第16話 3K 臭い 金 仇
今日のツェンタリアさん
「こんにちわ。自我が芽生えてから10年目、ジーガーお兄ちゃんの妹ツェンタリア(108)です!……はぁ無理がありますね。それにしてもご主人様に妹さんがいるなんて初めて知りました。勇者時代のご主人様は一杯一杯な感じだったので、向こうの世界のお話はあまり聞かないようにしていましたからね」
「ちょっと小さくて生意気なジュメルツ様、かわいいですね。妹にしたいです。あ、でもそうなるとご主人様の義妹になってしまいますね……諦めましょう。冗談はさておき、あのご主人様の攻撃を防げたのは流石はクオーレ様が腕試しを依頼してくるだけはありますね。最終的にジュメルツ様はクオーレ様に雇われましたが。今後の状況によっては戦うことがあるかもしれませんね」
●依頼内容「領内の下水処理場が何者かに襲われたので様子を見てきてほしい」
●依頼主「エアルレーザー国王リヒテール」
●報酬「1万W」
まだ日も登っていない早朝、俺はエアルレーザーのメーア湖のほとりに立っていた。雨の降った翌日のためか湖上には霧が出ている。
「はいご主人様、おにぎりです。中身は鮭ですよ」
「おぅサンキュー」
ツェンタリアからおにぎりを受け取り腰を下ろす。世界最大と言われるメーア湖の幻想的な霧を眺めながらおにぎりを頬張るのが本日の朝食だ。
「それにしても、このジャージというものは素晴らしい機能性ですね」
いつもの格好ではなくジャージを着ているツェンタリアがテレテレしている。ちょっとサイズが大きめなのは俺のお下がりのためだ。とはいえさすがに胸元のチャックは締め切らないようで深い深い海溝が見えている。
「どうしました?」
「いやなんでもないぞ?」
ツェンタリアに問いかけられ俺は慌てて視線をはずす。そして適当に話を合わせる。
「ジャージってのは向こうの世界の運動着だからな」
「そうなのですか?」
「あぁ、学校とかだとそれを着て体育……運動してるんだ」
「つ、つまりこれはご主人様の汗がしみこんだジャージと言うことですね!? スーッ……ゲホゲホゲホ」
「アホ、汚すなよ?」
おなかの部分をめくり上げて思いっきり息を吸い込んだツェンタリアがむせている。このジャージはこちらの世界に召喚されるときに俺が着ていたものだ。だが俺の体が大きくなって着れなくなったのでツェンタリアにあげたのだ。
ちなみに先程の『汚すなよ?』と言う発言には理由が2つある。①今日の洗濯当番が俺であるため。②これから行くところでもっと汚れるためだ。
「本日の仕事場所はそれほどまでに汚れているところなのですか?」
「まぁな、騎士団にいた頃に奉仕活動とか言って掃除させられたがヴァリスハルトの性根並みに汚い」
俺は言い切った。
ちなみにツェンタリアとは違い、俺はジーパンにTシャツ(【ボールリバー】と書かれている)といういつもどおりの格好である。
◆◆◆◆◆◆
「こ、これはなるほど確かに……まだ中にも入っていないのにえげつない臭いですね」
メーア湖に流れ込む小川を遡ったところに洞窟がある。その前でツェンタリアが鼻をつまんでいる。
「これでもまだ朝だからマシな方だぞ」
俺はツェンタリアの周りの風を操ってやる。これで臭いと多少の飛沫からは体を守れるだろう。
「ありがとうございます。この腐った牛肉のような臭いのする洞窟は何なのでしょうか?」
「フリッフ洞窟だ。エアルレーザーの領内にあるコッホ村専用の下水処理場が中にある。普段も結構な臭いなんだが、流石にこんなに臭いのは異常だ」
コッホ村にはこの世界の料理人の8割を排出している巨大な料理学校がある。旨い料理は素晴らしい、皆を笑顔にする。しかしコッホ村からでる残さや油脂の量は他の村とは比べ物にならないそれが小川を伝ってメーア湖に流れ込んで環境を破壊していた。
メーア湖は観光資源でもあり騎士団を輸送するための道でもある。事態を重く見たリヒテールのオッサンは、この小川が通るフリッフ洞窟の中に細菌を繁殖させる機械を置いてメーア湖に流れ込む水を浄化しているのだ。
「機械が壊れてしまったのでしょうか?」
「いや、浄化装置を止めただけだ」
「え、そうなのですか?」
「逃げてきた奴の言うことにゃ巨大な何かに襲われたって話だ」
「……シュタルゼ様の仕業でしょうか?」
ツェンタリアが緊張した面持ちでこちらを見ているが、俺は両手を挙げて「さあなぁ」と確答は避けた。確かに魔王シュタルゼならモンスターを巨大化させるくらいのことはできる。しかし、ここを襲ってもせいぜいメーア湖が少し汚れるだけで、魔王シュタルゼにとってたいしたリターンは得られないのだ。
「それじゃあ入ってみようかね。ツェンタリアは火を頼む」
俺が先に立ち、その後ろからツェンタリアが照らす形で俺達はフリッフ洞窟の中に入っていった。
◆◆◆◆◆◆
「ここが下水処理場の中心部か」
しばらく行ったところで空間が大きく開ける。その真ん中には浄化装置なのだろうか円柱の機械が鎮座している。
「この機械もクオーレ様が作ってらっしゃるのですね」
ツェンタリアが炎で照らしてその機械に書かれた文字を読み取る。
「ほんとあの小太りはどこからこういう知識を仕入れてきてんだか」
俺は明らかにこちらの世界ではオーバーテクノロジーな機械を見て呆れ果てる。
「このパイプなんて天井を張ってどこまで……」
機械から伸びる配管を辿って天井に目を移したところで俺は固まる。
『……』
やべぇ、なんか変なのと目があった。
「ご主人様どうかしましたか?」
ツェンタリアも俺の目線の先を追う。そして慌てて空槍ルフトを構えた。
「……これは厄介ですね」
「だなぁ。チッこんなことならリヒテールのオッサンにもっと報酬ふっかけておくんだったぜ」
俺も右手をスナップしてバールのようなものを取り出す。ふざけているように見えるかもしれないが俺の持っている装備の中でも結構な攻撃力を持つ得物である。
『……』
俺達の視線の先にいたものがボタリと地上に降りてくる。その物体に向かってツェンタリアは空槍ルフトを向ける。ものすごい殺気である。
「姿を見るだけで怖気が走りますね。こんな害虫さっさと倒してしまいましょう!」
「蜘蛛って本当は益虫なんだがなぁ」
蜘蛛嫌いのツェンタリアに習って俺もバールのようなものを構えた。
『……』
そう、天井から落ちてきたのは俺の4倍はある大きな蜘蛛だった。しかも体を鎧で被っている。
「気をつけろよコイツ、味方喰らいのゲッツェライだ」
「ご存知なのですか?」
「ああ、常に飢餓状態にある蜘蛛で敵だけじゃなく味方も襲って喰らってたんだよ。最終的にはシュタルゼにばれて力を抜かれて放逐されたんだが……」
「で、でもこんなに大きいじゃないですか!?」
「だから喰ったんだろ?」
ここまで言って俺はふと「それにしては大きすぎやしないか?」と考える。いくら喰ったとしてもゲッツェライは食べた量よりも質で成長するタイプだ。そこら辺の動物を食べたところでこんなには大きくはなれないはずだ。
つまりゲッツェライはどこかで質の高い『何か』を喰らったということになる。そこまで考えて、ふとした仮定に思い当たる。あんまり信じたくはねえがつじつまは合う。
「……なるほどな、どおりで違和感があったわけだ」
「どうしたのですか」
「ツェンタリアぁ火貸してくれぇ!」
「えっえっ?」
そう言い残して俺はバールを振り上げてゲッツェライに躍りかかる。ツェンタリアにとっては唐突な指示だったのだがすぐに詠唱を始めてくれた。
「ご主人様行きますよ!」
「っしゃあこい!」
俺とゲッツェライの距離が半分になったところでバールに青い炎が宿る。
『……っ!』
ゲッツェライは糸を飛ばしてくる。いつもの捕食方法だ。この糸はそんじょそこいらの刃物では切れない。俺の持っている装備の中でもこの糸を確実に切断できる刃物は死剣アーレとほか数本だろう。しかし今回は対策は万全なためバールのようなもので十分だ。
なぜなら蜘蛛の糸は燃える。もちろんゲッツェライの糸は熱にも強くそんじょそこいらの炎で対応できるものではない。だがツェンタリアの生み出すのはそんじょそこいらの炎ではない。
「久しぶりのご主人様との共同作業! 失敗するわけにはいきません!」
ツェンタリアの気合とともにバールに宿った炎が白く燃えあがる。白い炎というのはおよそツェンタリアの出せる最高温度の炎だ。
「へっ共同作業か……ケーキにしちゃ悪趣味な造形だぜ!」
炎を纏ったバールのようなものを一凪するだけでゲッツェライの糸がボロボロと焼け落ちる。
『……っ!?』
ゲッツェライは驚愕して後ずさる。ゴンッ。しかし、後ろには浄化装置があって逃げられない。
いや、ゲッツェライは見かけによらず賢い。なにしろ魔王シュタルゼの監視を長きにわたってかいくぐり味方を喰らうだけの知能があるのだ。俺が炎の扱いをミスる可能性を見越して浄化装置を後ろ盾にするくらいの知恵は回る。
「だが残念だったな。お前を倒すのに炎なんざ使わん」
「あ、あれ?」
バールのようなものから炎が消える。ツェンタリアも困惑しているが、もちろん炎を解いたのはアクシデントではなく俺の意志だ。
「炎を使ったのは確実に接近するためだ。これからはじっくりゆっくり『剥がして』やるぜぇ」
そう言うやいなや俺はトップスピードにギアを入れた。
ダンダンっと地面、そして壁を蹴ってゲッツェライの後ろに回り、まず後ろ足の鎧をバールのようなもので剥がす。
『……っ!?』
ゲッツェライの反応を待たず、すぐさま天井を足場に背中に着地、今度は大きな鎧を剥がした。
『……っ!!!』
ゲッツェライの声なき絶叫がフリッフ洞窟に木霊する。
ダンダンッ、ダンダンッ、ダンダンダンダンッ……数秒間俺のゲッツェライの鎧の解体ショーは続いた。そしてわずか数秒後にはゲッツェライは全ての鎧を剥ぎ取られ、痛みでのたうちまわっていた。
「さぁて、それじゃあ仕上げだ。付き合え」
ピクピクと動いているゲッツェライの足を掴んで俺はフリッフ洞窟の外に歩き出す。
『……ッ!!!!!』
ゴツゴツとした地面を引きずられて悶え苦しむゲッツェライ。それを見ながら俺はニヤリと笑った。
「痛いだろぅ? だが優しい俺はとどめは刺さねぇぜ?」
◆◆◆◆◆◆
外に出ると日の出が近いのか空が白み始めていた。
『……ッ! ……ッ!』
明るい所が苦手なゲッツェライがのたうち回る。引きこもりかよ。
「それでそのゲッツェライをどうするのですか?」
「……えーっとこっちの方だな」
俺は朝日の方角からおおよその方向と距離を計算し始める。……チーンという音がして計算終了。俺はゲッツェライの足を持つ腕に力を込める。
『……ッ!? ……ッ!?』
俺に握られて痛いのか、それとも俺の意図が解ったのか、ゲッツェライがジタバタし始める。何か言いたそうにしているが無視をする。
「何暴れてんだよ、かわいい女の子が待ってるぜ? 大丈夫だって、運が良ければ許してくれるって」
そう言って俺は思い切りゲッツェライを投げ飛ばした。
『…………ッ!!!???』
急速に遠ざかるゲッツェライのシルエットが空の彼方に消えていくのをしっかりと見届けた後、俺は「それじゃあ帰るぜぇ」とツェンタリアに声をかける。
「は、はあ」
ゲッツェライの消えていった先をポカーンと見ていたツェンタリアが我に返って後に続いた。
◆◆◆◆◆◆
「あのー、なぜあんなことをしたのですか?」
夜が明けきった帰り道を歩いているとツェンタリアがそんなことを聞いてきた。『あんなこと』とは俺がゲッツェライを投げ飛ばしたことだろう。
しっかりと説明してやっても良かったのだが、俺はその質問に素直に答えずこう言った。
「仇とソバは早く打つに限るのさ」
「……どういうことですか?」
「まあ明日になればわかるさ」
そう言いながら俺は右手をスナップ、二枚の紙を取り出しサラサラとペンを走らせる。
ツェンタリアはますます首をかしげている。
やがて書き終わった紙をシャシャシャっと折って紙飛行機の形にして別々の方向に飛ばした。
「これでしまいだ。犯人は現場に舞い戻るってな」
◆◆◆◆◆◆
翌日、デンケの森で切り刻まれたゲッツェライの死骸が見つかったと言う記事が新聞の一面を飾った。それを見て俺はニッヒッヒと笑って一言。
「まあ、そりゃ許しちゃくれないわな」
■依頼内容「領内の下水処理場が何者かに襲われたので様子を見てきてほしい」
■結果「巨大生物がいたが空を飛んで逃げていった」
■報酬「1万W」
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