第5話 昨日の味方は今日の金蔓
今日のツェンタリアさん
「『ツェンタリラー』いい響きです。高貴な詩のようですね。それにしてもご主人様はシャイですね。お風呂くらいご一緒してもいいでしょうに。まあいいでしょう。新しく買ったこのシャンプーの香りでご主人様はイチコ……いや殺したらマズいですね」
「ノイ様とエアフォルク様とは何度か一緒に戦ったことがございます。二人共優秀な戦士で人望もありますね。ただ人望にも種類があり、エアフォルク様が王子として騎士団に接しているのに対して、ノイ様は竜人達の兄貴分に近い感じでしょうか。ちなみにご主人様は騎士団や竜人や天使兵からの人望は全く無いのですが、気取ったところがないため民からは結構好かれているようです。まあ一番ご主人様のことを好きなのは私ですけどね」
●依頼内容「エアルレーザー前線基地の防衛」
●依頼主「エアルレーザー王子エアフォルク」
●報酬「5万W」
「おはよーっすってうぉわ!?」
朝食の匂いに誘われキッチンに降りてきた俺はツェンタリアの姿を見るなり変な声を上げる。
「あ、ご主人様おはようございます……」
「ツェンタリア、頭どうしたんだ!?」
かなり失礼な言葉になってしまったが、それくらい衝撃的な変化がツェンタリアには起きていた。朝食をテーブルに並べながらツェンタリアが嘆く。
「はい、昨日どうやらリンスを忘れていたらしく、こんな状態に……しくしく」
「あーそりゃあ難儀だったな」
ツェンタリアの綺麗な金髪が爆発四散していた。具体的に言うとメデューサのようになっている。とりあえず「いただきます」と言って食べ始める。
「あの時ご主人様と一緒に入っていたらこんなことにもならなかったのに」
「いやその理屈はおかしい」
◆◆◆◆◆◆
「それじゃあ俺が食器洗っておくから」
「はい、ありがとうございます」
ツェンタリアはそう言って脱衣所に入っていった。任務開始までにはまだ時間がある。それまでに食器を洗って新聞でもゆっくり読むとするか。「よし」と言って食器を洗い始めた所で、脱衣所の扉が少しだけ開いてツェンタリアが「ご主人様?」と顔を出した。
「どうした? タオルが必要ならココに」
「覗きは365日24時間受け付けてますよ?」
「早く入っちまえ」
俺の投げたタオルが到達するよりも早く脱衣所のドアが閉められる。まったく……ま、少しは元気になったようでなによりだ。っというか24時間って言ってたがトイレもOKなのだろうか……だとしたら俺はツェンタリアの痴力を甘く見ていたのかもしれないな。などと下らない事を考えながら俺は食器洗いを再開した。
◆◆◆◆◆◆
「オラは右だと思うッペ」
「いやワチキの予想では左だ、間違いない」
「逆に山を越えてくる可能性はないかしら?」
いつものジーパンにTシャツ(【尾根緑道】と書かれている)といった出で立ちで重装備の騎士達の作戦会議に交じる俺。
やいのやいのと議論は踊る。されど進まず。
新しく騎士団の幹部となったパサルド(デブ)とクラニート(ノッポ)とマルモル(ギャル)の三馬鹿は一斉に「団長はどうお思いですか?」とエアフォルクに意見を求めた。この前線基地の防衛を任されているエアフォルクは「はぁ……」とこれみよがしにため息ついてやがる。
まあ、気持ちはわかる。この三馬鹿は『魔王城に一番近いから』と言う理由だけで目前に山のあるこの場所に前線基地を作りはじめたのだ。それどころか斥候も出さず、山の上に見張りもおいていない。そんな状態で三馬鹿は敵はどこから来るのか議論をしているのだ。
「これは何かのコントなんでしょうか?」
「冗談みたいだろ、これが平均的な兵士様なんだぜ」
まゆ1つ動かさずに辛辣な事を小声で聞いてくるツェンタリアに答えていると「せんぱ……ジーガーさんはどうおおもいですか」とエアフォルクがこっちに振ってきやがった。相変わらず小賢しいやつだ。つまり、エアフォルクは部下の意見を自分が潰すのが嫌なのでこの三馬鹿とは面識の無い俺に振ったわけだ。
断りたいところだが今回の依頼主は他でもないエアフォルクだ。「まあこれも仕事か」と俺は自分を励まして立ち上がる。一応俺の名前は知っていたのか三馬鹿は黙って聞いてくれるようだ。「それでは」と前置きして意見を述べはじめる。
「まず、お三方の意見は間違ってはいないと思います」
エアフォルクのため息から俺に意見を求める流れで完璧に否定されると思っていたのだろう。三馬鹿は俺の意外な言葉に頭に?マークを浮かべている。俺はなるべく簡単な言葉を選んで理由を説明し始めた。
「なぜならシュタルゼの今回の目的は建設中のこの前線基地の破壊です。エアルレーザー軍を倒すことではありません。そうなってくると本来ならば無能の代名詞とされる戦力の分散も裏返って有効な手となります。ですので」
「敵は三方向に分かれて攻めてくる可能性が高いということです」
俺が結論を言う直前で依頼主様が美味しい所を持ってった。ほんといい性格してやがるぜこいつぁ。
「逆に敵は山の右からも左からも上からも来るってことですのね」
「それじゃあオラは右だっぺ」
「わちきに左を任せれば間違いない」
しかし、三馬鹿のバイタリティは俺やエアフォルクの予想を遥かに超えていた。勝手に自分の持ち場を決めはじめる三馬鹿を慌てて「待て待て待て」とエアフォルクが止めようとしている。完全に自業自得だ。
布陣の話はエアフォルクWITH三馬鹿にまかせて俺は外に出た。後ろからツェンタリアもついて来た。ついでにため息もついている。
「なにか言いたそうだな?」
「はい、ご主人様をおっしゃったことは大体あっているとは思います。ですが一つだけ腑に落ちない箇所がございます」
俺は「へぇ」と感心する。エアフォルクでも気づかなかった穴にツェンタリアは気づいたらしい。
「うまく隠したつもりだったんだが、よく気づいたもんだね」
「ご主人様とはこの世界では一番長い付き合いですからね、戦術分析については嫌でも詳しくなりますよ」
俺は「上出来上出来」とサラサラに戻った金髪を撫でたあとツェンタリアに聞く。
「それじゃあ指示は出さなくても分かるな?」
うっとりとしていた表情を引き締め、ツェンタリアは力強く「はい」と頷いた
◆◆◆◆◆◆
「先輩と一緒に戦うのは昔を思い出しますね」
「思い出すの勝手だが昔と今をダブらせるなよ? 同じ戦場なんてありゃしねえんだから」
俺とエアフォルクと三馬鹿は布陣のために移動していた。エアフォルクの決めた持ち場は山の左が三馬鹿、山の右がエアフォルク、山の上が俺だ。
先日、魔王の間まで俺が攻め込んだ際にアップルグンドの兵力に大きな打撃を与えた。しかし、俺が魔王城に攻め込んだのと時を同じくして三国の陣地を攻撃していたガーゴイルで編成された空襲部隊ヴィンドと猪の大群で構成された地上部隊ヴェルグは無傷で残っている。
今回はこの2つの部隊を中心に攻めてくるだろう。俺がシュタルゼだったらそうする。
ついでの予想としては、地上部隊ヴェルグが山の左右二手に分かれるのに対して、空襲部隊ヴィンドはそのまま山の上を飛んで来るはずだ。つまり、ちゃっかり俺が一番面倒な場所を押し付けられているのだ。まあ正規の兵じゃないからしょうがないか。
「ところで先輩、ツェンタリアさんは置いてきたんですか?」
「何だ惚れたか?」
「じ、自分には心に決めた人がっ」
俺の言葉にエアフォルクは真っ赤な顔をして首を振る。ウブいねぇ。
「冗談だ……まあ山の上の敵は俺一人で十分だってことさ」
「先輩がいて十分じゃない敵ってかなり珍しいと思うんですが……っ!」
「おっそろそろ始まるな」
遠くからラッパの音が聞こえた。俺とエアフォルクは表情を引き締める。今のラッパはアップルグンド軍の出陣の合図だ。
「武運を」
「ああ、達者でな」
俺とエアフォルクと三馬鹿は持ち場へ散った。
◆◆◆◆◆◆
俺は山の上で空襲部隊ヴィンドの到着を待っていた。遠くからガーゴイル達のキーキーという鳴き声がかすかに聞こえてくる。ちょっと聞こえづらいので意識を集中……よし、これでほぼ普通の会話レベルで聞こえるようになったぞ。
会話の内容を翻訳すると「敵は一人か、ならば迂回などせず押しとおるぞ」となる。暗号などは一切使われておらず、直訳すれば相手の考えていることが手に取るようにわかってしまう。
「相手側に自分たちの言語を理解できる人間がいるとは夢にも思っていないのかねぇ」
俺はマヌケな敵に呆れながら手に持ったダーツを弄ぶ。これが今回の得物だ。ぶっちゃけこの時点で哀れな空襲部隊ヴィンドは俺の射程圏内に踏み込んでいるのだが、まだダーツは射たない。そんな自らの価値を安売りするような真似はしない。
あんまりすぐに倒すとけち臭いパラディノスのヴァリスハルトあたりが「お主にとって容易きことなら、もっと安く引き受けてくれるじゃろう?」とか市場原理をガン無視した妄言言ってくるだろうからなぁ。
山の麓では既に地上部隊ヴェルグが襲来しワーワーと戦いが始まっている。
状況はそこそこ優勢だ。左側のエアフォルクは当然として、右側の三馬鹿が意外と頑張っている。
「頭は残念賞だけどやっぱりあれでも騎士団の幹部なんだなぁアイツら」
パサルドが大盾で突進を止め、クラニートが火のついた弓で怯ませ、マルモルが大魔法で片付ける。良いコンビネーションだ。などと感心しているといよいよ空襲部隊ヴィンドが近づいて来た。待ちくたびれたぜ。
先頭に立っているガーゴイル(多分隊長だろう)の「クックック捨てゴマにされるとは哀れな人間よ」などという言葉が聞こえる。相手の実力すら測れない方がよっぽど哀れなんだよなぁ。
俺はダーツの束を空中に放り投げて風を操り空襲部隊ヴィンドに向けて準備を整える。
「捨て駒だぁ? アホか、むしろ最大戦力だっての!」
そして俺は一気にダーツを射出した。アップルグンドの曇天を切り裂いて哀れな空襲部隊ヴィンドに向かってダーツが飛ぶ。
向こうにしてみれば悪夢以外の何ものでもないだろう。相手が大道芸じみた事を始めたと思ったら、次の瞬間には多くの仲間の翼に穴が開いているのだから。必死に羽ばたかせるがみるみる高度が落ちていくガーゴイル達。それを見て一人だけ無傷な隊長が激高している。
「隊長! 浮力維持できません!」
「何をそんな小さな穴で戯言を! 気合いだ! 気合いで何とかするのだ!」
アップルグンドの虎の子である空襲部隊ヴィンドが焦り、混乱し、恐怖している。
それを見て俺は「あの隊長さんは自分達の種族がどうやって飛んでいるかもわからねぇのか」と舌打ちをする。相手の戦力を見誤った挙げ句、引き際さえも解らない隊長に怒りを覚えたのだ。
俺が狙った場所は翼で一番風を受ける部分、つまり浮力の源に穴を開けているのだ。小さな穴だが気合いでどうにかなるようなものではない。
「呆れてものも言えねぇよ。とりあえずアンタ隊長に向いてねえわ。命だけは助けてやるが二度と戦いには出てくるなよ」
追加で大きめのダーツを二本取り出しすぐさま射出する。狙いは一人だ。
「ギーッ!」
真っ直ぐに飛んだダーツは先ほどから騒いでいた隊長と呼ばれているガーゴイルの翼に大きな穴を開けた。それを見た部下たちが「隊長がやられたぞ! 撤退だ!」と言っているのが聞こえる。
「お、回収するのか。優しいねぇ」
何人かの部下が痛みで気絶した隊長を抱きかかえ、空襲部隊ヴィンドは撤退を開始した。もしも俺だったらどうしただろうと考える……まあ放って置いたかな。
◆◆◆◆◆◆
俺の倒した空襲部隊ヴィンドが今回の攻撃のメインだったのだろう。引き上げていく空襲部隊ヴィンドを見て地上部隊ヴェルグも撤退を開始したようだ。エアフォルクと三馬鹿の勝鬨が聞こえてくる。
「さぁて、これで終わり……だと良いんだが?」
しかし、前線基地の方角で勝利の余韻に冷や水をぶっかけるような爆発が起こった。
「やっぱりな」
魔王シュタルゼがこんな簡単に勝たせてくれるわけねえか。
見ると前線基地の真ん中に穴が開き、そこからスコップを持ったもぐら達が這い出てきていた。アップルグンドの工作部隊マヴルフだ。俺達が地上で戦っている間に地下を掘り進めて陣地を落とす作戦だっただろう。
「おうおう予想してたより正確に掘り進んできやがったな」
しかし、俺はエアフォルクや三馬鹿のように慌てはしない。工作部隊マヴルフが来るであろうことは想定していた。だが地中の相手を見つけて倒すのはとても疲れる透視能力を使う必要があるので泳がせて出てきた所を確実に倒す算段をしただけだ。
「それじゃああとは頼むぞ……」
「キュキューッ!?」
次の瞬間、陣地の中を一陣の風が駆け抜け、マヴルフ達の悲鳴が上がった。
「ご主人様に託されたこの場所を、一所懸命お守りします!」
風の正体はツェンタリアだ。自分の背丈の倍以上もある槍を縦横無尽に操り再び突進、マヴルフ達が空に跳ね飛ばされる。この槍の名前は空槍ルフト。ノイの風弓グリュンリヒトと同じく軽さと長さにおいて並ぶ物のない逸品である。
「大敵と見て恐れず。小敵と見て侮らず。槍使いが憧れる空槍ルフトの切れ味、とくと味わいなさい!」
「少しは手を抜けったのに張り切っちゃってまぁ……」
興が乗ってきたのか恥ずかしい口上をペラペラ喋りながら暴れまわるツェンタリア。意外に思うかもしれないが、ツェンタリアはこういうのが大好きだ。よく俺に向こうの世界での勧善懲悪モノの作品を話してくれとねだってくる。最近では特に時代劇がトレンドらしい。
一応、ツェンタリアの名誉のために言っておくと本人はふざけているのではなく大真面目である。だが、その姿は大変面白いので俺はその勇姿をしっかりちゃっかりベイルムで映像におさめる。
「キュッキュキュー!」
すでに半分以上仲間を失って攻撃の失敗を悟ったのだろう。マヴルフの中でも大きめの個体が周りに指示を出す。たぶんあれが工作部隊の隊長なのだろう、その指示に周りのマヴルフが頷いた後、速やかに分散撤退を開始した。それを見て俺は感心した。
「お、分かれての素早い撤退。悪くない判断だな。だけど相手が悪かったなぁ。地上における機動力ではツェンタリアは世界一だ……俺を除けばな」
マヴルフは大きく二手に別れて逃げている。部隊①は最初に出てきた穴から撤退、こちらは問題なく撤退することができた。しかし問題は地上を走って逃げようとした部隊②だ。お世辞にも速いとはいえないマヴルフのポテポテとした走りではツェンタリアから逃げ切れる道理はない。案の定すぐさま空槍ルフトを抱えたツェンタリアに追いつかれた。
「貴方達はきっと私を恨むでしょう。ですが、少しでもご主人様に向けられる恨みが私に振りかかるのなら本望です!」
「キュッキュー!?」
完全に鬼神である。部隊②は機動力に勝るツェンタリアに散々に追いたてられ大損害を出してしまった。
◆◆◆◆◆◆
ツェンタリアの活躍で勝負は決した。空襲部隊は飛べなくなり、地上部隊はそこそこの被害、工作部隊もかなりの被害を被ったアップルグンドには前線基地を再攻撃する余力はなく。この後は着々と工事が進み、エアルレーザーの前線基地は無事に完成した。
なお、ツェンタリアの勇姿についてはベイルムの魔力を感知していたらしく、怒られたので、その場で消しましたとさ。さすがに調子に乗りすぎたか。
■依頼内容「エアルレーザー前線基地の防衛」
■結果「成功」
■報酬「5万W」
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