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第1話 名声を得た赤貧より罵声を浴びる金持ち

●依頼内容「アップルグンドの魔王シュタルゼを撃滅せよ」

●依頼主「エアルレーザー・パラディノス・フェイグファイア各国王」

●報酬「名声と名誉」


 ここはよくある異世界のよくある魔王城のよくある魔王の間。そしてよくある魔王が吹っ飛ばされて壁に叩きつけられる。しかし水風船みたいにならないのは流石は魔王、タフだねぇ。


「グゥッさすがは勇者ジーガー!……吾輩の命運もここまでかァ……」


 たった数秒で勝負は決した。世界に喧嘩を売った鉄の国アップルグンドの魔王シュタルゼは壁にもたれかかり末期の台詞のようなものを言い始めた。その前でポリポリと頭を掻いて「話も聞かずに襲いかかってきて勝手に死なれちゃ困るんだよなぁ」とゴチているのが俺だ。


 シュタルゼの魔王脳にも困ったもんだ。話しやすいように魔王城に入る前に堅っ苦しい騎士団の鎧からジーパンにTシャツ(【町田市】と書かれている)というラフな格好に着替えたってのに、大きなイノシシが突っ込んでくるわ空からガーゴイルが大槍投げてくるわで熱烈な歓迎を受けてしまった。そして魔王の間に着いたら着いたで人の話を聞かないシュタルゼが「グワッハッハッハよく来たな勇者よ、さあ決着をつけようぞ!」といきなり最大魔法をぶっ放してきた。まあつい3割の力で反撃をしてしまった俺も悪い。ほんとシュタルゼが無駄に頑丈でよかった。


「あー、カッコよく悔しがってるところ悪いんだが俺もう勇者じゃないぞ。辞めたんだ」


「なにぃ!?」


「今日アンタに会いに来たのも営業のためさ」


 ガバぁっと起き上がるシュタルゼ。何だ元気じゃねえか。「それなら話は早いと」俺は尻ポケットに丸めて突っ込んでいたチラシを一枚抜き取って手渡す。


「な、何だこれは?」


 シュタルゼは鳩が豆鉄砲をくらったような顔でチラシを受け取り音読する。


「『傭兵ジーガー 今なら半殺し半額キャンペーン』って舐めてるのか貴様あああぁぁぁゴラアアア!」


「おぅおぅ、予想以上のキレっぷりだな」


 魔王であることに誇りを持っているシュタルゼは勇者である俺のことを永遠のライバルだと思っている節がある。ある程度は怒るだろうなぁとは思っていたがまさか頭から湯気を出して「そんな勝手は吾輩は許さんぞ!」と怒り狂うのは想定の範囲外だった。お前は娘の結婚を初めて知らされたお義父さんか。まだダメージも残っていて辛いだろうにガクガク足を震わせながらこちらをビシィッと指差して説教モードに入るシュタルゼ。


「いいか! 勇者というのは正しき力を正しき心で正しく使う者であって決して金儲けのためなどに……」


「おぅおぅ禁忌とされているバンデルテーアの遺産を使ってる魔王シュタルゼ様は言うことがご立派ですなぁ。言葉が五臓六腑に染み渡るぜ」


 必死なシュタルゼに茶々を入れる。


 東の最果てにある小国アップルグンドを大国の1つまでにすることができたのは、古代文明バンデルテーアが作ったとされている兵器ズイデンの力が大きい。このズイデンを使えば魔族は1の力で10の敵を倒すことができると言われている。


 もちろん目の前にいる魔王シュタルゼもなかなかの傑物だ。元々召喚術が得意だったシュタルゼは、ズイデンで強化された今では神話級の魔物すら召喚して世界に喧嘩を売った……まあそいつらは来る途中で倒してきたんだけどな。


「それに俺なんて全然正しい人間じゃないっての」


「何を言う! 異世界から召喚されて湖の国エアルレーザー・氷の国パラディノス・火山の国フェイグファイア三国の王からの期待を一身に背負い、10年間最前線で戦い続け民の希望となっているお前が勇者でなくて何だというのだ!」


 シュタルゼの言葉を俺はハンッと鼻で笑う。期待で腹が膨らむか。


「冗談じゃねえ、こっちに来てから10年も西へ東へ駆けずり回って7つの国を3つに減らし、魔王を倒したら後ろから刺されるってのが勇者なら俺はそんな人生真っ平ごめんだ!」


 魔王シュタルゼの言うとおり俺は異世界からこちらの世界に来た。

 だが、別に向こうの世界で何かを成し遂げていた人間じゃない。部活も辞めてテストも普通、まったくもってただの高校生だった俺が異世界に偶然選ばれて、その時に力を付加されただけだ。


 そこから10年間、俺は馬車馬のように敵を切り伏せ続けた。そして、最後の仕上げとばかりに鉄砲玉として魔王城に単身で乗り込めときたもんだ。しかも三国の王ときたら俺が魔王を倒した瞬間に鎧にかけておいた自爆魔法を発動させて魔王城ごと爆弾で木っ端微塵にする計画を立ててやがった。


「もう俺も26だ。今更向こうの世界に帰るわけにも行かない。こっちの世界にいい感じになってる女性だっている。だったらここらへんで名声だけで儲けの少ない勇者なんて廃業して生活費第一に動いたって良いだろ!?」


「グッ、し、しかしだな……」


 俺の気迫(?)に押されたのかシュタルゼの勢いが弱まる。ここだ! ここが説得しどころだ! 俺は努めて声のトーンを落としシュタルゼに囁く。


「別にアンタにとって悪い話じゃねえだろぅ? 今アンタの城の前で三国の軍隊が総攻撃の準備をしている。それに対してアップルグンド側はどうだ? イノシシとガーゴイルは半殺し、ダイオウイカは陸上じゃ使えない。そして魔王のアンタも動けない……」


 俺の言葉にシュタルゼは「確かにそうだが……」腕を組んで黙考する。もう一押だ。俺は「いかにも自分はしっかり考えてこの結論に達しましたよ」といった顔を作る。


「……本当に傭兵として生きるつもりなのか?」


「俺は戦いしか知らない体になっちまったからな」


 俺は寂しそうな表情を作る。もちろん演技だ。


「傭兵となればお主の所属していたエアルレーザーの庇護は消える。そうなれば勇者としての地位もなくなり茨の道を歩むことになるかもしれんぞ?」


「心配どうも、だけど名声は今後の生活を保証してくれないからなぁ」


 シュタルゼは再び黙考し、答えを決めたようだ。


「……いくらだ?」


「まいど」


 俺は右腕をスナップして電卓を出現させ、打ち始めた。この電卓は俺がこっちに来るときに唯一持ってきたものだ。いきなりの召喚だったのでスマホと間違えて電卓を掴んでしまったのだ。


 だが、それで良かったのかもしれない。スマホならともかく電卓では「もしかしたらあちらの世界に連絡を取ることができるかも」なんて考えは起きない。それにこの電卓は太陽光電池なので10年たっても元気に働いてくれている。


「えーとまず半殺し料金が雑兵一人あたり50W(『ウォルム』と読む価値としては1W=100円)として、対象は駐屯地内の三国の兵十万人、だが結構な人数が逃げるだろうから実際に半殺しにするのは一万人程度……んで今はキャンペーンなので半額の……25万Wだな、払えるか?」


「い、意外とかかるのだな、成功報酬で良いのか?」


「ああいいぜ。ちなみに一括ではなく分割払いも受け付けてるぜ、その分金額は上乗せになるがな。ちなみに払わなかったら俺が殺しに来ると思っといてくれ」


「グワッハッハ、よかろう。その時はアップルグンドの全勢力を持って迎え撃とう」


「ハハッ、ちゃんと鍛えとけよ?」


 ここまでの会話からも察せられると思うが魔王シュタルゼというのは義理堅い。だからこそ俺も最初の商売相手にしたのだ。


「さて、それじゃあ初仕事、張り切って稼ぎますかね」


 そう言うが早いか俺は魔王の間から飛び出した。


■依頼内容「アップルグンドの魔王シュタルゼを撃滅せよ」

■結果「失敗という名の成功」

■報酬「自由」

はじめましてよろしくお願い致します。

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