第99話 切り札と札束
今日のツェンタリアさん
「や、やっと少し頭の中で整理がついてきました。それにしてもアレが過去に猛威を奮ったベアタイルですか……ベルテンリヒト以上に禍々しいですね」
「ご主人様はどうやって原初の巨人アゼンを倒……え?」
●依頼内容「お客様に最高のもてなしを」
●依頼主「俺」
●報酬「喜んでいただくことが最上の喜びです」
『ッ!!!???』
首を掻っ切られた原初の巨人が断末魔すら無く倒れる。あっとも言えない間に勝負はついた。俺はさっさと体を東の方角に向けて歩き始める。
「行くぞツェンタリア」
「……え?」
どうやらツェンタリアの動体視力を持ってしても俺が何をしたのかは見えていなかったようだ。よし、これなら合格だな。
◆◆◆◆◆◆
「やっぱり一体だけじゃなかったか」
俺とツェンタリアはブリッツ平原を見渡せる丘の上に立っていた。大陸のちょうど中心にあるブリッツ平原にはベアタイルが浮かび、それを守るように原初の巨人アゼンが2体召喚されていた。それぞれの巨人に対しているのは騎士王エアフォルク率いるエアルレーザー軍、そして牙王ノイ率いるフェイグファイア軍である。
どちらの陣営もアゼンとの睨み合いが続けている。策を考えているのか、それとも時を待っているのか。
「さあて、エアフォルクとノイがどこまでやれるのか、観戦するかな」
草の上に腰を下ろした俺を見てツェンタリアが首を傾げている。
「エアフォルク様達を助けないのですか?」
「最後には助ける。だがまだ早い。ピンチにならないと高く売り込めないからな」
◆◆◆◆◆◆
さて、まず動いたのはエアルレーザー陣営である。最大戦力であるエアフォルクが騎士団の前に進み出て、いきなりアゼンに向かって必殺技を放った。
『グオッ!』
「エアフォルク様の必殺技が防がれましたよ!?」
アゼンは素早く動いて剣のオーラを白刃取りした。驚くツェンタリアの横で頬杖をつきながら俺は説明する。
「反応速度がズイデンで強化されてる上にカーカラックのネットワークによってエアフォルクの必殺技についての知識も仕入れてるみたいだな。クオーレの奴も用意の良いこった」
しかし、エアフォルクも防がれるのは想定の範囲内だったのだろう。すぐさま周りの兵士に総攻撃を命じた。
「これでアゼンの両手は封じました……さあ、我々騎士団の後ろで震えるか弱き民のために、そして共に戦うフェイグファイア軍に勇気を見せる時です! エアルレーザー騎士団、前進! 各人奮戦し血路を開け!」
エアフォルクの言葉に弾かれたように騎士団が進みはじめた。
「いい発破ですね」
「あそこまで言われて進まないのはよっぽどの臆病者か言葉を理解できないただの馬鹿だ」
両手が塞がり足のみで対応を強要されたアゼンは踏みつけ攻撃で一丸となって進んでくる騎士団の撃破を狙う。しかし、その先頭を走るのは百戦錬磨のジュバイである。アゼンの足が届くギリギリの距離を一瞬で見極め、絶妙のタイミングで騎士団を二手に分けた。
「ムハハハハハ! ジュバイ様の指揮する騎士団が愚鈍な足に潰される訳がなかろう!」
そのまま左右から回り込もうとする騎士団だったがアゼンも判断が早い。すぐさま速度の早い、つまりよく訓練されている右側の騎士団のみに集中することを決定し、今度は蹴りを繰り出した。すると太っちょな騎士が前に出てきて大盾を構える。元三バカの1人パサルトだ。
「一撃くらいなら耐えてみせるッペ!」
ガンっという音がブリッツ平原に響く。少しだけパサルトの体が宙に浮いたが、なんとかアゼンの足が止まった。パサルトの影から残りの2人が飛び出してくる。ノッポのクラニートと女騎士のマルモルだ。
「これはチャンスである! 間違いない!」
「逆にここで狙わなきゃいつ狙うのさ!」
クラニートがアゼンの顔に向けて火矢を乱れ打ち、マルモルがその間に大魔法を放つために魔力を貯める。
『グオォッ!?』
マルモルから巨大な魔力を感じ取ったアゼンは、すぐさまエアフォルクとの力比べをやめて距離を取った。そして右側の騎士団と正面のアエフォルクどちらにも対応できるよう位置を移動する。
「敵もさる者ですね」
「ああ、マルモルの大魔法を危険と判断してサッとエアフォルクとの力比べを打ち切りやがった……だがチェックメイトだ」
「え?」
俺はアゼンが無視した左側の騎士団を指し示して笑う。
「おいおい、数回しか合ったことが無い奴はともかく親友と妹分の顔を忘れてやるなよ」
俺の言葉が終わるのと同時に左側の騎士団の中から3人のローブと頭巾を纏った人物がアゼンめがけて飛び出してきた。後ろからの襲撃に完全に虚を突かれたアゼンだったが、すぐさま体勢を立て直して足払いを繰り出す。両手も自由になり、先ほどパサルトに向けた以上の強力な一撃が三人を襲う。
「遅いし、軽いわね。あの性格の悪い傭兵の方が100倍は痺れる攻撃してくるわ」
しかし、アゼンの一撃は先頭を走っていた小柄な兵士にピタリと止められた。そのローブの隙間から体全体をフル装備で覆った金属の鎧が見える。
「手加減はしてなかったはずなんだがなぁ……」
俺は苦笑した。どうやらアイツとシュテンゲの治療は相性抜群だったらしい。
『グォッ!?』
止めた足に乗って2人の人物がアゼンの体を駆け上がっていく。両手で払いのけようとするがやたら素早い1人がすぐさまアゼンの脇腹に到達し、ドコかで見たようなナイフを突き立てた。アゼンは『グオオオオオオォッ!?』と悲鳴を上げる。
「兄ちゃんにもらったナイフは本当によくきれるな!」
「ジュメルツさんにルールフちゃん!?」
ここでツェンタリアは2人の人物の正体に気付いたようだ。
「それじゃあまさか最後は!?」
視線を戻したその先では脇腹を押さえて顔の下がったアゼンの目鼻の先に最後の人物が到達していた。そのタイミングで頭巾が外れ、紫色のローツインが揺れる。
「アナタに恨みはないんだけど旦那との賭けでねー……悪いけど夜のお楽しみのために眠ってちょうだい!」
ピタリとつけられたさっちゃんの右手が光り、アゼンの顔を吹き飛ばして勝負はついた。
■依頼内容「お客様に最高のもてなしを」
■経過「前菜のエアルレーザー総攻撃でございます」
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