第18話 森に転がるおいしい話
今日のツェンタリアさん
「料理に裁縫に戦いにと万能のように見えるご主人様にも苦手な分野があるんですねぇ。ですがそのあたりはサキュバスのさっちゃんというオシャレさんを友達に持つ私の力でなんとでもなります! さあまずはこのブーメランパンツから……おや、先程までそこにいたご主人様がおりませんね?」
「ご主人様が前におっしゃっていましたが、リヒテール様は爆弾の扱いに関しては世界一だそうです。死霊騎士団ベンジョブと戦っている時にガイコツ一体に爆弾をセットして撤退。そして爆弾付きのガイコツがアップルグンドの陣地に戻った所を見計らって起爆させたりしていたみたいです。……もはや発想が悪魔のそれですよね?」
●依頼内容「夜な夜なフォルストルに出没する騎士団を撃退してほしい」
●依頼主「アップルグンド国王シュタルゼ」
●報酬「1万W」
「ふあぁ……」
「よぉ、起きたかツェンタリア?」
寝袋からもそもそと出てくるツェンタリアが大きく伸びをしている。ホットコーヒーを差し出すと「あ、ご主人様おはようございます」と言いながら両手で受け取った。
「おはようって言ってもまだ夜だがな」
「何時間くらい寝ていたのでしょうか?」
「俺達がここで待ち伏せを初めて直ぐだから、たぶん6時間くらいだな」
そう言って俺は曇天の夜空を見上げる。木々の間から星や月は見えないので詳細な時間は不明だが、とりあえず多くの者は寝静まった時間だろう。
「そ、そんなにですか!? その間ご主人様一人に見張りを任せてしまい申し訳ございません!」
必死に頭を下げるツェンタリア。俺は「良いってことよ」と頭を下げるためにピコピコ揺れる金髪を撫でてやる。
「むしろ5時間以下の睡眠は体に害だからな」
「そうなのですか?」
「ああ、聞いた話じゃ7時間寝る人に比べて5時間以下しか寝ない奴ってのは糖尿病に5倍なりやすくなるらしい」
「とうにょうびょう? それは一体どういったプレイなのでしょうか?」
真剣な顔してアホなことを言うツェンタリアに俺は頭を抱える。たしかによく考えてみると、こちらの世界では糖尿病の症状の出た人間がいるのかすら怪しい所だろう。皆そのくらい健康的な生活をおくっている。そういうわけなので俺は説明を諦めた。
「……まあ病気みたいなもんだよ。あ、ちなみに40歳以上の女性も睡眠時無呼吸症候群、つまり寝ている間に数秒呼吸が止まるって症状に常人の3倍はなりやすいらしいぞ」
「つつつつまり私は普通の人の6倍以上も病気になりやすいってことですかぁ!?」
「いや、ツェンタリアは人間じゃないから……どうなんだろうな?」
「さあ、どうなんでしょうねぇ?」
「……」「……」
疑問が深まった所で話題変更。するのはもちろんお仕事の話だ。
「本当に騎士団は今日来るのかねぇ?」
「確かシュタルゼ様の予想では『本日の夜に来るはずだ』とのことでしたよね?」
ホットコーヒーをフーフーしながらツェンタリアが依頼の内容を確認してくる。ツェンタリアの言うとおりシュタルゼの依頼の期間は『本日のみ』である。
「騎士団の目的が何なのかは知らんが、読みが当たりゃ儲けモン。当たらなかったら働かずに報酬もらえて儲けモン。どっちにしろ気楽なもんだ」
俺はそう言って「ふあぁ……」とアクビをした。なぜかしっかり寝たはずのツェンタリアも「ふあぁ……」とアクビをしている。どうしてアクビってのは移るもんなのかねぇ。
◆◆◆◆◆◆
しばらく経った後、ツェンタリアが囁くような声で話しかけてきた。
「……来ましたね」
「あぁ、聞こえるな。足音は20、小隊の規模だな」
集中して様子を探っていた俺も頷く。
「ちょっと近づいてみるか?」
「そうですね」
そう言って俺たちは音も立てずに飛び去った。
フォルストルの木々の間を飛び移っていき足音のした場所の近くまで到着する。それにしても行動といい服装(黒いTシャツに灰色の文字で【ろーんてにす】と書かれている)といい、最近俺は忍者みたいな真似が多い気がするなぁ。
「ご主人様、木の上に行きましょう」
ツェンタリアの提案に無言で頷き、適当な木に登る。そして枝の上から暗闇にたたずむ人々の様子をうかがう。やはりシュタルゼの言っていたとおり騎士団だ。
「地図のようなものを広げてますね?」
「魔王城に攻めこむためのフォルストルの調査かもしれねぇな……ん?」
俺は自分の発言に違和感を覚える。首をかしげている俺を見てツェンタリアも首を傾げて「どうしました?」と聞いてくる。
「いや、『フォルストルの調査なんてしてどうするんだ?』って思ってな」
「え? それは魔王城に攻めこむための経路調査だってご主人様がおっしゃっていたじゃないですか」
「それがおかしいんだよ、フォルストルってのは自由に木々が移動する魔の森だぞ。今日作った地図が次の日には無意味になるような場所で調査なんてしてどうする?」
「ああ、たしかに言われてみるとそのとおりですね」
俺はマジマジと騎士団の姿を確認する。そこで新たな違和感を発見する。
「あれ? あの騎士団の小隊長いねぇじゃん」
小隊の単位で行動する際には必ずいるはずの小隊長がいない。ツェンタリアも確認して驚いている。
「あ、本当ですね」
これが意味するのはどういうことか。可能性は大きく分けて2つだ。①ここに来るまでの間に小隊長が倒れたという可能性、しかし騎士団の連中の様子からはそのような雰囲気は感じ取れない。っとなると残る可能性はもう1つの方だ。そこまで考えて俺は「はぁ……くっだらねえ」とため息をついた。
「……そうですね」
ツェンタリアもだいたい同じ結論に達したらしい。ただそれにしてももう一つ大きな疑問が残る。そう『なぜ奴らが深夜にフォルストルに来ているか』だ。
「ちょっと集中して会話聞いてみるか」
「わかりました、静かにしています」
俺は集中して騎士団の連中の会話に耳を澄ます。うん……聞こえてきた。
「わかったぞツェンタリア」
「どうでした?」
お互いにそれほどテンションが高くないのは、この連中は放っておいても無害だと分かっているためである。俺は両手をあげてヤレヤレといったポーズを取りながらさっき聞いた内容をツェンタリアに伝えた。
「フォルストルの果実を取りに来たんだとさ」
「……そんなことだろうと思いました。で、どうします?」
シュタルゼの依頼は騎士団の撃退である。まあ確かに騎士団には違いないのだが、奴らは小隊長に隠れて敵地にノコノコ足を踏み入れて果物泥棒を働くボンクラどもである。
そんな奴らをまじめに撃退するのもなんか癪なので、俺は思いっきり大きな声で叫んだ。
『グワッハッハッハ我がフォルストルの果実を食らう愚か者どもよ! よく聞けぇい!』
ボンクラどもは突然森に響いた大音声に腰をぬかさんばかりに驚いている。中には「あ、あひゃあああああっ!」と悲鳴をあげながらション便を漏らすヤツもいた。……前もいなかったかコイツ? 俺は「まあいいや」と深くは考えずフォルストルの擬人化を続ける。
『我が森の子である果実を食らうものには7代いやさ8代9代にも渡って呪われようぞ!』
そう言って俺は風を操り周りの木々をしこたま揺らす。これで勝負ありだ。ボンクラ騎士団は慌てふためきながら退散、フォルストルは元の静けさを取り戻した。
◆◆◆◆◆◆
シュタルゼへの報告を終えた俺とツェンタリアは家に帰るため、再びフォルストルの中を通っていた。
「それにしてもなぜ騎士団の方々はわざわざフォルストルに果物を取りに来ていたんでしょうか?」
「……あぁ、ツェンタリアは知らねえのか」
「なにがです?」
「いや、ツェンタリアは俺と会ってからはほとんど一緒に最前線を駆けまわってただろ? その時食事はどうしてた?」
「えーと私かご主人様が作っていましたね」
「そのとおり、だからツェンタリアは俺と違って騎士団の食事は食べたことがねぇんだよな」
ここまで聞いてツェンタリアが顔をひきつらせた。
「まさか……」
「あぁ、エアルレーザー騎士団の食事はクッソ不味い。だからわざわざフォルストルまで来てたんだろうさ」
「なるほど、ご主人様が騎士団の方々を傷つけなかった理由がやっと納得できました。それにしても、それほどまでに美味しくないものなのですか?」
「とくに食材買い出し日前の金曜の夜に出てくるスープが酷かった。裏で『2階級特進スープ』なんて名付けられてたなぁ」
「そ、それはちょっと遠慮したいですね。面白そうですけど」
「だろ? だから……おっと?」
俺は上から落ちてきた何かを条件反射でキャッチする。
「どうしました?」
「いや、急にリンゴが落ちてきたんでな」
真っ赤になっているリンゴを持ったまま見上げるとフォルストルの木々がワサワサと揺れている。
「フォルストルからの報酬なんじゃないですか?」
「はは、まさか……でもまあおいしくいただきますかね」
翌日の夕食の後、俺作の焼きリンゴが食卓に並んだ。味はとても甘く美味しかった。
■依頼内容「夜な夜なフォルストルに出没する騎士団を撃退してほしい」
■結果「果物を盗りに来ていたボンクラ騎士団を追い払った」
■報酬「1万+一つのリンゴ」
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