第11話 食らわせるのは鉄拳か金か
第11話
今日のツェンタリアさん
「クッ! まさかあそこまでご主人様とのスピードに差があるとは思っていませんでした! それにしても10馬身差とは。血統の違いなのか、ニトロが足りないのか、配合が見事ではないのか、研究が必要かもしれませんね」
「ご主人様の本気、久しぶりに見ました。いえ、正確には見てはいないのですがハイデの塔の中であの剣が抜かれたことは離れていた私にも感じられました。ご主人様は優しいのであの剣を抜くときは私に離れるように言ってくれますが……慣れなくてはいけませんね。そしていつかは私がご主人様の剣を抜くのです!」
●依頼内容「私の悩みを解決してくだサーイ」
●依頼主「秘密デース」
●報酬「1万W」
「おやご主人様、もうおでかけになるのですか?」
朝食を終え、俺が身支度を整えているとツェンタリアが話しかけてきた。勇者をやめてからは一緒に仕事に行くことが多かったのだが、今日は俺一人で出かけるのだ。
「あぁ、なんだか知らねぇが今日は依頼主から一人で来いって言われててな」
「一人で……失礼ですが大丈夫なのですか?」
心配そうな顔をしているツェンタリアの頭を撫でながら俺は笑う。当然、大丈夫なように準備はしている。
「一応顔見知りだってのと、たとえ相手の最大兵力を相手にしたとしても、まあ4割の力を出せば勝てるから大丈夫だろ」
「はぁ、それではお気をつけて」
4割というのは流石に相手を舐め過ぎかもしれないが、まぁ半分も出せば完勝できるので大丈夫というのは嘘では無い。その余裕がツェンタリアにも伝わったのか、呆れながらも見送ってくれた。
◆◆◆◆◆◆
「今日は来てくれてサンキューデース!」
「コチラこそご依頼いただきありがとうございます」
俺が豪華な部屋にはいると両手を上げて歓迎の意を示す秘密の依頼主。ちなみにスーツを着ていた前回とは違い俺の格好はジーパンにTシャツ(【鶴リバー】と書かれている)といういつもどおりのラフな格好だ。
「それで秘密にまみれた依頼主様は何をお望みで?」
口調だけで誰かわかるので秘密もへったくれも無いのだが、依頼主は舞踏会に出るような仮面をしている。これは上流階級がよくやる遊びで話している姿を見られたくない時にする格好だ。
普通の感覚を持った人間からすれば仮面被っていようが誰かは丸わかりでふざけているようにしか見えないのだが、上流階級たちは大真面目らしい。
つまり、この秘密の依頼主が今から俺にする話と言うのはあまりよろしくない事らしい。
「実はこの工場の閉鎖を考えているのデース」
その言葉とともにスッとテーブルに差し出されたのは一枚の写真だ。手に取ってみると、なにやら見覚えのある工場が写っている。しばらく記憶の中を検索すると該当する建物がヒットした。
「これは、ブリッツ村の干物工場ですね?」
何度かこの工場で作られた干物を食べたことがある。向こうの世界で作られた干物と遜色の無い味で、買ってきたツェンタリアに「世界を行き来する方法が見つかったのか!?」と聞いてしまったほどだ。
「ハーイ、そのとおりデース。潰してもっと稼げる物を作る工場にしたいのですが閉鎖に反対した職人が立て籠もっているので黙らせてほしいのデース」
「それは……少し失礼な質問になってしまうかもしれませんがよろしいでしょうか?」
「かまいまセーン」
「職人たちを次に建つ工場で再雇用することは出来ないのですか?」
「できまセーン、次に建つのは兵器工場デース」
俺の言葉にクオーレは首を横に振った。その表情は眉毛をハの字にして一見悲しげだが、目には商売人としての炎が宿っており、確固たる決意を感じることが出来た。
「そうですか……」
さて困ったことになった。傭兵としては今回の依頼は難易度の割に報酬が高く魅力的ではある。
しかし、①美味しい干物が食べれなくなること②そもそもこの工場で働いている人間には顔見知りも多いことを考えると断りたいところだ。もしも依頼を受けて俺が職人をノシた場合、俺達はもうブリッツ村にはいられないだろう。当然仕事への影響も深刻なものとなるはずだ。
「……気が乗りませんね」
俺はそう伝えた。
「それなら他の傭兵に依頼するまでデース」
少しは戸惑ってくれると良かったんだが、秘密の依頼主はすぐさま切れ味の鋭い言葉で返してくる。だが俺も負けてはいない。
「私が工場側につくとはとは思わないのですか?」
「その時は秘密の守れない傭兵として言いふらしマース」
痛いところを突いてくる依頼主様だねぇ。仕方ない……と俺は僅かに殺気をみなぎらせながら凄んでみせる。
「じゃあ……俺がこの場でアンタを殺すと言ったら?」
しかし、それでも秘密の依頼主は動じなかった。むしろ目をつぶって「どうぞご自由に」とでも言いたげだ。
「貴方が無抵抗の者を殺すような馬鹿者だったなら、信じたワタクシは大馬鹿者だったまでデス」
伝家の宝刀である脅しも使ってみたがこりゃ負けだな。そこまで言われて殺すほど俺も人間が崩れちゃいない。
「……わかりました、とりあえず受けますよ」
今までの依頼とは違って期限は長い。もしかすると俺には知り得ない悪事が工場で行われている可能性もある。まあゆっくりと調べるさ。
◆◆◆◆◆◆
何事も元気の良い挨拶から始まると言うのが俺のいた部活のモットーだった。特に目上の人と会う時はとびきり元気に挨拶をしろと叩きこまれている。
「失礼します!」
工場長室と書かれた扉を3回ノックした後、相手の「おぅ入れ」と言う返事があったことを確認して俺は中に入った。
「おー丘の上のジーガーさんじゃねえか!」
白い歯を見せながら俺を迎えてくれたのは、ここの工場長のネイドアだ。もっと工場全体が殺気立っているのかと思ったが、ここまで簡単に入ることが出来た。
ネイドアの機嫌も悪くは無いみたいだし、これならなんとか説得できるかもしれないな。
「さすがは勇者様だいね、俺たちを助太刀に来てくれたんだろ?」
「は?」
どうやらネイドアは都合の良い思考回路を持っているらしい。理由はどうあれ第三者的な立場から見れば人の敷地を占領しているのはネイドア達である。例え俺がまだ勇者であったとしても無条件でネイドアにつくことは有り得ない。
「『は?』ってそれじゃあ俺達を立ち退かせに来たのかい?」
「いやそう言うわけでも無くてですね、取りあえずクオーレさんの話だけではなく、ネイドアさん達の話も聞いておかないとって思っただけですよ」
「なるほど冷静かつ公平だねぇ!」
ネイドアはポンと手を叩いて納得している。まあ、悪い奴ではなさそうだ。
「それじゃあキャッシュフローとかありますか?」
「キャッシュ……フロー?」
ものすごいスピードで勢いが無くなるネイドアを見て俺はため息をついた。うん、悪い奴では無いな、頭以外は。
◆◆◆◆◆◆
「これは……」
収支等は残っていたのでそこからバーっと計算して作ったキャッシュフローを見て俺は驚愕した。
「ど、どうですかぃ?」
組み上がったキャッシュフローは全くもって健全、この規模で考えるとあり得ないレベルの収益を上げているのだ。
そのほかに作業日誌等の管理も(ネイドアが知らないだけで)行きとどいており、叩いてほこりが出るような気配は皆無だ。
黙り込んでしまった俺を見て「な、なんかマズいところでもあったんですかい?」っとネイドアが声をかけてくる。俺は思わず「何でこの工場閉めるんですか?」と問いただしてしまった。
「い、いやそれは俺にもわかんねえけどよ。やっぱりジーガーさんから見てもココが閉鎖ってのはおかしな判断なんですかい?」
「おかしいも何も……この工場を潰すようなら経営者失格レベルですよ」
そう言いながら俺は頭を回転させ始め、1つの結論にたどり着いた。
「こうなったら……」
後は行動するのみだ。俺は席を立ち上がり部屋の外に出ようとする。
「ど、どこに行くんですかい?」
「ちょっと家まで」
あとはどうやって話を進めていくかだ……
◆◆◆◆◆◆
「それにしても驚きました。仕事に行ったと思ったら大量の干物を持って帰ってくるんですから」
「お声がけくだされば荷物持ちくらいしましたのに」と言いつつもニッコニコが隠し切れないツェンタリアに「わるいわるい」と苦笑する。
あの後、クオーレのところに行った俺は工場の買収を提案、結構な額をふっかけられたが、十分に支払える金額かつ工場の利益ですぐに回収できる金額だったので、現金一括払いで手を打った。
それをネイドア達に伝えたところ喜ばれて大量のお土産を持たされたというわけである。
◆◆◆◆◆◆
「それにしても商売人ってのはつくづく怖い人種だなぁ」
食事を終え、テーブルに座ってのんびりしているところで俺はポツリと呟いた。
「怖い物なしのご主人様にしては珍しいですね?」
そりゃあ怖くもなるさと俺は説明を始めた。
「まず近隣住民を倒したら俺の損」
「ですね」
「かと言って見過ごすことも出来ない」
「他の傭兵に頼まれたらまずいですからね」
「あぁ、その傭兵を倒してもタダ働き&大口顧客を逃して俺の評判が下がっちまう」
ちょっと考えたあとでツェンタリアが口を開く。
「つまり、ご主人様が話を聞かされた時点で工場を購入させられることは決まっていたと?」
「俺はそう考えている」
「ですがクオーレ様だけでなくご主人様もネイドアさんも得をしたのですから引き分けでは?」
「そこが1番恐ろしいところなんだよなぁ」
俺はイスを後ろに傾ける。
「そうなのですか?」
「商売人ってのは自分だけ勝っちゃいけねえんだよ。売り手・買い手・世間様の『三方良し』ってのが商売の理想的な型でな。その『三方良し』に向かってレールを敷いたクオーレと、走らされてることに気づかなかった俺とネイドアの完敗ってわけだ」
「経験の差でしょうか?」
「あぁ、これが戦いだったらと思うとゾッとするぜ。相手の思惑通りに動かされたんだからな」
「……ですが戦いは商売とは違います。仮にご主人様に真正面から切りかかってくるように誘導することが出来たとしても、それを防げる人間などはいないのでは無いでしょうか?」
ツェンタリアの手が俺の手にそっと重なる。商売というフィールドで負けて落ち込んでいる俺へのツェンタリアなりの激励なのだろう。
その気持は十分に伝わった。そうと解ればいつまでも落ち込んではいられない。
「まあそうだな、得意分野では負けないように頑張るかいね」
俺は席を立ち上がる。
「おやどちらへ? ご一緒しましょうか?」
「風呂だよ」
「ご一緒しましょうか?」
「……」
「……」
無言の後、二人とも脱衣所に向かって走り始める。
ガラガラガチャッ!
間一髪で俺が脱衣所の鍵を閉める方が速かった。危なかった。そして「開けてくださいご主人様!」というツェンタリアの言葉をBGMにして俺は湯船につかるのだった。
■依頼内容「私の悩みを解決してくだサーイ」
■結果「依頼主の悩みを解消した」
■報酬「-9万W」
『各話概要まとめ』は本日の21時くらいまでには更新致します。