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第25話 山に登る理由とは? 「金」

今日のツェンタリアさん

「本当に美味しかったんですけどね、葉っぱ。それにしてもご主人様の話を聞く限り場数もそうですがやっぱり基礎的な部分というか根本的な部分で差が出ているように感じますね。これがセンスというものなのでしょうか? それを補うためには……勉強あるのみですね」


「強化された警備を逆手に取って自らの目的を果たすなんて、流石は完璧勇者としてその名を轟かせていたご主人様ですね。素敵です」

●依頼内容「霊峰ゾンネに登って欲しい」

●依頼主「フェイグファイア国王トレイランツ」

●報酬「10万W」


 夕食を終えて俺達は明日の依頼の準備に取りかかっていた。


 通常の依頼なら手分けしてさっさと準備を終わらせてしまうのだが、今回の依頼はかなり過酷なものになると予想されるので2人でしっかりと確認しながら準備を進めている。


「明日は絵の中と違ってすぐに戻ってこれねぇんだからしっかり準備しとけよ!?」


 モコモコしたコートをバックの中に詰め込みながらツェンタリアに釘を刺す。


「大丈夫ですよご主人様。あの日は占いで『肌を見せて気になるあの人と急☆接☆近!?』と書かれていただけですから」


「……ちなみに明日の俺達の運勢は?」


「えーと私が『最後に愛は勝つ』ご主人様が『人の幸せ羨むなかれ』ですね」


「なんつーか勇ましい結果の占いだな」


◆◆◆◆◆◆


「ジーガー久しぶりだナ」


「おぅ、トレイランツのご老体も元気そうだな」


 翌日の昼、俺達はフェイグファイアの竜王の間でトレイランツと向かい合っていた。


「んで早速本題に入るんだが、あれは真面目な依頼なのか?」


「……そうダ」


 トレイランツが短く答えた。こうやって多くは語らず実力でフェイグファイアという国を引っ張って来たのがこのトレイランツである。


 領内の豪族をまとめ上げて国を維持しているトレイランツへの信頼は厚い。何しろあの超問題児ジーンバーンですらトレイランツの前では借りてきた猫のように大人しくなるのだ。まあ実際トレイランツは強い。一人でエアフォルクを含めたエアルレーザーの騎士団と同じ戦闘力を持っている。つまり世界で一番強い個人なのである……俺を除けばな。


 さて、そんなトレイランツからの依頼である。内容は『霊峰ゾンネに登って欲しい』前のネルン村の依頼もそうだったがこちらも一筋縄ではいかないものになるだろう。


「……」「……」


 詳しい説明を求める沈黙だったのだが、トレイランツ的にはこれ以上の説明はする気がないらしい。ちょっとイラッとしながら俺は口を開く。


「いくら俺でもフェイグファイアの霊峰ゾンネに入ったのがバレたら他の豪族がどう言うのかご老体ならわかるだろ?」


 霊峰ゾンネとはフェイグファイアの王都を見下ろすようにそびえ立つ火山である。伝説では不死鳥が住むとも言われている。いわゆる国を象徴する山であるため足を踏み入れる者は制限され、勇者時代の俺でも入山するときにはかなり議論が紛糾した。


 今回の依頼ではそんな場所を登って来いというのだ。


 トレイランツは「……」と黙ったままだ。


「それだけヤバい状況と言うことか?」


 俺はイライラが募ってきた。


「そうダ」


「……」「……」


 また沈黙だ。


「トレイランツよぉ……っ!」


「ご、ご主人様!?」


 俺はトレイランツとの距離を一気に詰めて殴りかかった! バシィッと言う音が竜王の間に響く。


「ジーガー貴様、なにをすル?」


 頭を狙った俺の右の手がトレイランツの両手でしっかりと止められている。


「なんだちゃんと起きてたのか。あんまり反応がヒドイもんだから寝てるのかと思ったぜ?」


 俺は右手を引いた。ツェンタリアが後ろでワタワタしている気配を感じながら、俺はトレイランツを睨み付ける。


「いいかよく聞けトレイランツ。俺はお前の家来じゃねえんだ。全部教えろとは言わねえ。だが、必要最低限の事すら言わねえんだったら俺はこの依頼降りるぞ?」


「……」


 トレイランツは再び沈黙。しかし、今回は乾いた大木のような態度ではなく、「わかっタ」と言った後ポンポンと二回手を叩いた。すると竜王の間の扉が開き、二人の人物が入ってきた。


「お久しぶりッス アニキ!」


 一人はノイだ。大きな荷物を背負っている。


「へぇあんたが噂のジーガーかい? 女だったとはあたしゃたまげたよ!」


 もう一人はデカい女性だ。頭に角が生えており白に黒の斑点が入ったビキニと水色のショートパンツを履いている。そしてなぜかツェンタリアにニコニコ笑いながら近寄っていく。


「なっ!? ……え? キャッ!?」


「あたしゃフロラインってんだ、よろしく!」


 俺と間違えられたツェンタリアがその女性にぐわばぁっとハグされて困惑している。うーん格好といいこの猪突猛進ぶりといい、十中八九このフロラインと名乗った女性はミノタウロスだな。……胸もでかいし。


「違うっすよフロラインさん! アニキはあっちッス!」


「ええ、そうなのかい!? 早く言っとくれよ」


 ノイに訂正されて慌ててフロラインはツェンタリアを離す。そして今度はトレイランツの近くにいる俺に向き直った。


「うーん……」


「ほーぅ?」


 俺も向こうも互いを観察している。フロラインは俺よりも『高く』ツェンタリアよりも『でかい』。力はトレイランツには劣るがエアフォルクよりはちょっと上くらいか。そして年は俺より全然上だな。


 そんなことを考えていると向こうも俺の観察を完了したようだ。


「なるほどこれがジーガーってのは納得できるね!」


「そりゃどうも」


 とりあえず頭以外は悪い奴ではなさそうだ。俺はフロラインに近付き手をさしのべる。


「おやおや水くさいねぇっ!」


 フロラインはそう言ってがばぁっと抱きついてくるが俺はヒラリとかわす。


「すまんがツレを悲しませるわけにはいかないんでな」


 俺がツェンタリアにアゴを向けながら言うとフロラインは納得してくれたようだ。ハッハッハと笑っている。


「なんだい元完璧勇者だなんて聞いてたからどんな冷たい男なのかと思ったら青春してるじゃないのさ!」


 そう言ってフロラインはバンバンと俺の背中を叩く。ママさんバレー。そんな単語が俺の頭の中に浮かんだ。


「それで、何でノイ達を呼んだんだ?」


 その言葉はトレイランツに向けたものだったのだが、ノイ自身が答えてくれた。


「それは自分達の結婚の儀式をするためッスよ!」


「…………は?」


 俺はいきなり出てきた結婚という単語にアホみたいな声を出してしまった。


「ノイ様とご主人様が結婚するんですか!?」


「待てアホツェンタリア、確実にすっげぇ勘違いしてんぞ」


「結婚するのはノイとフロライン、ダ」


 トレイランツが珍しく話に参加してきた。それを見て俺はピンときた。なるほどねぇ多分このフロラインってのは豪族の娘かなんかで、王族の足場を固めるための政略結婚って訳か。


「そうなんですか。素敵ですねぇ」


「ヘヘッ照れるッス」


「まあそう言うことだからさ、よろしく頼むよ!」


 頬を赤らめる二人を見て俺は首をひねった。あれ? この二人恋愛結婚っぽいぞ?


 その後ノイから聞いた話によると俺達は二人の護衛として霊峰ゾンネに入ることがわかった。なるほど、たしかにこの理由なら俺だけで霊峰ゾンネに入ろうとした時よりも豪族たちが納得しやすい。ただ、ノイ達の目的地が山頂であるのに対して俺達の目的地は大体五合目あたりから分かれる道を進んだ先にあるザンゲリウム雪原という所らしい。当然訪れたことのない場所である。


「途中までは自分とフロラインさんが案内するッス」


「分かれ道まで行けばあとは一本道だから迷わず行けるはずさ!」


 こうして思いがけず賑やかな登山が始まった。


◆◆◆◆◆◆


「相変わらずゾンネは寒いッスねー」


 数時間後、俺とノイとツェンタリアとフロラインは霊峰ゾンネを歩いていた。ただいま三合目と言ったところだろうか。まだまだ序の口である……


「いやそれにしてもこの吹雪はねぇだろ!?」


 俺が昔登ったときと比べて桁違いの寒さと吹雪だ。『春のひだまりスケッチ』の中で経験した吹雪も凄かったが、霊峰ゾンネの本物の吹雪に比べれば南国の風みたいなもんだ。


「あああああ……」


 ツェンタリアに至っては歯がカチガチと自動で動いて何言ってるかわかんねぇ事になっている。


「ちょっと待ってろ」


 見るに見かねた俺はツェンタリアの周りの風を操ってやる。これで風による体温の低下は防げるはずだ。


「あ、ありがとうございますご主人様」


 先行しているフロラインがノイを肘でつつく。


「ツェンタリアの旦那さん。意外と優しいねぇ」


「ん、フロラインも自分のコートがほしいッスか?」


「冗談はよしとくれ。あたしゃ寒さにゃ強いんだ。むしろノイの方こそは大丈夫なのかい?」


 竜人は寒さに弱いはずなのだがノイはフロラインのためにスッと自分のコートを脱ごうとしていた。この辺りがノイが国民から好かれるところなんだろうな。そしてノイはフロラインの言葉に対してサムズアップしてみせる。


「愚問ッスよ。フロラインさんとの儀式を成功させる為に心のエンジン全開ッス!」


「おおよく言った! それでこそあたしの未来の旦那様だねぇ!」


「お二人は仲がよろしいですねぇ」


 ツェンタリアがやんややんやと騒ぎながら霊峰ゾンネを登っていく二人を見てウフフと微笑んでいる。俺はため息を付いて言った。


「ノイの奴、絶対尻に敷かれるな」


「え、尻に敷かれるってご主人様はそういう体位がお好みなんですか?」


「しょうもないこと喋ってると魔法剥がすぞ」


 俺が手をかざすとツェンタリアが慌てて頭を下げる。


「すみません冗談です。いつも尻に敷かれている私の小粋なホースジョークです」


 ツェンタリアと漫才をしていると、先を進んでいるノイの声が聞こえてきた。


「もう少し言った所に休憩所があるけど、どうするッスかー!?」


 俺はツェンタリアの顔をチラリと見た後、ノイに向かって返事をする。


「腹も減ったから休もうぜー!」


「了解ッスー!」


「すみませんご主人様、私のために」


「気にすんな。それに腹が減ったのは本当だ」


 俺の言葉と同時にズゴゴゴゴゴと腹が鳴った。三時のおやつの時間である。


◆◆◆◆◆◆


 休憩所といっても小屋などがあるわけではない。大きな窪みのある場所で雪がしのげるってだけだ。


「ふー到着、どんどん雪が強くなってやがんなぁ」


「こんな天気はあたしも初めてだよ。何かの前触れじゃなきゃいいんだけどねぇ」


 休憩所の前で俺達を待っていたフロラインが空を睨んでいる。その横を通ってくぼみの中に進むと先についていたノイがたき火の準備をしていた。


「お疲れさまッス! もうちょっと待っててください。今火を起こしてるッス!」


 ノイはそう言いながら火打ち石で火をおこそうとしているが上手くいかないようだ。


「ツェンタリア、頼む」


「はい。ノイ様、少し離れてくださいませ」


 ツェンタリアが木の枝に火をつける。パチパチという音が弾けて、俺達四人の陰が岩肌にゆらゆらと伸びた。


「へぇ、炎を出せるなんて凄いじゃないか。ツェンタリアは魔法使いなのかい?」


 入口の方からその様子を見ていたフロラインが目を丸くしている。


「いえ、魔法使いではなくてですね……」


 ツェンタリアがこちらにチラッと目線を送ってくる。この目線の意味は「自分のことをフロラインさんに話しても良いのでしょうか?」と言う意味だ。俺は頷いた。


 なぜならノイはツェンタリアの正体を知っているし、フロラインから聞かれれば答える可能性は高い。しかし、それ以上にツェンタリアはフロラインに友情のようなものを感じているようだ。今までの二人の様子を見てればそれくらいは解る。ツェンタリアはホッとしたような表情をした後、焚き火を囲んで座ったフロラインに自分の、そして俺の過去を話し始めた。


「えぇっとまず、私は魔法使いではなくて精霊なのです」


「せ、精霊なのかい!?」


 窪みの中にフロラインの大きな声が響いた。


■依頼内容「霊峰ゾンネに登って欲しい」

■経過「3合目まで踏破」

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