第68話 獣の本能、人の欲望
今日のツェンタリアさん
「クッもったいない事をしてしまいました! ご主人様が私のために愛情と劣情を込めて握ってくれたおにぎりを数粒噴き出してしまいました!……しかも私の大好きな塩昆布でしたのに」
「ほぼクオーレ様だと思うのですが……そこのところご主人様は慎重ですよね。はい、ギャップ萌えですね」
●依頼内容「アップルグンド軍を止めてください!」
●依頼主「エアルレーザー国王エアフォルク」
●報酬「200万W」
空襲部隊ヴィンドのガーゴイルが「ギイイイイイッ!」と鳴いて空に浮上し始めた。地上部隊ヴェルグが「ブルルルッ!」と鼻息荒く蹄を鳴らし今にも走り出しそうだ。それを眺めていたツェンタリアが呆れた表情で口を開く。
「ご主人様、大きくなってますよ?」
俺は屈伸をしながら事も無げに答える。
「ああ、シュタルゼがズイデンの力でモンスターを巨大化させてんだろ」
「そうなのですか?」
そう言って少し集中した後、ツェンタリアがおずおずと口を開く。
「……ええっと、私にはシュタルゼ様の気配が察知できないのですが」
「そりゃそうだ。シュタルゼはまだ魔王の間にいるだろうからな。考慮すべきなのはシュタルゼがどこにいるかじゃねぇ、シュタルゼの巨大化魔法がどこまで届くかってことだ」
「シュタルゼ様にとっては魔王城からここまで魔法の効果範囲なのですか!?」
驚いてるツェンタリアを見て俺は内心で「やれやれ」と呟いたあと、声のトーンをガクンと落として喋り始めた。……こんなもんで驚いてもらっちゃ困るんだよなぁ。
「……ツェンタリアに一つ言っておくことがある。今から俺たちが戦うのは世界の二番手にしてバンデルテーアの遺産の力を持ったアップルグンドの魔王シュタルゼだ。常識は捨てろ。アイツは常識なんて軽々とぶち破って命を取りに来るぞ」
「……はい、肝に銘じます」
俺の言葉でツェンタリアは気合を入れ直してくれたようだ。
「よしよし、それじゃあ行きますかね」
俺が死剣アーレを担ぐのを見たツェンタリアが「敵は全員倒すのですか?」と聞いてくる。この剣を振るう俺を間近で見てきたツェンタリアとしてはそう考えるのも不思議では無い。しかし、俺は首を横に振った。
「いや、倒しゃしねぇよ。なにしろエアフォルクからの依頼は『アップルグンド軍を止めて欲しい』だからな」
「つまり準備が整うまで時間を稼ぐわけですね……ところでご主人様がとても嬉しそうに見えるのですが気のせいでしょうか?」
「あぁ、騎士王エアフォルク様も少しは王としての自覚が芽生えてきたみたいで安心したのさ」
俺は口の端を上げながら頷いた。要するにエアフォルクはこの戦場の決着を自分でつけたいらしい。もっと言ってしまえば勝利を自分の手柄にしたいって事だ。
「エアフォルク様のおっしゃるとおりにするのですか?」
「……仰せのままにって奴さ」
俺が笑ったのと同時に敵の部隊が動き始めた。狂化に加えて巨大化も合わさってなかなかの迫力である。その魔力で膨らんだ体を見たツェンタリアが「パワーが体に満ちあふれていますね」と一言。
「なぁに見逃しの可能性が減って楽なもんだ。それに的もデカくなった」
「そうですね。膨らんで大きくなるのは良いことです」
「おいおい下半身の話かよ……」
俺の茶々にあっけらかんとツェンタリアが答える。
「女性の胸の話でも良いですよ?」
「……そうきたか」
俺とツェンタリアはクスリと笑い合った後、互いの武器を構えた。
「ほどほどにな」
「到着した騎士でも倒せるくらいにですね?」
「そのとおり、それじゃあ行くぞ」
そう言って俺は右半分、ツェンタリアは左半分めがけて走り始めた。グングンと距離を縮め、もう残り半分の所に来たところで俺は「まあ、シュタルゼがこの程度で引き下がるようなタマとは思えねぇけどな」と独り言を呟いた。
◆◆◆◆◆◆
「よし、まあこんなもんだろ」
数分後、俺は満足そうにあたりを見渡す俺の周りには羽をボロボロにされた空襲部隊ヴィンド、そして牙を切り取られた挙句に脳天から血を流して足元がおぼつかない地上部隊ヴェルグがいる。
総力を結集して、巨大化して、狂化までしても一方的な戦いになってしまった。俺が死剣アーレを1突きすれば翼が穴だらけになり、1振りすれば超硬度を誇る牙もキュウリのようにスッパリと切れた。あとはヤケになって向かってきたガーゴイルと大猪にそれぞれ鉄拳を叩き込むだけの作業だった。
もはや両者の目には狂った光は宿っておらず、むしろ俺に対する怯えすら感じられる。
「本能で敵う相手じゃないと感じ取ったか。命拾いしたなぁ?」
俺はジリジリと距離を取るガーゴイルと大猪をニヤニヤ見ながら左手をスナップして死剣アーレをしまう。ちなみにヴェルグから採取した牙はあとでシッグ爺さんに売るつもりだ。
「さて、残りの左半分はどうなってるかな?」
俺はツェンタリアに任せた方を見てみると、ちょうど氷杖リエレンから放たれた氷が地上部隊ヴェルグの足を止めたところだった。
「ふーむ……先に空襲部隊ヴィンドから倒したみたいだな」
ツェンタリアの近くに倒れている火傷を負ったガーゴイル達を見て俺は状況に当たりをつける。どうやらツェンタリアはペガサス形態になって空中戦を挑み、散々に打ち負かしたらしい。
「それにしても、最初は槍すら持てなかったツェンタリアが強くなったもんだな」
空槍ルフトを持って突進するツェンタリアを感慨深げに俺は見守る。ツェンタリアいわく運命の再開をして半年ぐらいだっただろうか『私もご主人様と一緒に戦いたいのです!』と言って稽古をつけ始めたのだが……ハッキリ言ってあまり才能が有るようには思えなかった。長いが軽い空槍ルフトを選んで渡したのも、槍に振り回されるツェンタリアを見てのことだ。
そこからここまでになったのは俺の見えないところで鍛錬をし続けた結果だろう。
「ま、俺から隠れて強くなろうなんざ10年早いがな」
ある時は屋根の上から、ある時は地面の中から自主練を見守り続けた俺は空に跳ね飛ばされる大猪たちを見ながらフッと笑った。……まあバレなきゃ良いのさ。
■依頼内容「アップルグンド軍を止めてください!」
■経過「獣だが虫の息に」
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※次回の更新は160822の朝になります。




