第3話 それは剣よりも強く金で動く
今日のツェンタリアさん
「やりました! 2話目にして本文初登場です! まだ人間形態はお見せできていませんがこの調子ならきっとすぐにお見せできるはずです」
「それにしてもエアフォルク様はえげつない戦法を使いますね。馬形態の時に足を狙われたらと思うとゾッとします……えっ、あの戦法ご主人様が考えたんですか!? えーと……さ、流石です!」
●依頼内容「世界中にジーガーが傭兵業を始めたことを知らしめよ」
●依頼主「自分」
●報酬「顧客の拡大」
チュンチュンと小鳥が囀っている。もう朝か。俺はのっそりと体を起こしてまだ固いマットの上で伸びをする。
まず地理的な説明をしておくと、ここは4国のほぼ中心に位置する世界最大の平原であるブリッツ平原である。そのブリッツ平原の端に小高い丘があり、そこに建っている一軒家で今俺は伸びをしている。三国の駐屯地で初仕事を終え、魔王城にて報酬を受け取ったのが一昨日。25万Wのうち15万Wを支払ってその一軒家を購入した引っ越したのが昨日。そして初めてこの家で朝を迎えたのが今日というわけだ。ちなみにこの一軒家は傭兵としての仕事場にもなっている。
コンコン。
「はーい」
俺がジーパンにTシャツ(【カワセミ】と書かれている)といういつもの格好に着替え終わった所で、タイミングを見計ったかのよう扉がノックされた。「どうぞー」と声をかけると女性が入ってきた。理知的な顔にメガネとスーツがよく似合う女性だ。俺が起きていることに気づくと一礼する。
「ご主人様、朝食の時間です」
「ああ、すぐ行くよツェンタリア」
そう、何を隠そうこの女性は昨夜俺と戦場を駆けていた馬のツェンタリアだ。燃える馬ということからも分かる通り彼女は只者、いや只馬では無いのだ。本人の説明によれば動物というよりは精霊(それも最高位)なためこんな芸当もできるらしい。ちなみにこの秘書っぽい服装は俺の趣味である。エロイよね、秘書。
「今日の朝食は目玉焼きにカリカリベーコン、そしてブリッツ村の朝市で買ってきた新鮮な野菜を贅沢に使ったサラダとライ麦パンでございます」
「へー、そりゃ美味しそうだねぇ」
先に立ってトントンと階段を降りているツェンタリアの金髪のポニーテールが左右にユラユラと揺れる。この一軒家は平米こそ狭いが二階建てとなっており、1階にリビングや風呂トイレ等、2階に6畳程の寝室が2部屋ある構造となっている。
階段を降りるとパンの香りがフンワリと広がる。うーんこれにバターと蜂蜜をつけて食べたらさぞかし美味しいんだろうなぁ。そんなことを考えながら俺はテーブルに付いた。キッチンで牛乳の入ったコップを持ってきたツェンタリアも向かいの席に腰を下ろす。
「それではお召し上がりください」
「おーぅいただきまーす……それじゃあツェンタリア、あーん」
俺はゴマのドレッシングのかかったサラダの中から人参をフォークで刺してツェンタリアの口に近づける。いただきます直後に一口もつけず「あーん」をし始めた俺をツェンタリアが睨んでくる。
「ご主人様……それはなんの真似でしょうか?」
「とぼけるなよツェンタリア。今日は『コレ』だな?」
毎日のことだ。睨まれたところで俺も動じない。
両者しばらく無言で睨み合っていたが、やがてツェンタリアが「ふふ」と笑ったあとパクっと人参を食べた。
「さすがご主人様ですね。その通りです」
「やっぱり人参か、最初は目玉焼きの黄身の中かと思ったんだがそれじゃあ二日前と同じだからな」
ツェンタリアはサラダの皿を交換しながら「今日こそはいけると思ったんですけどね」と微笑む。俺は乾いた笑いを浮かべながら「ドレッシングで匂いは隠せても人参に空いた注射器の穴が見えたからな」と返す。
「それじゃあ、あらためていただきます」
「はい、お召し上がりください」
俺はライ麦パンにバターを塗りながらツェンタリアに話しかける。
「これで3651勝だな」
「むむむ、なんでご主人様は媚薬を飲んでくれないんですか?」
「それを俺に聞くのか?」
容姿端麗、頭脳明晰、家事も仕事も完ぺきにこなすツェンタリアだが1つだけよろしくない点がある。それは世界を見渡してもそうはいないほどのエロボケであり、媚薬を使って俺を発情させようとしてくる点だ。
「ですが抑えられないこの気持ちを満たすためにはご主人様の発情が必要不可欠なんですよ!?」
「知らねえっての、新鮮なブリッツ村の人参でも突っ込んでおけよ」
「ご主人様ひどい! そんなモノで満足できる気持ちじゃないですよ!?」
「へーいへいベーコン冷めるぞ」
「あ、そうですね食べちゃいましょう」
喧嘩のように見えるが喧嘩ではない。毎日行っているただのコミュニケーションの一種である。そんなこんなでイチャイチャ(?)しながら朝食を終えた。
◆◆◆◆◆◆
カチャカチャと食器を洗う音とツェンタリアのご機嫌な鼻歌がキッチンから聞こえてくる。俺はその鼻歌を聞きながらテーブルに置かれた書類に目を通している。傭兵の組合についての書類である。今まで知らなかったがどうやらこの世界には傭兵の組合のようなものがあるらしい。しかし、契約書の下にある小さな文字も確認すると組合の加入条件として『報酬を半分よこせ』とか書いてあった。俺は書類を速攻でゴミ箱に叩きこむ。
「……エアフォルク様はちゃんとあのチラシを渡したのでしょうか?」
食器を洗い終わりポンポンとエプロンで手を拭きながらツェンタリアが戻ってきた。あのチラシとは俺がシュタルゼに渡したあの営業チラシだ。一応三国の王に渡せといったのだが……。俺は依頼から目をそらさずに口の端を上げる。
「あぁん? あの権勢欲の権化、剣王リヒテールがそんなことするわけねえだろ」
「えぇ……?」
「いいかぁ、ちょっとそこの壁見とけ」
困惑するツェンタリアをよそに俺は依頼に目を通すのを止め右手を壁につきだした。「ベイルム」と唱えると俺の右手から光の束が出てきた。その光が壁に到達すると映像になる。いわゆる映写機の要領だ。写っている場所は会議室、そして三人の男が円卓を囲んでいる。
「これは、エアルレーザーのリヒテール様、パラディノスのヴァリスハルト様、そしてフェイグファイアのトレイランツ様ですね?」
「そう、自己中リヒテールと腹黒ヴァリスハルト、戦馬鹿トレイランツだ」
ツェンタリアの言うとおり映しだされた映像には①ライオンのような鬣が印象的な筋骨隆々のオッサン②白い司祭帽を被ったシワクチャの爺さん③仙人のような出で立ちの老人の三人が写っている。
簡単に説明すると①が世界最強と言われる騎士団を作り上げ世界に覇を唱えようとしているエアルレーザーの剣王リヒテール。②が要塞構築と戦略に長けた天使兵の統率者パラディノスの聖王ヴァリスハルト。③が不屈の精神を持ちゲリラ戦を得意とする竜人の首領フェイグファイアの竜王トレイランツである。
「これは、昨日の夜の映像だ」
「お、王の会議をどうやって撮ったのですか?」
「リヒテールの王冠についてる宝石にちょっと細工をな」
最近髪の毛が薄くなっているリヒテールは公の場以外では王冠をつけずにそこら辺の棚に置いていることが多い。そのため三人の姿がよく写っている。
「さ、始めるぞ」
俺が指を鳴らすと映像だけでなく音声も流れ始めた。
【勇者ジーガーは帰らぬカ】
少し残念そうなフェイグファイアのトレイランツとは対照的に、テーブルをバンバン叩きながら調子こいているのはエアルレーザーの剣王リヒテール(ハゲ)だ。
【なぁにあんな者が死んだ所で大勢に影響はない。我が騎士団を持ってすればアップルグンドの魔王シュタルゼなど一捻りよ!】
いきなりの暴言にツェンタリアの顔が曇る。
「ご主人様に激戦区を全て任せておきながら、よくもまあこのようなことが言えますね」
「偉くなってくると世の中が自分の思い通りに動くと信じ込むようになるからな。何しろ魔王城ごと木っ端微塵にする計画を立てたのがリヒテールだ。まともじゃねえよ」
【そんな事を言っておるがリヒテールよ。お主、アップルグンド攻略後を見据えて、エアルレーザーの国内に勇者ジーガーを隠しているのではないか?】
細い目の奥にギラリとした光を宿すパラディノスのヴァリスハルトの言葉に【冗談ではない!】とリヒテールが激高する。そんなに叫んで、血管切れないか心配になるなぁ。
【勇者がいなくとも我が騎士団は世界最強だ!】
【ほう、激戦地をジーガー一人に担当させ、簡単な戦場ばかりを選んできた騎士団が世界最強とは随分と抱腹絶倒な話だのぅ】
「ヴァリスハルト様は良くわかってらっしゃいますね」
「弱兵の天使を一人でまとめて他国と渡り合ってる怪物ジジイだからなぁ」
ニコニコしているツェンタリアとは対照的に俺は苦笑する。こういう情報を冷静に見れるヴァリスハルトが一番敵に回すと厄介なんだよなぁ。
【フン! 我が騎士団の実力を疑うのであればお主のベルテンリヒトでも突破してみせるわ!】
【最強の盾である要塞ベルテンリヒトを軟弱騎士団が突破するとは、随分とリヒテールはユニークな発言をするようになったのぅ】
リヒテールが権勢欲の塊ならヴァリスハルトは支配欲の塊だ。お互いに譲らずあーでもないこーでもないと欲望の火花を散らす二人をトレイランツが止めに入る。
【二人共落ち着ケ。アップルグンドを確実に攻略するまでわし達は同盟国ダ。喧嘩をするならアップルグンドを倒した後にしロ】
国としての強さはともかく王としての単体の力では間違いなく最強のトレイランツに諌められ、二人の王は冷静さを取り戻す。
【う、うむトレイランツ殿の言うとおりだな】
【ワシもいささか熱くなってしまったようじゃ】
「あいかわらずトレイランツは馬鹿げた統率力持ってやがんなぁ」
「世界が認める人格者ですからね」
「まあ俺も昔は助けてもらったから文句は言わねぇけどよ……と来たぞ来たぞ」
会議室にリヒテールの息子のエアフォルクがノックをして入ってきた。そして父であるリヒテールを【父上、少しお時間を】と言って会議室の外に出るよう促す。
【どうしたエアフォルク?】
リヒテールが席を立った所で俺は映像を止めた。
「この数分後、リヒテールは会議室の王冠をとりに戻ってきたあと夜逃げのように退室する。部屋の外の映像は写ってないがまあ予想としては、①まずエアフォルクが【ジーガーからの文書です】と言ってチラシ見せるとリヒテールがひったくるように受け取る。②リヒテールはチラシを一読して【なんじゃこりゃあああ!?】と叫んでエアフォルクに問いただす。③エアフォルクは昨晩の出来事を俺に負けたところはぼかして話す。④それを聞いたリヒテールは【コレはチャンスだ】とニヤリと笑ってチラシを握りつぶす。⑤エアフォルクが【ヴァリスハルト様とトレイランツ様には渡さないのですか?】と聞くとリヒテールが賢しい顔で頷き【あのようなバランスブレイカーを独占するチャンスなんだぞ? このようなチャンスは2度は訪れまい】と一言……ってとこだろうな」
長ったらしい説明を嫌な顔ひとつせず聞いていたツェンタリアが手を挙げる。
「あのーもしもご主人様の言うとおりに事が運んでしまったらマズいのでは?」
ツェンタリアの疑問はもっともだ。確かにこれではパラディノスとフェイグファイアに営業活動はできない。俺は二人のものまねをやめて「ハッハッハ」と笑う。
「ツェンタリア、人が機嫌よくペラペラ喋ってる時はな、物事が思い通りに進んでいる時だぜ」
俺が映像を消して新聞をツェンタリアに投げて渡す。
「新聞ですか? ってこれはっ!?」
新聞の一面にはデカデカと俺の顔写真が載っていた。そしてその上には【ジーガー氏傭兵業を開始へ!】という見出しがついている。ツェンタリアが文章を読み上げる。
「【エアルレーザー・パラディノス・フェイグファイアの駐屯地を襲撃したジーガー氏から本社に手紙が届いた。その手紙には三国を裏切ったわけではなく、今後は各国の垣根を超えて平和に貢献していきたいと書かれておりジーガー氏直筆のサインもあった】ですか」
俺はニッヒッヒと笑う。
「良い内容で書いてるじゃねぇか」
「そうですね。ですがなんでこんなすぐに一面記事になっているんですか?」
「握らせたんだよ」
「ナニをですか?」
「金だよ金。結構使ったとはいえ、ちゃんと書くなんてこっちのマスコミは素直だねぇ」
三国の軍を撃退して得た25万Wの内15万Wを家に使い、残りの5万Wを新聞記者に握らせておいたのだ。その結果は成功だろう。本文を見る限り俺に不利になるようなことは書かれていない。
「ツェンタリア、他にはなんて書いてある?」
「あ、はいえーっと【ジーガー氏は営業活動として駐屯地襲撃の際エアフォルク氏にパラディノス並びにフェイグファイア各国王への文書を託し営業を行ったと話している】……ご主人様はコレが目的だったのですね」
「正解。仕事も戦いも段取り八分ってな。いざ傭兵になって働こうとしても依頼がエアルレーザーとアップルグンドからしか来ないんじゃ儲けが減っちまうからな」
例え、リヒテールが国に戻った後で二人の王に伝えるよう思い直したとしても、俺が傭兵業を始めるというのは重要な情報だ。そういう重要な情報を送る場合は実力のある運び屋を手配せねばならず、更に移動時間も加味すれば最低でも2日はかかる。それより先にこの新聞が届くことで、二人の王はリヒテールへの不信を深めるだろう。つまりあの会議室でリヒテールが二人の王に伝えなかった時点で俺の勝ちは確定していたのだ。
「これであの同盟に消せない傷をつけることができた、あと一息ってとこだな」
「ご主人様はなぜこのようなことを?」
ツェンタリアは心底不思議そうな顔をしている。つまり「戦いを長引かせずに全ての王を倒してしまえば良いのでは?」という意味だ。なぜ俺がそれをしないのか、そんなことをは決まってるだろう。
「……世界平和のためさ」
俺はなれないウィンクをしてみせた。
■依頼内容「世界中にジーガーが傭兵業を始めたことを知らしめよ」
■結果「成功」
■報酬「三国の同盟に楔を入れ、顧客の拡大に成功した」
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