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第48話 非常に際して 非情に徹して

今日のツェンタリアさん

「ご主人様の見えないところでもシッカリと戦ってますよ? 氷杖リエレンを使って敵の突進を止めた後は空槍ルフトを使って華麗にノックアウト!……おや、向こうでエアフォルク様が必殺技を使いましたね、一気に敵が吹っ飛びました。本当に1人戦術兵器な方ですねぇ」


「そんな事を言っている間にご主人様の近くに巨大な龍が!? これは馳せ参じなくては……っとその前にとりあえず最大出力で氷杖リエレンを使っておきましょう。足さえ止まればエアルレーザー軍の方々でも十分対応できるでしょうしね」

●依頼内容「エアフォルクを決戦の地まで護衛せよ」

●依頼主「エアルレーザー国王リヒテール」

●報酬「60万W」


「ご主人様!?」


 ツェンタリアが俺の側に走ってきた。


「おう、そっちの状況はどうだ?」


「はい、ご主人様が走っていた直後に地上部隊ヴェルグが襲ってきました。突進によって重騎兵も何人か倒されましたがエアフォルク様の危剣フォルコンによる一閃で戦況は有利になっております」


 まぁ、ツェンタリアが「ここで待っとけ」という俺の指示を無視してくるくらいだから大丈夫なのだろう。そして……それだけこの俺の前にいる空帝カイザールが厄介だと考えているのだろう。


 この世界には伝説級の竜が3体いる。


 すなわち全ての空を支配する漆黒の竜 空帝カイザール、全ての海を制覇した群青の竜 海竜王ボリテンヌンツォ、全ての木を司る鮮緑の竜 樹師ナトゥーアである。


 全ての竜が1体で国を滅ぼせると言われている。そして昔、シュタルゼはバンデルテーアの遺産であるズイデンで魔力を強化することによって、多大なる自己への負担を持ってそれら召喚することができるのだ。


 俺はその3体の中では海竜王ボリテンヌンツォと戦って勝ったことがある。しかし、それはズイデンの力が倍増する前の戦績であり、いま眼の前にいる空帝カイザールと戦う際の参考にはならない。


『以前は弟が世話になったようだな』


「弟のヒゲの敵討ちなら後にしてくれねぇかな?」


 この会話からも察せられる通り空帝カイザールはこの前俺がヒゲを切った土石竜エイルダの兄である。成人している弟のヒゲを剃られたくらいで兄が出てくる何てことは人間の世界では聞いたことがない話だが、竜というのは身内に甘く他人に厳しい種族なので、まあ、あり得ない話でもない。


 しかし空帝カイザールはそこまで兄弟愛に厚いタイプでは無かったようだ。「なにを馬鹿なことを」とでも言いたげにフンと鼻を鳴らす。


『そう結論を急ぐな、小動物の悪い癖だぞ』


「……その小動物に召喚されて操られてるお前には言われたくねぇなぁ」


 ヒトの事を小動物と呼んで見下しているのはこの兄弟の悪い癖だ。一方で、そういう言葉に一々絡んでしまうのは俺の悪い癖だ。


『操られている……か、まあそう見えるのだろうな』


「どういう意味だ。まさか自分はシュタルゼに操られていないとでも言うつもりか?」


 空帝カイザールの意外な反応に俺は少し戸惑いながら話を繋ぐ。どういうことだ? 空帝カイザールというのはプライドの高い竜の中でもとびきり高慢である。それが小動物(この場合は魔王シュタルゼ)に使役されている事実を指摘されたのに、怒るどころか笑っている。


『いや、操られているというのは事実だ。召喚された際に契約を結ばされたのでな』


「だろうな」


 召喚術というのは基本的には外方とされ忌み嫌われている。なぜなら召喚したものと召喚されたものの間には絶対的な契約が強制的に結ばれることになり、どのような非人道的なことでも命令できてしまうためだ。


 その契約を破棄するためには方法は2つしか無い。①召喚した側が契約を破棄すること。②召喚した側が死んでしまうこと。空帝カイザールの場合は①②どちらもあり得ないのだ。シュタルゼは生きているし、契約の破棄なんてしようものならすぐに空帝カイザールはシュタルゼを殺そうとするだろう。


「それじゃあ何でお前は俺のところに来てんだよ?」


 俺の質問に空帝カイザールの口角が上がった。「よくぞ聞いてくれた」といったところなのだろうか、愉快そうに目を細める。


『なぁに、我を召喚した小動物は気が狂っておったのでな』


「へぇ……」


 俺は興味ない風を装いながら「やっぱりシュタルゼはズイデンに精神を蝕まれちまったのか……」と内心穏やかではなかった。しかし、空帝カイザールは俺の様子など気にせず続ける。


『そして、命令も単純かつ我の思いと合致していたのでな』


「どんな命令だったんだ?」


『…………暴れよ、だ』


 そう言って空帝カイザールが空に飛び上がり、黒炎を吐きだした。随分と豪華な開戦の合図だ。


「ご主人様!?」


「おいおい狙うなら俺だけ狙えよ」


 黒炎は俺だけではなく後ろにいるツェンタリアとエアルレーザーの隊列も飲み込むべくコーン型に広がっていく。俺は別に平気だが黒炎に焼かれたエアルレーザー軍はチリすら残らないだろう。っというわけで俺は護衛としての依頼をこなす事にした。


『ハッ! 剣を構えてなんとする!』


「……」


 俺は空帝カイザールの言葉を無視して集中する。


「…………フッ!」


 そして充分に集中しきったところで死剣アーレをなぎ払った。なぎ払ったと言っても、その場で振っただけである。死剣アーレは黒炎に触れてもいない。


 しかしそれだけで黒炎が切れて。消えた。


「よーし、行けるもんだね」


『ば、馬鹿な!?』


 あっけらかんとしている俺とは対照的に空帝カイザールは驚愕している。どうやらあの黒炎は最強の技かそれに近い技だったらしい。魔王シュタルゼもそうだが、今日の敵は一撃必殺というかいきなり最強技をぶっ放してくる奴が多い気がするなぁ。


「さて、次は何を出すんだ?」


『ぐ、ぐぬぬぬヌオオオオオオオオ!』


 空帝カイザールは再び黒炎を吐く。芸がないね。俺は今度は死剣アーレを上から下に振り下ろす。しかし、黒炎の割れた向こうの空にカイザールの姿はなかった。


「ご主人様、後ろです!?」


『もう遅いわ!』


 聞こえてくる言葉から予測するに、黒炎を隠れ蓑にして後ろに回った空帝カイザールが俺の背中に爪でも突き立てようとしているのだろう。


「遅いってんなら俺に認識された時点で終わってんだよ」


 俺は振り返りもせず死剣アーレを前に突き出す。


『ハッハッハ剣を前に突き出して何をしている!?』


「……お前を『倒した』って返答でいいか?」


『ハッハ……ハッ!?』


 けたたましいカイザールの笑い声が衰えていく。


「図体がバカでかいから気づくまでに時間がかかったなぁ?」


 俺がゆっくりと振り向くと空帝カイザールが自らの喉をおさえていた。その手の間から血が地面に滴り落ちて池を作っている。


『バ……ヒュー……な』


「さて、まだやるかい?」


『……ッ……ッッゥ!!!!!』


 俺が死剣アーレの切っ先を顔に向けると、空帝カイザールは悔しげにうめいた後、飛び去った。


◆◆◆◆◆◆


「まさか空帝カイザールが出てくるなんて思いませんでした。本当にありがとうございます」


 結果として傭兵である俺に一番きつい所を担ったことに対してエアフォルクが頭を下げる。


「依頼の内だ、気にすんな。それに兵の指揮は指揮官にしか出来ないんだから、それで良いんだよ」


 そう言って俺はエアフォルクから報酬を受け取る。そしてツェンタリアに跨がり立ち去ろうとしたのだが、1つ言い忘れていたことを思い出してエアフォルクに馬を寄せる。


「そういえばエアフォルク、このままアップルグンドに攻め込んだとして……イザって時はどうするんだ?」


「なにがですか?」


「あの子、アップルグンドにいるんだろ?」


 俺の言っている「あの子」と言うのはエアフォルクの想い人のことだ。俺自身はあんまり親しくはないのだがとある筋から魔王城の城下町に居るとの情報が入ってきている。


「……その時になったら考えます」


「……そうか」


 俺はそう言って微笑んだ後、エアフォルクの肩を叩いて去った。


■依頼内容「エアフォルクを決戦の地まで護衛せよ」

■結果「空帝カイザールも倒して無事に送り届けた」

■報酬「60万W」

ブックマークありがとうございます。天井のシミになりま……励みになります。

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