第35話 長としての勤め
今日のツェンタリアさん
「うぅ、今日のご主人様はドSです。いやもう本当に肝試しは苦手なのです。ご主人様は『人を怖がらせることに特化したフィクションの方が怖い』とおっしゃっていましたが、私はフィクションと現実をリンクさせてしまって『あの角からバァっと出てきたらどうしよう』などと考えてしまうのです……どうせならピンクなお話が現実とリンクすれば幸せなのですが」
「何やらご主人様がおっしゃっていたのですがマリローゼ号と似たような事件がむこうの世界でも合ったそうです。たしかゴーイングメリー……え? 違う?」
●依頼内容「難破船を調べて欲しいデース」
●依頼主「世界一の大商人クオーレ」
●報酬「6万W」
「ケホッケホッ。す、すごい荒れようですね」
「だな、この部屋が一番損傷が激しい」
船長室は今まで見たきたどの船室よりもボロボロになっていた。本棚は倒れ航海日誌のファイルが床に散らばり、机もベットもひっくり返され、爪痕がそこかしこについている。熊が狭い室内で暴れるとこんな感じになりそうである。
「いや違うか、この部屋から段々と船内に爪痕が広がっていったのか」
俺はマリローゼ号の船内の様子を思い出しながらそう考えた。船内は二層に分かれており船長室のある上の階層のほうが爪痕が多い。
「この部屋で起こった何かが起点となってマリローゼ号はこのような姿になったということですか?」
「ああ、その可能性が高い。とりあえずこの部屋は念入りに調べるぞ」
俺は手袋をつけて船長室の状況を調べ始める。そしてすぐにあることに気づいた。
「……爪痕がドア側の壁には一切ついてないな」
「あっ本当ですね。他の壁面にはいくつも爪痕があるのに」
「っということは爪痕を残した者は船長ではない可能性が高いな」
「確かに船長室に入ってきた誰かが暴れたように考えることが出来ますが……早計じゃないですか?」
「もちろんまだ可能性の話だ。ツェンタリア、ちょっと机を起こしておいてくれ」
「了解いたしました」
ツェンタリアがひっくり返っている机を元に戻している間に、俺は横たわっていた本棚をヒョイと立てる。そして風を操り床に散らばる航海日誌を日付順に並べていく。
「ご主人様のその操る能力って便利ですよね」
机の引き出しを元に戻す作業に入ったツェンタリアが羨ましそうにコチラを見ている。
「そりゃ無い物ねだりってやつだぜ。俺だってツェンタリアみたいに炎を自在に操って魔法剣とかやってみたいからな」
そうこうしている内に航海日誌の整理が完了した。俺は本棚を見て「やっぱりな」と呟いた。
「おや、航海日誌が3ヶ月分見当たりませんね?」
ツェンタリアの言うとおり本棚にはちょうどファイル3冊分の隙間ができている。コレをごまかすために爪痕を残した人物は床に航海日誌をぶち撒けたのだろう。
「場所的に考えて、無くなっているのは最後から3冊分のファイルだな」
「つまり爪痕を残した人物が持ち去ったというわけですね」
「あぁ、更に言えばその人物は船員だった可能性が高いな」
「え?」
「そりゃそうだろ。船長室がこんな状態になってから航海日誌が更新されるはずがねぇ。つまりこの3ヶ月分の航海日誌の中に見られたくないことがあったってことだ」
「あ、なるほど。確かにダイイングメッセージが航海日誌に書かれていただけなら、そこを破いて持ち去ればいいだけですからね」
「さーて、それじゃあ帰ろうかね」
「え、まだ机の中とか見てませんよ!?」
船長室から出ていこうとしている俺を見てツェンタリアが声をかけてくる。だが俺は手をひらひらさせてこう答えた。
「十分だって、ひっくり返った机も荒らされていた他の船室も全部ファイルが無くなったことをごまかすためのカムフラージュだろ」
まったく、小賢しい真似をしてくれるぜ。俺は心の中にぼんやりと浮かんできた犯人像にそう語りかけた。
◆◆◆◆◆◆
「どうデス、なにか解りましたカ?」
応接セットに座ったクオーレが俺に訪ねてくる。デースではなくデスであることからも分かる通り仕事人モードだ。マリローゼ号から陸地に戻った俺たちはその足でクオーレに会いに来たのである。
「えぇ、事件発生前の3ヶ月間にマリローゼ号に乗船していた全ての人物のリスト……できれば画像付きは有りますか?」
「その様子だとなにか掴んだようデスね」
クオーレはそう言いながら傍らに控える執事に何やら指示を出す。
「えぇ、私の予想が正しければマリローゼ号に爪痕を残し乗員を1人残らず消し去ったのは船内にいた人物です」
「オーゥ……」
それを聞いたクオーレが天を仰ぐ。これは悲しんでいるのではない。自分の監督責任の甘さへの怒りだ。クオーレは自社に人を迎える際は必ず自分で最終面接を行っている。つまり今回マリローゼ号に潜り込んでいた人物は、世界一の大商人であるクオーレの目を持ってしても危険性を見抜けなかった人物ということになる。
◆◆◆◆◆◆
執事が俺の前に人物のリストの束を置いた。その束の厚さはおよそ8センチ、ページにしておよそ2800、その量を見てツェンタリアが驚きの声を上げる。
「3ヶ月間の乗船者がこんなにいるのですか!?」
マリローゼ号は色々な港に寄港しており、その度に乗員がそっくり入れ替わっている。これはどうやらクオーレが長期間の船旅による疲労の蓄積に配慮してこうしているらしい。
ちなみにクオーレは俺達に資料を渡したあとに離席した。最近は戦争の激化によって寝る間もないほどの忙しさらしい。
「まぁこんなもんだろ。エアルレーザー軍がメーア湖を渡る時のリストなんてこれが5倍くらいになるぞ」
そう言いながら俺はバーっとリストをめくっていく。流石はクオーレの会社のリストだけあって、名前や顔画像だけでなく、趣味、家族構成に至るまで事細かに記載されている。その項目の多さと俺のチェックするスピードにツェンタリアが目を白黒させる。
「ご主人様……それでわかるのですか?」
その質問に俺は手を止めずに答える。
「ああ……俺が今回見るべき項目は3つだけだからな。①勤続年数②種族③そして利き腕だ」
「①は3ヶ月以内ということでわかるのですが、②と③はどういった理由なのでしょうか?」
「②については予測だが、悪魔族に引っ掻かれた時にできる爪痕と類似してんだよ。ツェンタリアもアップルグンドの悪魔代官を倒した時に見たことあるだろ?」
「えーっと……どなたでしたっけ?」
「サキュバス族をさらってハーレム築いていた糞野郎だよ」
「あぁ、あの一生オークに掘られる幻覚を見せられている方ですね?」
「そ、そうなのか?」
「ええ、悪魔代官に幻覚魔法をかけたさっちゃんから聞きました。ああ見えてサキュバスの長ですからね」
「へー……あ、そうだ。説明に戻るぞ。えーっと」
俺は話を元に戻す。
「③については船内を回っている時に気づいたんだが、廊下とかの傷跡を左右で比べると圧倒的に左が多かったんだよ」
「そうだったのですか!? 全然気づきませんでした……」
「そりゃあ目をきつく閉じていた誰かさんと違って俺はしっかり観察していたからな……っとちょっとタンマ」
俺は顔を真赤にして反論しようとするツェンタリアを手で制した。条件全てに合致する人間を見つけたのだ。俺はそのページを開いて応接セットのテーブルの上に置いた。
「やっぱりコイツだったか」
「そんな、まさか!?」
悪い予感が当たった俺は苦虫を噛み潰したような顔をする。マリローゼ号に傷跡を残した人物、それは俺もツェンタリアも知っている人物だった。
俺は執事に頼んでクオーレを呼んでもらった。
◆◆◆◆◆◆
「この『バンドゥンデン』という青年が犯人なのデスカ?」
「……えぇ、そうです」
クオーレの問いに俺は頷いた。開かれたページにはネイベル橋で自爆したあの糸目のバンドゥンデンの姿があった。
「っということはあの亡者たちは!?」
「そういうことでしょうね」
ここで俺がネイベル橋で疑問を抱いていた『バンドゥンデンがどこで亡者の入れ物を調達したのか』が繋がってしまった。話しについていけないクオーレが再び俺に質問してくる。
「どういうことデス?」
「……」
正直俺はこのことをクオーレに話すべきか迷った。なぜならクオーレは何だかんだ言っても表舞台を歩いてきている人間である。しかし……
「話してくだサイ。ワタクシには知る権利、そして非常に徹する覚悟、そして社員を守る義務がありマス」
「……わかりました」
クオーレの強い眼差しに俺は口を開いた。
◆◆◆◆◆◆
「クオーレ様、怒ってましたね」
「あぁ、そうだなぁ」
俺の話を聞いたクオーレは当然のごとく激怒した。そしてその激怒のレベルは俺の予想を大きく超えていた。静かに、かつ激しく噴火前の火山のような怒りだ。まったく今思い出しても身震いするぜ。
そして次の日の新聞でクオーレがマリローゼ号の遺族に対して一生支援を行っていくことを表明したという記事が一面に載っていた。そして、犯人を絶対に許さないということも……。
■依頼内容「難破船を調べて欲しいデース」
■結果「犯人をクオーレに報告した」
■報酬「6万W」
ブックマークありがとうございます。たらみになりま……はげみになります。




