第21話 同職同道は行かず
第21話
今日のツェンタリアさん
「や り ま し た ♪」
●依頼内容「話を聞いてください」
●依頼主「胡散臭い奴らだな」
●報酬「得るものがあればいいんだが」
「ご主人様、おはようございますっ!」
「お、おぅおはよう」
キッチンに降りて行くとツェンタリアから今までで一番元気のいい挨拶。
「今日はテンション高いな?」
テーブルにつくと「ランララン」と回転しながらツェンタリアが朝食を並べていく。牛乳、サラダ、ハムエッグとここまではいつものメニューと大差はない。ちょっと違っているのはパンである。ふっくらと焼き上がったパンは出来立てで、めったにお目にかかれない高級なバターと蜂蜜がかかっている。
「そりゃあテンションも高くなりますよ、なんてったって昨日はご主人様とお風呂でアワアワしたのですから!」
「うん、微妙に訂正しづらい言い方をするのはよせ」
「フォルストルではご主人様の横で寝ましたし!」
「寝ずの番をしてた俺の横で寝袋に入ってスヤってただけじゃねえか!」
「フッフッフ嘘も積み重ねれば真実になるのです!」
「嘘とは認めるのか……」
まあ食事の味に嘘がねえならいいか……っとその前に今日の媚薬はどこに隠れてるんだ? 俺は昼食を眺めて首を傾げた。
「ムムム……」
おかしい、どこに媚薬が仕込まれているのか皆目検討がつかないぞ? 凝視している俺を見てツェンタリアがウフフと微笑む。
「ああ、もう媚薬は使いませんよ?」
「へ?」
意外なツェンタリアの言葉にマヌケな声を出してしまう。俺の耳がおかしくなったのだろうか。
ツェンタリアが、あの俺に出会ってからほぼ毎日欠かさず媚薬を飲ませようとしてきたツェンタリアがもう媚薬は使わないと言っている。これは天変地異の前触れだろうか。
俺の疑いの眼差しをものともせずツェンタリアはイキイキとした表情で理由を語ってくれた。
「媚薬に頼るのはもうやめたんです。これからは正々堂々私の魅力のみでご主人様を攻略してみせます!」
おおまぶしい。ツェンタリアがまぶしい。
どうしてこんな事になったのか色々と考えてみたのだが……やっぱりあの風呂場の一件なんだろうなぁ。
「そうか、がんばれよ。だが俺は手強いぞ?」
そうと解れば俺にツェンタリアの決意を邪魔する権利はない。っというか世界の誰にもいい女を目指す女性を邪魔する権利はない。ついでに言えば朝食に媚薬入れられて喜ぶ男は多分少ない。
「わかっています。すぐには攻略できるとは思っていません。一生をかけてでも世界最高のご主人様にふさわしい女になってみせます」
「……そうか」
俺は「それじゃあ俺も世界最高であり続けないとな」という言葉が喉まで出かかったのだが、それはパンと牛乳ともに飲み込んだ。
◆◆◆◆◆◆
コンコン。
家の扉がノックされたので開ける。するとそこには神父服に身を包んだ目の細い壮年の男とダボダボなシスター服に身を包んだちんちくりんの少女が立っていた。俺も自分の服装(Tシャツに『のらくろ坂】と書かれている)に自信がある方ではないがこの二人の違和感は凄い。具体的に言えば悪魔がキリストのコスプレしてるくらいの胡散臭さだ。
「宗教なら間に合ってるぜ」
俺はバタンと扉を閉めた。
おしまい。になるわけも無く再び扉がノックされた。
どこの世界も宗教勧誘は根性あるなぁ。などと考えながら扉を開ける。すると神父の方が穏やかな表情を崩さず口を開く。
「……傭兵のジーガー君ですね?」
ああそうか、完璧に不審者だと思っていたがこの二人が依頼人という可能性もあるのか。でも公平に依頼を選ぶために、依頼決定前に依頼人と接触するのはなるべく避けるようにしているんだがなぁ。
まあ来てしまったものは仕方ないので中に入って貰うとしよう。
◆◆◆◆◆◆
「どんな依頼だ?」
「依頼……ですか?」
俺の言葉に神父はキョトンとしている。おかしいな、依頼じゃなかったらなんだって言うんだ? やっぱり宗教の勧誘なのか?
「何だ違うのか、てっきりパラディノスあたりからの仕事の依頼かと思ったんだが」
「確かにお願いと言えばお願いなのかも知れませんが違います」
「アタチ達はジーガーを勧誘しに来たんだわさ」
糸目神父は首を振り、チビシスターは人を小馬鹿にしたようにやれやれと両手を挙げている。ってかこのチビすげえしゃべり方だな。
「勧誘、と言うことはお二人は傭兵協会のゲルトの方なのでしょうか?」
キッチンで紅茶を入れていたツェンタリアが戻ってくる。はてさて、いきなり核心に踏み込んだツェンタリアの質問だ。俺は二人の様子を観察する。糸目は反応無し、そのかわり隣のチビが朝露のような僅かな胸を張って頷いた。
「そうだわさ、何を隠そうこちらのお方が傭兵協会ゲルトの団長であるバンドゥンデン様、そしてこのアタチが副団長のメイサだわさ!」
「へぇ」
「へぇってそれだけだわさ!?」
反応の薄い俺の態度が気に入らなかったのか、メイサとか名乗ったチビがじだんだを踏む。それを糸目のバンドゥンデンがあくまでも穏やか顔で制した。
「メイサ君落ち着きたまえ、我々の今日の目的はジーガー君の勧誘だ。喧嘩をするために来たわけじゃ無い」
バンドゥンデンにたしなめられたメイサは「クッ」と悔しそうな顔をした後おとなしくなった。
「……」
その間も俺は油断なくバンドゥンデンを観察していた。片方に暴れさせてそれを納めるもう片方を大きな人物だと錯覚させる……随分と古典的な交渉術を使う奴だな。するとバンドゥンデンは俺の顔を見てニッコリと笑った。なるほど、バレる事も織り込み済みか。俺はバンドゥンデンからクオーレやヴァリスハルトと同種のいやらしさを感知した。
「それで、俺がゲルトに参加したとして、そちら側は俺にどういう果実を与えてくれるんだ?」
「ご主人様!?」
ツェンタリアが驚いて声を上げる。もっと言えば「話に乗るのですか?」ってなことを言いたげな顔だ。しかし俺が「任せとけ」と目で語るとツェンタリアが顔を赤らめて頷いた。あ、これ勘違いしてる感じだ。具体的には俺が「一番の果実はツェンタリア……君だよ」と言ったと勘違いしてる系だ。
そんな俺達の様子は気にせずバンドゥンデンが口を開く。
「それにはまずゲルトの成り立ちから説明しましょう」
バンドゥンデンは待ってましたとばかりに立ち上がった。そしてゲルトがいかに崇高で、いかに俺にとって得になるかを朗々と語り始めた。
いやこれもうほんと宗教じみてるな。
とりあえず話を要約すると以下の三点だ。①ゲルトは戦争によって傭兵達が無益な殺し合いをしないように作られた組織である。②受けた依頼を協会に登録しておけば自分が解決しなくても誰かが成功した際に紹介料として2割もらえる。そして依頼を解決した者には6割が支払われる。残り2割は協会の物となる。③もちろん自らの依頼を自らがこなした場合は10割の報酬を得ることができる。
ここまで聞いて俺は口を挟んだ。
「前に比べて随分とマシな条件になったもんだな?」
『報酬を半分よこせ』とか言ってた組織とは思えない。俺の言葉を聞いてバンドゥンデンは悲しげな表情を作る。
「えぇ、ゲルトの前団長は金に汚く傭兵を儲けの種としか考えていませんでした」
「ほんと最悪だったんだわさ!」
「そのためゲルト内部でクーデターが起き、私が担ぎ上げられたのですよ」
「なるほど、お前が焚きつけてクーデター起こしたってことだな?」
俺はバンドゥンデンの言葉に質問をかぶせた。話の勢いを削がれたメイサは不機嫌そうな顔をする。バンドゥンデンは……特に表情が変わらない。それどころか「ええそうです」と頷いた。
「意外だな、認めるなんて」
「少し話して解りました。ジーガー君は鋭い観察眼をお持ちだ」
「よく言うぜ。試したくせによ。それで聞きたいんだがその方式で運営するとしてあんたらにどんな利益があるんだ?」
俺はバンドゥンデンと話をしながら頭の中で電卓を叩いていた。その結果として、先ほどの②の条件だけではでは組織の運営費にしかならないということ答えがはじき出された。つまりバンドゥンデンとメイサには金はほとんど残らないのである。
その疑問に対するバンドゥンデンの回答は明快だった。
「簡単なことです。ほとんどの依頼を私と彼女で解決してしまえばいいのですよ」
なるほど一理ある。今まで観察してきた俺の見立てではバンドゥンデンは世界でもトップ10、メイサもトップ30には入る実力者だろう。
しかし、それだけではこの二人がゲルトを運営する理由にしては弱い。だが今のところこの二人から本当の理由を聞き出せる気もしないので話を合わせておく。
「結構な自信だな」
「いえいえ吹けば飛ぶような自信ですよ。なのでこうして世界一の傭兵であるジーガー君を勧誘しに来ているのです」
「そうかい、そりゃ無駄足だったな」
これ以上情報は引き出せそうにないなと判断した俺はバンドゥンデン達の勧誘をすっぱりと断った。こいつらは胡散臭すぎる。
「やはり受けてはくれませんか……」
言葉とは裏腹に神父から落胆の色は感じられない。
「あぁ、依頼人は俺に依頼してきてんだ。だからその依頼を他の人に任せるわけには行かねぇのさ」
真面目な顔して殊勝なことを言っているが当然その場で考えた適当な理屈である。
「残念です。貴方が参加してくれれば依頼内容も充実し、箔も付いたのですが……」
「そりゃ残念だったな」
そう言って俺は「話は終わりだ」とばかりに立ち上がる。そして「ツェンタリア、お客様がお帰りだ」と言ってバンドゥンデンとメイサを扉まで案内した。
「ジーガー君、今日は話を聞いてくれてありがとう。気が変わったらいつでも声をかけてください」
「ああ」
「後悔することになるわさ!」
「あっそ」
諦めないバンドゥンデンの言葉とメイサの捨て台詞を残して玄関の扉は閉められた。
◆◆◆◆◆◆
「いったい何だったのでしょうか?」
手を付けられていない紅茶を片付けながらツェンタリアが口を開いた。俺は微笑みツェンタリアの頭をくしゃりと撫でる。そして多分そう間違えてはないであろう二人の目的について教えてやった。
「ただの宣戦布告だよ」
■依頼内容「話を聞いてください」
■結果「OK理解した。だがNOだ」
■報酬「ゲルトについての情報を知ることが出来た」
ブックマークありがとうございます。たらみになりま……はげみになります。




