第43話 好き突きメキギスギス
今日のツェンタリアさん
「デンケの森の守り主の娘さんであるルールフちゃん登場!(『の』が多いですね)素直で小さくてカワイイですよねー……胸はちょっと凶悪ですが」
「いきなり森の中からご主人様が出てきて驚きました。クッ、私がもしもパンを咥えていたならばぶつかって運命的な出会いを果たしたのに……というのは無理ですね。あのスピードで走っているご主人様とぶつかったら骨の1本や2本では済みそうにありません」
●依頼内容「新勇者を名乗る人物の実力を確かめてみるか」
●依頼主「俺」
●報酬「強けりゃ認めてやっても良い」
「ご主人様の誕生日はいつなのですか?」
朝食の玉子焼きを食べながらツェンタリアがそんなことを聞いてきた。俺はうーんと少し考える。
「こっちの暦は微妙に違うからわかんねぇが、まあ大体暑くなり始めた時期だよ。そういうツェンタリアはいつなんだ?」
「いえ私はそういうのは無いので……ご主人様のお好きな日付でお願いします!」
「昔の人みたいな適当さ加減だな」
ちなみに俺の曾祖母さんは8月生まれにも関わらず元旦を誕生日にしていた。
「それではご主人様が私を解き放ったくれた日で!」
「……嬉しい事言ってくれんじゃねぇか」
そう言いながら俺はツェンタリアを解き放った日のことを思い出す。
「確か死剣アーレで斬撃を飛ばして社を壊したんだっけか。今思うと結構手荒だよな。……なんでそんな俺に懐いたんだ?」
「刷り込みかも知れませんね」
「ハッハッハそりゃあ悪いことをしたな」
「冗談です。刷り込みなんて無くてもご主人様は好きになってましたよ。私はちょっと馬鹿ですが人を見る目はあるんです」
「……嬉しい事言ってくれんじゃねぇか」
俺は黙ってツェンタリアの頭をワシワシした。そういうことを真顔で言えるのはちょっと羨ましいな。
◆◆◆◆◆◆
「ゲッヒャッヒャッヒャ待ちなぁ!」「ここは通行料が必要なんだぜぇ!」
「……」
「有り金全部置いていきなぁ!」「そうすりゃ命だけは助けてやんよぉ!」
ボロを纏った俺は山道で2人のガラの悪い男に囲まれていた。ここまでは『予定通り』だ。あとは噂話のとおりなら……
「待つザマアアアアアス!」
「な、何だテメェ!」「どこから湧いてきやがった!」
突如として二人の男の後ろにハート型のグラサンを掛けたピンク髪の少女が現れた。これだけでもかなりえげつない格好なのに服装もヤバい。白と赤の縦ボーダーなドレスである。女版ジーンバーンだなこりゃ。
そんな女版ジーンバーンが俺に「ミーが来たからにはもう安心ザマス!」と語りかけてくる。人は見た目が9割、その考え方からいけば正直話したない相手である。しかし、今回の目的はコイツの実力を試すことなのだ。嫌々ながらも口を開く。
「お前が新勇者とか名乗ってるビーネだな?」
「な、なに新勇者ぁ!?」「や、やべえ最近ここらで同業を成敗して回ってる奴じゃねぇか!?」
「ホッ! ミーの勇名は旅人だけでなく蛮族にまで広がっているザマスね!?」
「旅人じゃねぇよ……俺は元勇者だ」
俺がボロを脱ぎ捨て自己紹介すると、新勇者ビーネはまた「ホッ!」と笑った。ふざけた形のグラサンで表情は完璧には読めないが、声色から俺を嘲り笑っている事はわかる。
「ミーの前で勇者ジーガー様の名を騙るなど命知らずとしか言いようが無いザマスね」
ビーネはそう言って俺の眉間にレイピアを突きつける。先ほど一瞬で男2人の後ろをとった時といい中々のスピードだ。更にこのレイピアは見たことがある。シッグ爺さんの作品だ。
「このレイピアには雷が宿っているザマス。これで疲れた箇所は確実に麻痺するザマス」
「『士突ドンナー』必殺技は心臓を一突き、すると心臓麻痺で確実死ぬってレイピアだろ?」
「ホッ!……そのとおりザマスッ!」
そう言いながらビーネはを突き出してくるが、俺はステップを踏んで絶妙な距離で届かない位置に移動した。
「……おいおい、心臓狙うんじゃなかったのかよ?」
ヒュッっと軽快な風切り音を立ててビーネが狙ってきたのは右腕だった。心臓を狙われることを想定して充分に距離を取っていた俺には当然カスリもしない。
「フッ、助けに来た人を殺すことはしないザマス」
まあそりゃそうだ。これで俺を殺そうもんならただの極悪人かアホだ。だがしかし、ここでビーネに冷静になられたら実力を試すことは出来ない。コイツには怒ってもらう必要がある。俺は体をくの字に曲げてビーネの顔を下から覗き込む。そして舌を出しながらゲヒた笑みを浮かべる。
「なにお前が主導権握った風なこと言ってんだよ? 刺せやしねぇくせによ」
「……口には気をつけるザマス。蛮族を倒すために振るった士突ドンナーが間違ってアナタに当たる可能性もゼロとはいえないザマスよ?」
「おぉ怖い怖い、新勇者は元勇者と違って軽い軽~いレイピアすらまともな振れない貧弱な少女だったかぁ」
「いい加減にっ!」
「するのはテメェだよ」
何度も突き出される士突ドンナーを全て避けきって俺はビーネとすれ違う。
「なっ!?」
「ヒッヒッヒ、自称とはいえ勇者を名乗んなら顔なんて隠しちゃいけねぇな、お嬢ちゃん」
ビーネは指すら動かす暇なくグラサンが取られた事に驚愕している。そんなビーネに俺は楽しそうに笑いかけた。その頭にはハート型のグラサンがかかっている。
「……クッ! 中々やるようザマスね!」
「おいおーい、今ので彼我の実力差が分からねぇのか? 勇者ってのは勝てない相手と戦って死ぬための称号じゃねぇんだぞ?」
「うるさいうるさいうるさいザマス! ミーの前でジーガー様の名を騙る奴は皆殺しザマス!」
目に涙を浮かべながらビーネはやたらめったら士突ドンナーを振り回す。もはやそれは技でもなく駄々っ子が手をぐるぐる回して殴ってくるようなもんである。外見から察するにジュメルツよりちょっと上の15くらいだろうに、随分と世間知らずというか煽り耐性が無いお嬢ちゃんだな。
「奇遇だな……俺も勇者を名乗る奴には厳しいぞ」
そう言いながら俺はビーネの攻撃を全て避けながら右手をスナップした。そして出てきた得物を見てビーネが目を開く。
「そ、その剣は!?」
「へぇ、さすが俺の事を様付けで呼ぶだけはあるな」
死剣アーレ、俺の持っている多種多様な武器の中で一番有名な剣である。俺はその剣を一振りし、士突ドンナーを弾いた。
「ま、まさか本当に……」
信じられないとでも言いたげなビーネに俺は苦笑する。どうやらこのお嬢ちゃんの中では俺は随分と美化されているらしい。
「はい、お初お目にかかります。元完璧勇者にして現最強の傭兵ジーガーでございます」
恭しくお辞儀をする俺を見てビーネが口をポカーンと開けている。
「話は終わったかぁ!」「ケッケッケ仲間割れとは馬鹿な奴らよぉ!」
「馬鹿はお前らだ」
そう言って俺は振り向きもせずに小石をピピっと投げる。顎にクリーンヒットした哀れな2人の男はすぐに静かになった。
◆◆◆◆◆◆
全てを察したビーネが俺の前で土下座している。
「貴方様が勇者ジーガー様とは知らずご無礼をしたザマスウウウウウ!」
「いや気にするな、俺もお前の実力を見るためとはいえ大人気無いことをしたしな」
流石にあんな煽っている姿はツェンタリアには見せられない。性格の悪いヴァリスハルトに見られようものならパラディノスの忘年会でモノマネぐらいはするだろう。
「おおなんという寛大なお言葉ザマス!」
「言葉は寛大だが行動までは寛大じゃねぇぞ?」
感動して抱きついてこようとするビーネの頭をガッと抑えながら俺は苦笑する。喜怒哀楽が激しいやっちゃな。
「戦闘能力はまあまあだが、精神が未熟すぎだな」
「反省しきりザマス……」
「それに俺の後を継ぐ新勇者って言うからにはそれ以外も完璧なんだろうな?」
「え? そ、それ以外ってなんザマス!?」
どうやらビーネは俺がなぜ完璧勇者と言われていたか知らないらしい。戦闘だけではなく、色々なものに知識と腕があるからこそ俺は完璧勇者と呼ばれていたのだ。っというわけでビーネをテストだ。
「料理!」「やったこと無いザマス!」
「裁縫!」「皆目検討がつかないザマス!」
「新勇者の称号剥奪!」「ひどいザマス!」
「ヒドくねぇよ! 勇者に憧れるのは勝手だがちゃんと俺がしてきた事と能力をよく知ったうえで名乗ってくれ」
「そ、それはお弟子にしてくださるということザマスね!?」
「……んなわけねえだろ!」
「そんな後生ザマス! 後生ザマスウウウウウ!」
「やめろうっとおしい、おい足に絡みつくなタコかお前は!?」
その後、あまりにもウザかったのでビーネに峰打ちを食らわせた挙句、俺ではなく『ジーンバーンのファンだった』という風に記憶を改竄しておいた。ついでに危ない武器は没収して代わりに風船を握らせておいた。これで次にあった時も安心だ。
……疲れた。
■依頼内容「新勇者を名乗る人物の実力を確かめてみるか」
■結果「新勇者ビーネの実力を測定した」
■報酬「新勇者の称号 没収!」
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