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第20話 水とお金は貯めるに限る

今日のツェンタリアさん

「ムムム、せっかくWを貯めて依頼文書も準備したのにご主人様にスルーされてしまいました。ショックです……こうなったらサキュバスのさっちゃんを家に呼んで例の作戦を実行するしかないようですね!」


「はぁ、このような方々ではなく私はご主人様にナンパをされたいのです……ですが、私がナンパされたことを知った時のご主人様の真剣な表情……素敵でした」

●依頼内容「生活用水を引いている川が干上がってしまったので助けてほしい」

●依頼主「エアルレーザークライン村 一同」

●報酬「1万W」


「俺は山よりは海のほうが好きだなぁ」


「私もです。海はいいですよね夏になれば水着で誘惑、冬になれば美味しいお魚」


 俺は【ペスカドーラ】と書かれたTシャツの胸元をパタパタしながらクックックと笑う。


「そしてフラレてバカヤローと叫ぶわけだな。風流だねぇ」


 俺とツェンタリアはくだらない会話をしながら山道を登っている。なぜ山を登っているのか。俺はどこぞの登山家ではないので好きで登ってるわけではない。もちろん依頼のためである。


「それにしてもどうして急に川が干上がったのでしょうね?」


「さあなぁ」


 俺は山の麓にあるクライン村の状況を思い出していた。生活用水を引いていた川が急に干上がってしまい、「なんてこったこれじゃあパスタが茹でられない」と憤る村人たち。俺の「いやパスタは諦めろよ」という至極もっともな意見は却下された。流石は音に聞こえたパスタの産地クライン村である。住民たちのパスタに掛ける情熱は、香川県民のうどんへの情熱にも匹敵するだろう。


「まあ問題はちゃんと解決するが、なーんか腑に落ちねえよなぁ」


「帰ったらナンでも作りましょうか?」


 ぶーたれている俺の横でツェンタリアがクスクスと笑っている。


「ツェンタリアはどう思う?」


「そうですね私はパスタよりはパン派、更に言えばパン派よりはご主人様派なので」


「いやそうじゃなくて、干上がった原因だよ」


 何でもかんでも俺に結びつけるファンタジックな思考回路を持っているツェンタリアに半ば呆れながら話を軌道修正する。


「うーん、とりあえず山の頂上にある貯水池の状況を見ないことにはなんとも言い難いですが……最近は気温が高いわけでも晴れが多かったわけでもなかったので違和感は有りますね」


「考えられる理由は3つだな。①貯水池近辺のみ異常気象で干上がった。②何者かが貯水池に細工を施した。③村人たちがこの先で罠を張っている」


「他はともかく③はありますかね? クライン村の方々物凄い怒ってましたよ?」


「だよなぁ。ってぇ事は可能性が一番高いのは……」


◆◆◆◆◆◆


「ギャーッハッハッハ! よく来たなクライン村のボンクラ共!」


 貯水池の前で200人はいるだろう人相の悪い男達が笑っている。すげぇなこんな田舎の貯水池が人相の悪い男の万国博覧会のようになっている。


「さぁ川を元に戻してほしくば金を出せ! さもなくば乾いて死ねぇ!」


 いや、喋り方から言って悪い所は人相だけではなさそうだ。根性も頭も悪そうな見事な三下を見てツェンタリアが俺に囁く。


「②でしたね」


「まあそれが一番可能性が高いよなぁ」


 俺は三下を無視してため息をつく。たったそれだけで三下が地団駄を踏んで憤る。


「おいテメェなに女とイチャイチャしてんだオラァン!?」


「うわ、お前の沸点すげえな。窒素より低いんじゃねえのか?」


「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぞタコァ!」


 肩を怒らせながらズンズン歩いて距離を詰めてくる三下。これだから会話の出来ない奴は困る。


「ん? オメェ?」


「へ? なんでしょうか?」


 近くまで来た所で三下がツェンタリアを見て目を見開く。


「オメェいい女だなァ……どうだ? 俺といいことオッグゥ!?」


「まぁだ訓練が足りないようだなぁ!?」


 またこの展開かとウンザリしていた俺は三下に強烈なボディブローを叩き込んだ。


「ご、ご主人様、この人騎士じゃありませんよ?」


「は、しまった。前回騎士団のアホタレ共を訓練したノリがまだ抜けてなかった」


「アニキが殺られたぞォ!」「気をつけろ、この野郎は貫手で臓物を抜いてくるぞ!」「化物めぇ! 拙者が成敗してくれるぅ!」


 それを見ていた三下の手下どもワァッと殺到してきた。


「殺してねぇし臓物なんていらねえし返り討ちにしてやらァ!」


 最近は隠密任務だの訓練だのでスカッとした任務が無かったせいか、俺はノリノリで応戦する。久しぶりの憂いなくぶっ飛ばせる奴らである。まあ本気は出せないがストレスの解消にはなるだろう。


「ウフフフフ、久しぶりの実戦、空槍ルフトが唸ります!」


 あらら、最近変な輩に絡まれることが多かったツェンタリアも鬱憤が溜まっていたのだろうか、槍を構えてやる気である。


「ゲッヘッヘ! どうせ戦うなら俺はこっちのチャンネーを選ぶぜぇ!」「あってめえ抜け駆けはズリぃぞ俺もこっちだ!」「アタシはこっちのかわいいお兄さんを狙うわねぇん!」


 三下もアホなら手下もアホである。誰が誰を狙うかで喧嘩をしだした。それを眺めながら俺はツェンタリアに話しかける。


「ツェンタリア」


「なんでしょうかご主人様?」


「何人あのアホども倒すかで勝負しないか?」


 戦闘に関してはあまりふざけることのない俺からの意外な提案に、ツェンタリアは少し驚いたようだがすぐに「いいですよ」と微笑んだ。よしよし、かなりマジな顔だったツェンタリアの表情が緩んでいる。硬い鉱石は簡単に砕けやすい。戦いには少しの余裕が必要なのだ。


「それじゃあハンデとして俺はデコピンのみでやろう」


「ゲッヒャッヒャよぉし決定だぜぇ!」「待っててオレのボインちゃん!」「激しく行くわよぉん!」「……斬るッ!」


 三下の手下も分担が決まったようだ。二手に分かれて飛びかかってくる。それを槍を構えたツェンタリアと俺が迎え撃った。


 三下の手下との勝負は一方的だったが、ツェンタリアとの勝負はいい勝負になった。ツェンタリアは空槍ルフトの一撃で5人を吹き飛ばす。俺はその間に5人の三下にデコピンを食らわせる。倒していくスピードは全くの互角だった。


「何だコイツラ超強いじゃねぇか!」「怯むな進め! って押すなバカ!」「バカって言ったほうがバカなんだぞコラァ!」「……逃げたいッ!」


「逃がすかよ」「逃しはしません!」


 その後も順調に倒していき、三下の手下どもの人数は残りは10人。このまま行けばどちらも100人で同点かと思われた所で想定外の出来事が起こった。


「ゲッヘッヘェイイオンナァ」


「うっそマジかよ!?」


 なんと三下が起き上がってツエンタリアの方に向かっていったのだ! 邪魔しようとしたが間に合わない。


「これは……チャンスですね!? きっと常に正しく清からにご主人様を愛する私にエロスな神様がくれた希望! っというわけでまとめて吹き飛んでください!」


哀れな三下は空槍ルフトの一撃に巻き込まれ吹っ飛ばされた。


 これで勝負あり。俺が三下共を100人倒したのに対して、ツェンタリアが倒した数は101人。空槍ルフトを杖代わりにして肩で息をしているツェンタリアが笑った。


「ハァッハァッ……ウフフ、やりました。ご主人様に勝ちました!」


「かー負けたかぁ」


◆◆◆◆◆◆


「はいよ、ナンとカレーだ」


 俺は勝者であるツェンタリアの前に出来上がった夕飯を並べていく。


「わぁ、ご主人様ありがとうございます!」


 三下達を倒した後、俺たちが塞がれていた貯水池の口を開放すると川に水が流れ始めた。その後、山を下ってクライン村の村長に結果を報告すると、三下の素性について話してくれた。どうやらあの三下は最近になって急に力をつけてきた山賊のたぐいだったらしい。とりあえず3日後には騎士が派遣されるようなので、今後クライン村で何かあった場合は騎士団の方で何とかしてくれるようだ。


 こうして村を救った俺達には報酬である1万Wとあるものが支払われた。


「まだまだあるぞホレホレホレ」


「す、すごい量ですね」


 顔が引きつっているツェンタリアの前に、俺はパスタ・ブリトー・グラタンコロッケをパンで挟んだものを並べていく。


「それ全部食べ終わってもクッキーがあるからな?」


「体重計に乗るのが怖くなる夕飯ですね」


 俺の言葉にツェンタリアがコメカミに手をやる。そう、食卓に並んでいるものは全てパスタの原料である小麦粉から出来ているのだ。クライン村から感謝の印として受け取ったもの、それは大量の小麦粉であった。


◆◆◆◆◆◆


「く、苦しいですご主人様……これが恋なのでしょうか?」


「確実にただの満腹だろうな」


 小麦粉料理を十分に堪能した後、俺は食器を洗っていた。ツェンタリアは食べ過ぎてテーブルに突っ伏している。


「なんでそんなになるまで食べたんだよ」


「せっかく作っていただいたご主人様の手料理を残すわけにはー」


 だめだ。ツェンタリアは完全にグロッキー状態である。


「……そういえばクライン村の村長が気になることを言っていたな」


「ええっと『パスタを茹でる時に塩は大量に入れなければ意味が無い』でしたっけ?」


「違う。ってかそんなこと聞いてたのか?」


「はい、1リットルに10g以上入れないと意味が無いとか、ってそうじゃなくてご主人様が気になっていることとは何なのでしょうか?」


「ああ、あの三下のことなんだが、急に力をつけたって言ってただろ?」


「おっしゃってましたね」


「あの大した実力のない三下がどうして200人もの手下を連れていたのか……それがどうにも気になって調べてみたんだが、どうもどっかから金が流れ込んでいたらしい」


 テーブルに突っ伏していたままだったツェンタリアが体を起こす。


「……つまり戦争に乗じて何かを企んでいる人間がいると言うわけでしょうか?」


「まだ分からん。金持ちのパトロンがついていただけなのかもしれん。だがまぁ今後は少し物事の裏を洞察していく必要があるみたいだな」


 食器を洗い終わった俺は話を切り上げて脱衣所に入っていく。今日は疲れたのでさっさと風呂入って寝よう。服を脱いでタオルを持って……ガラガラと急に後ろの扉が開けられた! 「なぁっ!?」と声を上げつつ俺はバババっとタオルを腰に巻く。開けたのは当然ツェンタリアだ。


「そうですね、私ももっと頑張らないといけません……」


「まて、なんでツェンタリアまで脱衣所に来てんだよ」


 ツェンタリアの脱衣所突撃はこれで何度目だろうか、俺はやれやれと思いながらツェンタリアに問いただす。


「そりゃもうご主人様のお背中を流しつつ肉体を観察して洞察力を上げるためですよ?」


「それって盗撮力の間違いじゃねえのか?」


「うふふ、ご主人様お上手ですね」


「……」「……」


 先ほどもそうだったがツェンタリアとの戦いは真剣勝負だ。俺はいきなりトップにギアを入れて風呂場に体を滑り込ませてカギをかける。スピードでは俺に幾分劣るとはいえ、かなりの反応速度を持っているツェンタリアも風呂場に潜り込もうとしたのだが間一髪、俺の施錠が上回った。


「水着! 水着でも良いですから一緒に入りましょうよ! 勝負に勝ったんですから」


「あれは俺が夕飯を作るのでチャラになったはずだろ?」


「あのーもちろん感謝はしておりますが、別に私は作ってくださいとは言ってませんよ?」


 グッそういえばツェンタリアの言うとおりである。っとなると俺から勝負を持ちかけた手前、ツェンタリアの言うことは聞かなければならない。


「わかったいいだろう」


「本当ですか!? やったー!」


 扉一枚を挟んでツェンタリアが無邪気に喜んでいるのが声色からもわかる。だが俺は「ただし」と念を入れる。


「……ツェンタリアの格好に不安が残るな。どうせスリングショットでも着て入ってくる気だろ?」


「う、さすがご主人様……鋭いですね」


 本来ならばいくらでも断る方法はあっただろう。しかし、俺はこの時ツェンタリアの提案を受け入れてしまった。


 後になって考えてみると①少し疲れて判断力が鈍っていた。②最近ツェンタリアが変な輩に言い寄られていた。③勝負に負けて投げやりだった。そんな3つの要素が重なった結果、普段なら絶対に断るような案に応じてしまったのだと思う。


「わからいでか……面積が50%くらいの水着だったらいいぞ?」


「ほ、本当ですか!?」


 扉の向こうにいるツェンタリアが飛び跳ねたあと二階に行ってすぐに戻ってくる。やれやれどこにあんな元気が有り余ってんだが……。


「それじゃあご主人様、開けてくださーい」


「はいはい……一応言っておくがこれで開けて上半身半裸とかだったら家から叩き出すからな?」


「それはそれで楽しそうですけどそこまで私もおバカさんじゃありませんよ」


「それもそうか」


 そう言って風呂場に入ってきたツェンタリアの格好は……俺は頭を抱えた。


「いやそれはおかしいだろ、何でこっちの世界にスク水があるんだよ!?」


 ツェンタリアが来ていたのは紺一色の高校生の時に見た夢。スクール水着(名札付き)であった。


「そりゃあもう知り合いであるサキュバスのさっちゃんの協力の元、ご主人様の夢を覗いて得た知識とこちらの世界の裁縫技術のフル活用ですよ」


 意外な水着に狼狽する俺の姿を見てツェンタリアが胸を張る。うわぁ凄い「つぇんたりあ」と書かれた名札の文字がメチャクチャ伸びてる……ってそうじゃない!


「なぁんで人の夢を勝手に覗いてんのかなぁ?」


「そりゃあもうご主人様に喜んでもらうためですよ」


 顔に怒りの四つ角を作っている俺に対してツェンタリアは邪気のない笑顔で答える。グッ、そんな顔されると怒りにくいじゃねえか。


 急速に怒りの感情がしぼんでいくのを自覚した俺はさっさと椅子に座って背中を向ける。こういう場合は好きにさせてさっさと終わらせてしまおうという判断だ。


「……ん」


「あ、観念しました? 観念しましたねご主人様?」


「はいはい負けだ負け。今日の三下の手下との戦いといい、調子わりいなぁ」


 ツェンタリアはウキウキしながら背中に回る。そして鼻歌を歌いながら桶でお湯をくんでタオルを浸す。


「いやー大金使ってシッグさんにスクール水着を作って貰ったかいがありましたよ」


「あ、それシッグ爺さんに作ってもらったのか」


「ええ、さっちゃんの情報を聞いただけで作ってくれました。それじゃあ洗いますねー」


 タオルに石鹸を加えて泡立てたツェンタリアが俺の背中をゴシゴシと洗う。


「痛くないですか?」


「ああ、大丈夫だ」


「…………」「…………」


 風呂場にはツェンタリアがタオルを動かす音だけが響く。なんというか……気まずいな……。


「ご主人様?」


「な、なんだ?」


「私ってそんなに魅力ないですか?」


「なに言ってんだよ、騎士団に三下にと、最近モテまくりじゃねえか」


「いえ、そんな人達にモテた所で何の意味もありません。私がモテたいのは、振り向いて欲しいのはこの世界でたった一人だけ。ご主人様だけなのですよ……」


 背中にツェンタリアの柔らかな双丘が押し付けられ、後ろから腰に手が回される。背中からトクントクンと脈打つツェンタリアの気持ちが伝わってくる。


 俺だってツェンタリアの気持ちはわかっていた。しかし、ツェンタリアは勇気を出して言葉で俺に伝えてくれた。だから俺もしっかりと返事をしよう。


「俺は嫌いな奴はそばに近づけねぇよ」


「………………」


 ツェンタリアはコツンと俺の背中に頭を当てる。


「それに……俺はちょっと好きなだけの奴とも一緒には住まねえよ」


「……ッ!?」


 今度は俺の背中で明確に変化があったことがわかった。なぜなら……


「フリーズ! ちょっと手を止めろ! それより下に行くなああああああ!」


 ……結局そのあとなぜか満足気なツェンタリアを追い出して、俺はゆっくりと一人でお風呂を楽しんだのだった。


 ちなみに小麦粉はたった二人で食べきれる量では無いと判断したので、ブリッツ村の面々に配ったところ、たいそう喜ばれた。


■依頼内容「川が干上がってしまったので助けてほしい」

■結果「貯水池で粋がっていた三下を成敗した」

■報酬「1万W+大量の小麦粉」

祝20話、ここから話も転がり始めます。

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