第19話 親しき中にも契約有り
今日のツェンタリアさん
「衣食住が人間の生活の基本だとご主人様がおっしゃっていましたが、そのうちの食が楽しくないというのは悲しいことだと思います。ですがご主人様は『だからエアルレーザーは外国に攻め入った時に強いんだよ』ともおっしゃっていました。生活の基本が崩れた方が強いというのも用兵の難しさですね」
「それにしても軍規を犯してまでフォルストルに来るとは、2階級特進スープというものはそれほどまでに恐ろしいものなのでしょうか? 興味が湧いてきました」
●依頼内容「必殺技の練習に付き合って欲しいのですが」
●依頼主「エアルレーザー王子エアフォルク」
●報酬「3万W」
朝食を食べ終え、テーブルに座った俺はのんびりと依頼を確認しながら過ごしている。今日は休日だ。
「やっぱりエアルレーザーとアップルグンドからの依頼が多いな」
その割合はおよそ7割、それだけ戦いが激化しているということなのだろう。その他はパラディノスやフェイグファイアの2国、クオーレに代表される個人の依頼が少しあるくらいだ。
依頼の山から文書を一つ取って開く。
「『俺様の手鈎を返せ』……これはゴミだな」
手にとった依頼文書(?)を一読したあとビリビリ破いてゴミ箱に捨てる。
「ご主人様、お疲れ様です」
「おう、ありがとう」
ツェンタリアがキッチンからコーヒーカップを持って現れた。それを受け取って一口飲む。口の中に酸味の効いた苦味が広がり頭が冴えてくる。
「次の依頼は何になさるおつもりですか?」
「そうだなぁ、最近真面目な戦闘が少なくて体がなまり気味だから運動不足を解消するような依頼があると良いんだが」
「あ、でしたらこのような依頼はいかがでしょうか?」
ツェンタリアが「いいことを思いついた」とでも言いたげにポンと手を叩く。そして依頼の山からハート型のシールで封を閉じたピンク色の便箋を渡してきた。
「なんか良い依頼でもあったのか?」
ツェンタリアが依頼の選択に関わるのは珍しい。別に依頼を見ることを禁止しているわけではないのだが「秘密の依頼もあるかもしれませんので」と言って普段は固辞しているのだ。
そんなツェンタリアが選んだ依頼である。「さぞかし面白い依頼なのだろうなぁ」と考えつつ俺はハート型のシールを剥がして中身を確認する。
「えーとなになに……『一晩ご主人様を好きにさせてください 報酬1万W+金髪でナイスバディで一途なカワイイお嫁さん』……ツェンタリア?」
「ど、どうでしょうか?」
俺の呆れ顔に気付いていないのかそれとも気づかないふりをしているのか。ツェンタリアが頬を染めながら聞いてくる。
「さて、次の依頼はーっと」
依頼選択の自由を発動した俺は封筒を懐にしまいこんで依頼を確認する作業を再開する。
「あのーご主人様? お返事はいかがでしょうか?」
「おお、これはアップルグンドの娼館からの依頼か。ふむふむ、性欲の強い男を100人連れて来てほしい? そんな奴探したくねぇしこれは没だな。次は……」
なおも食い下がるツェンタリアを無視して俺は機械的に依頼確認を進めていった。
◆◆◆◆◆◆
キィンッキィンッと涼やかな音が室内に響いている。ここはかつて俺が騎士団にいた頃に汗を流した場所、エアルレーザー騎士団本部にある修練場だ。
「行きますよ先輩!」
依頼主であるエアフォルクが大上段の構えから模擬刀を振り下ろしてくる。その動きは単体で見れば隙だらけな攻撃方法だ。しかし、ジーパンにTシャツ(【七国山】と書かれている)という軽装な俺とは違い、重装備で全身を固めたエアフォルクが使えば厄介な戦法に早変わりする。
特にエアフォルクほどの達人になるとこういった単純な攻撃でも一撃必殺の威力を帯びる。そのため、重装備を貫ける手段を持っていないと、常に不利なじゃんけんを強いられることになるのだ……まあ俺の場合はハサミで石を切るくらい訳ないんだがな。
「甘いな。その攻撃方法はある程度の腕がある相手にはカウンターをくらうぞ」
俺はエアフォルクの模擬刀を左手でいなして体を前に進め、右手に持った模擬刀で腹部をコンっと打った。
「グッ!?」
エアフォルクが腹部を抑えて膝をつく。俺の攻撃は力感の無い動きに見えるが腹部を打つときに6割の力と特殊な技術を使った。すなわち、重装備の上からでも内部に衝撃を伝える技術である。この攻撃を受けると重装備の中で衝撃波が反射し嵐となって吹き荒れるため、常人では一撃食らっただけで体が破裂して死ぬ。
「本当に効きましたよ。さすが先輩、強烈な1撃でしたね……いや2撃でしたか?」
しばらくして体を起こしたエアフォルクに俺は苦笑して答える。
「惜しいな、2撃じゃなくて5撃だ。だが。複数だとわかっただけでも大したもんだぜ」
「……僕もまだまだ修行が足りないな」
俺の回答を聞いて頭を掻きながら立ち上がるエアフォルク。
「いやいやあの攻撃を受けてすぐに立ち上がれるのは才能だぜ。俺は『ギリギリ死ぬかな?』って塩梅で攻撃したんだからな」
俺の予想よりもエアフォルクは体を鍛えていたようである。少しよろめきながら歩いて室内の隅においてある自分の剣『危剣フォルコン』も持ってきた。
体に少しダメージは残っているようだが訓練に支障はないようだ。エアフォルクの構えた危剣フォルコンの切っ先には僅かな震えもない。
「さて、それじゃあお望み通りにダメージも与えたから必殺技の訓練に移るかぁ?」
「はい、よろしくお願いします!」
訓練前にエアフォルクからお願いされたことがある。それは「必殺技の練習を始める前に僕にダメージを与えてください」ということだ。それを聞いて俺は「え、お前『も』マゾなのか!?」とドン引きしたのだが、そうではないらしい。
エアフォルクが言うには「相手の強さが不明な戦いの初めでいきなり必殺技を打つ可能性は低い。そのため、ある程度疲れやダメージを食らった状態でも100%の必殺技を打てるようになっておきたい」だそうだ。つまらねぇなぁ、エアフォルクがジュバイやツェンタリアの同類だったら面白かったのに。
あ、ちなみに騎士団本部の入口までついてきたツェンタリアはここはいない。なんでも俺が前に話した2階級特進スープに興味があるらしくキッチンで料理人達から話を聞いているみたいだ。
「それじゃあ今から必殺技を打ちます。しっかりと見ていてくださいね?」
「必殺技なんだろ? そりゃ見てないと死ぬだろうが」
そう言ってエアフォルクが集中し始めた。一見すると無防備でこの間に攻撃できそうな感じがするのだが、しっかりと意識の3割を迎撃に向けているため手は出しにくい。
「……それじゃあいきますよ?」
「おうこいこい」
集中を終えてまた大上段に構えるエアフォルク。今度は俺も少し集中する。
ハッ! という気合とともにその場で剣を振り下ろすエアフォルク。当然剣は俺に届くはずがない。しかし俺は真上に剣をかざして攻撃を受け止める。
ガギギギギギギッという音が室内に響き渡る。俺の持っている模造刀と鍔迫り合いをしているのはエアフォルクの剣のまわりに現れた巨大なオーラである。
これがエアフォルクの危剣フォルコンを使った必殺技だ。大人数を相手にする場合や巨大な生物を相手にする時に威力を発揮する。
「おー結構威力高くなってんじゃねえか……うりゃ!」
鍔迫り合いで相手の強さを図ってひとしきり感心した後、俺は模造刀でオーラごと切り払った。消滅するオーラ。
「それを待っていたんですよ!」
俺の後ろから声がした。大きなオーラを囮にしてエアフォルクが回りこんでいたのだ。だが俺は慌てない。
「知ってるさ」
エアフォルクの動きを読んでいた俺は顔に裏拳を思いっきり叩き込んだ。「え?」という言葉を残して吹っ飛ぶエアフォルク。
「模造刀で切り払った直後を狙うってのは良い作戦だったんだが誤算があったな。自分が剣を使うからって相手の攻撃方法も剣しか無いと決めつけてんじゃねえよ」
「はばっ……そうでしたね……」
壁に叩きつけられたエアフォルクはそう言い残して気絶した。
◆◆◆◆◆◆
「今日のご飯は美味しいですね」
「えぇ、キッチンをお借りできたので腕によりをかけて作りました」
騎士団の食堂で俺とエアフォルクとツェンタリアの三人が夕飯を食べている。
「ほんと騎士団の食堂でこんなうまい飯が出るなんてなぁ」
「先輩、しみじみとキツイことを言わないでくださいよ。僕はこれからも騎士団の食堂で食べていかないといけないんですから……」
「だったら改善しろよ」
俺は今後の騎士たちの為を思って助言をするがエアフォルクは笑顔で首を振った。
「前にコッホ村で修行してきた人間を連れて来たことがあるのですが……」
「おお、それなら味は改善されただろ?」
「はいもちろん。ですが問題が発生しまして」
「問題? 料理が美味しくなって問題が発生するのですか?」
「食い過ぎで太ったか?」
「いえ、本部の食堂の味が改善されて騎士達からの評判は上々でした。しかし、騎士達が遠征を嫌がるようになりまして……」
「あーなるほど」
それを聞いて俺とツェンタリアは全てを察した。そして、お互いの料理の腕前に感謝した。
◆◆◆◆◆◆
「ところで先輩は傭兵なんですよね?」
夕食を終えて騎士団本部から出る際にエアフォルクがよくわからないことを聞いてきた。そんな事はあの夜俺からチラシを貰ったエアフォルクがよくわかっているだろうに。
「ん? ああ、そのつもりだがどうかしたか?」
俺が聞き返すとエアフォルクが少し悩んだ後「お時間よろしいですか?」と騎士団本部入口からちょっと離れたところに連れてこられた。
「先輩は『ゲルト』という傭兵協会をご存じですか?」
「ゲルトっていやぁ……あぁ、あの組織か」
俺は傭兵業を始めた時に資料を取り寄せてすぐにゴミ箱に突っ込んだ組織の事を思い出す。
「先輩は入っていませんよね?」
「当たり前だろ、何で俺が『報酬を半分よこせ』とか言ってる組織に入らなきゃならねえんだよ」
俺の苦虫を噛み潰したような表情を見て何故かエアフォルクがホッとしている。
「最近、傭兵協会ゲルトの動きが活発化しています」
「まあこんな世の中だからなぁ」
ある意味その原因を作った俺はすっとぼけて答える。しかしエアフォルクはあくまで大真面目だ。
「はい、確かにゲルトは前々から活動をしていましたがそれは小さな仕事ばかりでした。ですが最近協会のトップが変わったらしく、段々と勢力を拡大し大きな仕事をこなすようになってきています。このままゲルトが膨張していくと無視できない勢力になるかもしれない、というのが各国王の見解のようです」
「へぇ、じゃあリヒテールのオッサンもそのゲルトに依頼を出すのかね?」
俺の質問にエアフォルクは破顔した。
「……重要な依頼を出すことは無いと思います。父上は騎士であることに誇りを持っていますから」
「お前はどうなんだエアフォルク?」
俺の探りに対してもエアフォルクは笑顔のまま爽やかに答える。
「私は卑怯な手は使いますが、暗殺強盗誘拐をするような糞野郎の手は借りませんよ」
「それを聞いて安心したぜ」
俺とエアフォルクはお互いに意地の悪い評定をする。その後、俺たちは騎士団本部の入口に戻ってきた。
「ん? なんだか騒がしいな?」
なにやら騎士団本部の入口付近に騎士たちが集まっている。
「あ、ご主人様おかえりなさいませ!」
その人だかりの中心部でツェンタリアがピョンピョン跳ねている。「どうしたどうした」と騎士をかき分けて行くと……そこには数人の騎士がのびていた。ついでにそいつらの鼻の下も伸びている。
「ナンパでもされたか?」
ツェンタアリアが頷く。
「あっさりか? しつこくか?」
「しつこく声をかけられた挙句、腕を引っ張られたのでつい……」
ツェンタリアがバツの悪そうな顔で俯く。
「え~あふぉるく?」
俺は後ろにいる騎士団長様に声をかける。
「申し訳ございません先輩、この者達にはキツイ訓練を」
「いやいい。その代わりそいつらを修練場に連れて行ってくれ、あと水もたらふく頼むぜぇ?」
「せ、先輩、何をする気ですか?」
「なぁに、可愛い騎士の後輩のために訓練をな……」
その日は夜が明けるまで修練場から悲鳴が途絶えることはなかった。
■依頼内容「必殺技の練習に付き合って欲しいのですが」
■結果「エアフォルクとついでに騎士団のスケベ共を鍛えてやった」
■報酬「3万W」
ブックマークありがとうございます。遊び心を持ったたくみになりま……励みになります。
※今回に限ってですが、朝の更新が難しいため深夜ではありますがこのタイミングで更新させていただきます。




