第2話 欲望のけもの達
今日のツェンタリアさん
「はじめまして前書きを担当させていただいているツェンタリアと申します。こちらで前回のお話の感想などを語りたいと思います。こういった場所は苦手で文章が固くなってしまうこともあるかもしれませんがよろしくお願い申し上げます」
「今日はご主人様が魔王シュタルゼ様のところに傭兵として初営業に行っております。先ほどまではドシンドシンと音がしておりましたが静かになりました。昨日はウキウキでチラシを作っていたので上手くいくと良いのですが……あ、ちなみに『必ずや最高の成功をプレゼントしてやる』というのは私が考えました。カッコいいと思いませんか?」
俺の名前はジーガー、26歳。十年戦っても貯金が1Wも貯まらない勇者を辞めて、今日から傭兵生活の始まりだ。こんな格好(ジーパンにTシャツ【町田市】と書かれている)だが間違いなく強いので安心してくれ。必ずや最高の成功をプレゼントしてやる。(チラシの一文から抜粋)
●依頼内容「駐屯地にいるエアルレーザー・パラディノス・フェイグファイアの兵を半殺しにせよ」
●依頼主「アップルグンド国王シュタルゼ」
●報酬「25万W」
俺は弾丸のように一直線に森のなかを進んでいる。魔王城の周りに広がる魔の森フォルストル……本来ならば入るものを惑わせ取り殺す森すら俺を止めることは出来ない。
っというか魔王城に来る時に真空の刃で道を作ろうと俺が剣を構えた途端、魔の森フォルストルは十戒の海のようにザザァっと木々が左右に分かれたのだ。要するに命の危険を感じ取ったのだろう。それ以来フォルストルは俺の邪魔をしてこなくなった。
そのため俺はフォルストルの作った道を進みエアルレーザー・パラディノス・フェイグファイア三国の軍のいる場所まで一直線に進んでいる。
「ご無事でしたかご主人様。して結果は?」
どこから現れたのか一匹の馬が並走している。その馬は常に曇天のアップルグンドでもクッキリと白く輝いている。世にも珍しい白馬というやつだ。これは俺の愛馬ツェンタリア、言葉が喋れて最強無敵の俺に向かって『ご無事でしたか』なんてジョークも言える。俺は意地悪く笑いながら答える。
「おいおい冗談だろ、ツェンタリアには俺が尻尾巻いて逃げてるように見えるのか?」
フォルストルを抜けると崖、そして眼下にはアップルグンド国内で最大の草原であるジュラム草原が広がる。その草原で灯りの集っている場所が俺の最初の仕事場だ。
俺は三国のキャンプを感慨深く見下ろした後、今度は夜空を見上げる。星は見えない。アップルグンドの空は一年中分厚い暗闇の雲に覆われているのだ。今日は特に空の機嫌が悪く雷光が走っている。
ここから半殺しになるくらいの雷をバーンと落として「はいおしまい」でもいいのだが、兵士を殺してしまって無用な恨みを買うのはアホらしいので実際にヤりに行くことにした。
「行くぞツェンタリア、仕事だ。報酬は25万W、家を構えるには十分な額だな」
「丘の上の一軒家を見つけておきました。あとは契約金を払うだけです」
「上等!」
俺は崖から跳躍した。横のツェンタリアも躊躇なく飛ぶ。俺は飛んでいる間に右手をスナップして木刀を取り出した。これは俺が独自にあみ出した魔法の収納術ドゥーエン、右手をスナップすることによってこの世界のどこかにある秘密の物置から物を取り出すことができる。ちなみに左手のスナップで物置に物を戻すことができ、こちらはヴェーヘンと言う。
着地。すぐさま駐屯地に向かって走り始める。すると並走しているツェンタリアが声をかけてきた。
「魔王シュタルゼと戦ってお疲れでしょう。乗りますか?」
「……ああよろしく頼む」
本当はまったく疲れていないのだが、無碍に断るとツェンタリアがしばらく口をきいてくれなくなるので俺はヒラリと跨った。
ちょっと嬉しそうなツェンタリアが「どうします?」と聞いてきた。ツェンタリアは戦いの前に必ずこの質問をしてくる。要するにその戦いに対する俺の本気度を聞いているのだ。いつもの適当な戦場なら「好きなようにしろぃ」と答えるのだが……今回は事情が違う。どれだけ鮮烈に三国の軍を蹴散らせるかが重要になってくる。
「一番派手なやつで行ってくれ。この戦いで勇者ジーガーは死に、最強の傭兵が生まれんだからな!」
「わかりました」
ツェンタリアがそう言うやいなや俺は炎に包まれた。世界に1頭しかいない燃える馬。並の人間なら消し炭になるような炎も俺にとっては自分の血潮を滾らせるエネルギーである。
暴れ馬として乗り手がいなかったツェンタリアに初めて跨ったのが10年前。それ以来、俺と『彼女』はどんな戦場でも一緒だった。俺は「今回も頼むぞ」という思いを持ってツェンタリアの首をポンポンと叩く。
「フフッ」
「どうしたツェンタリア、いきなり笑って?」
「いえ、こんなに楽しそうなご主人様は初めてなので」
「そうか……いや、そうだな。これからは自分の判断でどんな敵も倒すことができるし、どんな人だって助けることができる。これほど大変で、これほど自由なことはねぇ!」
所属していた騎士団のある湖の国エアルレーザー、口うるさく正義を説いてきた氷の国パラディノス、過酷な戦場を共に走った火山の国フェイグファイア、三国の駐屯地はもう目の前に迫っている。守兵も闇夜を切り裂き向かって来る火の玉に気づき騒ぎ始めた。
そりゃそうだ魔王城から駐屯地へまっすぐ向かって来る火の玉に気づかなかったら守兵としては失格だ。駐屯地から「弓兵ッ! 前へッ!」と叫ぶ守兵の声が聞こえる。
戦いが始まる。これまでの10年とは違い俺の戦いが始まる。俺は木刀を握りしめ叫んだ。
「稼ぐぞツェンタリアぁッ! 正面突破だぁっ!」
本来正面からの突撃なんてのは愚の骨頂だが、今回はあえてそれをする意義がある。ツェンタリアもその意義は理解してくれているのだろう。異議も唱えず加速する。
弓兵が弓を引き絞るのが見えた。あの弓から矢が放たれた時が開戦だ。瞳孔を開け、指を離せ、早く射て、俺に暴れさせろ!
そして、守兵の指から……矢が放たれた。
来た、来たぞ、自由への鏑矢だ! 祝福するように一直線に向かって来やがる!
「グアアアアアラアアアアアッ!」
俺は歓喜に打ち震えながら矢をなぎ払い、獣のように雄叫びを上げながら駐屯地になだれ込んだ。
◆◆◆◆◆◆
ツェンタリアの放った炎に包まれた駐屯地で俺はこれまでの鬱憤を晴らすが如く暴れていた。
「ガハァッ!」
「おいおい軽いやっちゃな、ちゃんと食べてるか?」
エアルレーザーの誇る重騎兵を5人まとめて一撃で吹き飛ばす。
「凍りづけになるがいい!」
「俺を凍らせるにはマイナス百度は足らねえな」
パラディノスの天使兵の放った氷はツェンタリアの炎で蒸発する。
「くそ、何だアイツは化け物か!?」
「勇者……じゃなくて傭兵ですよっと」
フェイグファイアの竜人たちが放つ矢は俺の周りに張った風の守りで自ら逸れていった。
俺はとりあえず目の間に立ちふさがるものは全て切り伏せながら駐屯地の中を歩いていく。自分で言うのもなんだが俺は強い。三国の兵をバッサバッサとなぎ倒しながら快進撃をしているが、1割も力を出してはいない。
こちらの世界に召喚された際に強大な力を付与され、その力を10年間の戦いの中で磨いてきたのだ。今この世界に単純な強さでも経験の豊富さでも俺の右に出るものはいないだろう。
「あ、あひゃあああああっ!」
俺のあまりの強さに……中には近寄るだけで恐怖で失神してしまう兵もいたが流石にこれはソッとしておいた。臭いし。
真正面から駐屯地をゆっくりと縦に割っていき、10分ほどで端に到着する。
「さて、この辺なんだが……おかしいな、駐屯地から出ちまったぞ?」
あたりを見回すが炎がテントに燃え移ってしまっているため、自分が今どこにいるのか場所がよくわからない。
「す、すみませんご主人様。ちょっと炎を大きくしすぎたようです」
「気にするなツェンタリア。派手にやれって言ったのは俺だからな」
申し訳無さそうなツェンタリアの頭を撫でつつ「っかしーなー、この辺にアイツラのご立派なテントがあったはずなんだけどなー」などと呟いていると……。
「父さんたちなら先輩の出発を見届けて国に帰りましたよ」
振り向くとそこにはご立派な鎧を着てご立派な剣を携えた青年が立っていた。整った顔には爽やかを絵に描いたような笑みをたたえ、ウェーブがかった柔らかな金髪からのぞく目は青い。まあ俗にいう正統派イケメンというやつだ。その何から何まで面白みのない青年を見て俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「よぉ、一日ぶりだなエアフォルク、相変わらず重そうな装備だな」
「先輩は一日で随分と変わりましたね、装備も、立場も」
一見ニコニコと笑っているように見えるが青年の目が俺の一挙手一投足を油断なく観察しているのがわかる。コイツはエアルレーザー王子『エアフォルク』騎士団で剣を一緒に学んだ弟弟子で、この世界で一番の剣の使い手だ……俺がいなけりゃな。
「装いは軽くそれでいて責任は重くってな。それで、お前は俺と戦うかいね?」
「……手加減はしませんよ」
そう言って剣を構えるエアフォルク。できれば三国の王を半殺しにして俺という存在を喧伝したかったのだが仕方ない。
「今日はどいつもこいつもジョークがキレてやがるな。てめぇがこの状況で手加減する性格かよ」
まあ考え方を変えてみるとコレはコレで美味しい。ここでエアフォルクと戦って格の違いを見せつければ俺の価値がグッと上がる。「よし、決まりだ。本気で半殺そう」俺は木刀を構えた。
「いきますよ!」
エアフォルクの方もよっぽど俺を倒したかったのか「き」の所で地面スレスレを舐めるように突進してくる。狙いは足だ。
「相変わらずゲスい奴だ」
エアフォルクは見た目こそ正統派だが戦い方はトコトン邪道だ。特に今のように周りに人の目がないところでは騎士道もへったくれもない方法を平気で使ってくる。このあたりはエアルレーザー騎士団のモットー「勝てば官軍」を体現した行動だと言えよう。
ついでに言うとエアフォルクは元々の性格からして俗物中の俗物で名誉・名声大好き。もう今なんて体中から「ここで邪魔者を消せば僕が英雄になれるんだ!」という欲望が溢れ出ている。
「だがまだ甘ぇな、体が欲望に動かされちまってるぜ」
「取ったぁ!」
俺のありがた~い忠告なんて聞いちゃいねぇ。躊躇なく兄弟子様の左足を寸断しようとするエアフォルク。良いスピードだ。俺でも避けられないかもしれない……フルアーマーを着てるんならな。剣が足をなぎ払うスレスレ身軽な格好の俺は跳躍して避ける。
「クッしまった!」
俺相手に剣技で勝負を挑むことの愚かさを知っているエアフォルクは最初の奇襲に全てをかけたのだろう、渾身の一撃が避けられまだ態勢が崩れたままだ。空中の俺はゆっくりと頭に狙いを定める。このまま頭に打ち込んでも……まあ死にはしないだろう。
「TPOで例えるならOが見えてなかったな」
俺は木刀を持つ手に力を込める……とここまでやっておいて俺は一つ重大なことに気づいた。
俺の後ろにいま通り抜けてきた駐屯地が合って、俺の前にエアフォルクがいる。つまり今の位置関係は駐屯地、俺、エアフォルク、ということは?
こ、こいつ駐屯地の中にいねえじゃん!?
いやそんなの気にせず半分死ぬくらいの一撃を頭に喰らわせちまっても良いんだが、初仕事からいきなり契約外のことをしたら「こいつ格好つけてるけど仕事は適当だぞ」とか思われて俺の価値を安く見られるかもしれない。それはマズイ、それだけは避けねばならない。
「くぉの!」
俺は振り下ろしはじめていた腕に急ブレーキをかけて変な態勢で着地。すぐさま後ろに飛び退いて「え?」とか言ってるエアフォルクから距離を取った。完全に無防備だったエアフォルクは情けをかけられたと思ったのかご立腹だ。
「先輩、なぜ手を止めたのです!」
エアフォルクを忌々しげに睨みつけながら俺は左手をスナップして木刀をしまう。
「チッ、やーめだやめ」
「えっ!?」
「契約に守秘義務があるから詳しくは言えないがお前と戦う意味が無くなっちまった。それに兵も大体逃げちまったから俺の仕事はこれでおーしまい」
「そ、そんな不真面目な!」
「ばーか真面目だから戦わねえんだよ」
抗議のつもりなのか再び剣を構えるエアフォルク。しかし完全にやる気を失い帰宅モードに入った俺は「お土産だ」と丸めたチラシを3つポーンと投げて渡す。
「それ、アイツラに渡しといてくれよ。じゃーなー」
俺はきびすを返してツェンタリアに乗る。
「ちょっと先輩!?」
エアフォルクの「待ってくださいよ、というかアイツラって誰ですかー!?」という声を背中に受けつつ俺達はスタコラサッサと駐屯地を後にした。
■依頼内容「駐屯地にいるエアルレーザー・パラディノス・フェイグファイアの兵を半殺しにせよ」
■結果「成功」
■報酬「25万W」
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