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第34話 宝の消えた宝船

今日のツェンタリアさん

「祝! さっちゃん本編登場! ちなみにさっちゃんとの出会いは、数年前にご主人様とアップルグンドの魔王シュタルゼ様に会いに行った時ですね。その際に指定された宿屋に泊まったのですが『勇者を骨抜きにせよ』という魔王シュタルゼ様の指示を受けたさっちゃんがこれまた夜這いをかけようとした私と部屋の前でブッキングしたのです。少し話して意気投合した私達は『それじゃあ一緒に襲おう』という結論に達し、いざドアを開けようとした所……気配を察知していたご主人様に文字通りドアごとぶっ飛ばされました。だからご主人様はさっちゃんに『はじめまして』と挨拶していたのですね」


「お酒が好きなわけではなくお酒を呑む雰囲気が私は好きなのです。ですのでお酒に酔っているわけではなくその場の雰囲気に酔っているだけなのです。つまりそれだけ楽しい場だったと言うわけでどうにかこうにか……許して……もらえませんよねぇ」

●依頼内容「難破船を調べて欲しいデース」

●依頼主「世界一の大商人クオーレ」

●報酬「6万W」


「……恥ずか死にたいです」


 ツェンタリアがテーブルに突っ伏している。壁には昨日ベイルムで録画したツェンタリアの痴態が映しだされている。いま録画した映像の半分を経過したところだ。この数分後、ツェンタリアの顔色が赤から青に変わってマーライオンとなるのだが流石に可哀想なのでそうなる前に映像を止めた。


「とりあえず朝食終えてから死んでくれよ。お皿洗えねぇんだから」


 一足早く朝食を片づけた俺が苦笑する。お灸が効きすぎたかもしれないな。


「こ、こうなったら!」


 ツェンタリアがやおら立ち上がる。グッと拳を握りしめて燃えている。


「お、もう復活か? もう少し落ち込んでるかと思ったが」


「はい、復活です! ご主人様にこれ以上迷惑はかけられません!」


 ツェンタリアは「依頼も頑張りますよ!」と言いながら準備に取りかかろうとする。頑張り屋だねぇ。


「だがダメだ。今日の任務にツェンタリアを連れてはいけない」


「な、なぜでですか!?」


 ツェンタリアが「えー?」と言った顔をしている。俺は腕を組んで言った。


「今日の任務の内容ツェンタリア知らないだろ?」


「まあ、確かにそうですけど……今までも私が依頼の内容を知らないことは有りましたよね? それほど危険な内容なのですか?」


 俺は今日の依頼の内容を思い返しつつツェンタリアの顔を見て少し考える。


「危険ってわけじゃねぇが……いやでもそれも面白いか。いいぞツェンタリア、連れてってやる」


「おかしいですね。とても嬉しいことを聞いているはずなのに脳が危険信号を発していますよ?」


 急にオーケーを出した俺から何かを感じ取ったツェンタリアが苦笑いを浮かべている。


 俺は「大丈夫大丈夫、きっと刺激的な依頼になるぜぇ?」と下手くそなウインクをしてみせた。ツェンタリアは半信半疑だったが「嘘は言ってないぞ?」という俺の言葉を信じたようだ。


 俺は内心でクックックと笑う。確かに今回の依頼は俺が言ったとおり危険でもないし刺激的だ。ただし楽しいとは一言も言ってない。


◆◆◆◆◆◆


「ごめんなさい勘弁してください申し訳ございませんでした許してくださいお願いです帰らせてください!」


「だめだ」


 俺はツェンタリアの懇願をバッサリと切って捨てた。俺達は船の上に立っている。


 ツェンタリアはまだ「謝ります大変失礼しましただから出てこないでください」などと何者かに対して謝っている。それを無視して俺は辺りを見回す。ボロボロになった帆、穴だらけの甲板、そしてあたりに漂う濃霧。


「うーん、見事な難破船だな」


「ご主人様! こここの船は一体何なのですか!?」


 両足をガクガクさせながらツェンタリアが訊ねてきた。


「数カ月前ぇ、とある荷物を運んでいた船が忽然と姿を消したぁ……」


「待ってくださいご主人様、あきらかにそれ怖がらせようとしてる喋り方ですよね!?」


 俺の情感たっぷりな説明をツェンタリアが遮る。この船に立つまで(意識を失って)静かだった人物と同じとは思えないな。


「良いじゃねぇか、おいわさんとか怖い話好きだろ?」


「フィクションと現実の区別をお願いします!」


「フリーレンとかいるんだからどっちも現実だろうが」


「そ、そんな!? それでは世界は幽霊で溢れているというのですか!?」


 俺は甲板で四つん這いになってガーンとなっているツェンタリアの肩をポンと叩く。そして追い打ち。


「諦めろ。そして酒飲んで迷惑かけた自分を呪え」


 絶句しているツェンタリアに俺はニッコリと微笑む。そして、スタスタと歩き始めた。


「さぁて、それじゃあ船員も消え去って船内に無数の引っかき傷のみが残ったマリローゼ号の探索を始めますかね」


「騙されました。ご主人様に騙されました……」


 ツェンタリアが後ろでなにか言ったが「置いてくぞ? こういう時は1人になった奴から狙われるんだ」と言うと慌てて俺の腕に抱きついてきた。


◆◆◆◆◆◆


「ご主人様は幽霊とか怖くないんですか?」


「さっきも言ったがフリーレンも似たようなもんじゃねえか?」


 フリーレンは雪山で死んだ女性の霊魂が集まってできたものである。ツェンタリアはうーんと悩んだあと口を開く。


「ですがあれは精霊化して実体があったじゃないですか、私が恐れているのは実体のない幽霊が体を乗っ取りになんて来たら……」


「俺は大丈夫だ。強いからな」


 自分の想像に怯えるツェンタリアを置いて俺はさっさと歩く。


 俺達はマリローゼ号の探索を進めていた。ツェンタリアは最初は怖がって俺の腕に抱きついていたが、少し慣れたのか今は俺のちょっと後ろを歩いてついてきている。


 もう分かるだろうがツェンタリアは幽霊が苦手だ。話を聞くのは好きらしいが、実際に体験するのは勘弁してほしいらしい。


「それでご主人様は何を探してらっしゃるのですか?」


「ん、何か探してるように見えたか?」


「はい、先ほどから丹念に部屋を調べているように見えましたので。お宝でしょうか?」


「おいおい、数カ月前まで小麦粉をクライン村に運んでた船に何のお宝があるんだよ」


「そうなのですか?」


「ああ、マリローゼ号の所属はクオーレのとこの会社でな、宝船でも何でもないただの輸送船だ」


「それを聞いて少し安心しました」


 ツェンタリアはあからさまにほっとしている。しかし、もう一つ大事な事実を忘れているようだ。


「おいおい、確かにマリローゼ号は軍艦でも恐ろしい物運んでいる船でもないが、そこら中に傷を残して船員が消えた船であることは事実なんだぞ?」


 ツェンタリアは「またまた」と笑いながら手をヒラヒラさせる。


「それも実はあっけないネタばらしがあったりするんじゃ……な、ないんですか!?」


 首を振っている俺を見てツェンタリアのテンションが急降下する。


「ネタどころか結構真面目な依頼だぞ? なにしろあのクオーレが本気でキレてんだからな」


「そ、そうなのですか?」


 世界一の大商人の名前が出てきたことによってツェンタリアの顔に真剣味が増した。


「なにしろクオーレは本心はどうあれ『人は宝』ってのを常に言ってるからな」


「なるほど、このような事件が起きて何もしないという選択肢はないのですね」


「そういうこと。まあ確率は低いが他の会社が裏で糸を引いてる可能性もあるしな」


◆◆◆◆◆◆


「こ、この部屋でおしまいですよね!?」


 ツェンタリアが歓喜と恐怖がごちゃまぜになった顔で確認してくる。マリローゼ号で調べていない部屋は残り1つ、そしてツェンタリアのライフも残り1つくらいだろう。


「別に何か起きたわけじゃないんだからそんなビビんなよ」


「ご主人様、ニヤけ顔で心配されても反応に困るのですが……それに何も起きないからこそ精神的に摩耗しているのです!」


「なるほど、それも一理あるな」


 確かにホラー映画でも最初からバンッズバーンッと幽霊が出てくるのより、ジワジワと雰囲気を高めてくるタイプの方が怖い。


「っとなるとこの最後に残した船長室ってのは何か起きるのには最適な場所だな」


 俺がニヤニヤした顔を見てツェンタリアが「はぁ……」とため息を付いた。俺がこの部屋を残した意図に気づいたようである。


「入ってすぐの部屋を素通りしたのでおかしいと思いましたよ」


「それじゃあ入るぞ」


「外で待ってていいですか?」


「だめだ。俺は映画は必ずスタッフロールまで見る派なんだ」


「ご、ご主人様映画ってなんですか、っというか引っ張らないでください! 強引さを発揮するのは寝室に連れ込む時だけに」


「大丈夫、船長の寝室だ。何も間違ってはいない」


 嫌がるツェンタリアの悲鳴を残して船長室のドアは閉められた。


■依頼内容「難破船を調べて欲しいデース」

■経過「残りは船長室のみだ」

ブックマークありがとうございます。サラミになりま……ハゲミになります。

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