最終話 名声も得た金持ち
今日のツェンタリアさん
「あああああ寂しいです! ご主人様の成分が不足しています!」
「よぉ大将! 今日はいいネタ入ってるぜ!?」
「今日『は』じゃなくて今日『も』だろ?」
俺の指摘にネイドアは破顔する。
「ハッハッハ、そりゃそうだ! なにしろこの国の魚は活きがいい!」
俺はネイドアからマグロを丸々購入して城に向かって歩き始めた。俺とツェンタリアが国を作る際に真っ先に声をかけたのがこのネイドアだった。アップルグンドに残された国民のために仕事を誘致したい俺と外海の魚を扱いたいネイドアの思惑が一致した結果、現在では世界に出回る殆どの魚をこの国から出荷するまでに成長した。
◆◆◆◆◆◆
しばらく歩いた所で爆発音、黒い煙をケホケホ噴きながら1人の老人が工房から出てきた。
「やれやれ、また失敗だわい」
「やっぱり無理難題だったか?」
「おぉジーガーじゃないか」
シッグ爺さんだ。会社は後任に託して(ほったらかして)俺の国に移住してきている。なぜ遠く離れたこの国に移住したのかと言えば、『俺の近くにいれば面白いことが起きる』と思っているらしい。
ちなみに俺はシッグ爺さんに、あの戦いで分身ともども潰されてしまった生剣アーレの修復を依頼している。
「安心せい、難題ではあるが無理ではない。まあ死ぬまでにはなんとかしてやるわい。この老いぼれの余生を賭けるにはちょうどエエわ」
全くもって心の炎が衰えないシッグと別れて俺は歩を進める。
◆◆◆◆◆◆
「ほらそこ! ドコに行こうとしてるんだわさ! アンタは今日はエアルレーザーのクライン村にオリーブを運ぶんだわさ!」
「ご苦労さん」
「あ、国王様! ちょっと聞いてほしいんだわさ! この元空襲部隊二代目がサボろうとしてるんだわさ!」
「キーッ! キキーッ!」
メイサの横でガーゴイルが俺に訴えかけてくる。俺は「ふむふむ」と内容を聞いて、メイサに向き直った。
「オリーブアレルギーらしいぞ」
「そ、そんなものがあるんだわさ!?」
「キキーッ!」
「あるある、世の中にはキスアレルギーなんてのもあるくらいだ」
「そ、そりゃ悪かっただわさ。それじゃあコーヒー豆をフェイグファイアに……」
「キーッ! キキーッ!」
「こ、今度は何だわさ!?」
「コーヒーアレルギーでもあるとか言ってるが嘘だから気にしなくていいぞ」
「キキッ!?」
メイサには空襲部隊ヴィンド、地上部隊ヴェルグ、海戦部隊ヴェレイグをまとめた運送会社のまとめ役をお願いした。各地に拠点も作り、今では東端にある俺の城から西端のエアルレーザー王都まで一日で荷物が届くようになった。
「なるほど、この国の物流会社の発展には鬼忍者の影があったのね……」
「こりゃあ明日の一面はいただきだな!」
それを物陰から見守っている新聞記者に戻ったラートと新聞社に入社したヴィッツの事はスルーした。アイツラに近づくと根掘り葉掘りあの手この手で情報を引き出そうとしてきやがるからな……1ヶ月前なんて『王妃との夜の性活』について聞いてきやがった。そのため、ちょっと二人の認識を操作して一週間お互いの顔がジーンバーンに見えるようにしておいてやった。
さて、そんなこんなで俺は自分の城に戻ってきたのである。
◆◆◆◆◆◆
「キャーッパパだー!」
「ゴフッ!?」
部屋を開けると弾丸のような素早さで腹に突撃してきた人物が1人……。
「おかえりなさい貴方様ー!」
「グワッ」
そして扉の背後に隠れていた人物が1人……こちらは両手を俺の首に巻き付かせて(抱き)しめられた。
◆◆◆◆◆◆
「……いいか二人共、意外と自分たちが力持ちだという自覚を持ってくれ?」
「はーい!」
腹に突撃してきた人物が手を上げて元気よくピョンピョン飛び跳ねている。
「わかりました!」
首に全体重をかけてきた人物がその手を取って踊り始める。キャッキャッと楽しそうな2人を見て俺はそれ以上の説教を諦める。まあ仕方ないか。何しろ国内の視察で1週間も城を開けていたんだからな。
「あ、そう言えばご主人様宛にノイ様とエアフォルク様から手紙が届いておりますよ?」
「……おいおいツェンタリア、まだその呼び方は治らないのか?」
「あ、すみません……貴方様」
苦笑しながら慌てて言い直すツェンタリア。
「ごしゅじんさまってなーに?」
その横でツェンタリアを小さくした感じの少女が首を傾げている。その仕草もツェンタリアにそっくりで頬が緩む。
「それはねシェーン、自分にとって大切な人のことをそう呼ぶのよ」
シェーンと呼ばれた少女は「へぇー」と感嘆する。そして俺とツェンタリアに抱きついて「ごしゅじんさまー!」と叫んだ。
シェーンによって距離を縮められた俺とツェンタリアは互いに顔を見合わせクスリと笑った。そして自然と唇を触れ合わせたあとでこう言った。
「おかえりなさいご主人様」
「……ただいまツェンタリア」
◆◆◆◆◆◆
自ら腕を振るったマグロ料理を食べ終えたあと、俺とツェンタリアとシェーンはリビングでくつろいでいた。俺は「そういえば……」とポケットに入れていた手紙を取りだす。
「ノイとエアフォルクから手紙とは珍しいなぁ」
この三年間、結婚子育て国家運営と多忙を極めていた俺達三人は、事務連絡こそ取り合っていたが個人的なやり取りはあまりできていなかった。
「なんだろうな、『嫁とうまくいってない』ってのは無いだろうし……国力が同等の俺に対して金の無心ってのもなぁ……ま、読んでみりゃ分かるか」
俺が椅子に座ってペリッと封を剥がしていると、脇からシェーンがピョコンと顔を出した。手紙に興味津々なようだ。
「パパー、だれからー?」
シェーンがクリクリとした目を俺に向ける。短い手紙を読み終えた俺はツェンタリア譲りの金髪を撫でながら微笑む。
「……シェーンはお出かけしたくないかい?」
「!? パパとママもいっしょに!?」
俺のお腹の辺りで笑顔の花が満開だ。
「あぁそうだ」
そう言って俺はツェンタリアの方に視線を向ける。俺の「いいか?」という視線にツェンタリアも柔らかな微笑みで答える。
「よーしそうと決まれば早速準備だ!」
傭兵時代に戻ったかのように準備を始める俺とツェンタリア。シェーンもお気に入りのヌイグルミを持ってウキウキと右往左往している。
「留守の間の執務はどうしましょう?」
三年間で王妃としての思考が板についてきたツェンタリアが俺に問いかける。
「優秀な賢人様に任せるさ、守りはジュメルツに工作部隊マヴルフもいるしな」
俺もテキパキと指示を出す。あの戦いのあと、俺はいろいろな人材に声をかけて国家に引き入れた。基本的には二つ返事で来てくれたのだが、賢人シュテンゲだけは渋った。しかし、世界図書館をまるまる移転+増築と、あの戦いで俺に魔法をぶっ放していたことをネタにして首を縦に振らせた。今では俺の相談役兼留守のときの執務代役をしてもらっている。
「どこにいくのー?」
俺とツェンタリアとの旅行が嬉しかったのか、肝心な部分を聞いていなかったことに気付いたシェーンが首を傾げる。
「そう言えば私も聞いてませんでしたね?」
つられてツェンタリアも首を傾げる。同じポーズをしている二人を見て俺は苦笑しながら指折り数えて予定を説明する。
「そうだな、まずはフォルストルで森林浴だろ。そのあとはメーア湖で優雅にクルージング。そんでネイベル橋を渡ったあとは……ヴェバイスコロシアムに行くぞ」
「わーすごーい!」
「あんなに喜んで……」
ピョンピョン跳ねるシェーンを見てツェンタリアが目を細める。
「生まれてからずっと国家の運営に駆けずり回ってたからなぁ」
「これからはこういった時間も増やしていきましょうね? 貴方様?」
「ああ……そうだな」
シェーンを見守りながら俺とツェンタリアは固く手を握りあった。
◆◆◆◆◆◆
「おーやってるやってる」
「現在の試合は『瞬迅の獣』ルールフちゃんVS『努力王』オルデンさんですか」
「ルールフお姉ちゃん出てるの!?」
ルールフの名前にシェーンが反応する。たまに城にきて遊んでいたら気があったらしい。よく懐いている。
「ご主人様はこの試合どう見ますか?」
「ツェンタリア、それ本気で言ってんのか?」
呆れる俺をみてツェンタリアが舌をぺろっと出す。その表情が示すとおり試合は一方的だ。素人から見ればオルデンが手数で圧倒しているように見えるのだろうが、ルールフにカスリもしていない。そしてルールフの攻撃は手数が少ないながらも全てクリーンヒットしている。
コレに気づいているのは……以前俺たちがクオーレに連れてこられた特等席で観戦しているエアルレーザー騎士団の幹部連中と両国の王の后、そしてその子供たちくらいだろうな。
「それじゃあそろそろ終わらせるぞ……」
試合はどうやらルールフが締めに入ったようだ。距離を取ってクラウチングスタートの構えをする。
「イックッゾオオオオオ!」
次の瞬間ヴェパイスコロシアムを一陣の風が駆け抜け、「ギャフウウウウウン!」という悲鳴とともにオルデンが吹っ飛んでいった。
攻撃方法は至って単純な体当たりなのだが、その威力とスピードがえげつない。ルールフは若年ながらも既に出会った頃のツェンタリア並の速度を出せるまでに成長していた。
「い、以前よりスピード上がってますね」
「だな。こりゃツェンタリアもウカウカしてられないかもなぁ」
◆◆◆◆◆◆
さて、試合会場では倒れたオルデンの片付けとルールフへのインタビューが終わり。本日のメインイベントが始まろうとしていた。タキシードを着た司会が会場の真ん中に進み出る。
『さあ今宵戦う二人の挑戦者をご紹介いたします。東の方角、エアルレーザー騎士王エアフォルクうううううーーー! そして西の方角、フェイグファイア牙王ノイいいいいいい!』
『ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
会場の右側に陣取るエアルレーザー騎士団、そして左側に陣取るフェイグファイア軍のボルテージが最高潮まで一気に駆け上がった。
「面白いことやってんなぁ」
エアフォルクとノイから来た手紙には一言『決闘しますので3日後ヴェパイスコロシアムまで来てください』と書かれていたのだ。俺の顔をツェンタリアとシェーンが下から覗き込んでくる。
「血が騒ぎますか?」「ますかー?」
俺は苦笑した。「血が騒がない」と言ったら嘘になる。だが今の俺は傭兵ではなく一国の王だ。私闘……ましてやエアルレーザーとフェイグファイアの国王と戦うなんて……。
「ん?」
そんなことを考えている俺にいつのまにかスポットライトが当たっていた。
『そしてその挑戦者の二人を迎え撃つのがああああああ! 世界を救った英雄にしてえええええ! 元最強傭兵いいいいい! ジーガー共和国代表ジーガーああああああああ!』
最高潮を超えて更にヒートアップするコロシアム。特等席にいるジュバイもマルモルもクラニートもパサルトも盛り上がる。その横でフロラインとさっちゃんも手を降っている。その膝の上にいるエアフォルクの息子も、ノイの双子の姉弟も小さな国旗を振っている。
「は?」
「パパ戦うの!?」
事態を呑み込めない俺。その横でシェーンがキラキラと期待に満ちた目で見ている。すると、エアフォルクとノイが自身の武器を俺に向けながら高らかに宣言した。。
「すみません先輩、この戦いには国王不在のまま共同運営されているパラディノスの国土がかかっております」
「自分たちは辞退しようと思ったッスけど、豪族や議会を納得させる必要があるのでこういう形を取らせてもらったッス」
「……」
その宣言……要するに二人による宣戦布告を聞いて俺は黙り込む。それを見たヴェパイスコロシアムが水を打ったように静まり返る。
「あのー先輩怒ってます?」
恐る恐る聞いてくるエアフォルクに俺は口角を上げて答える。
「まあな、本来なら全殺しだ」
エアフォルクとノイの表情が『!?』と固まる。
「だが俺は売られた喧嘩は売られた条件で買う主義なんだ」
俺は執務の中で編み出した早着替え魔法ドドンナを発動。Tシャツ(『おしまい』と書かれている)にジーパンといういつもの格好で闘技場に降り立った。右手をスナップして死剣アーレを取り出す。
「まあ手紙にはノイとエアフォルクだけで決闘するとは書かれていなかったしな……さーてそれじゃあまとめて本気で来いよ? こちとらシェーンの前で惨めな姿を晒したくないんでな!」
「わかりました!」「わかったッス!」
元気よく頷いた若き二人の王が突進してくる。この二人を相手にして勝てる奴は世界にいないだろう……俺以外はな!
■依頼内容「幸せに生きろ」
■結果「今日も明日もこれからも、この世界は平和であり続けました」
■報酬「めでたしめでたし」
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