第98話 この世で1番高い買い物
今日のツェンタリアさん
「フッフッフ、何をしましょう……お風呂の続きか同衾か」
「な、なんですか今の爆発は!? とりあえず正門へ!」
●依頼内容「お客様に最高のもてなしを」
●依頼主「俺」
●報酬「喜んでいただくことが最上の報酬です」
「リヒテールッ!?」
エアルレーザー王都の正門前に到着した俺の目に飛び込んできたのは、かろうじて原型をとどめている剣王の姿だった。その横に小さな箱が落ちている。
「これが……」
俺はその小箱を手に取る。間違いない、やはりあの時に俺が運んだ箱だ。
「くそったれ!」
俺は小箱を地面に叩きつけようとしたその時である。小箱から「HAHAHA」という特徴的な笑い声が聞こえてきたのは。
『これで全ての封印が解けたデース!』
「そう言えばお前もベイルムが使えたんだったな、クオーレ」
殺気を込めた俺の言葉にもこの事件の黒幕は動じない。
『とは言え天使兵だったワタシにそれ以上の戦いの才能は無かったデース』
「悪巧みの才能はあったみたいだな」
『勤労に励んだだけデース。その結果として世界を手に入れてしまったとして責められる謂れはありまセーン』
「元主君を裏切っておいてよく言うぜ……カーカラックもお前が持ち込んだんだろ?」
『フッフッフ、投資した金額を回収しているだけデース』
俺の質問に対してクオーレは遠回しに答える。これは人目を気にしての発言ではなく挑発しているのだろう。ならばと俺は言葉をかぶせて嘲る。
「だったらお前は能無しだクオーレ。ついでに言っちまえば世界最低の商人に成り下がったな」
『……どういう意味デス?』
クオーレの声が低くなりデースがデスになった。クリティカルってやつだろう。俺はことさら小馬鹿にした態度で続ける。
「そりゃそうだ。今まで稼いできた金をすべて使っても買えないものを買っちまったからな。それを買っちまった奴はもれなく借金確定、ケツの毛どころか命まで奪われる始末だ」
『HAHAHA。なんと吠えようとワタシは世界を支配できる金と力を手中に収めていマス。金で買えぬのなら力で奪うまでデス』
「残念だがどっちも無理だ。俺の恨みは青天井の値段と強さなもんでな」
『……優れた商人の条件を知っていマスか?』
クオーレは余裕を見せようと平静を装っているが、集中した俺が耳をすませれば内心で腸が煮えくり返っているのは手に取るように分かる。ここで更にやり込めてもいいが、俺はあえて「なんだ?」と聞いてみた。
『優れた商人の条件……それは借金を踏み倒すのが上手いことデスよ!』
クオーレの言葉とともに東の方角で地面が避ける音がした。俺が顔をあげると山の間から巨大な何かが浮上しているのが見えた。
「北のパラディノスの仮王都でカーカラックと戦った天使兵、東のアップルグンドのヴルカン鉱山でゴレーム、南のフェイグファイアの霊峰ゾンネでフリーレン、そして西のエアルレーザーの王都でリヒテールか……ちょっと西だけ豪華すぎやしないか?」
『本当はカーカラックに襲わせた国民の血で封印を解くつもりだったのデス。ですがそれも横槍が入って失敗に終わりマシタ』
「そりゃあ邪魔して悪かったな糞野郎」
『構いませんよ……カスの血を生贄に捧げた所で無意味だったのデスから!』
山の合間から見える何かが光る。次の瞬間、一直線に飛んできた直径30メートルはあろうかという砲弾を俺は蹴り上げた。
「おいおい、今ので俺の恨みの値段が倍になったぞ?」
『HAHAHA踏み倒してみせマスよ! このベアタイルでナ!』
その言葉を最後にクオーレからの通信は途絶えた。
◆◆◆◆◆◆
「ご主人様! あれは!?」
遅れて正門に到着したツェンタリアが東の方を見て目を丸くしている。
「バンデルテーア最後の遺産ベアタイルだ。予想通りエアルレーザーが最後の封印だったらしい。だがそれもリヒテールの死によって解かれちまった。んで世界最低の商人に成り下がったクオーレが俺に向けて宣戦布告の砲弾を撃ってきやがった」
「……え、えぇ?」
ツェンタリアは理解を越えた出来事をズラズラ説明されて反応が鈍くなっている。
「まあ簡単に言えばベアタイルを落とす事になったってわけだ……だがその前に上の奴を片付けないとな」
「上……ですか?」
俺につられて顔を上げたツェンタリアの表情が引きつった。なぜなら上空に蹴り上げた砲弾が真っ二つに割れ、そこから巨人が落ちてきていたためである。
『グオオオオオオッ!』
でかい声を上げながら20メートルはあろうかという巨人が着地する。その姿を見たツェンタリアが首を傾げる。今回の巨人は過去のと違って氷でも土でも草でもできていない。筋肉ムキムキのボディビルダーをそのまま大きくして鎧を着せたような姿である。
「初めて見る巨人ですね?」
「コイツは『原初の巨人アゼン』だな。バンデルテーアが世界に喧嘩を売ったときに使われた尖兵だ」
「それをズイデンで強化した上に、万能炉テアトルで作った鎧を装備させているわけですか」
「更にカーカラックから得た情報を与えてるみたいだな。見ろよ、力任せに暴れる他の巨人と違って自分のリーチを活かした位置取りしてるぜ」
アゼンは俺達から10メートルの間隔で距離を取っている。俺の降った剣は全く届かずアゼンの手足はギリギリで届く絶妙な距離である。それを見たツェンタリアがため息をつく。
「欲張りな巨人ですね」
「だがそれでも俺の実力には届かねぇ」
俺は右手をスナップして輝く銀剣、そして荷物から死剣アーレを左手に取った。
「……久しぶりですね。ご主人様の本気は」
ツェンタリアの言葉を聞いた俺は笑った。
「それじゃあ久しぶりついでに世界でも救うかな」
■依頼内容「お客様に最高のもてなしを」
■経過「ご注文承りました」
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