第9話 死して残るは骨と金
第9話
今日のツェンタリアさん
「食べ物は好き嫌いが無いのですが、乗り物だけは本当に全般が苦手です。ご主人様は私だけに乗っていれば良いのです。昼も! 夜も! いや夜は乗るのもいいですね!」
「私の愛用しているシャンプーを作っているクオーレ様にお会いできるとは思いませんでした。ご主人様から聞いた話によるとシャンプーだけではなく色々な物を作ってらっしゃるとか……あ、そうそう私達の家の近くにあるブリッツ村の干物工場もクオーレ様の持ち物らしいですよ?」
●依頼内容「アップルグンド軍を迎撃せよ」
●依頼主「エアルレーザー前線基地指揮官ジュバイ」
●報酬「1万W」
今日の仕事場であるエアルレーザー前線基地の最前線に立つ俺のテンションは低い。
「ご主人様、今日は私だけでやりましょうか?」
「いや大丈夫、肉体的な損傷は受けてないから大丈夫だ」
心配しながらも俺の横で微妙に距離を取っているツエンタリアに手をひらひらさせて答える。
そうだ。精神が体に影響を及ぼすのはひよっこだけだ。前線基地に来る途中に犬の糞を踏みかけようが(回避)、作戦本部から出た途端に鳥の糞が降ってこようが(回避)、持ち場につくまでに馬車から泥水引っかけられようが(命中)行動に影響させてはいけない。……例えいつものジーパンとTシャツ(【陸上競技場】と書かれている)がグシャグシャドロドロしていようとも……ぃょぅとも。
「……ごめんやっぱ嘘。正直凹んでる」
「ご主人様……」
右手をスナップさせて早着替えしても、それでは問題を解決したことにはならない。なぜならあれは家の近くにある秘密の倉庫から魔法で出し入れしているものなのだ。そして倉庫から転送できるのは1つと決まっており、無理に出そうとすると前に出していたものが倉庫に引っ込んでしまう。
つまりここで代わりの服を出した場合、もうその日は武器は出せなくなってしまうのだ。俺が戦闘中に半裸になっても喜ぶのはどこぞの馬の精霊くらいなもんだしな。それは避けるべき事態である。
ついでに言うと、物を納める場所も予め決めており、倉庫にいって床の魔方陣を書き換えない限り変えることはできない。なので今着ているグシャグシャドロドロのTシャツを倉庫に送ったらタンスの上から三段目の引き出しに収まってしまい他のTシャツに被害が及ぶ事は火を見るより明らかである。
そのような事態になれば明日の洗濯当番のツェンタリアからどういった仕置きを受けるのか、想像したくもない。
「どっかに水場でもあれば良いんだがなぁ」
あたりを見渡しても、あるのは溶岩のみである。この惨状はエアルレーザーの前線基地に対するシュタルゼの嫌がらせらしい。
俺なら準備さえすればこの溶岩を飲料水にするくらいわけないのだが……まあそれは依頼内容に入って無いからな。それに、この溶岩によってエアルレーザー前線基地の防御力と士気が下がって仕事が発生したんだから恵みの溶岩ってもんだ。
なお、当然俺とツェンタリアは溶岩を浴びても平気になるペンダントを装備している。
「ご主人様なら雨を降らしたり出来ないのですが?」
ツェンタリアが首をかしげる。昔からよく勘違いされるのだが俺も最強無敵では有るが万能では無い。
「俺はツェンタリアと違って人間だから炎や水を操ることはできても0から1を生み出すことはできねぇのさ」
「そうなのですか」
「前に三国の駐屯地を半壊させたときも雷の力を借りてただろ? 言わば風水士みたいなもんだ」
そんなことを言っている間にラッパの音が聞こえてきた。
◆◆◆◆◆◆
俺とツェンタリアは平原を覆い尽くした溶岩に立って敵を待ち構えている。場所的には以前空襲部隊ヴィンドを迎え撃った山よりももう少しだけ先に進んだところだ。少しづつではあるがエアルレーザーはアップルグンドを攻略しているのである。
「やっこさんは戦力を分散させず正面突破を試みるつもりだな」
溶岩のから立ち上る煙こそあれど見晴らしは良いので相手の動きが手に取るようにわかる。敵は今、数百メートル前方に布陣を終えたところだ。
「ご主人様見てください骨が一杯です!?」
敵の陣容を見たツェンタリアが「うわぁ」っという顔をしている。
ツェンタリアの言うとおり俺達の前にズラッと並んでいるのはサキュバスでもサイクロプスでもなく騎士の格好をしたガイコツ達だ。
「そういやアイツがまだ残ってたか」
俺は「厄介な奴が出てきたもんだ」と心のなかで舌打ちをする。
数は100程度と少数なのだが、もちろんアップルグンドの魔王シュタルゼもバカではない。このガイコツ共は100体でも十分に前線基地を制圧できる戦力なのである。
「死霊騎士団ベンジョブだ。数は少ないが手強い相手だぞ……俺以外ならな」
「べんじょぶ、ですか?」
「ああ、昔ベンジョブという高名な騎士がいたんだが裏切りで殺されてな。その怨念に目をつけたシュタルゼが肉体を与えて復讐を手伝い、それ以来アップルグンド軍に忠誠を誓ったって話だ」
「カタカタカタカタッ!」
死霊騎士団ベンジョブがガチャンガチャンと装備を揺らしながら前進を始めた。
「えーっとつまりあの中に一人だけ強者がいるということですか?」
「うーんまあ当たらずとも遠からずだな」
俺がどう説明したもんかと頭をかく。その間にも死霊騎士団ベンジョブの前進は勢いまして突撃と言っても差し支えないほどのスピードになってきた。俺は右手をスナップして大きなハリセンを取り出して構える。
「まあ見てりゃわかるさぁ」
そう言いながら俺は死霊騎士団ベンジョブの中に踊りこんだ。
「まずは……お前だな?」
俺はスルスルスルっと無数のガイコツをすり抜けて赤一色で装備を固めている一体の後ろを取る。コイツがベンジョブだ。
派手だからわかったというわけでは無い。ベンジョブもやられたくは無いので努めて地味な格好をしている事もある。
俺が見たのは動きだ。強い奴ってのは大人数に紛れ込んでいてもは動きが違うからすぐにわかる。他の馬の骨は俺の動きに反応すらできていなかったが、コイツだけは僅かながら反応していた。
「カタカタッ!」
さすがは音に聞こえたベンジョブだ。後ろに回った俺の気配を察知して振り向きざまになぎ払いにくる。
「良い反応だ。だが少し遅かったな」
俺は「フッ!」っという気合いと共にスパパパパーンと両肩、両膝、首の五カ所の関節を一挙に砕く。
「カタカタカタ……」
鎧の隙間から体を固定する部分を砕かれたベンジョブが崩れ落ちたのを確認して俺は跳躍。ツェンタリアの側に戻ってきた。
ツェンタリアは「流石ですご主人様、あとは残った骨を便所に流すだけですね?」と調子に乗るが俺はまだ戦闘態勢を解いてはいない。まだ骨がいっぱい残っているから……ではない。ここからが死霊騎士団ベンジョブの厄介なところなのだ。
「いやいやこれからだぞぅ、じゃなきゃ偉い法典で作ったハリセンなんか出さないっての」
「そうなんですか? っというかなんてもの作ってるんですかご主人様」
呆れているツェンタリアの言葉には答えず、俺は黙って先ほど砕いた骨を指し示す。ツェンタリアは頭に?マークを浮かべているが、しばらくしてベンジョブの骨が紫色に妖しく光りカタカタと揺れ始めたのを見て目を丸くした。
「復活するんですか!?」
「惜しい、ちょっとちがうな。そうだなぁ、復活と言うよりは……」
紫色の光が骨から離れたと思いきや近くのガイコツに噛みついた。噛みつかれた青一色で装備を固めたガイコツがもがく。
「な、仲間割れでしょうか」
「いや、あいつらは仲間でも何でもねえのさ」
しばらくもがいていたガイコツがピタリと動きを止める。そして剣を構えたのだが……
「……あのガイコツ、先ほどご主人様が倒したガイコツと同じくらいの強さですよ!?」
「そりゃそうだ。このガイコツ全員がベンジョブという魂を入れるために用意された器だからな」
説明するとこういうことだ。①ベンショブの体はとっくの昔に消滅しており魂だけが残っている状態。②それを骨に憑依させたのが騎士としてのベンショブ。③ただし筋肉で被われていない骨だけではいくら装備を固めても防御力が心許ない。④それならば近くに代わりの骨を一杯用意しておこうぜと言う考えで作られたのが死霊騎士団ベンショブというわけだ。
だがベンショブにだけ気をつければ良いというわけでも無い。厄介なことにベンショブの魂の劣化コピーが周りの骨にも予め搭載されており、こちらもそこそこの強さを持っているのだ。
つまり劣化コピーを破壊しようとすれば本物に挟撃され、逆に本物を破壊しようとすれば劣化コピーの大群に襲われてしまうのだ……俺以外ならな。
「ガイコツ全員分のベンジョブを倒す必要があるということですか?」
「いやそんなに難しく考える必要は無いぞ」
俺は溶岩を浮かび上がらせ、いくつかの球にまとめた。
溶岩でエアルレーザー前線基地を囲んで干上がらせ、熱さを感じない死霊騎士団ベンジョブで攻めるってのは良い作戦だったんだがなぁ。まさかベンジョブの特性を熟知している上に溶岩を武器にしちまう俺が来るとは夢にも思わなかったんだろうな。
「答えは簡単、ベンジョブ以外の骨を先に砕いておくのさ」
俺は魔王シュタルゼにいささかの同情と多大な感謝をしたあと溶岩の弾を打ち出した。火でもなければ水でもない。ほどよい粘り気のある溶岩は散弾銃の様にガイコツをなぎ倒していく。ほんといいもん用意してくれちゃってありがたいねぇ。
「……それが簡単なのはご主人様だけのような気がするのですが」
「そうかぁ? コツさえつかめば相性いいんだしツェンタリアもできると思うが……」
ツェンタリアと話しながら腕をもう一振り。それだけで死霊騎士団ベンジョブの進軍が止まった。
「ハッハッハ近付くことすらできまいて」
「悪役みたいですね」
「悪いのは今日の俺の運勢と気分だっての」
悔しいのかカタカタと歯を鳴らすガイコツ相手に俺は高笑いをしながら溶岩を撃ちまくる。
「朝からたまった鬱憤を、ココではらさでおくべきか!」
俺が腕を一回振れば五体もの骨が砕かれ崩れる。もう6回振ったので30体は倒しだろうか。現在のベンショブは前に出て盾を使って必死に守ろうとしているがその脇をすり抜けて骨は砕かれていく。
ツェンタリアが「これはひどい」と目を背けようとするが俺は「しっかりと敵を見据えろ!」と怒鳴る。
これはいじめでもスポーツでも無い。戦いだ。接戦よりも完勝、それが最上なのだ。
そして俺は溶岩の弾をノールックでツェンタリアの方に打ち出した。
「ご、ご主人様!?」
驚きながらもツェンタリアは溶岩の弾をなんとか避ける。
「カタカタカタッ!?」
そしてその弾は音も無く忍び寄っていたガイコツの四肢と首の骨を的確に射抜いていた。
「敵を哀れむには十年、目を離すには百年早えぇぞ」
「わ、わかりました」
「カタカタ……」
周囲の骨の半分が砕かれ、不意打ちも失敗に終わって万策尽きたのか、死霊騎士団ベンショブは撤退を開始する。
「さすがベンジョブ、いい判断だぜ」
俺は攻撃の手を止めその撤退を見送る。
「追わないのですか?」
「全滅させろって依頼でも無いからな。それに今度はあいつらと共闘するかもしれないって事も考えるとそうそう恨みを買うようなこともできないねぇ」
死霊騎士団ベンショブが撤退し、静けさを取り戻した戦場には俺たち二人と五十体ほどの崩れ落ちたガイコツが残っていた。
◆◆◆◆◆◆
「ムハハハハハ! よくぞやったジーガー!」
ブヒブヒ騒ぐ前線基地指揮官ジュバイに「はいはい」と言いながら俺は左手をスナップして積まれたWの入った袋を収納していく。
「ジュバイ様の守護する湖国エアルレーザーの前線基地は絶対無敵だムハハハハハ!」
テンションの高いジュバイに「アンタが大将アンタが大将」と適当極まる相槌を打ちながら報告書にサラサラとペンを走らせる
「ムハハハハハ! これでアップルグンド制圧にまた一歩近付いたわ! みておれ、必ずや王都に攻め込み陵辱の限りを尽くしてくれるわ!」
「それじゃあ俺は帰るぜぇ」
「うむ、もう外は暗い、転ばないように気をつけてな」
テントを出たところでツェンタリアが腕を組んでプンスカしだした。
「私、あのジュバイという人間は苦手です」
「ハッハッハ、まあそう言うなって。あんなこと言ってるが自分では勝てないと踏んで自腹で依頼してきたんだんだから」
「そうなんですか?」
俺は依頼文書の依頼主の欄を指し示す。そこにはリヒテールでもエアフォルクでもなく、『エアルレーザー前線基地指揮官ジュバイ』と書かれていた。それを見てツェンタリアも「ほぅ」と意外な風だ。
「アレで結構臆病者だからな。勝てない戦はしないし無闇に兵士を死地に向かわせない。それでいて一番辛いところをいつも担当している中々良い指揮官だぜ。出世はしないけどな」
「でも陵辱するとか言ってましたよ?」
まだ納得しかねているツェンタリアの言葉を一笑する。
「ハッハッハ、あのオッサンがそんなことできるわけねえだろ。アレはホモでマゾだぞ」
「えっ?」
俺の言葉でツェンタリアが固まった。その顔が面白いので更なる事実で追い打ちをかける。
「しかもアレがガチで欲情するのはオークだけだ」
ツェンタリアは長い沈黙の後「世の中は広いんですね……」と言葉をなんとか絞り出した。それについては俺もそう思う。
「……ところでなんでご主人様はそんなにジュバイに詳しいの……まさか!?」
壮絶な勘違いし始めたツェンタリアに「いやいやいやいや」と慌てて首をふる。
「まさかもマゾもねぇよ。あのオッサンとは昔一緒に戦ってた時期があってな。その時に色々あって殴り倒したら興奮し出して大変だったんだよ!」
「そ、そうなんですか。安心したとともに、この前のジーンバーンと併せて世の中への信頼度が大きく下がりました」
「ハッハッハ、俺にそっちの気はないから大丈夫だって。むしろツェンタリアの方がジュバイと共通点多いと思うんだがなぁ」
「え?」
「その心は、どっちも鞭が好きだろ?」
肯定も否定もしづらいなんとも味のある微妙な表情のまま固まるツェンタリアを見て、俺は(半分)冗談だと笑った。
■依頼内容「アップルグンド軍を迎撃せよ」
■結果「死霊騎士団ベンジョブを撃退」
■報酬「1万W」
9話到達。10桁まであと1話、頑張ります。