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第62話 優れた個は衆愚を凌駕する

今日のツェンタリアさん

「やはり死ぬ理由を補強する宗教の絡む戦いというのは面倒なものですね。100歳まで生きて往生すれば美しい異性と結ばれる宗教でもあれば良いのですが……まあ私は素敵なご主人様と赤い糸で結ばれているので不要ですけどね」


「バンドゥンデンが出てきましたか。ならば助太刀を……え、私は後方に!?……ほうほうなるほど意味はわかりませんがやることは解りました」

●依頼内容「ベルテンリヒトの攻略」

●依頼主「エアルレーザー国王エアフォルク」

●報酬「100万W」


 俺とバンドゥンデンはベルテンリヒト城門の前で対峙していた。その周りをぐるりと熱心な信者が囲んでいる。どうやら話し合いの推移を見守るつもりらしい。


「全く、ジーガー君がエアルレーザーに味方したので大役を任されてしまい、いい迷惑ですよ」


「やれやれ、ヴァリスハルトの奴はお前にも依頼文書を送ってたのか」


「いいえ違いますよ。私は依頼では動いていません」


「へぇ、胡散臭い事この上無いが時間があるから理由を聞いてやるよ。どういう風の吹き回しだ?」


『なんだアイツ神父様に偉そうに』『罰当たりな……』


 まわりの信者たちのヒソヒソ声が聞こえてくる。いや、こういう湿度の高いジメジメした連中のことだからわざと聞こえるうように言ってるのか。まあとにかく神父姿のバンドゥンデンとまわりの連中の言葉から導き出される答えは1つだ。


「……そういう事かよ」


「はい、お察しの通りです。今の私はパラディノスの神父です」


 ニッコリと笑うバンドゥンデン。俺も笑顔で返す。


「ハッハッハなるほどな、お前がパラディノスの味方してることに合点がいったぜ」


 俺がバンドゥンデンとくだらない会話を続けている理由は2つある。1つは、記者の目が光っているため、そしてもう1つは次の一手のためだ。


「えぇ、ヴァリスハルトさんは落胆していましたよ」


「嘘つけアイツがそんなタマかよ」


 俺は話を続けながら周りの信者たちの魔力を探る。……ちっ、やっぱりほとんど亡者じゃねぇか。


「……おや気づきましたか?」


「当たり前だ馬鹿野郎」


 バンドゥンデンは俺の僅かな表情の変化に気付いたらしい。意外そうにしてやがる。白々しいやつだ。


 亡者ならほぼモンスターのようなものなので倒してしまっても問題はない。しかし、周りにいるのは俺ですら集中しなければ見抜けない外見の亡者だ。つまり記者から見ると俺が一般人に暴力を振るったようにしか見えないのである。


「チビシスターはどうした?」


「……最近は別行動が増えてきましてね。今もそうです」


 俺は「……そうか」と口にしながら、バンドゥンデンが質問に答えた意味を考える。普通ならこんな質問に律儀に応える必要はない。考えられる可能性としては2つ、①『本当は別行動をしてはおらずどこかで俺やエアフォルクの隙を窺っている』という可能性。②『俺に何かを察して欲しい』という可能性だ。


「エアルレーザーの王都でも攻めてるのか?」


 俺は②と予想してバンドゥンデンに質問を重ねてみる。するとバンドゥンデンが目を細めながらハッキリと、大きな声で答えた。


「ええ、そのとおりです。メイサ君達は蛮族エアルレーザーの王都を攻めるべく馬を走らせております」


 優秀な人間というものは行動に複数の意味を持たせていることが多い。このバンドゥンデンもそういう類の人間だ。まずは信者たちに聞こえるように。そして俺の後ろにいるエアルレーザー軍に聞こえるようにわざわざ大きな声で答えた。


 ザワザワと騒ぐエアルレーザー軍と信者たちを見てバンドゥンデンの口元に笑みが浮かぶ。作り笑いではなく心の底からの勝ち誇った笑みである。優秀なバンドゥンデンは信者たちへのアピールとエアルレーザー軍への揺さぶりを同時に行うことに成功した。


 ……だが、そんな優秀な人間の行動を読みきった上でそれを逆手に取る人種がいる……俺のような天才である。


「!?」


 バンドゥンデンがガクリと膝をつく。そして周りの信者たちもバタバタと倒れていく。


「こ、これはまさか!?」


「あれだけベラベラ喋った挙句大声だしたらさぞかし薬が回るのも早かろうて」


 今度は俺が笑みを浮かべる番だ。地面に突っ伏したバンドゥンデンが俺の顔を忌々しげに睨みつける。


「罪もない人々に毒を使うとはっ……!」


「言いがかりはヤメろっての、ただの眠り薬だって」


 俺は巾着袋の紐に指を通してクルクル回しながらその視線を受け流す。


「ツェンタリア、ありがとさん」


 いつの間にか後ろに来ていたツェンタリアに俺はお礼をいう。


「いえいえ、お安い御用です」


「クッ姿が見えないと思ったらそういうことかっ!」


 バンドゥンデンはツェンタリアの顔を見ただけでこちらの作戦を察したらしい。っていうか意識が朦朧としているわりには頭の回る奴だな。


「お察しの通り、後ろから空槍ルフトで風を送ってもらっていたのさ。ただし勘の良いお前にも分からないくらいの僅かな風をな」


「妙に話に乗ってくると思ったらそのためかっ!」


「悪いが一般市民を盾にしてくる奴なんて10年間の戦いの中で嫌ってほど見てきてるんでな……お前は『俺が話をしながら攻略法を考えている』と勘違いしたんだろ?」


「クッ……!」


 バンドゥンデンは顔を伏せた。


「チビシスターがエアルレーザーを攻めてるなんて情報を出して俺の考えを乱そうとしたんだろうが残念だったな。ミスが2つあった。1つは先程も言ったとおり俺は考えるために時間を稼いでいたわけではなくお前を倒すための時間を稼いでいたこと」


「クックック……」


「な、なにがおかしいのです!?」


 急に笑い始めたバンドゥンデンを見てツェンタリアが風槍ルフトを構えるが、俺は右手を出してそれを静止する。


「どうせチビシスターがエアルレーザーを攻めているのは本当で充分な兵力をそちらに割いている……とでも言いたいんだろ」


「……!?」


 俯いているので表情は見えないがバンドゥンデンが息を呑んだのがわかった。どうやら図星だったらしい。


「だが甘ぇな。木っ端がいくら集まったところでリヒテールに勝てるわけねぇだろ」


 俺の言葉を裏付けるかのようにエアルレーザーの方角からドンっという地響きが伝わってきた。


「ば、ばかな……」


 亡者の目を通して仲間がやられたところが見えたのだろう。もはや意識が途切れる寸前のバンドゥンデンが悔しげにつぶやく。


「お前はちょっと敵を甘く見過ぎるきらいがあるな。そのちょっとでも簡単に死ぬぞ。覚えておくんだな」


「……」


「ってもう聞こえちゃいねぇか」


 完全に意識が途切れたバンドゥンデンを踏んづけて俺は前に進む。


「よろしいのですか?」


「いいのいいの、どうせこれも本体じゃねぇしな」


 意識を刈り取る強力な眠り薬を吸ってなおアソコまで話せる人間はいない。つまり、あのバンドゥンデンはどこかで本体が操作していた偽物ということだ。


 まだ完全に理解できていないツェンタリアの「はぁ、そうなのですか」という言葉を背に受けつつ、俺はベルテンリヒトの城門に手をかけた。


■依頼内容「ベルテンリヒトの攻略」

■経過「さーてオープンセサミだ」

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