第23話 戦場にかける金
今日のツェンタリアさん
「忍者! いいですよねロマンが有ります! 特に捕まったり拷問を受ける所なんて素敵です。ご主人様に捕まえられたり拷問を受けたり……え?『そんなに拷問されたいならガチでやってみるか?』ってやめてくださいごめんなさい謝りますから水をバケツに入れ始めないでください」
「同胞と言うわけではないのですが近い存在である馬の厩舎が族に襲われましたか。しかし、落ち込む姿はご主人様には見せられません。10年間敵国の兵を切ってきたご主人様の苦悩に比べれば……」
●依頼内容「フレート川にかかるネイベル橋の防衛」
●依頼主「パラディノス国王ヴァリスハルト」
●報酬「6万W」
「なんだこりゃ?」
朝、いつもの格好(Tシャツには【まほろ】と書かれている)に着替えた俺がキッチンに降りて行くと珍しい物が目に止まった。いつもテーブルの上にはツェンタリアによって花が飾られているのだが、今日は白い松ぼっくりのようなものが連なった枝が飾られていた。
キッチンで朝食を作っていたツェンタリアは「おはようございます」と挨拶した後、「それでハーブティーを作ろうかと思いまして」と答える。
「ハーブティー? 確かにいい香りはするが何の植物だ?」
松ぼっくりのようなものに顔を近づけて見るとほのかに甘い香りが鼻をくすぐって来る。……コレに近い香りをどこかで嗅いだことがあるような気がするのだが、思い出せない。
「ホップですよ」
ツェンタリアがテーブルに朝食を並べながら教えてくれた。
「へぇ、ビールの原料ってのは知ってたがこんな感じなのか」
ちょいちょいとホップの白い松ぼっくりのような花の部分を指でつつく。
「ハーブティーにしますと鎮静・健胃に効果があるとブリッツ村の朝市で教えてもらいました」
「鎮静・健胃って……ツェンタリアどこか悪いのか?」
「い、いえ、私はどこも悪く無いですよ!? ちょ、ちょっとした興味本位で……」
両手を振って否定するツェンタリアを見て俺はほっと胸をなでおろす。
「そうかよかった」
頬を赤らめて「お気遣い頂きましてありがとうございます」と言ったあとツェンタリアはキッチンに牛乳を取りに行った。
「ホップか……たしか昔、世界図書館ヴェンタルブーボで習った中に植物のカリキュラムってのがあったな」
世界図書館ヴェンタルブーボというのはフェイグファイアにある蔵書数世界一を誇る図書館である。俺はリヒテールの命を受けてそこで世界一の賢人シュテンゲから苛烈な詰め込み教育を受けたのだ。俺が苛烈と言うくらいだから勉強法については詳しく語らないほうがいいだろう。なにしろむこうの世界で同じ事をしようものなら人権に引っかかりまくるからな。
とにかく、そんな詰め込み教育の中で植物のカリキュラムがあり、その中でほぼ世界中の植物の知識をつめ込まれたのだ。若干忘れかけている部分も有るがちゃんと記憶をたどればホップの情報も出てくるだろう。
「お待たせしましたご主人様、それではいただきましょうか……難しい顔をしてどうしました?」
「あぁ、いやちょっと記憶をたどっていてな」
脳のリソースを8割くらい思い出すことに使っていたためか俺は険しい表情になっていたようだ。俺は笑いながら「大したことじゃない」とツェンタリアに言って、思い出すことのリソースを1割に減らした。
「記憶を?」
「こっちの話だ気にするな。それじゃあいただきます」
記憶をたどるスピードは遅くなるが、それでも今日の依頼を終える頃にはホップの情報を思い出せているだろう。
ツェンタリアに聞いても良いのだが、先ほどの興味本位という言葉が気になった。たぶんツェンタリアがホップを持ってきた本当の目的は鎮静・健胃以外にあるのだと思う。
◆◆◆◆◆◆
パラディノスの国内を東西に分断するフレート川の流れは早い。ベルテンリヒトの近くにある雪山から雪解け水が流れてきているためと聞いたことがある。そしてその川にはいくつかの橋がかかっており、その中でも一際大きな橋が目立っている。
「立派な橋ですねぇ」
「あれが今日の依頼にあったネイベル橋だ」
ツェンタリアと俺は近くの木に登ってそのネイベル橋の様子をうかがっている。この橋はパラディノスの東西をつなぐ経済の大動脈である。普段なら屋台が出て賑わっているのだが、今日の人通りは皆無と言っていい。
「あの橋を爆破できる爆弾とはどのようなものなのでしょう?」
俺は「さぁなぁ」と答えるしか無い。今日の依頼はこのネイベル橋に仕掛けられた爆弾の撤去だ。ゲルトが『橋に爆弾を仕掛けた』とヴァリスハルトを秘密裏に脅迫したのである。しかし、そんな事であたふたするようなヴァリスハルトではない。すぐさま裏で俺に依頼を出し、自分はのらりくらりとゲルトの要求をかわし続けている。ついでに橋に設置された爆弾の場所まで調べて俺に設計図面をよこしていた。
「ヴァリスハルトから貰った設計図面を見る限り、設置されてる爆弾は4箇所、橋の重心を支える柱に設置されているから……1つ1つがソコソコの威力だとは思うぜ」
ヴァリスハルトからもらった設計図面を見た俺の感想である。しかし、爆弾については世界一詳しいというわけではないので注意が必要だ。1つで橋を吹っ飛ばす爆弾だって存在はするし、そもそも爆弾が4つしかないという保証はない。
ちなみにこの世界で1番爆弾に詳しいのはエアルレーザーの剣王リヒテールである。剣王なのに爆弾なのかと思うかもしれないが、リヒテールはなんでも好きな物を1つだけ爆弾に変えることができる魔法を使えるのだ。さらに爆発の威力も好きに決められるというのだからとんでもない。
魔王城に俺を単身で突っ込ませた時に鎧にかけていたのがそれである。
しかし今回俺が相手にするのはリヒテールでもなければエアルレーザーでもない。最近調子こいてるゲルトだ。
「バンドゥンデンも来ているって話もあるから気をつけねえとなぁ」
ヴァリスハルトから貰った情報ではネイベル橋にてバンドゥンデンを見たという報告があった。どうやってそんな情報得てるのか検討がつかないヴァリスハルトも油断ならねぇが、あの糸目神父も同じくらい油断ならねぇ。裏の裏の裏そのまた裏くらいは読んでおく必要があるだろう。
「っというわけでツェンタリアちょっと耳貸してくれ」
「すぐ返してくださいね?」
「脳みそかきだすぞ」
◆◆◆◆◆◆
「やあジーガー君、観光かな?」
「ああ、世を憂いたんでネイベル橋から身投げでもしようかと思ってな」
俺がネイベル橋に近づいていくといきなりバンドゥンデンが出てきた。後ろに1人だけ従者を連れている。糸目の目尻を下げながらバンドゥンデンが笑う。
「おやおや、それはいけませんね。どうでしょう? 死ぬ前にゲルトでひと働きもふた働きもするというのはどうです?」
「後ろで死んでる亡者の元団長みたいにか?」
バンドゥンデンの後ろに立っている従者の顔を俺は知っている。傭兵を始めた当初、ゲルトの資料を読んでいる時に見た顔だ。ただしその顔には生気がなくなっている。亡者、いわゆるゾンビだ。
「ええそうです。彼は組織運営は不得意でしたが優れた剣士でした。なので今は護衛として役に立ってもらってます」
「あのチビ忍者も亡者なのか?」
バンドゥンデンがクスリと笑う。人をからかうような笑みを見て俺は眉をひそめた。嫌な笑い方だ。
「いいえ違います。メイサ君は生きていてこそ役に立ちますからね」
「へぇ、それじゃあ俺はどう役に立てる気なのかねぇ?」
バンドゥンデンが「そうですねぇ……」とちょっと考えこむような仕草を見せる。
「今まさに橋の爆弾を解除しているツェンタリア君と同士討ちなんてどうでしょう?」
「へぇ、開いているかわかんねぇような糸目でよく見えてんじゃねえか」
バンドゥンデンの言うとおりツェンタリアとは橋に来る前に分かれていた。先ほどから集中し透視していた俺の目にはツェンタリアが3つ目の爆弾を解除し終えたところが見えている。
「私にも見えるのですよ。仲間の目を通してツェンタリア君の活躍がね」
「それにしては随分と落ち着いてんな」
爆弾は既に1つしか残っていない。このまま行けばバンドゥンデンの計画は大失敗である。しかし、バンドゥンデンに慌てた様子はない。
「今回仕掛けた爆弾は1つでもネイベル橋を爆発できるのでね。はい3・2・1」
初めてバンドゥンデンからわずかな殺気が漏れた。しかし、起動のボタンとかを取り出す気配はなし。つまり今回設置された爆弾は時限式なのだろう。
……爆発音は無し。「おやおや」というバンドゥンデン。目論見が上手くいった俺がアルカイックなスマイルを見せる。
「それは予想してたぜ?」
「そうですか、それでは次の手3・2・1」
しかし、バンドゥンデンは改めてカウントダウンを開始する。
……これも爆発音は無し。「やれやれまたですか」とバンドゥンデンは呆れながら俺を見る。
「こんな事もあろうかとベアンヅを使っておいてよかったぜ」
そう、ツェンタリアと橋の前で分かれた後に分身の術であるベアンヅを唱えておいたのだ。
「まさか表向きの爆弾1つだけでなく、ネイベル橋の隠し爆弾19個も解除されるとは思いませんでしたよ」
「光栄に思えよ、俺がここまで警戒する相手ってのは世界に10人もいねえぞ?」
「それはどうもありがとうございます。ですが今一歩警戒しおいたほうが良かったかもしれませんね3・2・1」
……爆発音は無し。「なんだと!?」初めてバンドゥンデンの表情が歪む。それを見て俺はウヒャッヒャと笑う。
「お前こそ俺の事を舐めすぎだ。『爆弾はこの川を流れる全ての橋』に仕掛けてたんだろ?」
「クッ、そこまで読んでいるとは!?」
「爆弾魔って奴はどいつもコイツも似たような思考してやがんなぁ。人を走らせそれを楽しみ、全てを虚無に帰そうとする」
「だがツェンタリア君も君の分身20体もネイベル橋にいたはずだ! 一体誰が!?」
「そんなもん決まってんだろ、俺だよ」
俺は自分を指差してニヤリと笑ったあと印を組んでベアンヅを発動。するとバララララッと分身が出てくる。バンドゥンデンはそれを指差しポカンと口を開けている。
「ま、ま、まさか!?」
「大方あのチビ忍者から聞いたんだろうが、別に俺は『分身20体が上限』とは一言も言ってねえぞ?」
もしもメイサが亡者でバンドゥンデンがそれを通して俺を見ていたら、分身は20体が上限でないことが見ぬかれていたかもしれない。しかし、それは先程の質問で確認しておいた。そのため俺は分身にゆっくりと爆弾を解除させることができたのだ。
「さて、あのチビ忍者と違ってお前は危険過ぎるからな、捕まえさせてもらうぜ?」
「クッ傭兵のくせに私心で動くのかジーガー!?」
「ああ、『自分の判断でどんな敵も倒すことができるし、どんな人だって助けることができる』ってのが俺が傭兵を始めた理由だからな」
俺はあっけらかんとバンドゥンデンの言葉を肯定して右手をスナップする。しかし、俺の取り出した得物を見てバンドゥンデンが嘲り笑う。ついでに口調も人を小馬鹿にしたような丁寧な口調に戻った。
「ジーガー君、そんな布切れ一枚でどうするつもりですか?」
「おいおい俺は基本的にホラは吹いても嘘はつかねえぞ? お前を警戒してるのは本当だ」
俺は白い布を構える。この布は宝帯ファイデンと言う。御大層な名前からも分かる通り空槍ルフトと同レベルの武器だ。
「ふざけるのはよしたまえ。そんな布切れ一枚で私の自由が奪えるものか」
「なら試してみろよっ!」
宝帯ファイデンが伸びてバンドゥンデンの右腕に絡みつく。するとバンドゥンデンが「グッ」といううめきと共にガクリと膝をついた。
「な、なんだこれは!?」
「ほぉら動けねぇだろ? これは白髪の吸血鬼の髪の毛で編まれた宝帯ファイデン、巻き付いた場所から筋肉を奪うぜ?」
ドンドンしぼんでいく腕を見ながらバンドゥンデンが悔しげな顔をする。
「クッ何から何まで私の見込みが甘かったということですか! ならば!」
「なっ!?」
次の瞬間バンドゥンデンの体がはじけ飛んだ。自爆だ。「おいおい何やってんだよ!」と俺はバンドゥンデンだったものに近寄ってみる。
しかしある程度近寄った所で違和感に気づく。地面に転がる心臓は黒ずみ、胃は縮小しきってしまっている。こういう内臓の死体は何回か見たことがある。
「これは……亡者!?」
俺はとある可能性に気づいて後ろを振り返った。やられた……先程までそこで突っ立っていた前団長が消えている。
つまりバンドゥンデンは自分にそっくりな亡者を作り出し、本人は前団長に変装して今までのやり取りを見物していたわけだ。
いや、この状況では俺がバンドゥンデンの真の姿を知っているという考えから見直したほうが良いかもしれない。なにしろあの糸目神父がバンドゥンデンの真の姿だという保証はどこにもないのだ。それに亡者の入れ物をどうやって調達したのかも気になる……俺は内心で舌打ちをした。
「こりゃ本当に厄介な奴が現れたな……」
◆◆◆◆◆◆
「まさかバンドゥンデンが亡者だったとは思いませんでした」
帰り道、俺から話を聞いたツェンタリアが目を丸くしている。だろうなぁ、俺も驚いたよほんと。
「もしかすると俺の家に来た時、紅茶に手を付けなかったのはそれが理由かもなぁ……あっ」
「ご主人様どうかしましたか?」
「……」
急に声を上げた俺をツェンタリアが不思議そうな顔で見ている。なぜ俺が声を出したのかといえば今ツェンタリアと話している最中にホップの情報検索が終了したのだ。さっそくヒットした記憶をたどる俺、そしてツェンタリアに向かって口を開いた。
「そういえばツェンタリア、今朝方ホップについて話していたよな?」
「え、えぇそれがどうかなさいましたか?」
「今まで俺の記憶を辿ってたんだがホップの花言葉は『希望』らしいな?」
「へーそ、そうなんですかそれは素晴らしいですね」
「ああ、そこまではいい。問題は効能だ。鎮静・健胃の他に利尿・安眠があるって話じゃねえか」
「ギクッ」
わかりやすいツェンタリアの反応。俺は優しくツェンタリアの肩に手をのせる。
「まさかホップを睡眠薬代わりに使おうなんて思ってんじゃねえだろうなぁ?」
「……は、はははまさかぁ」
「明後日の方見て口笛を吹くな、俺の目を見ろ」
「……すみません、ちょっと思ってました」
その日の夜はヨダレを垂らすツェンタリアの前で美味しそうにビールを飲んでやった。
■依頼内容「フレート川にかかるネイベル橋の防衛」
■結果「橋に仕掛けられた全ての爆弾を除去した」
■報酬「6万W」
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