第83話 4つめ
今日のツェンタリアさん
「そういえばご主人様の愛あふれる口づけで吹っ飛んでましたが、エアフォルク様とさっちゃんが恋人同士だったとは全然気づきませんでしたね……言われてみれば以前、エアフォルク様が話していた『あの子』について聞いた時にさっちゃんが『ツェンタリアは賢いけどアホだよねー』と苦笑していたのを思い出しました」
「……そろそろ戦いも終わりそうですね。見れば多幸感で魂が抜けてしまうようなとびっきりの笑顔でご主人様をお迎えしましょう!」
●依頼内容「アップルグンド国王シュタルゼを殺せ」
●依頼主「パラディノス国王ヴァリスハルト・エアルレーザー国王エアフォルク・フェイグファイア国王ノイ」
●報酬「3000万W」
「グッ ガッ!?」
シュタルゼは割れた腹部を必死に抑えつけ回復魔法を唱える。しかし、傷口から流れる血は止まることはなかった。死剣アーレの傷は物理的なものではない。10年間、ただひたすら人を殺し続けた剣は、次元という概念を超えて相手を殺す術を身につけたのだ。
「クッ……我輩の命運もここで尽き……果てるか」
俺はその言葉を聞いて苦笑した。
「ここでじゃねぇよ。俺を敵にした時点でお前の命運はこれ以上無いって位に尽きてんだよ」
俺の言葉を聞いてシュタルゼも苦笑する。
「そうか……我輩もヤキが回ったものだな……三国の本気を見くびり、一番重要な戦力を陣営に引きこむことができなかった」
「まあ失策だったな。来世ではこの失敗を糧に頑張れよ?」
シュタルゼが咳き込み地面に血の池が作られる。
「どうする?」
俺の一言の意味を正確に理解したシュタルゼが首を横に振る。その目は穏やかな半分、そして悪巧み半分といったところだ……おいちょっと待て、なんでこのタイミングで目に悪巧みの色が浮かぶんだよ!?
「グゥッフ!」
俺の「おい、何をする気だ!?」という言葉に反応するかのようにシュタルゼの体がビクンと跳ねた。ドクンッドクンと脈打ち始めた体を見てなんとかシュタルゼが言葉を絞り出す。
「やははははりここいらが限界かかかか」
「……どうしたシュタルゼ、性格と体が歪んでるぞ?」
俺は急に様子の変わったシュタルゼを見て眉をひそめる。先ほどまでのシュタルゼの容体は傷による『生物的な死』に近づいていく感じだったのだが、今は人形が残酷な子供によって手足を引き千切られるが如く体をビクビクと震わせている。言わば『物質的な死』が近いという感じだろうか……
「安心ししししろ」
「この世に今の言葉以上に安心できない言葉はねぇよ」
俺の言葉にシュタルゼは「相変わらず容赦がないな……」と呟いて無理矢理笑みを作った。
「元に戻るだけだ。なにしろろろろろ体を弾け飛ばさんほどの渇望を我輩の絶大なななな精神力で押さえつけてただけけけけけだからな」
「ッ……」
俺は沢山ある言葉をグッと飲み込んだ。もはやシュタルゼがシュタルゼでいられる時間が少ないことを悟ったからだ。
「それで……楽しめたかよシュタルゼ」
俺が最後にシュタルゼにかけた言葉はこれだった。
「ああ、満足だ。そして安心した……あとは我輩だったものを煮るなり焼くなり好きにするが良い」
そしてシュタルゼがシュタルゼとして発した言葉はこれが最期だった。
次の瞬間、シュタルゼの腹の裂け目から両腕が伸びる。
「は?」
俺が呆気にとられている間に、裂け目を広げてナニカが這いずり出てきた。
『ビャアアアオオオオ!』
血塗れなナニカは赤ん坊のような異様な声を上げた。異様なのは声だけではない。その姿も普通の人間が見たら気が触れそうな異様な形態をしている。
「白銀竜の翼を生やして足は蜘蛛、悪魔のように鋭い爪の手、繋ぐ体は亀でトドメに顔は烏……さっきのシュタルゼの姿が仏様並みに無欲に感じるぜ」
俺はすぐさま頭を切り替えて目の前にいる合成獣の分析を始める。翼は白銀竜ザーゲ、足は味方喰らいのゲッツェライのモノであることから推測するに今までシュタルゼが吸収してきた生物や力を顕在化させたのがこの合成獣なのだろう。
「まったくシュタルゼの奴め……酷い尻拭いの宿題を残して行きやがって」
俺は死剣アーレを『静かな気持ち』で構える。そして哀れな合成獣をシッカリと見据えたまま「フッ」っと死剣アーレを縦に一閃した。
◆◆◆◆◆◆
この世界からアップルグンドという国が消えて初めて迎えた朝、俺はつまらなそうに新聞を眺めていた。その一面には「悪は去った!」と演説をぶつヴァリスハルトの姿が写っている。シュタルゼが倒れたのを機にヴァリスハルトはベアタイルから地上に出てきたのである。
「死人に口なし、勝者が歴史を作るとはよく言ったもんだな」
俺はそう言って新聞を閉じる。そこに食器を洗い終えたツェンタリアがやってきた。
「ですが三国のアップルグンドに対する処遇は悪くはないものでしたよね?」
「そりゃそうだ。三国の王はシュタルゼに全ての罪を押し付ける気だからな」
確かにツェンタリアの言うとおり三国のアップルグンドの国民に対する処置は悪くない。というか現時点ではダダ甘だ。アップルグンドの外交を担っていたサキュバスと王が近々結婚するエアルレーザーはともかく、不倶戴天の仲であったパラディノスも一部の領地を取っただけだ。一方で元々友好的な関係だったフェイグファイアはアップルグンドの元兵士を積極的に雇用しているようだ。
簡単に各国の処置をまとめてしまうと、各国ともに僅かな部分をつまみ食いするだけで「いただきます」と食事を始める国がない状態なのである。
「それで……ご主人様は今後どうなさるおつもりですか?」
俺は「うーん」と言いながら各国の今後を予測し始める。……しばしの黙考。そして結論がまとまったので口を開く。
「しばらく傭兵業はお休みだな」
「それでは家でゆっくりと?」
俺は首を横に振る。
「いや、今すぐ出かける準備をしてくれ」
「それはまた……どうしてですか?」
首を傾げているツェンタリアを見て俺はニヤリと笑った。
「どうせ3日もすりゃ戦いが再開するさ。三国はそのためにアップルグンドの後始末をおざなりにしてるんだからな」
「はぁ、そうなのですか?」
「ああ、それまでに調べておきたいことがある」
完全に納得はしていないが一応は信じてくれているツェンタリアが準備にとりかかる。それを見て俺は苦笑しながら呟いた。
「いただきますどころか主がいなくなった皿の上で戦争始めるってんだからアイツラ性格悪いよなぁ」
■依頼内容「アップルグンド国王シュタルゼを殺せ」
■結果「シュタルゼを殺し、滅ぼした国は4つとなった」
■報酬「3000万W」
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