第56話 青い顔して不敵に笑え
今日のツェンタリアさん
「最近ご主人様からの信頼度が上がった気がしますね。具体的に言えば重要な任務でも1人で持ち場を任されることが増えてきました。今回も頑張っていきたいと思います」
「ここまでカーカラックが増えているとは思いませんでした。あ、お婆さん危ない! 大丈夫ですか!?……良かったです。では私はこれで!」
●依頼内容①「夫のヴィッツを助けて」
●依頼主「新聞記者ラート」
●報酬「20万W」
●依頼内容②「暴走したカーカラックを排除して欲しい」
●依頼主「パラディノス国王ヴァリスハルト」
●報酬「100万W」
俺は左手をスナップして錆びた剣を収納する。そして王都の真ん中の噴水で数分待つとツェンタリアがこちらに走ってきた。
「よぉツェンタリア、早かったな」
「ご主人様もいま来たところですか?」
意外そうな顔をしているツェンタリアに俺は笑って「んなわけねーだろ」と答える。
「俺と同着するには10年早いぜ」
「結構すぐですね」
そう言って齢108のツェンタリアが微笑む。そういやそうだったな……俺は気を取り直して「それで東側にヴィッツはいたか?」と訊ねる。しかし、ツェンタリアは首を振った。
「っということは変装して東側にいるってことだな」
「そうなのですか?」
「あぁ、ヴィッツは戦闘能力は皆無だが変装能力は一線級だからな」
西側で俺が魔力を探っていたのはこのためである。
俺は「ちょっと待ててくれ、ヴィッツの奴を見つけてくる」とツェンタリアに言って王都の東側に向かって駆け出す。俺はカーカラックのいなくなった王都の東側を集中しながら駆け抜けていく。
「おっ」
俺は焼け落ちた厩の近くで見慣れた魔力を纏ったお婆さんを発見した。俺が「助けに来たぞヴィッツ!」と声をかけるとお婆さんは野太い声で「よぉジーガー、嫁さんの差金か?」と答えた。
「当たり前だ。そうでもなきゃボランティアでムサイおっさんを助けるかよ」
「このようなか弱い老婆に対してヒドいやつじゃのぅ」
ヨヨヨと泣き崩れる演技をするヴィッツ。どこをどうやって発声しているのかは不明だが声も完璧にお婆さんになっている。俺は「やめろっての」と苦笑しながらヴィッツの首根っこを掴んで一気に跳躍、王都の真ん中の噴水まで戻ってきた。
◆◆◆◆◆◆
「助かったぜジーガー!」
「礼ならできた嫁さんに言ってやれ」
俺は老婆姿のヴィッツと軽口を叩き合った後、ツェンタリアに向き直る。
「それじゃあツェンタリア、ヴィッツを頼んだぞ」
王都の市街で暴れていたカーカラックは全滅させたはずなのだが、念のため俺はツェンタリアにヴィッツの警護を任せた。
「わかりました。ご主人様はこの後どうするのですか?」
「1個目の依頼は完了したからあとは」
俺の言葉は突然の爆発音で遮られた。振り返るとエアルレーザーの王城から煙が噴き出している。その場所を見てツェンタリアとヴィッツが目を丸くする。
「あの場所はっ!?」
「おいおいおいおい剣王の間じゃねぇか!?」
「そうだな……」
ツェンタリアとヴィッツの驚愕をヨソに俺は王城に向かって歩き始める。
「ご、ご主人様何を?」
俺は右手をスナップしながら笑った。
「そんなの決まってんだろ。必死なオッサンの顔を笑いに行くのさ」
◆◆◆◆◆◆
市街のカーカラックは俺とツェンタリアの活躍によって片付けたのだが、王城にはまだまだカーカラックが残っていた。俺は右手に死剣アーレを携えて王城の中を進む。
「ギシャアアアアアッ!?」
「やれやれ、民のために騎士団を市街に多く送り出すのは良いどよぉ……王将の守りが手薄過ぎやしないかねぇ」
俺はため息をつきながら本日100体目のカーカラックを切り捨てた。城の中には兵は少なく、その殆どが城内の非戦闘員が避難した倉庫の前で守りに徹している。俺がいなかった場合、市街の騎士が戻って来るのを待って挟み撃ちを仕掛ける予定だったのだろう。寡兵でカーカラックに対する場合なら合理的な方法ではある。だがそこにイレギュラーな俺が来たため一番カーカラックと戦わなくてはならないはめに陥っているのだ。
「それにしても静かだが……リヒテールのオッサンめ、殺られたわけじゃあるまいな?」
俺は城の下層から虱潰しにカーカラックを倒してリヒテールのいる剣王の間を目指している。爆発は先程以降起きてはいない。カーカラックは敵が近くに寄ってこないかぎりは騒いだりはしないので城は不気味な静けさに支配されていた。
◆◆◆◆◆◆
「ギシャァァァッ!」
150体以降は数えていないが、多分倒したカーカラックの数は200体を超えているだろう。俺は王城の中を進みに進んで剣王の間の前に到着した。
「へーいリヒテール生きてるかぁ?」
半ばふざけながら俺は剣王の間の扉を開いた。「キシャアアア!」っと同時にカーカラックが吹っ飛んできた。
「おいおい、熱烈な歓迎だな?」
俺は慌てず騒がず飛んできたカーカラックを真っ二つにする。するとその間から玉座にふんぞり返っているリヒテールの姿が見えた。右手で方杖を突いてこちらを見てやがる。態度もそうだが表情も不敵そのものである。
「なんだジーガーか。カーカラックと間違えたぞ」
「おいおいこんなハンサム顔をのっぺら坊と見間違えるなんて老眼にでもなったか?」
「名前が似ているだろう? ジーガラック」
「混ぜんな混ぜんな」
俺は苦笑しながら剣王の間を見回す。床には多くのカーカラックの死体が転がっている。そして玉座近くには何かが爆発した後……そこまで観察して俺は有ることに気付いてしまった。
「おいリヒテール、左手はどうした?」
俺の言葉にリヒテールはクックックと笑った。
「流石にお主は騙せぬか……ほれ、このとおりだ」
そう言いながら俺の方に差し出されたリヒテールの左手は赤く焼けただれていた。
「まさか爆弾にした相手が抱きついてくるとは思わなかったわ。世界はまだまだ面白い」
「なるほど、さっきの爆発はそれが原因か」
リヒテールは「うむ」と楽しそうに頷いた。
俺はそんなリヒテールの態度を見て違和感を覚える。短期が服を着て歩いているような昔のリヒテールならばすぐさまパラディノスに宣戦布告くらいはするだろう。そんな男が玉座に座って笑っているだけというのは、異常だ。
「随分落ち着いてるじゃねぇか。頭に隕石でも当たったか?」
「フッ、ワシは近いうちにエアフォルクに王位を譲渡するつもりだったからな」
俺は「へぇ」と感心する。リヒテールの辞書に譲渡なんて言葉があったのか。こういう状況になるんだったらエアフォルクをあそこまで傷めつけたのは失策だったか。
「ところでジーガーよ、この後お主はどうするのだ?」
「1匹見たら30匹はいるのがカーカラックだからな、念のため王都全体のカーカラックの気配を探ってから帰るさ」
「エアフォルクともども苦労かけるな」
今度は俺がクックックと笑う。
「なぁに、金もらえる分、昔に比べりゃ天国だぜ」
そう言って俺は剣王の間の扉をバタンと閉めた。
◆◆◆◆◆◆
王都から出たところでツェンタリアと合流した。ヴィッツは先にラートの待つ家に戻っていったらしい。俺とツェンタリアも自分たちの家に向かって歩き始める。
「経過はどうあれ、ついにパラディノスが動いたか。歴史の節目だな」
「今後はアップルグンドとエアルレーザーの戦いにパラディノスが参戦して三つ巴になるのでしょうか?」
ツェンタリアの質問に俺は「それはわからん」と首を横に振った。
「そうなのですか?」
「一対一の戦いなら勝敗まで当てることができるが三国となると不確定要素が多すぎてもはやただの勘だ。勘に理屈なんて付けれやしないのさ」
「なるほどお話などで結末が読めない三角関係が面白いのと同じですね……まあご主人様と私の強固な一本線には何者も入り込めませんがね」
国同士の話を男女関係に置き換えた挙句、ドヤ顔し始めたツェンタリアを見て俺は苦笑する。
「ツェンタリアってむやみに前向きだよなぁ」
「ご不満ですか?」
「いや、ありがたいよ」
■依頼内容①「夫のヴィッツを助けて」
■結果「老婆を王都の外まで警護した」
■報酬「20万W」
■依頼内容②「暴走したカーカラックを排除して欲しい」
■結果「1匹たりとも残しはしなかった」
■報酬「100万W」
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