第29話 値上げは機を見て逃さず早く
今日のツェンタリアさん
「顔が好き……ウフフフフフフフフフ。いえ、もちろん胸も自信ありますよ? 本当ですよ!? 赤い男性を幸せにする服でもしっかりご主人様の視線をホールドしていましたし。この辺りはさすがさっちゃんですね!」
「これで陸海空と全てのアップルグンド軍主力部隊が出揃いました。今回は守りに専念するためご主人様にお任せしましたが、次回は空を飛び回ってご主人様の戦いを楽にしたいところですね。それにしても王扇ブァンを使うのは少し意外でした。数年前に海竜王を屠ったとき以来でしょうか」
●依頼内容「フェイグファイアの駐屯地の破壊」
●依頼主「アップルグンド国王シュタルゼ」
●報酬「4万W」
朝食を終えた俺は出かける前にテーブルの依頼文の山を読んでいく。
「依頼の数も随分と増えましたね」
食器を洗い終えたツェンタリアがテーブルからはみ出しそうになっている依頼文を苦笑している。ツェンタリアの言うとおり俺が傭兵を始めた頃に比べて依頼の数は増えている。
「問題は数じゃなくて質だ。最近は切羽詰まった依頼が多い」
そう言いながら俺はツェンタリアに山の中から依頼文を1つ渡す。
「『パラディノス領内に侵入したアップルグンド主力部隊の撃退』……なるほど」
「んでこっちはアップルグンドから『主力部隊の助力』の依頼だ。4国の戦いもそろそろ佳境ってことだな……」
そう言ったあと俺は無造作に紙を五枚取り出す。
「何をなさるのですか?」
「いいかツェンタリア、世の中には2つの時期がある。それは平時と戦時だ。今世界は平時から戦時に移りつつある。だから俺も戦時の心を持たなければならないんだよ」
「えーと、つまり稼ぎ時って事ですね?」
「その通り」
ザックリとしたツェンタリアの言葉に俺は真面目くさった顔で頷いた。戦争というのは降りることの出来ない博打のようなものだ。そして後半になるにつれて掛け金も大きくなっていく。ならばこちらもそれに応じた報酬を貰うのが当然、というわけだ。
しかしツェンタリアは俺の行動に疑問なようだ。首をかしげながら口を開く。
「値上げをしてしまったら依頼の数が減るような気がするのですが?」
「良いんだよ。敵同士の依頼を片方しか受けないことによって生まれる恨みより、値上げによって発生する恨みの方が全然マシだ」
「あー、ネイベル橋ですね?」
俺とツェンタリア2人の頭に浮かんだのはネイベル橋の件である。最初の依頼で橋を守り、次の依頼で橋を破壊したのだ。
あのあとパラディノスの聖王ヴァリスハルトからトイレットペーパー1巻きほどの嫌みが書かれた文書が届いた。王の中では賢い部類のヴァリスハルトだからそれくらいで済んだが、リヒテールだったら爆弾ぐらいは送ってきただろう。
「さて、それじゃあ思い切って2倍くらい値上げするか」
ペンを走らせパパッと値上げする旨の文書を書き上げた俺はシパパパパっと紙飛行機の形にして4国の王+新聞社に向けて投げた。
◆◆◆◆◆◆
「相変わらず暗い森だな……っと!?」
いきなり降ってきたリンゴを間一髪で避ける。それを見てクスクスとツェンタリアが笑った。
「森が『暗いとは何だ』と怒っているみたいですね」
「冗談だろ? と言いたい所だが、フォルストルだからそれくらいはしそうだな」
俺達はフォルストルの中を歩いていた。後ろには魔王城がこちらを見下ろしている。ただいま目指しているのはフォルストルの入り口に作られたフェイグファイアの駐屯地である。アップルグンドの魔王シュタルゼの話によるとフェイグファイアが勝手に駐屯地をこさえたらしい。
「本当にフェイグファイアがアップルグンドに対してそのような事をするのでしょうか?」
「そりゃあ事実として駐屯地はあるわけだしな。アップルグンドにしてみたらのど元にナイフを突きつけられてるようなもんだから依頼も来てんだろ」
俺は自分の喉を指差しながら苦笑する。
「つまり魔王シュタルゼ様は今後フェイグファイアと友好的な関係を構築する気は無いと?」
俺は両国の関係を心配するツェンタリアに「優しいな」とワンクッションおいたあと「だかな」と続ける。
「国同士に友好的な関係なんて成り立たないぜ? 利害が一致すれば一晩の内に手を変え品を変え同盟相手すら変えるのが国ってもんだ」
◆◆◆◆◆◆
「ぐあぁっ!?」「退避! 退避だぁ!」
数分後、フェイグファイア軍の駐屯地の始末は片付きつつあった。
いくら駐屯地を作ったといえども魔王シュタルゼの監視をくぐり抜けての急ごしらえである。柵とテントを建てたところに100人ほどの兵がいただけだった。
フェイグファイア軍を撃退した得物はフォルストル内に転がっていた石である。俺が木の上から大量に持ってきて投石しただけでフェイグファイア軍は散り散りになって逃げたしたのだった。まぁ投石しただけとは言え俺が投げているのだ。当たれば鉄の鎧ぐらいは凹む。
「おのれ、貴様ジーガーだな!? 姿を現せ!」
俺の後ろから石を渡すツェンタリアが「1人だけ逃げない方がいますね」と首をかしげている。確かにあの隊長と思わしき人物の鎧だけやたら頑丈だ。先程から5回ぐらい当てているのに一向に凹まない。
「あれがバンデルテーアの遺産、万能炉テアトルで鍛えた金属の鎧だな」
俺はそう分析した。あの鎧は対打撃性能に特化した金属でできているのだろう。さて面倒なことになった。そうなってくるとこの石ではダメージは通らない。
「どうするのですか?」
「こうするしかなかろうよ」
俺は木から下りて隊長の前に立った。
「フッフッフ出てきたなジーガー! お前を倒せという天の声が聞こえるか!?」
目の前に現れた俺を見て隊長が不敵に笑う。結構な自信である。
「天は喋んねぇよ」
天に明日の天気を訊ねたら「明日は雨を降らす予定だ」とか答えてくれたら便利そうだなぁ。などと下らないことを考えながら右手をスナップする。
「フッフッフ、ついに武器を出したかジーガー! さあ天も我等の戦いを照覧している! いざ尋常に勝負っ!」
「ところでお前尋常って意味分かってるのか?」
「えっ、なっ、何だ?」
俺の突拍子の無い質問に隊長の目が泳ぐ。……解ってないのになんとなくかっこいいから使ってるタイプだなコレは。
「いいか、尋常には2つの意味がある。1つは普通なこと」
「何だその武器は、馬鹿にしているのか!?」
俺の言葉を遮って隊長が激怒した。何故怒ったのか。それには2つの理由がある。1つは俺の相手を小馬鹿にした態度。そして2つめが……
「ああ、もちろん馬鹿にしてるぜ」
悪びれもせずに俺は頷いた。俺の手に握られていたのはピコピコハンマーである。俺の態度を見て隊長は激昂しているが気にせず話を続ける。
「んで尋常の2つ目の意味、それは素直なこと」
その言葉と共に隊長の背後からコンッと言う音がした。
次の瞬間「ガハァッ!?」という言葉と共に隊長が崩れ落ちた。
「ハッ、バンデルテーアの遺産を相手に素直に真正面からやる気なんざねぇよ」
倒れた隊長の背後には俺の分身が苦笑しながら立っている。先程木から下りる際に分身させておいたのだ。そして俺が隊長を挑発している間に回り込んで、以前エアフォルクとの練習で見せた、鎧の中に衝撃を反射させる技術で攻撃させたのだ。
「それじゃあ報酬にその鎧でもいただこうか……」
俺は左手をスナップしてピコピコハンマーを収めた。そして隊長の鎧に手をかける……がしばらく考えて手を離した。
◆◆◆◆◆◆
「ご主人様はなぜあのとき鎧を取らなかったのですか?」
帰り道、木の上から観戦していたツェンタリアから質問が飛んできた。
「理由は2つだ。1つはバンデルテーアの遺産を俺が持つことによる各国への影響だ」
「なるほど、つまりフェイグファイアからの依頼が減る可能性も考えたわけですね?」
「確かにそれもある。何しろ霊峰ゾンネを登ったあとに俺が万能炉テアトルの話を出しただけで、トレイランツがどえらい殺気を向けてきたくらいだからな」
「そ、そんなことがあったのですか?」
その時のことをツェンタリアは思い返してみたようだが「全然気づきませんでした」と呟いた。
「まぁ、トレイランツの静かな殺気は一酸化炭素みたいに無味無臭、されど猛毒だからな。慣れてないと気づけねぇさ」
「ところで先程『それもある』とおっしゃってましたが、ご主人様が鎧を得ることでフェイグファイア以外の他国にも影響があるのでしょうか?」
「ある。俺がフェイグファイアの隊長から鎧を奪うことによって、世界のパワーバランスが崩れる」
「……えーとどういう意味でしょうか?」
「つまり、俺の強さに各国の王が嫉妬するってことさ」
「なるほど、戦っている自分たちの頭上に巨大なハンマーがあったらイヤですもんね」
「よくわかってるな。更に言えばそのハンマーの持ち主が悪意を持っているかはこの場合は関係ねぇんだ。なにしろ人間は恐怖心だけで戦争をおっ始めるからな」
ツェンタリアは1つ目の理由には納得できたようだ。
「それでは、もう1つの理由を聞きたいのですがそちらは」
「臭いからだ」
俺はスパッと答えた。あんな剣道の防具みたいなヤツつけてられっかよ。
■依頼内容「フェイグファイアの駐屯地の破壊」
■結果「フォルストル入口付近のフェイグファイア勢を追い払った」
■報酬「4万W」
ブックマークありがとうございます。ハラミになりま……励みになります。




