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第38話 制裁金はお前の命

今日のツェンタリアさん

「とりあえずご主人様がエアフォルク様以上の方と戦っている時は助太刀に入らないほうが良いみたいですね。それにしても流石にご主人様は私の意図を正確に理解してくださったようですね……ですが『エロいことが絡んでいない時のツェンタリアが興味本位で俺に手間を掛けさせることはありえない』みたいな顔をしていたのは見逃しませんでしたよウフフ」


「後から聞いたのですが聖王の間にヴァリスハルト様がいなかったことは知りませんでした。……シレッと使っていますが集中すれば五感が研ぎ澄まされるというのは凄いですよね。ご主人様いわく『自分の体のことは自分が一番良く解ってんだから強化するのは簡単だろ?』だそうですが、それが中々難しいと思います」

●依頼内容「霊峰ゾンネに忍び込んだ愚者に制裁を」

●依頼主「フェイグファイア国王トレイランツ」

●報酬「10万W」


「申し訳ございませんご主人様」


 俺にお姫様抱っこされているツェンタリアが申し訳無さそうにもぞもぞ動いている。


「おっもい」


 ツェンタリアの頬が桃色に染まる。


「ス、ストレートすぎです。もっとオブラートに包んでください」


「毎日続けてたらシーズンホームラン記録更新できるパワーが付きそう」


「意味がわからないですね」


「55キロ」


「……引く2キロです」


 なぜこんな事になっているのかと言えば、フェイフファイアに向かう途中でツェンタリアの蹄が欠けてしまったためである。幸い蹄の中の神経等には達しておらず出血も無かったのだが、大事を取って俺が運んでいるのだ。ちなみに他の形態の時にした怪我も人間形態にフィードバックされるらしく、ツェンタリアの足の爪が少しめくり上がっていた。


「痛むか?」


「いえ、この程度なら2日もあれば……そういえばご主人様は蹄はタンパク質で出来ていることをご存知ですか?」


「へぇ、馬の蹄の手入れの仕方は騎士団で教わったがそれは知らなかったな」


「えへへ、ですのでタンパク質を取れば1日で治るかもしれませんね。更にご主人様から出るタンパク」


「小麦粉でも食ってろ」


◆◆◆◆◆◆


 トレイランツとノイは留守だったため竜王の間ではフロラインが俺達を待っていた。


「よぉ、ジーガーにツェンタリアじゃないか。元気……っというか朝からお盛んだねぇ!」


 俺に抱きかかえられているツェンタリアを見た瞬間フロラインはニヤニヤと笑う。誤解すぎる……とりあえず俺はフロラインに「かくかくしかじか」と説明した。するとフロラインは「おや、それは大変だねぇ!」といったあと、すぐにイスを引っ張ってきた。こういう時に理解が速いのはありがたい。やはりフロラインも蹄を持ったミノタウロスであるためこういった案件には敏感なのだろう。だがしかし……


「あ、ありがとうございます……ですが私がその椅子に座ってしまっても良いのでしょうか?」


「同感だ。まぁ確かにイスではあるんだが……ソレに座ったら色々問題が起こりそうな気がするな。後継者とかそういう意味で」


 繰り返すがここは竜王の間である。だだっ広い室内にある椅子はたった1つしか無い。つまりフロラインは王座をツェンタリアのところまで引きずってきたのだ。微妙な表情をしている俺達とは対照的にフロラインはアッハッハと笑う。


「なぁにこの国は中身が1番外見2番、トレイランツ様が地面に腰を下ろしたらそこが王座になるのさ。それに、お客様であり親友でもあるツェンタリアが怪我してるのにそのまま立たせてたら、あたしが怒られちまうよ」


 そう言いながらフロラインはツェンタリアを強引に王座に座らせる。そして近くにいた同族の侍女に自分と俺用だろうか、イスを2つ持ってくるように指示を出した。


◆◆◆◆◆◆


「それじゃあツェンタリアのことは私に任せてジーガーはチャッチャと依頼をこなして来ちまいな」


 そう言って入山許可証を投げ渡された俺は再び霊峰ゾンネにやってきたのだ。


「今日の依頼は霊峰ゾンネに忍び込んだアホを捕まえるってことだったな」


 依頼文書の内容を確認した俺はあたりを見渡す。フリーレンが暴走していた時とは違い本日の霊峰ゾンネは天気明朗で空気も澄んでいる。まさに絶好の巡礼日和だろう。


「しっかし、このくっそ広い霊峰ゾンネで、いるかもわからない侵入者を見つけないといけないのか……」


 フロラインから聞いた話では、霊峰ゾンネに何者かが侵入した形跡を発見したのが先日の夜、そして現在に至るまで誰かが出てきた形跡はない。つまり、まだ侵入者は中にいる『はず』なのでそれを見つけて制裁を加えて欲しい。というのが今回の依頼の趣旨である。


「悪魔の証明の可能性がある依頼を霊峰ゾンネでやるとはねぇ」


 俺は集中して耳をすませる。聞こえる音は雪解け水の流れ、小鳥のさえずり、針葉樹の葉がこすれる音……それだけだ。


「ここの近くにはいないな」


 集中すればかなり広範囲の音を聞くことができるのだが霊峰ゾンネを全てカバーできるほどではない。とりあえず霊峰ゾンネの入口付近にいないことは解ったので俺は次の場所を目指して歩き出した。


◆◆◆◆◆◆


「ふーむ、山頂側のルートにはいないのか」


 霊峰ゾンネの火口にて俺は腕を組んで難しい顔をしていた。入口の方からまっすぐ頂上に向かってきたのだがどうやら勘が外れたようだ。腕を解いた俺は今度は頂上から霊峰ゾンネの全てを集中しながら見渡す。


「っとなると道から外れた場所に潜んでいるか、ザンゲリウム雪原に……いた!」


 以前ツェンタリアがフリーレンと戦ったあたりに、何やら人影が見えた。普通の者が立入禁止になっているこの場所で動く人影、十中八九あれが侵入者だろう。


「待ってろよぉっ!」


 俺は右足に力を入れて山頂からザンゲリウム雪原まで跳躍した。


◆◆◆◆◆◆


 ズザザザザザッと地面でブレーキを掛けて到着。俺は体勢を立てなおして相手を睨む。


「よぉ悪魔」


「やぁ傭兵のジーガー君、こんなところで会うとは神の導きですね」


 普通の人間なら失禁しかねない俺の睨みを相手はそよ風を受けるかのように流している。俺の目の前にいるのは糸目が特徴的な神父服を着た男、バンドゥンデンだ。


「やっぱりお前だったか」


「ゲルトの本部では私の仲間たちがお世話になったようで……」


「へぇ、あの傭兵たちの中に亡者を潜ませていたのか」


「はい、傭兵たちのグループには必ず一人は潜りこませているのですよ。馬鹿が勝手な行動をしないようにね」


 感心する俺を見て、バンドゥンデンは微笑みながら両手を突き出し操り人形を動かすような動きをする。なるほど、それなら俺が本部で乱闘したこともわかってるってわけだ。いや、それどころか先日のカーカラック襲撃もバンドゥンデンが糸を引いていたと見て間違いないようだな。


「まったくとんだ独裁じゃねぇか。協会の名が聞いて呆れるぜ」


「私が導くのが彼らにとって最良だからそうしているだけですよ」


 俺は右手をスナップする。取り出したのは赤い傘だ。それを見てバンドゥンデンの眉がピクリと上がる。


「……ジーガー君は相手を馬鹿にするような武器しか持っていないのかい?」


 俺は苦笑しながら傘の先をバンドゥンデンに向ける。


「アホぬかせ、前から言ってるが俺はアンタの実力は買ってんだぜ?」


「……そうでしたね」


 バンドゥンデンは宝帯ファイデンに筋肉を持ってかれたことを思い出したのか、鉄の杖を俺に向けて構える。


「だからこういうこともするんだ」


「なっ!?」


 俺の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで傘から巨大な炎が一直線に伸びる。そしてバンドゥンデンに考える間も与えずに焼き払った。


 この傘の名前は火傘ジルム、剣のように使うかと見せかけて炎のビームを飛ばすことができる武器だ。流石にツェンタリアの最高火力には劣るが、それでも一人程度なら一瞬で焼きつくすことができる。


「やっぱりこれも亡者だったか」


 消し炭になったバンドゥンデンに近づいた俺は舌打ちをする。


「まぁそりゃそうか。ここでは何かを調べてるだけだったみたいだしな」


 バンドゥンデンはザンゲリウム雪原で何かを調べていたようだった。逆に言えば調べるだけのために、わざわざバンドゥンデン本人が危ない橋を渡りに来る必要が無い。なにしろネイベル橋等での物言いから察するに、バンドゥンデンは亡者の目を通じてものを見ることができるようなのだ。だからあのような木っ端亡者に鉄の杖なんて貧弱な装備を持たせてここに来させていたのだろう。


◆◆◆◆◆◆


「っとそういえば今日の飯はお弁当なんだっけか」


 ザンゲリウム雪原を調べ終えて下山しようとした俺は、ふと今日のお昼がお弁当だったことを思い出した。時間を見るととっくにお昼は過ぎている。竜王の間にいるツェンタリアはもう既に食べ終わってしまっているだろう。


「一緒に食べれないのは残念だなぁ」


 ツェンタリアが朝からウキウキで作っていたお弁当である。俺は「さぞや豪華なものなのだろうなぁ」などと期待で胸を膨らませつつ蓋を開ける。


「……」


 そこには鮭のほぐし身で大きくハートマークが書かれていた。その他には何もないとても……なんというかシンプルというかこれは……


「…………ご飯と鮭だけかーい!」


 そのあと竜王の間でツェンタリアを回収した俺はさっさと家に戻り、夜までみっちり栄養学を教えこんだ。


■依頼内容「霊峰ゾンネに忍び込んだ愚者に制裁を」

■結果「バンドゥンデンの偽物を燃やし尽くした」

■報酬「10万W」

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