第12話 親が子鷹に油揚げ
今日のツェンタリアさん
「さすがご主人様、素早い。というか戦いよりもお風呂に入ってカギをかけるスピードのほうが早かったような気がします。これは力押しは諦めて別の方法を模索した方がいいですね。例えば①ご主人様に貸しがあって②疲れている状態で③私を強く想ってくれているタイミングを狙うなど……。よし、そんな場面がすぐにあるのかはわかりませんが準備しておきましょう。何しろ戦いは段取り8割ですからね!」
「朝出て行ったご主人様が干物『工場』を買ってくるとは思いませんでした。最初聞いた時『干物を買ってきたのですか?』と何度も聞き返してしまいました。しかし、ご主人様に一杯食わせたクオーレ様……商売とは戦い以上に奥が深いものなのかもしれませんね」
●依頼内容「フェイグファイア領内にある村を襲うエアルレーザー軍を撃退してほしい」
●依頼主「フェイグファイア国王トレイランツ」
●報酬「2万W」
「ご主人様おはようございますですにゃん」
起きてキッチンに降りたらツェンタリアにネコミミが生えていた。衝撃的な光景に俺は一気に眠気がふっとんだ。こ、これはどうした事だろうか、ツッコミ待ちなのか? いやそれにしてはツェンタリアはいつものテンションだし俺の目の錯覚だという可能性も……ジーパンにTシャツ(【新しい街】と書かれている)といういつもの格好で俺はしばらく立ち尽くしていた。
「朝食はこちらですにゃん」
「語尾もっ!?」
俺の言葉にピクッと反応を示すネコミミ、どういう理屈なのかは不明だがツェンタリアの感情に合わせてあの耳は動くらしい。
「……今日のジャムはマーマレードですにゃん」
おや、ちょっと頬が赤くなってきたぞ、これはきっと羞恥に耐えながらコスプレしてるな? よしよし面白いから普通に接してみよう。俺のオチャメな思考回路がそう結論をだした。
「わぁい俺マーマレード大好き。いただきまーす」
「……」
いかんいかん。あまりにもツェンタリアの格好が面白可愛いすぎて不自然なテンション+棒読みになっちまった。
「いただきますにゃん」
「……きょ、今日のサラダは人参が多いなー」
媚薬入りのパンの載った皿を入れ替えながら、笑いを噛み殺して俺は声を絞り出す。
「ご主人様は人参がお嫌いでしたかにゃん?」
「いや普通、食える物なら好き嫌いはしないにゃ……」
しまった。気をつけていたのだがツェンタリアの語尾につられてしまった。だめだ笑う。笑ってしまう。
「良かったですにゃん」
「……ブフッ」
もうだめだった。頭の中で「お前馬やないかーい!」というツッコミが渦巻いて……噴き出す。それを見てツェンタリアが眉をひそめる。
「ご主人様、言いたいことがあるならどうぞおっしゃってください!……にゃん」
追撃のにゃんで笑いのダム決壊は加速した。ブワッハッハッハッハと笑う。やはり自分でもアレだと思っていのたか顔に手を当て恥ずかしがるツェンタリア。
意地でも語尾を維持するあたり真面目さんだ。このまま続けても面白いかも知れないが、さすがにツェンタリアと俺の腹筋が可哀想なので偽らざる気持ちを伝えよう。
「いやーすまんすまんかわいいなって思ってな」
「えっ!? ご主人様はキャットラブなのですか!?」
ツェンタリアは喜びと悲しみがごちゃまぜになった表情になる。どうやら自分でネコミミをつけた癖に俺が猫が好きだと不都合なことがあるらしい。うーむ素晴らしきワガママ。だがそれも顔を赤らめているツェンタリアの前ではチャームポイントにしかならない。
「いやそんなネコミミじゃなくてだな。必死に猫語を操るバイリンガルなツェンタリアがかわいいって事さ」
「ご主人様……」
結構無茶苦茶な褒め方だったのだが、かわいいの一言でツェンタリアは許してくれたようだ。どころか今日の朝食はデザート付きだった。
◆◆◆◆◆◆
「ところでさっきシッポも動いてたけどあれはどうやって」
「ご、ご主人様。今日の仕事場が見えてきましたよ!」
俺の疑問は遠くを指差し声を上げるツェンタリアに遮られた。確かに目線を上げると村が見えている。……そして大量の煙が立ち上っている。
あれが今回の仕事場、フェイグファイア領内にあるネルン村だ。エアルレーザーの国境近くにあるため普段は屈強な竜人の兵が守っているのだが、ここ数日間フェイグファイアでは特別な任務に人員が割かれており、その間隙をエアルレーザー騎士団に狙われたのだ。
このことからも分かるとおり、既にエアルレーザー・パラディノス・フェイグファイアの同盟関係は破綻しており、俺の目論見通りの4国がしのぎを削る時代が訪れている。
「悲鳴が聞こえないって事は既に村はもぬけの空か」
集中して耳を澄ましてみるが、エアルレーザー騎士団の「わっはっはフェイグファイアの腰抜け竜人など恐れるに足らずだぜ!」などという威勢の良いバカゼリフしか聞こえてこない。まったく、主力のいない隙を狙っておいてよくそんな台詞が言えるもんだ。
「竜人は飛べるからこういう時便利ですよね」
「だな、アップルグンドの空襲部隊ヴィンドか飛行形態のツェンタリアじゃないと竜人の村を全滅させるってのは難しいだろうな」
全滅させる方法について言及したが、基本的にそんな依頼は受けることはしないと思う。何しろ村1つを全滅させるために必要な料金は超高額に設定にしてあるのだ。
「おや、騎士団が移動の準備をしていますね?」
「本当だな。たぶんネルン村が簡単に落とせたもんだから調子に乗って行けるところまで行くって感じなんだろうな」
「北の方角に向かってますね」
ツェンタリアの言うとおり騎士団は北に向かって馬を走らせている。それを見て俺は舌打ちした。
「ヤバいなぁ。あのまま北上したらフェイグファイアの首都からネルン村に急行しているノイの精鋭部隊と鉢合わせするじゃねぇか」
「接触したらあの騎士団の方々は鎧袖一触でおしまいでしょうね」
そうなってしまうと俺の出る幕がなくなり。依頼が無効になってしまう。それは避けたいところだ。
「どうします?」
「先回りして騎士団を叩くぞ。少し北に行ったところに崖に挟まれて道幅の狭くなってる所があるだろう? そこで待ち伏せだ」
「そんな危ない所を通りますかね?」
ツェンタリアの疑問はもっともだ。優秀ではなくとも普通の指揮官ならそんな場所は通らない。だがしかし、先ほどの会話を聞いて、更に部隊の動きを観察する限り、あの騎士団を率いているのは先ほど『腰抜け竜人』発言をしていたあのバカである。
「相手を見下しまくって敵の最大戦力に向かって馬を走らせるアホだからな、通るさ」
◆◆◆◆◆◆
土埃を上げながら騎士団がこちらに向かってきている。
「本当に来ましたね」
「だから言ったろ? ああいう調子に乗るタイプは危機感知能力が希薄なんだって。戦場じゃあすぐ死ぬタイプだ」
俺とツェンタリアは崖の上から少々呆れ気味に間抜けな騎士団を見下ろしていた。
「崖から降りて戦いますか?」
「何で俺があのバカとわざわざ同じ目線に立たなきゃ行けねぇんだよ」
俺は鼻で笑って、右手をスナップ。そしていつぞやのダーツのように武器を宙に浮かせる。
「そ、それで戦うのですか?」
「あぁ、十分だろ?」
俺が浮かしているものを見てツェンタリアが呆れている。まあその気持はわからないでもない。確かに今回の得物はダーツに比べると貧弱……というか多大なおふざけが入っている。
「いくらなんでも相手を舐め過ぎでは」
「まぁ見てろって」
俺はそう言いながら浮かせた武器、爪楊枝を高速で打ち出した。
「グハァツ!?」
崖から打ち下ろされた爪楊枝がビュンと真っ直ぐに飛び、先頭の騎士の兜を強打する。打たれた騎士は一瞬だけ意識を失ったのか馬の手綱を握ったままフラフラとする。
「隊長がやられたぞ!?」「な、何だぁ!?」
不思議がる騎士達の声が俺の耳に届く。1番目立っているのが先頭にいたから試しに狙ったのだが本当に隊長だとは思わなかった。普通は鎧を代えたりするだろう。どうやら危機感知能力だけではなく危機管理能力にも問題がある奴らしいな。
「ほれもう1発」
再び爪楊枝を飛ばすと隊長の隣の騎士もよろめいた。「今度は副隊長が!?」「おのれえええ!」残りの兵士が吠えている。しかし、どんなにあたりを見渡してみてもあんなに見晴らしの悪いところに陣取っていては崖の上にいる俺とツェンタリアに気づけるものではない。
「ほれもう1000発」
次は大量の爪楊枝を騎士団に向けて射出する。しかも、先ほどの隊長・副隊長を撃ちぬいた時のような高速ではない。はっきり視認はできないけど何かが飛んで来ていることがわかる程度のスピードで爪楊枝が飛んで行く。崖の上から雨のようにザアッと現れた大量の爪楊枝を見て騎士団は阿鼻叫喚となった。
馬を方向転換させるべく必死に制御するもの、馬を捨てて逃げる者、中には「あ、あひゃあああああっ!」と悲鳴をあげながらション便を漏らすヤツもいた。
「ほれもう10000発」
楽しくなって第二陣を準備している俺を見てツェンタリアが首を傾げる。
「全員打ち倒すのですか?」
「いや、当たり所が悪くて死なれるのが怖いから当てはしねぇ。例え気絶で済んだとしても、そこにノイが来たら容赦なく全員殺すだろうしな」
その言葉通り騎士団は右往左往しているが最初の隊長副隊長以外は誰一人として打ち倒される者はいない。それを見てツェンタリアが「優しいのですね」と微笑む。
「追い払えって依頼に忠実なだけだよ」
俺は照れくさげに笑った。
やがて意識を取り戻した隊長が「た、退却~!」と指示を出したので俺は爪楊枝を操るのを止め、ツェンタリアとともにそれを見送った。
◆◆◆◆◆◆
「あ、ノイ様がいらっしゃいましたよ」
「先輩お疲れ様ッス」
「ご苦労さまでかまわないぞ。なんたって依頼主の御子息様なんだしな」
「相変わらず先輩は口調は荒いのに真面目ッスねー」
「今は依頼を守ってこその傭兵だからな。さあ、お前も契約を果たしてもらおうか」
「なんか後ろから刺してきそうな黒幕っぽい台詞ッスね。はいどうぞ」
「はいどうも」
俺はノイが懐から取り出したWを倉庫に収める。
「それにしてもこんな崖の上からあんな重装備の騎兵隊をよく撃退できたッスね。普通の竜人達の弓じゃはあの鎧を打ち抜けないってのに」
「まあそこはうまくやったんだよ」
ノイの言うとおりエアルレーザーの鎧は厚く、弓では中々ダメージを与えられない。そこに俺が爪楊枝を使っていた理由がある。
爪楊枝ならば鎧の隙間から入り込んで体に直接当てることができるのだ。だが、この鎧の攻略方法は俺以外には秘密だ。真似をされると4国のバランスが崩れる……最も真似できるのは俺と同等レベルの魔法の制度が必要になるがな。
「それじゃあ俺はこれで」
「あ、お疲れさまッス!」
「お疲れ様か、ノイの方がよっぽど真面目だぜ」
去っていくノイの姿を見て俺がつぶやく。
「そうですね。一人で駆けて来たみたいですし。国民のことを大事に思ってらっしゃるんですね」
「ほんとトレイランツにも爪の垢を煎じてジョッキで飲ませたいくらいだぜ」
俺の言葉にツェンタリアが首を傾げる。
「トレイランツ様がどうかしたのですか?」
「今回の依頼だよ。アイツ村を襲わせてから騎士団を叩けと言ってきやがった」
「えぇ!?」
予想外の言葉に驚くツェンタリア。しかし本当のことだ。
「つまり今回の戦いはトレイランツによって全て仕組まれてたってことさ」
軽く混乱しているツェンタリアに俺は説明をしてやる。
「いいか、まず①ネルン村の兵を行事で撤収してその噂をエアルレーザーに流す。②ネルン村の民はあらかじめ避難、その後エアルレーザーが攻め込んでくる。③そこを俺に叩かせて被害は最小限に抑える。④エアルレーザーを叩いた功績は勇気あるノイの物にする。って感じだな」
「でもそれをやってフェイグファイアはどんな得があるのですか?」
ツェンタリアの疑問に俺は苦笑しながら答える。
「戦いの時の偉いヤツってのはな、大義名分と『あるもの』が喉から手が出るほど欲しいもんなんだよ」
「大義名分と『あるもの』……と言うと優秀な人材とかですか?」
「半分正解、正確には勇者やってた頃の俺みたいな人材だ。勇者ってのも本来は勇気を持っている者って意味だったのにエアルレーザーは正義の意味も含ませて喧伝してただろ?」
「……つまりフェイグファイアのトレイランツ様はノイ様をご主人様と同じような勇者にしたいと?」
「また半分正解だ」
「半分ですか?」
ツェンタリアが首をひねる。世界でただ一人勇者をしていた俺が笑う。
「勇者ってのはな、パーフェクトで無ければならないんだよ。だから今回みたいな場合は例えもぬけの空だとしてもネルン村を守らなくちゃいけねぇんだ。もしも俺がまだ勇者をやっていたならネルンの村には騎士団を一歩足りとも踏み込ませやしなかったらだろうよ」
俺の言葉にツェンタリアな何かを思い出したようである。
「そういえばご主人様も昔、神聖な地という理由だけでとある場所を守らされてましたね」
「よく覚えてるな。まあ、そう言う視点から考えるとトレイランツがノイになって欲しいのは俺みたいな勇者じゃなくて、そうだなぁ……悲劇性も持っている『英雄』ってところだな」
「英雄ですか?」
「ああ、完璧を求められる勇者は死んだら失敗作だが、悲劇性のある英雄は死んでもその存在が補完されるだけだからな」
「自分の子すら道具として扱うとは、トレイランツ様は冷酷なのですね」
少し悲しそうな顔をするツェンタリア、トレイランツに利用されるノイに同情しているのだろう。だが実はそれは違う。
「なーに言ってんだトレイランツはノイが大好きなのさ」
「そうなのですか?」
納得できないと言った風のツェンタリアに俺はなぜそうなのか説明してやる。
「トレイランツは昔から完璧を求められ続けた俺のことをかなり心配してくれていたんだ」
「そういえばパーティーとかでも結構一緒に喋ってらっしゃったみたいですね」
「あぁ、俺はエアルレーザーの騎士団所属だったんで表立った支援は無かったが、それでも辛い戦いには必ず自分のところの兵力を割いて援軍を送ってくれてたんだ」
ツェンタリアは「なるほど……」と考えこむ。
「思い出してみると、いくつかの戦いになぜか竜人が助力してくれていましたね。まさかトレイランツ様が意図的に援助をしてくださっていたとは知りませんでした」
だろうな、俺も今はじめて話したし。
「まあそんなわけだから俺はノイの、いわゆる反面教師ってヤツなんだろうなぁ」
■依頼内容「フェイグファイア領内にある村を襲うエアルレーザー軍を撃退してほしい」
■結果「エアルレーザー騎士団を撃退、その功をノイに譲った」
■報酬「2万W」
投稿し始めてから早寝早起きになりつつあります。いい傾向だと思います。