でさえも知っているほどには有名な話だ。
日が段々落ちていくなか、何度も頭に叩き込んだ知識を再度確認していった。
*
夜。復習を早めに切り上げ、今日は早めに寝ることにした。
試験は昼からだが、夜中遅くまで勉強して爆睡し昼に起きるなんてことは万が一にもあってはならないのだ。早く寝て早めに起き、それから思うところあればまた復習すればいい。
いくら魔導術式で気候が弄られているとはいえ時期は冬。夜は冷え込む。
暖を取るものもなくはないが、こういう時はさっさと寝るに限る――――、
「――――――――!!!」
「――――ん?」
と、何かが聞こえた気がした。
「なんだ?」
一瞬だったが、耳鳴りや聞き違いではない。
何かに耐えるような悲鳴、声にならない絶叫。五感で「それ」を感じた実感はなかったのに、何か、何処か、抑えがたい実感がある。
息を吞んだ。
これは予感だ。
予感の皮を被った確信。わかっている。直感が全身に警鐘を鳴らしているのだ。こうまでくれば誰にだってわかる。これは何かよくないことを感じ取ったに違いない。
聞こえていなくても、聞こえてなかったことにしてはならない。
ドアを開ける。
「こっちじゃない」
廊下を見渡すまでもなく閉める。
「となると、こっちか」
窓をおもむろに開ける。だいぶ暗くなってはいるが、商業区の辺りはまだ明るいところがちらほらあった。農業区は殆ど何も見えない。
冷気が部屋に流れ込んでくる感触を味わいながら奇妙な感覚が指し示す場所を目で探した。
「農業区――のほうじゃない。商業区――――でもない。……どこだ?」
小麦が夜の風に揺れていた。
何かに呼ばれている。何かが助けを求めているような気がしているのだ。
所謂、「嫌な予感がする」というやつだった。
携帯ランタンを手に取る。部屋用のスリッパから靴に履き替えて、窓枠に足を掛けた。
「試験前になにやってんだ……」
自嘲するが、それは自嘲に過ぎない。
ここで自分が動かなければ、何か酷いことを、取り返しのつかない何かを見逃してしまう気がしたのだ。
外に出ると、冷たい風が吹き付けた。
「さっむ……」
身を震わせながらも、とりあえず感覚を頼りに歩みを進める。
少し歩いて小麦畑に辿り着いた。月光に照らされ、夜の風に吹かれた小麦が静かに波を立たせている。
辿り着いて初めて、使い古された石蔵があったことに気付いた。
「こんなのがあったのか」
とは率直な感想。宿の窓からは見えにくいところにその石蔵はあった。
恐らくはちょっとした、農機具の類を収納してあるのだろう。
しかしパッと見では廃墟のようだ。暗く冷たい石の蔵は、なぜだか牢獄のようにも見えていた。
「これでなにもなかったら帰ろう」
他に探すところもない。
魔術であれこれしているとはいえ、そもそも季節は冬で、ここは本来雪国なのだ。夜は寒いし、そんな中遠出すれば風邪をひく。
そうなれば明日の試験に支障が出る。とはいえこの感覚はどうにも気になる。
衝動行為にはキリをつけることが必要だ。
「どうかお化けが出ませんように」
軽く祈ってから扉を開け――――。
「ッ! ふっクッ! フヌッっ、くおっ…………」
ガタガタと扉は音を立てる。
「開かないな」
立て付けが悪いのだろうか。それとも鍵がかかっているのだろうか。
いくら引いてもびくとも――――いやガタガタはしているのだが、ともかく開きそうにない。
「もしかして……」
ああ、押すタイプか。
案の定、軽く押してみると、扉はいとも簡単に動いてくれた。
「はあ」と思わずため息を吐く。
少し恥ずかしくて周りをきょろきょろと見回したのが、自分でもなんだか泥棒みたいに思えてきて、さらに恥ずかしくなった。
*
「失礼しまー……うっ」
扉を少し開いて中を確認すると、すぐさま生臭い、しかし何か凄艶な、猟奇的な甘さを放つ異臭が鼻についた。
「何だこの匂い」
明らかに異常な香りだ。
腐敗臭や死臭がしようものなら一目散に逃げかえるのだが、これはそれらに似ているようで、しかし何かが全く違う匂いだった。
ともかく、目的地はここで合っているのだろう。となれば、あとは悲鳴の主を探すだけだ。暫く探して何もないなら、さっさと帰る。真夜中に、しかもこんな物騒な所に、流石に長く身を置きたくはない。
鼻を軽く抑えながら、中を探索する。
それほど広い石蔵ではない。何かあればすぐに気づくはず――――。
「――――あっ」
ぴちゃ、という水音が足音で鳴る。
その瞬間、本能で「やばい」と感じているのだと自覚し、気づけば上を見上げていた。
身体は瞬時に硬直し、先ほど感じていた曖昧な異臭が血腥い臭気へと変貌する。
知らぬ間につけた傷を、視認して初めて痛みを感じるようになるかのように、甘さを伴った異臭は死の匂いを濃く表し始めていく。
下を見ていけない、という衝動に駆られて天井と月光の差し込む窓とを交互に眺めていた。見てはいけないと思うのは確定を避けたいからだ。
頭の中ではわかっているし、そもそも視界の端でその色は映っていたからほぼ確実に、それは現実的に起きていることなのはわかっていた。
おそらく、何かが死んでいる。足元の感覚からして多分、途轍もなく凄惨な形状になっている可能性すらあると思えるほどの血の量だろう。
獣か、それとも……人間か。血を流す類の大きな何かだ。
ただそれをしっかりと自分の目に映したらどうなる?
確かに怖いもの見たさの好奇心はある。しかし本当に凄惨な形状の死体の類ならば、決定的なトラウマとして自身の記憶に刻まれかねない。そればかりか、何か祟りすら出るかもしれないじゃないか。
「なんてこった……」
大きくため息を付き、目を瞑って眉間に皺を寄せた。
そんなえげつないものを見たくはない。自分は死体を見慣れているような人間ではない。ただ何かに助けを呼ばれた気がしてたまたま此処に来ただけで、手遅れの屍をみるつもりなど微塵も無かったのだ。
なんとかの猫ってやつだ。観測していなければ事象は確定していない。現状、自分はまだ蓋を開けてはいないのだ。観測するまで「それ」は死んでいるし、生きているとも言えなくもないはずだ。
ごちゃごちゃした論理を乱雑にこれでもかと並べ、それらを盾にただ後ずさりした。
とにかく帰ろう。これ以上はまずい。
何かが決定的にヤバいのだけはわかる。
そんな感覚が全てを支配し、逃げ帰ろうとして後ろ向きに足を大きく動かした直後、何かに躓いて後ろ向きに、派手に倒れてしまった。
「うわあっ――――ぐっ!」
情けない声を漏らす。
地面に溜まっていた「水」が上半身にべっとりついた。
思わず手を見ると、やはりそれは血の赤に他ならず、咄嗟に「うげっ」と声を上げてしまう。
「うう――――、はあ、くそっ」
なぜこんなことになったのか、なぜこんな状況に巻き込まれたのか。
あてのない感情が頭の中をぐるりと回り、何周かした辺りで緊張と焦燥の針も一回転し、ようやく少しだけ冷静になった気がした。
なんのことはない。きっかけはどうあれ、自分の遺志でここまで来ているのだ。
巻き込まれに行ったに過ぎない。助けを呼ばれた気がして駆け付けた、単なる野次馬だったのだ。
「――――帰ろう」
帰るべきだ、そう自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がる。
転んで打ち付けた部位の痛みに恨み言を言いながら一歩、また一歩と歩みを進める。
そうしてようやく、入口であり、現在は出口に他ならない石蔵の扉に手を掛けたとき、
「ぅ――――――ぁ、ぅぅ、ぁ――ぅぁ」
背後から、今にも死にそうな、しかし心に途轍もない色彩を齎せる声を。
微かな少女の声を、聞いていた。
*




