第7話 ちょっと借りるぜ死ぬまでな
第7話
今日のツェンタリアさん
「いや~肩が軽いって素敵ですね。おかげでニシンパイも衝撃的な見た目に仕上げることができました。味は美味しいのに見た目が前衛芸術なニシンパイを食べるご主人様の顔、素敵です」
「それにしてもあのカーカラックという生物、厄介ですね。強さや性能も勿論なのですが見ていると言い知れぬ不安を覚えます。あとフォルムが酷いですね。アレ完全にいわゆるひとつの『人を犯す形をしている』生物じゃないですか」
●依頼内容「俺様と戦え」
●依頼主「何だテメェ偉そうに」
●報酬「どうしてやろうかね」
休日の朝は小鳥のさえずりではなく、ちょっと手間の掛かったツェンタリアの料理の香りで目を覚ます。
いつもの格好、ジーパンとTシャツ(【OH美林】と書かれている)に着替えてキッチンにと降りていくと段々と香りが強くなる。
「おはよう、今日はシシャモに味噌汁かぁ?」
「あ、おはようございますご主人様。ええ、そうなんですこんなにプリップリのシシャモが手に入りましたのでさっそく腕をふるっています」
「そりゃあ楽しみだ」
「ええ、楽しみにしてください」
俺は脱衣所にある洗面台で顔を洗う。今日のツェンタリアは機嫌がいいようだ。キッチンで歌っている鼻歌がいつもより3db大きい。
◆◆◆◆◆◆
「ご主人様の子供時代のことを聞かせて欲しいのですが」
「へ?」
子持ちシシャモの話題から派生してそんな質問が飛んできた。というかこれはツェンタリアがこの質問聞きたがって話を誘導してきた感じがするな……。そんな俺の思考を読んだのかツェンタリアはコホンと咳払いをして早口に喋り始める。
「ただの知的好奇心の発露です。決して小さい頃のご主人様ハァハァなどという邪な気持ちはエアルレーザーのメーア湖ほどもございません」
「世界最大の湖級かよ結構でかいな。まあいいけどよ」
痴的の間違いだろ? とも思ったが、メーア湖というのが面白い例えだったので、つい笑ってしまった。まあ別に隠すことでもないから話してやろう。
「ご主人様はいつこちらの世界に来たのですか?」
「召喚されたのが10年前だから高校一年、もとい15の時だなぁ」
「ふむ、さぞかし生意気な少年だったのでしょうね」
「いやいや素直で純朴で将来を渇望されたスポーツ少年だったぜぇ? 俺がこのバットを持てば大抵の相手は震え上がったもんさ」
「それはそうでしょうね。本気で戦えば世界を相手にできるご主人様が得物を持っていてはそこら辺の子供では太刀打ちできないでしょう」
あれ、おかしいな? 何かツェンタリアと話が噛み合わない。もしかしてツェンタリアって俺が昔から強かったと勘違いしてないか?
「待て待て、俺が強く賢くなったのはこっちに来てからだぞ?」
「そうなのですか!? 失礼ながら弱いご主人様というのは中々想像できませんね」
想像できないと言われても事実だから仕方ない。ここだけの話、初めての戦闘訓練で漏らしたしな……。
「惜しい時代を逃しました……その時代にお会いできていたら押し倒して『ご主人様がパパになるのですプレス』が炸裂していたかもしれないですのに」
「おーい?」
さて、そんな話をしているとビーッビーッと警報が鳴り始めた。朝食を作ったツェンタリアが火を止め忘れたというわけではない。家の中の空気が一気に張り詰める。
「侵入警報ですね。誰かが無理やりバリアを破ったようです」
「ってぇことは少しは手応えのある奴か」
家の周りに張ってあるバリアは世界でトップ20に入るツェンタリアに近い実力がなければ破れないような代物だ。それが破られたってことは必然的にそこそこの強さの人物が敵意をもってこちらに向かっているということだろう。
◆◆◆◆◆◆
「誰が出るかなぁ誰が出るかなぁっと」
のんびりと外に出る俺。うん、朝の日差しが気持ちいい。さて、いらっしゃったお客様はっと……。あたりを見回すと一人の人物がゆっくりと丘を登ってくるのが見えた。そしてその人物を見るやいなや俺は「ゲッ」と声を出してしまった。
その人物の種族は竜人。それは別にいい、魔族だろうが天使だろうがウンコだろうが俺は差別をしない人間だからな。
問題なのはその人物の一度見たら忘れないような奇抜なファッションである。体はピッタリとした光沢のある黒タイツで覆われ、腕にはキラリと光る手鈎をつけ、黒い靴にはトゲが何本も生えておりウニのようだ。こんな格好をしている奴はこちらの世界では一人しか知らない。
「ジーンバーンやっぱりお前かぁ……」
俺はうんざりした気持ちを隠さずため息と共に口から吐き出す。正直、家を出る前から警報を鳴らしたのはこのジーンバーンじゃないのか?という予感は薄々していた。
先ほどの説明どおり①ツェンタリアに近い実力を持っている奴ってだけで相当数が絞られるし②その中でバリアを破る必要があるほどの敵意を持っている人物というのはもう数えるほどしかいない。
しかし、『来たのは何らかの勘違いで俺を殺しに来たサキュバスの殺し屋(殺し方は腹上死)かもしれない』という素敵な妄想に一縷の望みをかけてみたのだが、見事に希望は俺の手からこぼれ落ちた。
「ジーガー、貴様、傭兵を始めたようだな?」
ジーンバーンのオツムの中には溢れ出る殺気を隠そうという考えは全く無いようだ。目をランランと輝かせて黄色と黒の気持ちの悪い服を着た男がこちらに向かってくる光景を見て、俺は軽くめまいを覚える。
うん、今が清々しい朝じゃなかったら不快指数MAX、夜だったら完全にアウトな絵面だ。だが嘆いていても仕方ない。俺は気を強く持ち直し「だったらなんだってんだよ?」といいながら右手をスナップ、鉄パイプを取り出す。
コイツ相手に獲物を出さないってのは馬鹿のすることだ。なにしろターゲットに挨拶した次の瞬間には首を刈り取っているような奴だ。普通じゃない。
ニヤリと笑い、武器を構えたジーンバーンの解答は簡潔だった。
「ジーガー、お前を殺す」
ヒュー言いきりやがったこのバカ。おかしな服にヤバイ言動なにより血走っている眼がとてもヤバい。ヤバイオブザイヤーだ。
コイツこの世界に存在させていいのだろうか。人は見た目が九割と言うがこいつの場合は頭の悪さがそのまま外見に出ているので十割と言ったところか。
とりあえず、この変なヤツのことを少ない知識ながら説明してみたいと思う。本当は嫌だけど。
こんな日常生活のことを考えてない格好からもわかるとおりジーンバーンは生粋の戦闘バカで、驚くことにフェイグファイアの機動部隊のトップだ。
機動部隊というと聞こえはいいが実際には暗殺強盗誘拐を一手に引き受ける集団で、血気盛んでガラの悪いフェイグファイア内でも嫌っている奴は多い。ノイも手段を選ばないジーンバーン達を疎んじているのだが、できるのは簡単な注意くらいでジーンバーンを失脚させるまでは至っていない。
これは有力な豪族が集まってできたフェイグファイアという国の成り立ちゆえの辛さだろう。
「行くぞ、ジーガー」
本人的にはもう話すべきことは話終えたということなのか、ジーンバーンはいきなり襲いかかって来た。ガキィッと音をたててジーンバーンの手鈎と俺の鉄パイプが火花を散らす。
「相変わらず情熱的な奴だなぁ。あー気持ち悪い。口臭ぇ」
俺の配慮ある間接的な表現をジーンバーンは黙殺。そのかわりに右足で返事が返ってきた。左手でウニごと骨を砕いても良かったのだが、こいつの武器にはいつも何らかの強烈な毒薬が塗られているので攻撃はせずバックステップで一旦距離をとる。
「やれやれ、何で俺を狙うのかねぇ」
「今、なんと言ったジーガー……」
俺は独り言を呟いたつもりだったのだが、意外に耳聡いジーンバーンが反応を返してきた。どうやら今の発言でジーンバーンはイライラしだしたようだ。
「へぇ、俺には欠片も思い当たる節が全くないが、幸せなお前のオツムの中では俺を狙う理由が形成されているのか。どうせつまんねぇ理由だろうが聞いてやるよ、なんだ?」
火に油を注ぐような言い方をしてるのは当然わざとだ。こういうタイプは怒った方が多弁になるからな。案の定ジーンバーンが怒りに震えた声で意味のわからないことを怒鳴り始めた。
「忘れたとは言わさねえぞジーガー! 四年と六ヶ月と二日前、お前が俺の獲物を傷物にしたんだ!」
「はは、やっぱりお前頭おかしいわ。当時は某国を壊滅するため最前線を飛び回ってた時期だぜ? そんなもん覚えてるわけないっての。そもそもがして傷物ってなんだよ。んなもん俺が半殺しにしたあとお前が残り半分殺せば良いじゃねえかよ」
舌好調である。というかヴァリスハルトとかエアフォルクのせいで知らないうちにストレスが貯まっていたのだろう。スラスラと煽り文句が出てくる。
さて、この煽りに対してジーンバーン君はどう返すのかと期待していると、何やらさらにおかしなことを主張し始めた。
「他人の手がついた奴を殺すことは俺の美学に反するんだよ! 美学を持てジーガー!」
「……」
俺の表情を言葉で表現すると「うへぇ……」という感じだろう。ほんっとコイツめんどくせぇなぁ。勝てばいいだろうが、何言ってんだこいつ。
「ご高説ご苦労様。それじゃあめんどくさいから暴力で解決させてもらうぜ?」
俺はノーモーションから一気に距離を詰め、鉄パイプを降り下ろす。手鈎をクロスさせてガキィッと防ぐジーンバーン。へぇ、4割位マジで撃ち込んだのによく防いだもんだ。
だがしかし前に戦った時と比べてなんか違和感があるな。二撃目もジーンバーンはなんとか防ぐ。「ふーむ動きや攻撃のタイミングは同じなんだが……」と俺は考えこむ。ふむ、やっぱりなんか違和感がある。
「どうした腕でもなまったのかジーガー!?」
俺が難しい顔をしているのを見てジーンバーンは何やら素敵な勘違いをしたようだ。よく言うぜ、俺の攻撃を必死に防いで肩で息してるくせに。ほんとコイツくらい都合のいい考え方できると人生楽しいだろうなぁ。
ジーンバーンが攻勢に出る。だがはっきり言って俺とジーンバーンの実力の差は隔絶している。ジーンバーンの手鈎とウニを俺は簡単に捌いていくが、捌いても捌いてもしつこく攻撃をしてくる。よくまあ疲れてるのにこんなに動けるよなぁ。
丘を縦横無尽に動きまわり、俺の家の玄関前で再び距離を取って対峙する俺とジーンバーン。俺の家にはあんまり近づけたくなかったんだが……前に戦った時以上にしつこくなってやがるな。
「お前なんか……性別でも変わったかぁ?」
「心を入れ替えて修行したのさ、より良く殺すためにな!」
ヒッヒッヒと笑いながら過去に過ちを犯した政治家みたいなことを言っているジーンバーン。
「ハイハイ面白い面白いじゃあ有頂天になってるところ悪いんだがそろそろ終わらせるかね」
さっきからコイツの手鈎に塗ってある毒薬が飛び散ってそこらの草花を枯らしている。こんな所をツェンタリアが見たら悲しみで街の一つくらいは消すかもしれない。
「ご主人様、調子はいかがですか?」
そんなことを考えているとガチャリと扉が開き、当のツェンタリアが顔を出した。「やべ」と声に出した俺を見てジーンバーンが「はっはぁん、そういうことかよ!」となにやら再び勘違いしたようだ。「馬鹿ちげえよ!」という俺の静止も聞かずに右足を鞭のようにしならせウニから針を飛ばす。まずい! ツェンタリアからは扉が死角になって見えていない!
「クッ!」
次の瞬間、トップスピードを出した俺はツェンタリアと針の間に体を滑り込ませ、利き腕の右手でガシっと針を掴んでいた。ソレを見てジーンバーンは喜色満面の笑みを浮かべている。
「ヒッヒッヒ、ジーガー! なんて馬鹿な奴だ!」
「ご、ご主人様、大丈夫ですか!?」
しまった、と悔やんでも遅い。素手で掴んだ針からジワジワと指の感覚が無くなっていくのがわかる。おそらく相手を麻痺させる毒薬なのだろう。
こうなると、さっさと終わらせないとマズいな。俺は涙目になって「ごめんなさい」と言っているツェンタリアを安心させるため、まだ動く左手をポンと頭にのせて努めて明るく笑う。
「ああ、大丈夫だ屁でもない。それでツェンタリアには悪いんだがちょっと喉が渇いたんでペパーミントの紅茶・レモン汁・生姜・砂糖の準備をして待っていてくれ。このバカぶっ飛ばしたらすぐに行くから」
「……わかりました」
まだ涙は収まっていないがツェンタリアは頷き家の中に顔を引っ込めた。この状態で俺の「大丈夫」を信じるほどツェンタリアはバカじゃない。
やせ我慢で言っていることは当然見抜いていたはずだ。しかし頷いてくれた。こういう時でも素直なのは俺を本当に信頼してくれているからだろう。
「随分とあの女が大事なようだな!?」
俺の後ろから不快な声が聞こえる。右手は使えないので武器は出せない。俺は左手の拳に力を込めながら振り向いた。
「ああ、大事にしてるぜ? かわいい女なんてのは星の数ほどいるが、いい女というのは月の数ほどしかいないからな」
一応補足しておくとこの世界には月が3つあって「少ない」=「月の数ほど」という意味の慣用句があるのだ。そんな俺の文学的な表現をジーンバーンの糞野郎は鼻で笑う。
「安心しろよ、お前を殺したらすぐにあとを追わせてやるぜ」
「やめとけ、お前じゃツェンタリアに勝てやしねぇ……それにな」
「は?」
次の瞬間ゴゥっという突風が吹いたかと思うと……ジーンバーンの姿が消えていた。今頃は丘から遥かに離れた空の彼方で遅れてきた痛みにのたうち回っている頃だろう。
「そもそもお前ごとき毒撒き散らし虫にやられる俺でもねぇよ」
突風とは俺の攻撃のことである。今度は後ろにまわり込むなんて回りくどいことはせず、トップスピードで真正面から突進し、ありったけの力を込めた左手で(よく飛ぶように)腹に一撃を入れたのだった。
「さぁて、いい女に頼んだ紅茶を飲みますかね」
ふぅ、と一息ついた後、俺は左肩を回しながら家の中に戻っていった。
◆◆◆◆◆◆
当然夕食の話題はもっぱらジーンバーンの襲撃についてだった。
「そうなんですか、あの時は右手がマヒを……」
再び涙ぐむツェンタリアを「いやぁ、それほどの毒じゃねえよ。ツェンタリアの本気ニシンパイの方がよっぽど強敵だって」とおちゃらけながら慰める。
「だとしてもご主人様はなんでそんなにお元気なんです?」
俺は「ああ、それはな……」と説明を始める。ペパーミントの紅茶にレモン汁と生姜を小さじ1杯、それに砂糖を大さじ1杯入れた物飲めば体の毒が出るのだ。それを聞いてツェンタリアは「なるほど」と感心している。
「ご主人様はそんな知識どこで覚えてくるのでしょうか?」
「ああ、新米の頃に戦場で仲よかった衛生兵から教えてもらったのさ」
◆◆◆◆◆◆
夕食後、オズオズとツェンタリアが訪ねてきた。
「ところでご主人様、そこの壁にかけてあるものは一体何なのでしょうか?」
夕食中もチラチラと見ていた物を指差すツェンタリア。それはジーンバーンが両手につけていた手鈎だ。
「ああ、これか? これは今日の依頼の報酬ってやつだ」
「報酬って誰から……あ、ジーンバーンは賞金首だったのですか?」
「いいや違うな。この場合の依頼主は俺だ。タダで戦うのも癪なんでジーンバーンを殴り飛ばす時にスッておいたんだ」
「えぇ!? お、怒られませんか?」
俺の実力を知り抜いているツェンタリアは俺の早業よりも盗んだことのほうが気になるらしい。
「ハッハッハ、まあ魔靴ジャルデン(ウニ)に比べたら防御ぐらいにしか使ってなかったし、いらんだろ。なぁに借りるだけだ。質に入れたりもするがな」
俺はしてやったりと大笑い。ツェンタリアは小言でも言いたいのだろうが、自分のミスで俺が毒をくらったのは事実なので、こめかみを押さえてため息をついていた。
■依頼内容「俺様と戦え」
■結果「しばらくは動けないだろう」
■報酬「魔手鈎ヴィンデン」
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