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第30話 音にこそ聞け、近くば寄って積み荷をよこせ

今日のツェンタリアさん

「臭いのはちょっと苦手です。で、ですがご主人様の汗ならば! え?『俺は体質的に汗かかないし、そもそも汗かくほど苦戦しねぇよ』……さすがご主人様ですね。いえ、残念そうだなんてそんな、洗濯物をクンカクンカするだけで十分いえなんでもございません」


「万能炉テアトル、話を聞いた時は少し地味な印象を受けましたが活用方法の多彩さを考えるとやはりバンデルテーアの遺産なのですね。もしも私が万能炉テアトルを持っていたらどういった装備を作るでしょう……うーん、まずはご主人様が絶対に傷つかない装備でしょうか」

●依頼内容「パラディノス輸送部隊の荷物を奪ってほしい」

●依頼主「フェイグファイア国王トレイランツ」

●報酬「6万W」


「もう一人男児を作りソレの嫁にすル……」


 トレイランツが重々しく答える。いくら竜人の成長が早いといっても結婚適齢期になる頃はおねショタじゃ済まされない年齢差があるんだがなぁ。


「こういう場合はアネキになるッスかね?」


 ノイが苦笑する。まあそうなるな。


「料理を教わりたいねぇ」


 フロラインがカッカと笑う。それは現状でも普通に教えてやるぞ。逆に激辛料理を教えてくれ。


「……///」


 ジーンバーンてめえ何赤面してんだ殺すぞ。


「私が男性に転生してご主人様をお嫁さんにします!」


 さすがツェンタリア、発想が壮大だ。


「えーとそれじゃあ話を依頼に戻して良いか?」


 俺はなぜか「ジーガーが女性になったらどうするか?」という話題で盛り上がっていた会議の軌道修正を試みる。まったく冗談じゃない。さっきからジーンバーンの視線が気持ち悪いったらありゃしないぜ。


 俺の言葉にトレイランツが頷く。


「そうだナ、その時が来たら考えれば良イ」


「いや、その時なんて来ないけどな」


 ツェンタリアやフロラインはもっと話したかったようだ。顔に「えー」という文字が出ている。だがトレイランツにこう言われては従わざるをえない。


「それで、アニキの見立てではやっぱりパラディノスの輸送部隊はこの道を通るッスか?」


 ノイの指し示した地図にはサンフット街道と書かれていた。


「あぁ、ヴァリスハルトが何を輸送しているのかは知らないが、積み荷の情報を考えるとメインの部隊はかなりの確率でここを通るはずだ」


「なんで分かるんだい?」


 フロラインが腕を組んで険しい顔をしている。これは俺の予想に反対しているわけでは無く、なぜそうなるのかがわからないためである。トレイランツは……さすがに理解できているようだ。ノイ・ジーンバーン・ツェンタリアはフロラインと同じくまだ理解できていないようなので俺は説明を始めた。


「軍隊でも荷物でもそうなんだが、移動するルートを予想する時はまず規模と速度を見るんだ」


「規模と速度、つまり軍隊なら人数の多さと行軍の早さでしょうか?」


「そのとおり、んで荷物の場合はその大きさと運ぶ速度だな」


「なるほど、規模が大きければ細い道は通らないという訳ですね」


「それで速度が速い場合は近い道を通るって事ッスね」


「まあ基本はそうだ」


「基本……ですか?」


「そうだ、おい変態」


 壁に寄りかかっているジーンバーンを呼ぶと返事の代わりにウニのトゲが帰ってきた。俺は風を操ってそのトゲを弾く。


「もしも、殺したくて仕方が無い相手がいた場合、お前なら細くて険しいが最短距離の道、広くて安全だが遠回りの道。どっちを選ぶ?」


 俺の質問に対してジーンバーンはカッと目を見開いた。


「愚問だジーガー! 手足が吹き飛ぼうとも首だけでお前の心臓を喰いちぎってやる!」


 さすがジーンバーンである。俺の思っていたとおりの反応をしてくれた。満足げにオーケーと言って皆に向き直る。ちなみに俺ならまず首は残さない。頭から吹っ飛ばす。


「……まあそう言うわけで、速度があまりにも速い場合は道の広さや危険度だけではなく距離も勘案して考えていく必要があるわけだ」


「それでは今回の場合は……」


「逆に速度がものすごく遅いってんだから……」


 ツェンタリアとフロラインが考え込む。


「ジーンバーンとは真逆と言うことッスね」


「ケッあの糞チキン天使野郎の考えそうなこったぜ!」


 ノイとジーンバーンは理解できたようだ。


 ちなみに積み荷の情報はジーンバーンの部下が持って来ている。流石は音に聞こえたフェイグファイアの機動部隊である。その情報は正確かつ簡潔でわかりやすい。さらにこの会議の間にも何人もの部下がジーンバーンに報告に来ていた。その度に的確な指示を出すジーンバーンを見て少し感心したのは内緒だ。


「そう、だからサンフット街道な訳だ」


 そう言って俺は地図をコンコンと叩いた。


◆◆◆◆◆◆


「チッ、まさかお前なんかと組むことになるとはな!?」


「組む、じゃねえだろ『部下』のジーンバーン君?」


 舌打ちをしているジーンバーンに俺はイヤミたっぷりに返す。ここはサンフット街道の脇にある茂みの中だ。俺とジーンバーンとツェンタリアは今、荷物を待ち伏せしているところである。


「何だとジーガー! お前、俺様の魔手鈎ヴィンデンをクオーレの野郎に売りやがって!」


「あぁ、そういえば買い直したのか」


 言われてみると確かにジーンバーンの手には俺の家に飾られていた手鈎がはめられている。それを見た俺は爽やかに微笑んだ。


「質流れになる前で良かったな。まあそんな汚い臭い手鈎を買う人間なんているとは思えないがな。きっとつけてる奴は納豆の化身なんだろうな」


「来ましたターゲットの荷物です!」


 俺達の前で道を監視していたツェンタリアが声を上げる。


「チッ、こんな依頼さっさと終わらせてやるぜ!」


 ジーンバーンが今日何度目かの舌打ちをして荷物の方角に目をやる。さすがのコイツもトレイランツ直々の依頼を失敗させるのはマズいと思っているらしい。いやはや意外と仕事熱心だね。「さて」と俺も道の方に目を向ける。大きな箱がリアカーに載せられてこちらに来ている。そしてまわりには天使兵が4人ついている。


「ビンゴみたいですねご主人様!」


「あぁ、見た目はな」


 俺は確答を避ける。なぜなら大きな箱の中身がフェイグファイアの目当ての品かどうかはまだわかっていないためである。ちなみに俺は目当ての品が何なのかは教えてもらってはいない。だがパラディノスからフェイグファイアが欲しがる物というのはそう多くはないので大体の目星は付いている。


「ジーガー、お前あの箱の上の生物を見たことがあるか?」


 ジーンバーンが俺に訪ねてくる。俺に突っかかってくるときは違う仕事モードの声色だ。こういう相手をからかうほど俺もバカではない。


「箱の上の生物?」


 俺は箱を見上げる。なるほど、気にもとめていなかったが確かにジーンバーンの言うとおり何かが積み荷の上に立ってあたりを警戒している。白い肌に大きな口、そしてなまめかしい肉体……ってそんな可愛らしいもんじゃないなアレは。


「カーカラックじゃねぇか。もう実戦投入されてたのか!?」


「ご主人様、あの見張りの人の右腕を見てください」


 ツェンタリアの指差した天使兵の右腕を見やると、以前ヴァリスハルトがつけていた物と全く同じ腕輪がつけられていた。俺とツェンタリアが相手の正体を知っていると見るやジーンバーンが話に割り込んできた。


「知っているんだなジーガー?」


「お前が新聞読んでねぇだけだろ。アレがパラディノスが新たに開発した新兵器カーカラックだ」


「ほう……あれがか」


 ニヤリと笑うジーンバーンを見て俺の胸に一抹の不安がよぎる。


「おいジーンバーンよく聞け? いくら戦うと楽しそうな相手だからってこの依頼はトレイランツ直々の依頼で」


「うるさいぞジーガー!」


 そう言って相手に向かって駆け出すジーンバーン。かーっやりやがった! 強い敵を見ると放ってはおけない性格なのは知っていたがまさかここまで考え無しだとは思わなかった。


「だあぁもう! あの戦闘馬鹿は!」


 そう言って俺は先程竜王の間でジーンバーンが飛ばしてきたウニのトゲを投げた。


「グェッ!?」


 ウニのトゲは一直線に飛んでジーンバーンの背中に刺さる、そして昏睡。


 どうやら本日のジーンバーンは刺さった人間が昏睡する毒を仕込んでいたようだ。しかし効果が出るのが少しだけ遅かった。


 ガサガサバサンッ。ジーンバーンはちょうど茂みを出たところで倒れてしまった。


「キシャァァァッ!」「誰だお前は!?」


 当然それを見逃すほど敵も馬鹿ではない。っというか黄と黒の服装に身を包んだ人相の悪い変態が突然茂みから出てきて倒れたのだ。それを見逃すようならカーカラックも天使兵も目の病院に行った方が良いだろう。


「ツェンタリア、あの変態の回収頼む」


「わかりました。ご主人様は?」


 俺は「部下の失態をフォローするのが良い上司さ」と言ってウインクをしてみせた。


■依頼内容「パラディノス輸送部隊の荷物を奪ってほしい」

■経過「アホのジーンバーンの尻拭いせにゃならんな」

ブックマークありがとうございます。アマガミになりま……励みになります。

30話到達、当初予定の50話は確実かつ大幅に超える感じがします。

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