第37話 簡単なお仕事で豪華な夕食を
今日のツェンタリアさん
「クッ! 頑張ったのですがご主人様を見失ってしまいました! 北のパラディノスから南のフェイグファイアそして西のエアルレーザーまではついていけたのですが、東のアップルグンドに行く途中でご主人様が分身して一瞬だけ止まってしまったのがマズかったですね。次の瞬間にはもはやご主人様の姿はなくスゴスゴと帰宅するはめに……」
「ヴィッツさんについてご主人様に少し聞いてみたのですが奥様はいつも私達が読んでいる新聞の記者さんらしいですね。なんと以前ベルテンリヒトでカーカラックとご主人様が戦った時に潜んでいた方らしいです。あれ? でもそれじゃあヴィッツさんの情報源って……それって守秘義務違反じゃ」
●依頼内容「カーカラック研究所をゲルトから防衛して欲しい」
●依頼主「パラディノス国王ヴァリスハルト」
●報酬「20万W」
「この世界の強さの格付けだぁ?」
「えぇ、ご主人様の知ってる範囲で構いませんのでお願いします」
突然のツェンタリアの言葉に俺の頭の中で一瞬だけハテナマークが飛び交う。
「……まあ構わねぇけど急にどうしたんだ?」
「いえ単純に興味本意なのですが」
俺は「ふーむ」と考えこむ。エロいことが絡んでいない時のツェンタリアが興味本位で俺に手間を掛けさせるとは思えない。これは俺の予想だが、ツェンタリアはイザという時『誰相手なら助太刀に入れるのか、それとも時間稼ぎしか出来ないのか、更にどのくらいの時間を稼げるか』を把握しておきたいのだろう。となるとしっかり答える必要があるな。
「とりあえずトップ5だけ言って後は改めて説明する形でいいか?」
「あ、ご主人様にそこまでお手数おかけしてしまうのは」
「いいからいいから、俺もちょっと整理しておきたかったからな」
そう言いながら俺はこちらの世界で手を焼くであろう人物の顔を思い浮かべる。
「えーとまず5位は……エアフォルクだな」
「い、いきなりエアフォルク様ですか!? 随分と早く出てきましたね」
ツェンタリアは意外そうな顔をしている。それはそうだろう。なぜなら2位から4位の人物の本気は俺しか知らないわけだからな。つまりツェンタリアが目にした中ではエアフォルクが(俺を覗いた)最強格なのである。
「まあ何だかんだ言ってエアフォルクはツメが甘いからな。んで4位、これは迷ったが剣王リヒテールだな」
「爆弾のスペシャリストだとは聞いていましたが、エアフォルク様より強いのですか?」
「おいおいツェンタリア、いくらあのオッサンが嫌いだからって過小評価はダメだぞ」
本気で嫌そうな顔をしているツェンタリアに俺は苦笑する。
「リヒテールの魔法は本当に厄介だ。何しろ右手で体のどこかを触られたらそれだけで避けられない致命傷を貰うことになるんだからな……まぁよっぽどのことがない限り俺には効かないがな」
「そういえばご主人様が傭兵になる決心をさせたのはリヒテール様の爆弾でしたね」
「ああ、爆発物が内部でよく反射する鎧を万能炉テアトルで作り上げて、それをリヒテールが最大出力の爆弾にしやがったんだ。あれを気を抜いた状態で起爆させられたらさすがの俺もヤバかったかもしれねぇな」
「えぇ!? 万能炉テアトルとは……つまり?」
「いや、3位の竜王トレイランツは加担してないぞ。それはノイにも確認済みだ」
「あ、そうなのですね」
俺の言葉にツェンタリアの緊張が解ける。まぁそりゃトレイランツがそんな事に協力してたらさすがの俺も驚く。そして新聞の力を使ってトレイランツの不実を世界に喧伝してる。
「まあ竜人の中の誰かだろ、何しろ俺のことを動物的本能でメッチャクチャに嫌いな奴がフェイグファイアには腐るほどいるからな」
「私はご主人様のこと大好きなんですけどねぇ」
「どういたしまして。それじゃあ2位の発表だが、まあこれはなんとなく予想は付いてると思うが魔王シュタルゼだ」
「ええ、それはもう予想できていました」
「素の状態でリヒテールに勝てるってのにバンデルテーアの遺産であるズイデンの出力が上がって更に強くなってるからな」
「以前の最大召喚は海竜王でしたが今後は更に強いモンスターを召喚してくるでしょうね」
「さて、格付けについては以上だが質問は?」
「1位は」
「愚問だな」
「はい、そうですね」
俺たちは笑いあった後、今日の依頼の準備に取り掛かった。
◆◆◆◆◆◆
「凄い機械ですね……ご主人様」
「へーこれシッグ爺さんが作ってんのか、こんな機械むこうの世界でもお目にかかったことねぇなぁ」
巨大な円柱状のガラスの中に培養液が浸されいる。その中で浮いているのはカーカラックだ。俺とツェンタリアはパラディノスの王都近くにあるカーカラック研究所に来ている。
「それで、今日の依頼はこの研究所を守るってことでいいんだよな?」
俺はうしろにいたヴァリスハルトに確認した。するとヴァリスハルトは袖から1枚の紙を取り出して俺達に見せてくる。
「そうじゃ。またゲルトの傭兵どもが脅迫状をよこしおったのでな」
「ネイベル橋といい嫌われてんなぁ」
ケッケッケと笑う俺には取り合わずヴァリスハルトは依頼の説明を続ける。
「とにかく、この研究所はパラディノスの命運を左右する施設じゃ、シッカリと守るのじゃぞ?」
「へいへい」
◆◆◆◆◆◆
「それで、こちらから本当にゲルトは来るのでしょうか?」
ベルテンリヒトもそうなのだがパラディノスの建造物というのは基本的にでかい。カーカラック研究所もご多分に漏れずかなりの広さを誇っている。そんな場所を俺達二人で守れというのだからヴァリスハルトも人使いが荒いってなもんだ。
「まあ来るとしたらこの西の入り口からだろうな。何しろここだけバリアがないんだからな」
「えぇ?」
「ヴァリスハルトは建造物に必ず1つわかりやすい弱点……というか相手が攻めたくなるような場所を作るのさ」
「なるほど、そこに最大戦力で守るわけですね?」
「そのとおり、んで他のところには俺達の家以上に強力なバリアが張ってあるから、敵が侵入するまでの間に充分にカバーすることができるってわけだ」
「ですが、バンドゥンデンならその作戦を見抜くような気がするのですが?」
「大丈夫だろ、バンドゥンデンもメイサもしばらく留守にしてるらしいし」
俺の言葉にしばらく考えた後ツェンタリアが口を開く。
「……先日ゲルトの本部に行った時ですね?」
「あぁ、大暴れしてる間に分身を忍び込ませていろいろ調べさせておいたのさ。だからゲルトがこのカーカラック研究所に割いている戦力が本命じゃないってことはわかってんだ」
◆◆◆◆◆◆
「て、撤退いいいいい!」「ジーガーがいるなんて聞いてねえよ!」「おっかちゃーん!」
数人ノシただけで撤退を開始したゲルトのザコ傭兵達を見て俺は苦笑してしまった。
「完璧に俺の予想通りだったな」
「むしろ予想以上のあっけなさでしたね」
何人かゲルトの本部で倒した奴もいたことも大きかったのだろう。戦う前からゲルトの傭兵達は動揺していた。
「まあ何にせよ依頼は完了だ、ヴァリスハルトに報告しに行こうぜ」
そうして俺とツェンタリアはベルテンリヒトに向かった。
◆◆◆◆◆◆
「申し訳ございません。ただいまヴァリスハルト様はお客様との打ち合わせに入っておりますので……」
「なんだそうなのか?」
ヴァリスハルトがいつも偉そうにふんぞり返っている聖王の間の扉は固く閉ざされ、その前で申し訳なさそうに天使兵が俺達に頭を下げる。
「こちらに報酬は用意しております。どうぞお受取りください」
「まあそういうことなら……でも俺がちゃんと依頼を達成したか確認しねぇで大丈夫なのか? あとから返せと言われても返さねぇぞ?」
受け取った報酬をヴェーヘンで収納しながら俺は天使兵に確認を取る。何しろ金持ちってのはケチだからな、こういうことはしっかりと念を押しておくに限る。しかし、ヴァリスハルトも心得ているらしくしっかりと天使兵に言付けをしていた。
「はい、『この程度の依頼なら鼻くそをほじりながらでもジーガーは達成するじゃろ』とのお話を承っております」
「下品なやっちゃな。まあそこまで言うなら良いか」
そう言って俺とツェンタリアはベルテンリヒトを後にした。
◆◆◆◆◆◆
「ツェンタリア」
帰り道、俺はツェンタリアに声をかけた。
「なんでしょうかご主人様」
「違和感に気づいたか?」
俺の言葉にツェンタリアは無言で頷いた。そう、今回の依頼には違和感……というかおかしな点が3つある。
まず1つ目は『ヴァリスハルトが今回の依頼が簡単なものだと認識していた』ことだ。これはゲルトの本部に忍び込んだ俺と同じくらい内情に詳しくなっていなければできない。これはまあ内偵でも忍び込ませておけば解ることであるため、それほど大きな違和感でもない。
違和感が大きくなるのは2つ目からだ。それは『なぜカーカラックがいなかったのか』である。いくら戦争中であるとはいえ『パラディノスの命運を左右する施設』の研究所に最大戦力であるカーカラックを置かずになぜ俺に依頼してきたのか。金が潤沢にあると言ってもケチなヴァリスハルトが取るには下策の極みである。
そして最後の大きな違和感。それは『聖王の間にヴァリスハルトはいなかった』ことだ。俺は最大限まで集中すれば扉一枚挟んだ相手の心音ですら聞き取れる。しかし聖王の間からは何も聞こえてこなかった。つまり無人だったのである。来客中であると嘘までついてヴァリスハルトはどこに出かけていたのか……。
「うーん」
俺はここまで考えて頭をポリポリとかいた。
「パラディノスとゲルトが裏で手を組んでいるのでしょうか?」
「いや、それを言うなら手を組んでいるのはヴァリスハルトとバンドゥンデンだろ」
パラディノスの国王であるヴァリスハルトはともかくゲルトはあくまで傭兵協会だ。バンドゥンデンの指示で傭兵たちが動くわけじゃない。これは予想だが、パラディノスのカーカラック研究所を襲う依頼をバンドゥンデンが出したのだろう。それならばあの寄せ集めとも言える傭兵たちの弱さにも納得がいく。
「あとは目的だな、これが解れば良いんだが……」
「……難しいですね」
俺もツェンタリアも最後のその問題が解けない。しばらく黙考。しかし、俺はすぐに諦めた。
「よし、こういう時はうまいもんでも食うか!」
「へ?」
まだ考えていたツェンタリアがすっとぼけた声を出す。俺はそんなツェンタリアの手をとって最近ブリッツ村に出来たというレストランに向かって歩き始める。
「コッホ村出身のシェフが運営しているらしいぞー」
「え、え、ですがよろしいのですか?」
「あぁ、考えてもわからないことが解ったからな」
先ほどの黙考の中で俺は『答えにたどり着くためには情報が足りていない』ということを悟った。こういう時に無理に答えを出そうとしても大体誤る。ならば美味しいものを食べて明日に備えるのが一番である。
ツェンタリアはまだちょっと戸惑っていたが俺がレストランで大人気のスイーツの話をしたところで陥落。あとは簡単な依頼で稼いだお金でちょっと豪華な夕食へと洒落こんだ。
■依頼内容「カーカラック研究所をゲルトから防衛して欲しい」
■結果「数分でゲルトを撤退させた」
■報酬「20万W」
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