表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/108

第10話 英雄は金で買える

第10話

今日のツェンタリアさん

「決して貶めるわけではないのですが、ご主人様は運があまり良くはないような気がします。きっと私に出会えたという幸運で運の9割を使いきってしまったのでしょう!」


「死霊騎士団ベンジョブ、恐ろしい敵でした。ですがそれ以上に恐ろしいのはジュバイ……なんであんな生物がこの世にいることを許されているのでしょうか? あと一応言っておきますが私はムチは嫌いです。ねっとりとした水アメのような言葉で攻められたいのです!」

●依頼内容「領内に逃げたカーカラックを殲滅せよ」

●依頼主「パラディノス国王ヴァリスハルト」

●報酬「4万W」


「それじゃあ行こうかね」


 ジーパンにTシャツ(【HO! SAY!】と書かれている)といういつもの格好で俺は馬状態になっているツェンタリアに跨がる。するとツェンタリアがこれ見よがしにため息をついた。


「……はぁ」


「どうしたツェンタリア、具合でも悪いのか?」


 無視すると後がめんどくさそうなので理由を聞いてみる。


「ご主人様は馬状態の私には乗ってくれるのに、なぜ人間形態の私には乗ってくれないのでしょうか、と思いまして……」


「あぁ、頭の具合が悪いのか。叩 け ば 治 る か な ?」


「じょ、冗談ですってウフフフ」


 俺は「そうかぁ?」と聞き返しつつ首筋をなでてやった。「あぁ……」と今度は恍惚の吐息をもらすツェンタリア。しばらく撫で続けてやると機嫌が良くなっていくのがわかる。


「さて、それではご主人様どうします?」


 ♪でも跳ねていそうなツェンタリアの質問に、俺は「お好きなように」と答えてやる。


「わかりました!」


 言うやいなやツェンタリアはトップスピードで駆け出し。俺の家はあっという間に後方へと過ぎ去った。


「あんまり飛ばしてバテるなよ?」


「ご冗談を、大陸を100周しても疲れはしません」


◆◆◆◆◆◆


 方角だけ指示してしばらく走ったのちツェンタリアが「今日はどちらまで?」と目的地を聞いてくる。「なんかタクシーみたいだな」と思いながら俺は「ハイデの塔だ」と答えた。


「ハイデの塔、パラディノスとエアルレーザーの国境沿いにある物見の塔ですよね?」


 ツェンタリアが走りながら首をかしげる。器用なもんだ。


「前にカーカラックとかいう生物兵器と戦っただろ?」


「ええ、あの増えて成長する厄介な生物ですよね」


「あれの卵が輸送中に孵化して逃げ出したらしい」


「そ、それって大変じゃないですか!?」


 驚いたのか足の運びが乱れるツェンタリア。まあツェンタリアの気持ちもわかる。管理されていないカーカラックが世界に増えてしまったら非常事態だ。だが俺は落ち着いて言った。


「いやヴァリスハルトが言うには、今回ハイデの塔を根城にしたのはネットワークから外れたカーカラックらしい」


「ネットワークから外れた?」


「あぁ、あいつらの経験を共有する能力は何らかの改造を施すことで付加した後天的なもんなんだとさ」


「つまり、今回ハイデの塔にいるカーカラックと戦ってもパラディノスの兵力は強化されないということですね?」


 さすがはツェンタリア、1を聞いて10を知る。説明が省けて助かるねぇ。そんなこんなで話している内に平原の向こうからパルテノン神殿の柱に似たハイデの塔が見えてきた。


◆◆◆◆◆◆


 スッ


 さすがに金持ち国家のパラディノスだ。こんな辺鄙なところにある扉もスッと開いた。これがエアルレーザーだったらギギギと音を立てただろう。そしてフェイグファイアだったら錆びついてまず開くことはないだろう。アップルグンドなら……演出とか言って開けた瞬間にドライアイスが炊かれるだろうな。


「中は暗いですね」


 外が快晴だったためかツェンタリアの言うように塔の中は一層暗く見える。しかし、塔に入る前から集中していた俺にはそこかしこの壁に張り付いている赤い点がハッキリと見えていた。


 赤い点は6つある。


「昨日逃げたのが5体で今日6体ってことは増える速度は約20%ってところか」


「兵の損耗率が20%を超えたら撤退するのが戦いの定石、と考えると厄介な増殖率ですね」


 10年も俺の戦いを間近で見てきたツェンタリアが戦巧者らしいところを見せる。いやほんと話の流れが途切れなくて嬉しい限りだ。ありえない仮定だがジーンバーンだったら「あぁん!? 賢い言葉使うんじゃねえ! 俺に喧嘩売ってんのか!?」とか言うに決まってる。


「だなぁ、まあとりあえず目の前にある問題を片付けようや。さーてどうするか」


 俺は灯りをつけようかとも考えたが、カーカラックが目ではなく、例えば温度で敵の位置を察知する生物だった場合は俺達だけが目がくらんで不利になる。


 では一旦外に出て塔を破壊した後でカーカラックを倒すのはどうだろう。これもまずいカーカラックに逃げ道を作ることになるし、そもそもヴァリスハルトに何を言われるかわかったもんじゃ無い。っとなるとこの暗い状態のままカーカラックを倒す必要があるわけか……


「ツェンタリア、外に出ててくれ」


「え?」


「久しぶりに本気を出す」


 こういうのもなんだが俺は決断は速いほうだと思う。なんてたってツェンタリアの「ご主人様、今日は何を食べたいですか?」という質問にも必ず「シチュー」だの「ハンバーグ」だの答えるようにしているからな。


 ちなみになぜこういう結論に至ったのかと言えば、それは5つの理由からだ。①ツェンタリアは相手の場所を察知できないため暗闇のままだと戦力にならない。②ヴァリスハルトのネットワークに繋がっていないという言葉は信用できないため瞬殺する必要がある。③たまには本気出さないと体がなまる。④本気を出すとツェンタリアを巻き込む可能性がある。⑤は……後述する。


 ツェンタリアは「わかりました」と言ってくれた。こういう時に素直に引き下がってくれるのもありがたい。後で何か美味しい物を奢ろう。


「お気をつけて」


 ツェンタリアが扉を閉めたことを確認した俺は「それじゃあ本気を出しますかね」と呟いて右手をスナップする。すると一振りの剣が出てきた。


「キシャァッ!?」


 カーカラックがざわめき始める。それはそうだろう。ハイデの塔が殺気でいきなり満たされたのだから。


 当然その殺気は俺……というよりは俺の持つ真っ赤に染まった剣から放たれている。俺はニッヒッヒと笑いながら言葉のわからないカーカラックに語りかける。


「よーく見ておけよ。俺がアーレを使うなんてのは年に一回あるか無いかだからなぁ?」


 死剣アーレ、俺が10年間世界を駆けずり回っていた時に、ずっと右手に握られていた剣だ。つまり、この世で一番生物の味を知っている剣である。


「キシャァッキシャァァァッ!」


 そんな剣から発せられる殺気を、鋭敏なカーカラックが察知できないはずがない。


 1体は入り口に立つ俺から逃げるように塔の上へ、もう1体は物陰に隠れ、残りの4体は俺の方へ向き直り、今にも飛びかからんとしている。


 様々な反応を示しているカーカラックだがアーレには共通して本能的な恐怖を感じているのだろう。俺の方を直視することはできないようだ。


 実は口こそ出さないがツェンタリアもこの剣が苦手らしい。それがさきほどの理由⑤と言うわけだ。


「この剣を見てもまだ戦おうとする心意気は買おう」


 俺は剣を構えて哀れなカーカラックに話しかける。念仏代わりだ。


「キシャァァァァァァァァッ!」


 次の瞬間、やぶれかぶれ飛びかかってきた4体に向けて俺は一閃。


「だがその行動は恐怖に体を支配された蛮勇と学べ……あの世でな」


 俺が左手をスナップして死剣アーレを収納するのと、悲鳴と共に4体が崩れ去るのは同時だった。


 そして「よーし、まだなまくらにはなってないな」と言って踵を返したのと、物陰に隠れていた1体が倒れるのが同時だった。


 最後に俺が塔を出て扉を閉めたのと、逃げようとしていた1体が真っ二つになるのも同時だった。


 そしてハイデの塔には静寂が戻った。


◆◆◆◆◆◆


「ご主人様は向こうでどのような生活を?」


「たいしたことねぇよ。学校行って部活行ってこっちに来たってだけだ」


 家路の途中、ツェンタリアに「なにか奢ろうか?」と言ったのだが、ダイエット中なのでと断られた。


 そのかわりと言って飛んできたのが今の質問だ。帰れない俺を慮っているためかツェンタリアが向こうの世界のことを聞いてくるのは珍しい。


「学校というのはこちらで言う兵の訓練所の勉学バージョンと言うのは前に聞いたことがありましたが、部活と言うのは何なのでしょうか? 部隊活動ですか?」


 ツェンタリアの中では奢りと等価の質問なのだろう。結構グイグイ聞いている。


「部隊活動か、まあ当たらずとも遠からずだなぁ」


 ツェンタリアの面白い表現に頬が緩む。確かに俺の入っていた野球部は結構な名門で特に軍隊とも表された守備には定評があった。


 そして規律も軍隊さながらで……それが原因で俺は部を追われたのがそれはまた別の話だ。


「なるほど疑問が氷解しました」


「そうなのか?」


 別に隠し事をしているつもりはなかったのだが疑問を持たれていたらしい。


「えぇ、ご主人様の世界は平和だと聞いていたのに、すぐにこちらの世界の戦いで活躍していたらしいので」


「なるほど、確かに普通の人間に比べれば慣れるのは早かったかもなぁ」


 こっちの世界に来た当初のことを思い出す。いきなり騎士団に配属されてどんなシゴキをされるのかと身構えてたのだが、野球部のシゴキに比べれば天国のようなもんだった。訓練は理不尽なものではなかったし、ジュバイは俺に段階を踏んで訓練をしてくれた。


 まあここだけの話、命の取り合いについては慣れるまでに時間を要したけどな。


「ウフフ、ですが私を乗りこなせるようになったのは遅かったですけどね」


「……ほぅ?」


 すました顔で俺に何かを売り始めたツェンタリア。いや、これは先ほど戦えずに体力が有り余っているツェンタリアからのそういうお誘いなのだろう。


「ハッハッハ、それはツェンタリアに乗るよりも自分で走った方が速かったからな」


 売られた言葉に買われた言葉、期待に添うように俺は口角を上げる。


 俺の言葉に喜びを隠せないツェンタリアが「それでは勝負しますか?」と聞いてきた。「いいぜ、それじゃあ家まで競争だ」の『家』らへんで俺は走り始めた。


「あっ、ご主人様ズルい!」


「戦った分疲れてるからハンデだハンデ!」


「一分も立たずに塔から出てきたじゃないですか!」


 スタートダッシュで出遅れたツェンタリアが必死に追ってくる。なおツェンタリアは人間形態の方がトップスピードが速い。その代わり馬形態は4本足で走るためか疲れが分散され長く走れるらしい。


 だがしかし、いくらツェンタリアが人間形態で勝負を挑んでも相手が俺では分が悪い、悪すぎた……結果は途中からスキップ、最後には大技ケンケンパも繰り出した俺の余裕の勝利。お馬さんの競争的に言えば10馬身差の圧勝だった。


 割と本気でツェンタリアが悔しがっていたのでフォローとして美味しい豚の角煮を振る舞ったのはその日の夜のお話である。


◆◆◆◆◆◆


 翌日、俺はパラディノスの地上要塞ベルテンリヒトを訪ねていた。


「ご苦労じゃったなジーガー」


「お安い御用だぜ」


「報酬は高いのじゃがなぁ」


「……」


 俺は用意された4万Wを黙々と収納し始める。今回の報酬は緊急料金も合わさってかなりの高額であるという理由で、依頼主のヴァリスハルトから直接貰う形を取っている。


 しかし、金額が多いだけならわざわざヴァリスハルトに会いに来る必要性は薄い。別に見てて楽しい顔でもないしな。本命の理由がもう1つある。


「なんでカーカラックなんて使ってんだ?」


 俺はWを収納し終えると、そう切り出した。ヴァリスハルトが目を細める。決して笑っているわけではない。俺の質問の真意を見定めているのだ。


「フォッフォッフォ、残酷なことを聞くでない。ワシのところにはお主やエアフォルクやノイのような英雄がおらんのでな」


「勝利に必要なのは英雄よりも財力と兵力だろ。その点でカーカラックは兵力という目で見れば申し分ない。だがそれも安全に使い続けられるという保証があってこそだ。今回みたいなことが頻発したらパラディノスの強みである財力が吹き飛ぶだろ? それにアンタくらいの人物なら、そこまでして勝ってもパラディノスの財産が破綻して国としての秩序が保てなくなることは分かってるだろ?」


 現にたった数匹逃がしただけで俺に大金を支払う羽目になっているのだ。さらに俺の耳にはパラディノスが国内に大きなカーカラックの研究所を作っているという噂も聞こえてきている。


「……」


 しかしヴァリスハルトはすぐには答えない。


「……」


 俺はヴァリスハルトの言葉を待った。やがて考えがまとまったのかヴァリスハルトがゆっくりと口を開く。


「パラディノスの勝利の後に何も残らなければ意味が無いという考えについては確かにそのとおりだ。しかし、パラディノスが勝利しなければその考えに意味は無い事はお主にもわかるだろう?」


「……まあな」


 言いたいことはわかる。しかしそれでも引っかかるというのが正直なところだ。安全かつ完全に物事を運んできたヴァリスハルトの打つ手にしてはカーカラックは博打に等しい。


 侮れる相手なら「ボケでも来たかな?」とも思えるんだがなぁ……。まあカーカラックには俺がまだ知らない利点があるということなのだろう。


「それともお主がワシに力を貸してくれるというのかの? そうなれば世界を手に入れたも同然なんじゃがな」


「ハッハッッハ買いかぶり過ぎだぜ、老眼にでもなったか?」


「フォッフォッフォ、ワシは年はとらんよ」


 とぼけ始めたヴァリスハルトを見て俺も詮索を止めた。これ以上の会話はパラディノスの軍事機密にも触れるだろう。あとは適当に流して帰るだけだ。っというわけで老眼を遠ざける方法をヴァリスハルトに教えてあげた。


「①親指をピントが合う位置まで近づけて見る②手を伸ばして親指を見る③親指の向こうのものを見るってのを30回すれば老眼は改善するぜぇ?」


「……本心の見えぬやつよ」


 しばらく俺のことを見ていたヴァリスハルトがそう吐き捨てる。俺はあくまで適当なスタンスを崩さずに会話を続ける。


「じゃあ本心で語りますからよく聞いてください。كذاب。」


 絶対にヴァリスハルトにはわからない言葉で微笑みをたたえながら悪口をいう俺。そんな俺を見てヴァリスハルトは「ふん」と鼻を鳴らす。


「それで、効くのか?」


「え?」


「老眼にじゃよ」


「あ、ああバッチリだぜ(気にしてたのか)」


■依頼内容「領内に逃げたカーカラックを殲滅せよ」

■結果「ハイデの塔にいたカーカラック6体を殲滅した」

■報酬「4万W」

10話到達、これからも頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ