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第8話 絵に描いた金

今日のツェンタリアさん

「私が不用意に扉を開けたばかりにご主人様を危険に晒してしまいました……これは猛省しなくてはいけません……」


「それにしてもまさかジーンバーン様が来ているとは思いませんでした。ご主人様は予感があったみたいですが……ぐぬぬ、なぜかジーンバーン様の服装の説明が私より長かったし気に入りませんね。よし、ジーンバーン様には今後『様』をつけないように致しましょう。この太陽の輝きのような金髪に真っ白な砂浜のような肌を持ったまるで一流企業の秘書のような扇情的な服を纏ったツェンタリアが、トレードマークのメガネをクイッと上げながらそう決定しました!」

●依頼内容「ワタクシの大事なものを救ってほしいデース」

●依頼主「世界一の大商人クオーレ」

●報酬「5万W」


 ガラガラと車輪が回る。俺とツェンタリアは豪華な内装の馬車に載っていた。革張りの椅子、そしてランプの灯りがユラユラと揺れる車内は落ち着いたシックな趣である。


 しかし、そんな馬車に乗っている俺たちには落ち着きもクソもあったもんではなかった。ツェンタリアはコメカミに指を当てて青い顔をし、それを見た俺は慌てふためいている。


「ご主人様すみません、本当にチョットヤバイです」


 俺はウップとか言っちゃってるツェンタリアを必死に励ます。


「気をしっかり持てツェンタリア。もう少しで目的地だ。このハンカチで額の汗をふいておけ」


「あ、ありがとうございます。……ふぅ。ほんとうにこの馬車は揺れますね。きっと運転手の腕が悪いのでしょう」


 普段は俺を乗せて移動しているくせにツェンタリアは乗り物に弱い。前になぜ酔うのか尋ねたところ、馬車等に乗っていても『自分ならこう動く』という考えてしまい、その考えと実際の動きの微妙な誤差で頭が混乱してくるらしい。


 どうにかしてやりたいとは思うのだが体力が削られているわけでもないので回復薬では効果がない。そして、毒やマヒなどの外的な要因があるわけでもないので万能薬も効きゃしない。つまり俺でもお手上げってやつだ。


「揺れるのは運転手の腕ってよりはこの悪路のせいだろうなぁ」


 俺は窓の外にチラリと目をやる。そこには真っ暗な谷底が見えていた。そう、この馬車は崖にこびり付いたような細く曲がりくねった道を走っているのだ。当然そんな道なので舗装もしっかりとはされておらず揺れも激しい。むしろ、落ちないだけ優秀な運転手だと言えよう。


◆◆◆◆◆◆


「ふぅ、やっと着いたぞぉ。ツェンタリア生きてるか?」


「は、はいなんとか」


 伸びをして振り返るとちょうど馬車からツェンタリアが降りてくるところだった。俺は慌ててフラフラしているツェンタリアに手を差し伸べる。ツェンタリアは辛いだろうに微笑んで「ありがとうございます」と手をとって地上に降り立った。


「途中から『シネシネシネシネ』とか言ってたが大丈夫か?」


「え、えぇ意識を手放すことで自己防衛をしたようですね」


 ツェンタリアは女性らしからぬ言葉は吐けども最後まで物理的なものを吐くことはなかった。意地でもドレスは汚したくなかったんだろうなぁ、アッパレだぜ。


「それで、こちらが今回の依頼人のお宅ですか?」


「ああ、自他共に認める世界一の金持ち、クオーレの御殿だ」


 ツェンタリアは段々と酔いが収まってきているようだ。顔色は依然として良くはないが受け答えははっきりしている。


 俺は目の前にそびえ立つ豪奢な建物を見上げる。横にも縦にも巨大なその建物は白い石で化粧を施され、そこかしこに目もくらむような輝きを放つ金があしらわれている。一言で言うなれば【ザ・成金】ってところだろうか。いいなぁ。


「……キラキラしていますね」


「お、目に光が戻ったなツェンタリア」


 どうやら金のギラギラとした光が目から入って脳に刺激を与えたらしい。顔色はまだ戻っていないが、さっきまで合っていなかった眼の焦点が今は合っている。


「それじゃあ中に入るぞぉ、っとその前に身だしなみを確認しておくか」


「はい」


 ツェンタリアがくるりと回って一確認。ツェンタリアは紺色のマーメイドタイプのロングドレス、髪をアップにして見えるうなじと大きく開いた胸元が目線を奪う。ちなみに俺は特に語るところもないオーソドックスなタキシードってやつだ。


「よしオッケー360度どこから見てもいい女だ。それじゃあ行きましょうかいね……どうした?」


「いえ回転したら再び酔いが……」


「何やってんだか」


◆◆◆◆◆◆


「おお、ジーガー様いらっしゃいデース!」


 執事に案内された一際大きな部屋には、おかしなテンションの壮年の男性が待ち構えていた。この両手を広げている小太りな男が今回の依頼主にして世界一の金持ちクオーレである。


「クオーレ様、本日はお招き頂きありがとうございます」


 わかりにくいが今のはうやうやしく頭を垂れた俺の口から発せられた言葉である。社交用の言葉遣い、完全に猫かぶりモードだ。それを見てクオーレは苦笑しながら「頭を上げてくだサーイ」と言った。


「寛大なお言葉感謝いたします。まさか拙宅まであのような素晴らしい馬車にてお迎えをいただけるとは思いませんでした。日々馬の背に乗り世界を駆け回る私といたしましては、あのような余裕のある時間を持てる事が一番の贅沢であります」


「いえいえ、ワタクシにはツェンタリアさんのような素敵なパートナーはいません。ジーガーさんを羨むばかりデース」


 俺の仰々しい謙遜もクオーレのパートナーを褒めることも社交辞令というやつだ。こういう遊びをすることによって社交界のお偉いさん方は友情(?)を確かめ合うのだ。


「またまたご謙遜を、素敵な馬車でしたよ」


「HAHAHAでも乗り心地は最悪だったでショ?」


「……素晴らしい馬車でしたよ。特にあの椅子に張られた革の手触りが良い、牛ですか?」


 俺はクオーレの仕掛けた言葉の地雷を丁寧に避ける。この言い方なら乗り心地が悪くて酔ったという回答にはならない。


「おお、気づかれましたカ。さすが勇者ジーガー様デース。どうでショおひとついかがデース?」


「ハッハッハ、クオーレさんもお人が悪い、私のお尻にはそのような高級品は合いませんよ」


「ところでクオーレ様。本日ご主人様にいただいたご依頼というのはどういった内容なのでしょうか?」


 俺が『おいおい商売始めやがったよこのオッサン』などと呆れていると、ツェンタリアが助け舟を出してくれた。ツェンタリアはこういう場に出たことがないので思ったことをそのまんま言ったんだろうが、ナイスな発言だ。


「おお、コレは失礼しましたデース。どうぞこちらへ」


 大げさに天を仰いだクオーレは俺たちを部屋の隅にある接客スペースに案内した。


 俺がツェンタリアを紹介したあと、クオーレが本題に入る。


「本日お二人をお呼びした理由はこちらデース」


 俺はスッとテーブルに差し出された写真を手に取った。厳密に言うとこれは写真ではなく、紙に魔力で映像を焼き付けたものである。俺が三国の王の会話を覗いた時に使った魔法ベイルムの応用になるのだが、このように録画した映像を紙に焼き付けることもできるのだ。


「絵画が凍ってますね」


 見たまんまの感想がこれだ。意味がわからないかもしれないが、実際に写真の中には氷原が描かれた大きな絵画が壁にかけられており、演出なのかは知らんが額縁の外まで凍っている。


 絵画を楽しむために家を一軒建てた酔狂な奴がいるって話は聞いたことがあるが、これを意図してやっているのならクオーレも負けず劣らずだ。『金持ちのやることはよくわからんなぁ』などと考えているとクオーレが眉毛を八の字にする。


「本日救っていただきたいのがその絵画なのデース」


「……は?」


 いかん、理解不能な言葉にちょっと素がでてしまった。今回の依頼の対象は人物かペットだと完全に思い込んでいたので面食らった格好である。しかしクオーレは気にしていないようだ、話を続ける。


「この『春のひだまりのスケッチ』という絵画を買ったのは2ヵ月前なのですが、昨日から冷気を吹き出しはじめて困っているのデース」


「は、『春のひだまりのスケッチ』と言うのですか? なんというか斬新なお名前ですね」


 ツェンタリアの言うとおり、どう見てもこの絵画には春の要素もひだまりの要素も無いのだが、言われてみると確かに絵画の下には『春のひだまりのスケッチ』と書かれたプレートがついている。


「これは……」


 どういうことなのか、俺は少し考えこむ。タイトルと内容がマッチしていない絵画、そして先ほどクオーレが言った『この絵画を救ってほしい』という言葉……ここまで考えて俺はハッとした。


「まさか、乗っ取られた!?」


「ど、どうしましたご主人様?」


「いやそんなわけが、だが間違いない!」


 いきなり血相を変えた俺に、置いてけぼりをくらっているツェンタリアが質問してくる。


「俺……いや私の予想が確かならこの絵は……いや、この絵画にはバンデルテーアの遺産が使われている」


「この絵画に古代兵器が使われたと言うのですか!?」


 いつもそこそこ冷静なツェンタリアも驚いている。ソレはそうだろう。魔王シュタルゼのズイデンのように、使い方によっては世界をひっくり返しかねないバンデルテーアの遺産の話だ。それが一商人の絵画に使われたとあっては大事件である。


「だから木っ端ではなく勇者ジーガー様に頼んだのデス」


 クオーレが神妙な顔で頷く。その顔は先程までのちょっとオチャメなオッサンという感じではなく、海千山千の商売敵を叩き潰してきた商人の顔だ。


「受けてくれますカ?」


 殺気を込めた言葉を吐くクオーレの目は俺に向いていない。俺の後ろに控えている執事に向けられていた。ようするに俺は脅されているわけである。


 まあクオーレも俺を相手に回す愚かさは分かっているだろうから、どちからというとこれは俺がビジネスのパートナーとしてふさわしいのかどうかの試験なのだろう。


 だが世界各国のお偉いさんを相手に10年以上外交っぽいことをしてきた俺も負けてはいない。


「なるほど、確かに私にしかできない依頼ですね。どおりで報酬が破格だと思いましたよ。流石は世界一の富豪クオーレ様、良いお金の使い方をなさる」


 あくまでも今までの丁寧なスタンスを崩さずに返す。


 俺の回答の中にあった『私にしか出来ない依頼』という意味を説明するとこうだ。まず世界のトップシークレットであるバンデルテーアの遺産を知っている人物自体が稀である。そしてバンデルテーアの遺産に対抗するには方法は2種類ある。①古代兵器を押さえ込める実力を持っている(俺・エアフォルク・ノイ・トレイランツ他)②古代兵器をうまく扱う知識を持っている(シュタルゼ・ヴァリスハルト他)この中ですぐ動けてクオーレに助け舟を出せるのは俺しかいない。


「HAHAHAそのとおりデース! お金は使いどきが大事デース!」


 あくまで態度が変わらなかった俺の態度に表情を崩すクオーレ。それを見て俺もひと安心する。どうやら俺はクオーレのお眼鏡にかなったらしい。ニッコリと笑いながら立ち上がり、右手を差し出すクオーレ。


「ワタクシ貴方のような人間は大好きデース。頭も財布も貧乏な連中は金で解決しようとする人間を批判しますが、実際には金銭のやり取りが強い信頼を生み仕事の質を上げるのデース」


「同感です」


 俺もクオーレの手を取る。契約成立だ。


「グッドなビジネスパートナーのために装備品を無料でお貸ししマース」


 クオーレがポケットから取り出したリモコンを操作すると本棚が動いて扉が2つ出現する。いいなこれ、ほしい。さすがは世界一の金持ちだ。


「手前の扉が装備品のある倉庫、奥の扉が春の日だまりのスケッチの部屋デース」


 俺はしげしげと出現した扉を観察し、口を開く。


「随分と厳重な部屋ですね。今は解除されていますが普段はいくつか魔法障壁も張られているようで……」


「おうさすがは勇者ジーガー様デース。でもこの部屋のことは内密にしてくれると嬉しいデース」


 いたずら小僧のようにクリクリとした目でウインクするクオーレ。まあ隠すってことは見られたくないような物もあるってことだろう。


 そもそもいくら世界一の金持ちとはいえ、ただの商人であるクオーレがトップシークレットであるバンデルテーアの遺産を知っている事自体おかしなことなのだ。昔の俺だったら問いただしていただろうが、今の俺は傭兵だ。そのような義務はない。報酬も良いしな。っというわけで「わかりましたデース」などと下手くそなウインクを返しておいた。


◆◆◆◆◆◆


 俺たちは猛吹雪の吹く氷原に立っていた。当然ここは絵画の中なのだが……いくらなんでも寒い、寒すぎる。言ってしまえば『何でもあり』なバンデルテーアの遺産はとはいえ、吹雪という自然現象を操ってここまで空間を凍らせていくことができるのは異常だ。一日で絵画の世界から氷が溢れ出たのも納得できる。


「ご主人様、寒いです」


「知ってる。見りゃわかる」


 寒いのが苦手なくせにドレス姿のツェンタリアが震えている。そのくせ服を着込んでモコモコと冬の雀のような俺を恨めしそうに見てくるんだからタチが悪い。


「暖かそうなご主人様を見ると胸がこう……ギュンとしますね」


「ギュンかよ、すげえストレスためてそうだな」


「ああ、サクラになる私が見えます……うふふおいしそう」


「だからもう少し暖かい格好をしろと言ったんだ」


 小粋なホースジョークを言いながら、もたれかかってくるツェンタリアに俺の着ていた防寒着をかけてやる。


 装備の置いてある部屋で色々と物色してみたのだが、流石に俺達がいつも使っているレベルの装備品は無かった。


 しかし何も借りないというのはそれはそれでマズいので防寒着だけ借りたのだ。にもかかわらずなぜツェンタリアがこのような事態になっているのかと言えば「薄着をしたらエロスがないじゃないですか」などと謎の持論を展開したからだ。ツェンタリア……浅はかな奴だ、肌の露出=エロスと言うわけではないだろうに。


「ありがとうございます、さすがご主人様なんだかんだで優しい」


「なんだかんだって何だよ。俺はいつでも仏様のように優しいだろうがよ」


 俺はブツブツ言いながらあたりに見渡す。見渡すと言ってもこの猛吹雪の中では視界は役に立たない。そのため俺は少し集中して魔力を探った。


「ふーむ、確かに強い魔力は感じるんだがボヤッと広がってて場所が分からんねぇ」


 本来ならば魔力が集まっている所が赤く染まって見えてくるのだが、赤よりも薄い朱色がこの氷原一面に伸ばされている感じなのだ。「目の不調かな?」と思いながらむむむっと目を凝らしているとツェンタリアが「ヒァッ」っと飛び上がった。


「ご主人様大変です。地面が呼吸をしています!」


「ハッハッハ、どうした急に詩的なことを言い出して?」


 俺の言葉を遮るように氷原に謎の音が木霊する。


「グオオオオオッ!」


「……そういう事かよ!」


 ちょっと理解が遅れたが、俺はすぐさまツェンタリアを脇に抱えてジャンプする。どうやら間に合ったようだ。次の瞬間には俺達がさっきまで立っていた場所は両脇からせり上がってきた氷で潰されていた。


「グオオオオオッ!」


 先ほどから雪原に響いているのは風の音ではない。モンスターの雄叫びである。モンスターは最初から俺たちの下にいたのだ。氷原だと思っていたモノがめくり上がって固まり、雪の巨人となる。跳躍してまだ空中にいる俺が叫ぶ。


「ツェンタリアァ! ペガサス形態!」


「了解しました!」


 ツェンタリアが一瞬でペガサス形態に変化する。このまま落ちるに任せていたら雪の巨人の格好の的だ。俺はツェンタリアの背に着地した。


「ふぅ、驚いて胸が飛び出るかと思いました」


「元々十分すぎるほど飛び出てんだろうが」


 軽口を叩きあいお互いの無事を確認し合った後、俺とツェンタリアは雪の巨人を見下ろす。


「ご主人様、アレは何なのでしょうか?」


「たぶんアレがバンデルテーアの遺産、雪の巨人ジュネールだ。いわゆるゴーレムってやつだな」


「モンスターが絵に取り付くことなんて可能なのですか?」


 俺はツェンタリアの言葉に「良い質問だな」と笑う。そしてツェンタリアに「ちょっと避けといてくれ」とお願いして説明を始めた。


「いいか、ゴーレムと言うと物質的な存在を思い浮かべるだろうがそれは外側のみで、内部の核となる部分には呪術的な札が存在するだけなんだ。その札を氷の塊に貼れば氷の巨人、溶岩に貼れば溶岩の巨人として登録されるって仕組みなわけだな」


「なるほど、ゴーレムというのは見た目以上に柔軟な運用ができるのですね」


「そのとおり、んでバンテルテーアの遺産の札だと一般的に出回ってる札よりも強力なゴーレムが生まれるって話だ。だから今回の事を詳しく正確に言えば、雪の巨人ジュネールが登録されていたバンデルテーアの遺産の札が絵に接触したってことなんだろうなぁ」


「グオオオオオッ!」


俺の説明中もジュネールはこちらを捕らえようと何度か手を伸ばしてきたが、遅い、遅すぎる。ツェンタリアはスピードには自信がある方だ。対してジュネールはパワーはあるのだが動きは緩慢で、触れるどころか目で追うことすらできていない。適当に手を振り回しているだけだ。


「よぉし、更に翻弄してやれツェンタリア」


「了解ですご主人様!」


 ツェンタリアはヒュンヒュンと速度を速めて空を駆ける。それにつられてジュネールはあっちフラフラこっちフラフラとしている内にバランスを崩した。


「それじゃあ出来の悪いゴーレムくんには退場願いましょうかねぇ」


 完全に後ろを取ったことを確認して俺はツェンタリアから飛び降りた。ちなみに俺が背後を取る事が多いのは、戦いの鉄則というだけではなく、相手に実力差を思い知らせるという意味も含んでいる。


「造られた命に恨みも辛みもあるわきゃ無いが、一撃で終わらせるのが戦士の情けだ」


 落下しながら右手をスナップして小ぶりなトンカチを取り出す。それに周りの雪をまとわりつかせて圧縮、氷の槌を作った。そして、俺はそのまま落下してジュネールの首筋に一撃を食らわせた。三国の陣地を壊滅させた攻撃と同じだ。ただし今回は木刀より威力の高い一撃である。


「グオオオオオ……」


 咆哮したのちジュネールの体にビシビシビシビシッと縦にヒビが入り、俺の着地よりも早く真っ二つに避けた。


「なんだ? 着地と同時に裂けるはずだったんだが、案外もろいな」


 いくら高い威力の槌での一撃だったとはいえ、先ほど見えていた広大な魔力を考えるともう少し保つはずだったんだが……俺は少しの驚きを持って巨人が立っていた空間を見上げていた。力加減を間違えたのだろうか?


「さすがですご主人様」


 人間形態に戻ったツェンタリアが氷踏みしめこちらに歩いて……待てよ、さっき巨人を倒したのになんで氷原がまだあるんだ? 俺はそこで違和感を覚えた。


「グオオオオオッ!」


 俺が答えにたどり着くより早くツェンタリアの左右の氷が盛り上がる。


「そういう事かよっ!」


 本日二度目、ただし先ほどよりも語気強く吐き捨てる。答えにたどり着くのは遅かったがツェンタリアの危機を感じ取っていた本能が一歩だけ足を踏み出していたのが幸いした。俺はギリギリっとその一歩に万の力と魔力を込めて跳ぶ。それだけで俺は一気に距離を詰めツェンタリアのそばに到着した。


「ご主人様!?」


 草食動物の精霊の割には危機に鈍いツェンタリアが今更驚いている。しかし、説明している暇はない。俺は「伏せろぉっ!」と叫ぶ!


 右手に持っていた氷の槌を左手に持ち替える。これなら利き手ではない左手でも氷が砕けるはずだ。右手は……特にいい武器が思い浮かばなかったので素手だ。ツェンタリアを確認すると俺の指示通りしゃがんでくれている。


「最初から2体が重なってるたぁ冬場の布団かよ!」


 ドガアアアンと迫っていた氷壁①を拳で砕き、振り向きざまに氷の槌で氷壁②を砕く。


「グオオオオオッ!?」


 今砕いた氷壁は両腕にあたる部分だったのだろう悶絶してもう一匹のジュネールが少し離れた場所に頭を出す。


 俺は左手をスナップさせ素早くトンカチをしまい、徒手空拳で構える。


「不意打ちが悪いとは言わねぇが、俺をおちょくるようなまねをしやがって、もう情け無用だぞコラァッ!」


 俺は出てきた頭の上まで跳躍、そして地面よ裂けよとばかりに一撃をくれてやった。


「グオオオオオ……」


 巨人が粉々になって消えるとあたりの雪が溶け始め春らしい緑が現れ始める。


「こんどこそしまいだろうなぁ?」


 今度は草の巨人でも出るんじゃないかと警戒していたが、やがて頭上から「皆さんご苦労さまデース!」というクオーレの脳天気な声が聞こえてきた。


◆◆◆◆◆◆


 久しぶりにキッチンに立った俺はトントントンと小気味よく包丁を振るっている。そしてテーブルには帰りの馬車でももれなく酔ったツェンタリアが突っ伏している。


「平気かぁ?」


「たいしょうふてす」


「……」


 ツェンタリアはモゾモゾ動いて気の抜けた炭酸みたいな返事をする。だめだこりゃ。


 なぜツェンタリアが行きの時よりひどい状況に陥っているのかと言えば、先の戦闘で足を引っ張ったことでひどく落ち込み馬車の中でずっと下を向いていたためだ。


「きょうはほんとうにすみませんてした……」


「気にすんなって、俺だってツェンタリアに助けてもらったことは何度もある。そもそも今日だってツェンタリアが飛んでくれなかったら倒すのにもっと時間がかかってただろうしな」


「で、ですがご主人様に料理してもらうなど……」


「寝てろ。生まれたての子鹿みたいに足をガクガクさせながら何言ってんだ」


 無理矢理立とうとしているツェンタリアを制する。しかしツェンタリアも負けてはいない。


「ですが、戦いで助けられた挙句に家事までしてもらったのでは」


 何とか立ち上がったツェンタリアを見て俺は真面目だなぁと笑う。中学の頃の俺は微熱が出ただけで休校していたもんだがなぁ……。


 だがこういう申し出を断って何もさせないというのも下策だ。ツェンタリアは気に病むだろう。っとなると簡単な仕事を頼むが一番だ。


「それじゃあツェンタリアはお皿を出してくれ、木のやつな」


 まあ木の皿なら落としても割れないだろう。


「了解しました」


 鍋と向き合っている俺の後ろからツェンタリアのいい返事が返ってくる。


「おーし、いい返事ってのはいい女の必須条件だ。そしていい女ってのはそれだけで助ける価値があるってもんだ」


「ふふ、そうですね、すてきなご主人様も同じく価値ある方です」


「ハッハッハ嬉しいこと言ってくれるねぇ」


 顔は見えないが声色から微笑んでいるのがわかる。さっきの戦いのことは気にするなという意味を言外に込めたのだが、しっかりと通じたようだ。


「よーし完成、さぁさぁさっさと食って寝ちまえ。明日は休みだ」


 そんなこんなで野菜スティックとジャガイモのスープが完成した。


◆◆◆◆◆◆


 ツェンタリアの体調を考えてなるべく食べやすいものを作ってみたが、どうやら口に合ったようだ。すぐに鍋は空になった。そしてまだ少しフラフラしているツェンタリアをさっさと部屋に押し込む。こうでもしないと『洗い物は私が』とか言い出しかねないからな。


 そして俺は洗い物を始めたのだが、目つきは厳しい。別に洗い物が苦手というわけではない。今日の出来事を思い返しているのだ。


 よくよく考えてみると今回の件は大きな疑問点が2つある。①世界的にも珍しい古代兵器がなぜあれほど厳重に守られているクオーレの絵画に取り付けたのか。②そしてなぜ絵画を見たクオーレが古代兵器だとアタリをつけることができ、すぐさま俺に依頼をしてきたのか。


 ①はまず内部に手引きするものがいたと考えるのが自然だろう。そして②はクオーレが古代兵器について知っていたと見て間違いない。


 つまり今回の犯行はクオーレの自作自演の可能性が高い。だが、動機・目的がわからないのだ。具体的に言えばわざわざ高価な絵画を危険にさらして、更に俺に高額な報酬を渡すのか、その説明がつかない。


 アレだけ用意周到にえげつない商売をしているクオーレが、金持ちの道楽という理由だけで絵画に古代兵器を使って、制御不能に陥ったとも考えにくい。となると「俺とカーカラックを戦わせたヴァリスハルトのように、クオーレも古代兵器と俺を戦わせたかったのか?」という考えも浮かぶのだが、カーカラックと違いジュネールのようなゴーレムは成長しない。これではただのコロシアムに戦いを見に行く客と同じだ。


 なら俺の力量を測ってあわよくば仲間に取り入れたかったのか? これはクオーレが新たな国を建国したがっているとの噂もあるので近い気がしたのだが、クオーレの表情や素振りからはそんなことは微塵も感じ取れなかったし……うーんと唸る俺。


 まあなんといっても相手は商売の世界で百戦錬磨かつ絶対王者のクオーレだ。俺がちょっと考えて手が読めるとも考えづらい。とりあえずは気は抜かない方がいいだろう。


 洗い物を終えた俺は思考を中断しキッチンの灯りを消して自分の部屋に戻っていった。


 あ、そういえばジーンバーンから『借りていた』魔手鈎ヴィンデン(手鈎)は3万Wでクオーレに売れた。やったぜ。


■依頼内容「ワタクシの大事なものを救ってほしいデース」

■結果「春のひだまりスケッチを救った」

■報酬「5万W」

クオーレのしゃべり方についてはヴィッカース社で作られた戦艦ではなく、「○○ボーイ」とか「トムの勝ちデース」とか言ってる方に近いです。

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