第22話 夜を駆け 世を忍び 預金を増やす
今日のツェンタリアさん
「ご主人様にあのような啖呵を切った以上頑張らなければなりませんね。まずは欠点の克服からです。私の欠点というと、とりあえず戦闘面でご主人様の足手まといならないよう努力しましょう。更に社交の部分に気をつけたいですね。あとは……ボディタッチがちょっと少ないですかね?」
「ゲルトの方々がいらっしゃいました。ムムム、何やら一癖も二癖もありそうなお二人でしたね。特にメイサ様、随分とご主人様に熱視線を送っていましたが……気になりますね。『夜のランデブーに警戒せよ』と私の占いに出ていますし」
●依頼内容「エアルレーザー王都の厩を破壊せよ」
●依頼主「フェイグファイア国王トレイランツ」
●報酬「3万W」
「それじゃあ行くとするかね」
いつもよりちょっと暗めの格好、濃紺のジーパンに黒いTシャツ(灰色の文字で【うなぎ】と書かれている)に身を包んだ俺は、夜中に家を抜け出した。
丘を降りていくのは俺一人だ。
ツェンタリアは家で寝ている。フォルストルの時もそうだったのだが、ツェンタリアは寝てしまうとなかなか起きない体質なのだ。十分に離れたところで家を振り返る。
「さすがにこの依頼にツェンタリアは連れて行けねえからなぁ」
そう言って俺はトップスピードにギアを入れて夜道を駆け始めた。目指す先はエアルレーザーの王都だ。
◆◆◆◆◆◆
パラディノスに次いで歴史のあるエアルレーザーの王都は広大だ。城も大きく城門も高く、左右に広がる隔壁はそのままぐるりと王都の全てを囲っている。更に隔壁の外周内周には見張りが侵入者に目を光らせるというオマケ付きだ。
並大抵のモンスターでは近づくことすらままならない王都を俺は城門の上から見下ろしていた。城門付近は見張りも多い。しかし、だからこそ人間の気配に無頓着になっており、簡単に後ろをとって気絶させることができた。そのあと俺は悠々と城門を登ったのである。
バカや煙のように高い所が好きだから登ったわけではない。城門の上に立てば王都の全てを見渡すことができるためである。
「さて、厩は東側の隔壁を辿っていったところだったな」
今日の依頼はエアルレーザーの厩の破壊。アップルグンドからの依頼のように思うかもしれないが依頼主はフェイグファイアの竜王トレイランツである。
正直俺もこの依頼主の欄を見た時「シュタルゼからじゃねえの!?」っと二度見した。まあフェイグファイアにしてみたらエアルレーザーにはネルン村に攻めこまれた借りがあるので、これはその仕返しなのだろう。
俺は城門から隔壁に飛び移り、その上を歩いて行く。隔壁の高さは10メートル、幅はレンガ一個分、高所に慣れた人間で無ければ恐怖で足がすくんで動けなくなるような場所を、俺はスッタカスッタカと歩いて行く。夜は短し走れ俺。
見張りの配置の感覚は城門から離れれば開いていく。今俺のいる場所は南にある城門と北にある城のちょうど中間くらいの位置だ。つまり最も見張りの少ないところである。
「見張りもまさかこんな隔壁の上を歩く命知らずがいるとは思わねぇだろうなぁ」
っという俺の特別感があっけなく崩れ去るのに長くはかからなかった。意外と世間は狭いのか、それとも目の錯覚なのか、向こうから俺と同じように隔壁を歩いてくる人物が見えたのだ。
「あれは……」「……」
こっちもあっちも「目の錯覚かな?」と考えているようだった。お互い無言で凝視しあう。そして相手の正体に気づいたのは俺の方が僅かに早かった。
「よお今朝ぶりだな」
俺は挨拶と共に家から持ってきたお箸をその人物に向かって投げる。
「い、いきなりなんだわさ!?」
甲高い声をあげながらその人物は飛んできた箸を避けた。小さな身長。独特な口調。相手は俺の予想通り先日バンドゥンデンと来ていたチビシスター、副団長のメイサだ。
「にこやかに挨拶しながら攻撃してくるとは一体全体どういう神経してるんだわさ!」
メイサがレンガ一個分の幅しか無い隔壁の上で起用に地団駄を踏む。
「何怒ってんだよ、黒装束着てるんだから不意打ちくらい覚悟しとけよ」
「それでも、もうちょっと会話のクッションがあっても良かったんじゃないだわさ!?」
「例えば?」
「アタチのシュリケーンで痛手を負うとかだわさっ!」
メイサは先制攻撃の仕返しなのか会話の途中で脈絡なしに手裏剣を投げてきた。
「そうしたいのは山々なんだが今日は無傷で帰らなきゃ行けないんでな」
俺は苦笑しながらそれを素手でキャッチする。
①ツェンタリアに隠れて依頼をこなす。②夜中に家を抜け出す。この①②だけでもバレたらマズいのにそこに③怪我して帰って来る。なんてものが加わろうものならばツェンタリアに何を言われるか解ったもんじゃない。いやなんか言われるんだったらまだマシだ。最悪の場合は数日間無視され続けることになるかもしれない。
「良い手裏剣だな。シッグ製か……こんな良いもん受け取れねぇから返すぜぇ?」
俺はキャッチした手裏剣をメイサに向かって投げ返す。
「ふっざけんじゃないだわさ!」
メイサは飛んできた手裏剣を受け取らず跳躍して避けた。そりゃ2倍のスピードで返されたらびっくりするわな。それにしてもほんとプンスカプンスカ怒るやつだな。
「アンタの事は気に入らなかったんだわさ!」
「そりゃすまなかった。どこが気に入らなかったんだチンチクリーナのお嬢ちゃん?」
「その胸に手を当てて考えてみるだわさ! 考えつかなかったらその手ごと心臓を貫いてやるんだわさ!」
そう言ってメイサは空中で印を結ぶ。するとメイサがバララララっと10人に増えた。分身の術ベアンヅだ。それを見て俺は「おーやるねー」と手を叩いて笑う。
「その余裕もそこまでだわさ! アタチのブンシーンの術は全て実体、分身全員から投げられるシュリケーンはおよそ100! 受けれるもんなら受けてみろだわさ!」
有言実行、夜空に舞うメイサの分身達から大量の手裏剣が投げられる。
「へぇ、本当に109もあるぜ。ツェンタリアの年の数より上とはやるねぇ」
到達するまでの間に手裏剣を全て数えきった俺がうんうんと満足げに頷く。さっきから上機嫌なのには理由がある。
「それじゃあ俺もちょっと真面目にやるか」
俺はまず1番目に飛んできた手裏剣を掴み、2番目に飛んできた手裏剣に向かって投げる。するとカキーンと言う音と共に2番目の手裏剣が弾かれ今度は3番目とぶつかり、3番目は4番目と……カカカカカキーン……手裏剣は連鎖していき全て隔壁の下に落ちていった。
「そ、そんなまさかだわさ!?」
それを見て困惑するメイサ。忍者にとって手裏剣は一撃必殺の武器である。
その必殺技を109+1本も投げて、相手に傷一つ与えられないというのは俺とメイサの実力差をそのまま表している。110対0、野球だったら歴史的な惨敗である。
「さて、次はどうするよ?」
俺は意地の悪い笑みを浮かべて、両手を広げて笑う。さらにわざとコツコツと靴音を鳴らしながらメイサに近付いていく。第三者から見れば完全に悪役である。しかし、これは優しい俺のメイサへの『試験』である。
「クッかくなる上は接近戦で!」
震えながらも剣を抜くメイサ達。それを見て俺は心のなかでガッカリする。失格だ。
「死中に活を求める覚悟は立派だが、恥を堪え忍んで任務を遂行するのが忍者だぞ?」
「ニンジャーとかなんとかさっきから意味わかんないこと言ってんじゃないだわさ!」
……あぁそうか。そういえばこちらの世界に忍者なんていないんだった。メイサの格好と攻撃方法が完全に忍者なのでうっかりしていた。
「あぁスマンスマン。忍者ってのはお前みたいに手裏剣投げたり増えたりする奴のことさ」
俺はそう言いながら右手をスナップ。大量のお箸を取り出した。それを見ていよいよ身構えるメイサ。しかし顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいる。「フン、例え大量に投擲物を出したとしても投げる腕は2本! 投げた瞬間に8人で襲いかかってやるだわさ!」って顔だな。
なるほど確かに俺のスピードがメイサの10倍を上回らない限りやられてしまう。それにしてもこの子アホだねぇ。頭巾でも被って表情を読まれないようにしていれば、それこそ痛手くらいは負わすことができたかも知れないってのに。
「無言のご助言どうも」
「へ?」
俺が唐突に頭を下げたのでメイサは混乱し始めたようだ。「急に何を言ってるんだわさ」という顔をしている。だがそんなことは気にせず俺は続ける。
「それじゃ、たまには人のアドバイスに習ってみるかね」
「それは!? ちょ、ちょっと待つだわさ冗談は顔だけにするんだわさ!?」
メイサは俺が始めた行動を見て更に混乱した。それはそうだろう。先程自分が結んだ印とまったく同じものを俺が結びだしたのだから。
俺の後ろからバララララっと分身が出てくる。ただしこちらの分身はメイサの2倍の20人だ。
「人数が多いのは気にするな、ちょっとしたサービスだ」
「な、なんでアンタがブンシーンの術を使えるんだわさ!?」
メイサの質問に俺『達』がドヤ顔で答える。
「そりゃあ簡単なことだ」
「分身の術、またの名をベアンヅ」
「その魔法を作ったのは俺だからな」
「ただし俺のはオリジナル」
「同じものとは思うなよ?」
「全員が同じ動きをするお前の術と違い」
「俺の分身の術は全員が自分の意思で動く!」
ちなみに最後のセリフを言ったのが俺である。
「それじゃあ行くぜ」
「出来の悪い忍者かぶれに」
「本物に忍者に憧れたこの俺達が」
「天誅を下してくれる!」
「うわーキモイキモイキモイだわさあああああ!?」
狭い足場をものともせずカサカサとメイサに襲いかかる俺達。規則正しすぎる俺達の動きに、全くもって勝ち目の無くなったメイサ達が悲鳴を上げた。
◆◆◆◆◆◆
少し夜が更けた頃、破壊された厩の前で男20人の話し声。
「よーし厩の破壊完了」
「馬は逃がしたか?」
「ああ、東の城門から自由な草原へ走っていった」
「OK、殺したらツェンタリアが悲しむからな」
「ところでこのチビシスターはどうする?」
気絶したメイサを担いだ俺の質問に、二人の俺が右手をスナップして紐とござを取り出す。
「簀巻きにして置いていこう」
「ひどいこと考える奴だなぁ」
俺の言葉に俺が呆れる。
「俺のくせに何言ってんだ。お前だって同じ結論にたどり着いてるんだろ?」
「ハッハッハ、バレたか」
「わからいでか」
「でも普通に簀巻きにするってのも芸が無いよな?」
「というかなるべくゲルトの株を下げるようにしときたいな」
「騎士団第一主義のリヒテールがエアルレーザーで警備を任されるくらいだからな」
「あぁ、放っておいたら俺の仕事に差し支える可能性が高い」
「こういうのはどうだ……?」
俺の提案に俺達が耳をかたむける。そのあとで「おおー」と一同感心する。
「そりゃあいい」
「さすがオリジナル、性格が悪い」
「異論はないな?」
「大賛成だぜ」
やんややんやの喝采の後、俺達は作業に取りかかった。
◆◆◆◆◆◆
次の日、破壊された厩に駆けつけた騎士団が見たのは簀巻きにされて気を失っているメイサの姿だった。
更に追い打ちをかけるように彼女の首には「私はマジザコ忍者メイサちゃんです。by真の忍者」という看板がかけられていた。
このことでリヒテールは激怒。ゲルトとは今後一切取引をしないと発表した。
◆◆◆◆◆◆
「先ほど新聞を読んだのですが、何やら王都で大変なことがあったみたいですね?」
翌日の朝食、ツェンタリアからの質問にドキリとした。しかし、俺は動揺を悟られまいと牛乳の入ったコップで口元を隠し、何食わぬ顔で話に応じる。
「あぁ、お試しでエアルレーザーの警備をやってたゲルト副団長のメイサがこっぴどくやられたって話だろ?」
俺はそう言いながらツェンタリアの様子をそれとなく伺う。……よし、とりあえず俺のことを疑う様子は見受けられない。どころかなぜにキラキラした目を俺に向けてくるんだ?
「それもそうなのですがもっと大事なことがあるんですよ!」
席から身を乗り出すツェンタリア。毎日牛乳を飲んで育った豊かな胸が揺れる。俺は目線をそらしながらも「な、なんだ?」と言葉を絞り出した。
「ナンダもカンダもありませんよ忍者ですよ忍者!」
「あぁ、簀巻にされてたメイサのことか?」
「あんなまがい物ではありません! 無音で闇を駆け人知れず依頼をこなして去って行く……本当にいたんですねぇ」
俺の言葉を強く否定して力説するツェンタリア。そういえば最近は忍者にはまってたな。だからこんなにテンションが高いのか。
「……でも俺達も結構忍者と似たようなことやってないか?」
「まあそれはそうですけど、でもやっぱり本物を見てみたいじゃ無いですか!」
サンタを信じる子供のように熱弁を振るうツェンタリアを見て、俺は「こりゃあ俺だなんて言えないな」と内心苦笑した。
闇から生まれるのも忍者なら闇に葬られるのもまた忍者だ。あの夜にメイサを倒した忍者のことは俺の記憶の中にしまっておこう。
「ところでご主人様?」
「嫌な予感しかしないが……なんだ?」
大分テンションが落ち着いてきたツェンタリアがこちらを見てくる。なぜだろう、それを見た俺の胸にこみ上げる言いしれぬ不安感は。
「私くノ一もっといえば房中術に興味があるのですが今夜」
「やめろぉ!」
■依頼内容「エアルレーザー王都の厩を破壊せよ」
■結果「厩を破壊し、ついでにメイサをいじめた」
■報酬「3万W+ゲルトの評判を落とした」
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