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第46話 重いのは財布だけで十分だ

第46話

今日のツェンタリアさん

「ヒゲというのは男性にとってそれほどまでに大事なものなのでしょうか。ご主人様はいつも忌々しげにカミソリを握って格闘していらっしゃいますが……え?『エイルダはヒゲがないと童顔に見えてモテない』ってそうなのですか?……なるほど確かに言われてみると顔まで岩で覆っていましたね」


「ねんがんの氷杖リエレンを手に入れました! これで弱点克服! 格付けもうなぎのぼりご主人様の好感度もマックスハートですね! おや、ご主人様はなぜ『殺してでも奪い取る』とでも言いたげな表情をしておられるのですか?」

●依頼内容「エアフォルクを決戦の地まで護衛せよ」

●依頼主「エアルレーザー国王リヒテール」

●報酬「60万W」


「精霊って体重の増減あんの?」


 本来ならば朝食を食べている女性に聞くような質問ではないが、ダイエットに成功して上機嫌なツェンタリアはにこやかに答えてくれた。


「フリーレンのような精霊にはございませんが、受肉している私やルールフちゃんにはございます。そして形態によって比率は変わりますが、各形態で体重の増減は共有している形ですね」


「えーと例えばベース体重がペガサス形態で500、馬形態で400、人間形態で70だったとして」


「53キロです」


「……53キロだったとして人間形態が1キロ増えたら馬形態やペガサス形態でも体重が3キロとか4キロとか増えるってことか」


「そうなります。ですので少し体重を減らすだけで他の形態にも影響が大きく出る人間形態でダイエットをしていたのです」


「なるほどな」


 俺は納得した。それにしても精霊でも食べ放題飲み放題とはいかないってのは世の中うまくはできてるもんなんだな。


「それじゃあ…………ッッッ!?」


 俺は言葉を途中で切った。




 この感じは……いきなり背中に氷柱を突っ込まれたようなこの感触は……

 



 久しく忘れていた戦いの感触だ。


 俺が顔を前に向けるとツェンタリアが神妙な顔で頷いた。


「……ツェンタリアも気づいたか」


「当然です。このような世界の全てを憎むような魔力、感知できない方がどうかしています」


 普段なら食べ終わるまで離席なんてこと許さないのだが、今回はばかりは特別だ。箸を置いて俺とツェンタリアは家の外に出る。俺が集中して東の空を眺めると、そこには真っ赤に染まった魔力が空に立ち上っていた。


「嫌な感じのする場所は、方角から考えて魔王城ですね」


「だな、更に言えばこの魔力量はズイデンでアップルグンドの兵を強くしたってだけじゃねぇな」


「はい、海竜王と同等かそれ以上の魔物が召喚されていますね」


 海竜王とは俺がまだ勇者をやっていた頃に魔王シュタルゼが召喚してきた魔物だ。当時の俺はまだ力が成熟しておらず、王扇ブァンを本気で使って辛勝だった。


「……まったくシュタルゼの奴め。最後まで残しておくのが切り札ってもんだろうが」


 シュタルゼにしてはいきなり随分と思い切った手を打ったもんだ。そこまで考えて俺はシュタルゼの『ズイデンは欲望も倍にする。その事に吾輩が気付いたのは世界を敵にした後だった』という言葉を思い出した。


「まだ準々決勝くらいだろうに……よっぽどシュタルゼの精神は美味かったのか」


 そんなことを呟いていると家の前の道を騎馬が登ってくるのが見えた。あれは、エアルレーザーの鎧だ。


「ツェンタリア」


「はい」


「準備しておいてくれ。危険度は『決戦』」


「わかりました……」


 そう言ってツェンタリアはアップルグンド遠征の支度を始めるため、家の中に戻った。俺はまた東の果ての空を見上げた。


「『辛いときには空を見よ。最もおぞましきものは常に空より来る。辛い時は空を睨め。そして自分の成すべき使命を再確認せよ』……か、これがそうなのかね?」


 師匠である賢人シュテンゲの言葉を思い出していた俺の前に騎馬が止まる。そしてエアルレーザー国王リヒテールからの依頼を読み上げた。


◆◆◆◆◆◆


「ご主人様太りました?」


 エアルレーザー軍に合流するために疾走しているツェンタリアが背に乗る俺にそんな事を聞いてきた。


「冗談はよせよ。俺はどこぞのウワバミと違って飲み過ぎも食べ過ぎもしねぇぞ」


 しかし、ツェンタリアは俺の軽口を流して「ですがやはり何か重い気が……」としきりに首をひねっている。


「決戦用の武器を多く持ってきてるからってワケじゃねぇよな?」


 今回は何が起きるかわからないためドゥーエンで倉庫から武器を一つ取り出すのではなく、いくつかの武器を普通に持っていく形を取っている。こうすることによって二刀流も三刀流も可能になるのだ。


「はい、必要な生活用品並びに私の武器である氷杖リエレンに空槍ルフト、そしてご主人様の火傘ジルム・王扇ブァン・宝帯ファイデンの重量を勘案した上での発言です」


「……」


 俺はこういう計算に関してはツェンタリアに絶大な信頼をおいている。なぜなら重量はツェンタリアの持ち味であるトップスピードに大きく関わるためだ。そのツェンタリアが「重い」と言っているのだから本当に重いのだろう。


 さて、そうなってくると問題は「何が重くなっているか」なのだが、ツェンタリアは「俺が重くなったのか?」と聞いてきている。しかし、先程も言ったとおり俺は自身の体重が変わったとは感じていない。そこまで考えて俺はとある可能性に気づいた。


「なるほどな……」


「……どうかしましたか?」


「……いや、よく考えたら昨日の夜に腹が減ったんで冷蔵庫を漁ってたことを思い出してな」


 俺は適当に会話を続けながら集中を高めていく。


「えぇ!? そのような事をしては重くなるのも当然ですよ」


「ハッハッハ悪い悪い」


 そう言ってツェンタリアの頭を三回ぽんぽんぽんと叩く。するとツェンタリアが「はい!」と頷いた。


 次の瞬間、複数の出来事が同時に起こった。①まずツェンタリアが馬形態から人間形態に戻って横に飛んだ。②俺はその直前にツェンタリアの背から跳躍、その手には荷物から抜き取っていた火傘ジルムが握られている。③そして俺の居た空間には、俺の影から伸びたトゲのようなもの伸びていた。


「……どうやらシュタルゼはマジで開戦する気みたいだな」


 そう言って俺は地面に写っている自分の影に向かって火傘ジルムを向けてビームを発射した。


『……ッ!?』


 俺のカゲが炎に包まれる。その炎の中に黒い物体が蠢いて無言の悲鳴を上げている。着地した俺にツェンタリアが並ぶ。ちなみにツェンタリアの頭を三回ぽんぽんぽんと叩くというのは「緊急事態発生」の合図である。


「ご主人様、このモンスターは!?」


「魔法生命体ジャデンってやつだな。その名の通り魔法によって生み出された生命体だ。人の影に取り憑いて隙を見て串刺しって戦法を得意にしてる。昔はよくジャデンに各国の要人が殺されたもんだ」


「それだけのために生み出された生物……恐ろしいですね」


「なぁにそれだけシュタルゼが俺を恐れてるってことさ」


 俺は「さて、急ぐぞエアルレーザー軍との合流地点はすぐそこだ」と言って、燃え尽きた俺の影だったものに背を向けた。


 どこでジャデンを付けられたかは大体の見当はついている。パーティの時だ。まったく、解魔法薬は生命体には効かねぇことをすっかり忘れてたぜ……。


「随分と大真面目に世界征服を狙ってるみたいじゃねぇか。シュタルゼよぉ」


■依頼内容「エアフォルクを決戦の地まで護衛せよ」

■経過「エアルレーザー軍に合流するまであと少し」

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