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第6話 カワイイ子にはお金をかけろ

第6話

今日のツェンタリアさん

「うぅ、まさかリンスを忘れるなんて失敗しました。ですがこのシャンプーの香りは素晴らしいですね。私の金髪もツヤツヤしています。ふむ、どうやらクオーレという会社が作っているそうです。素晴らしい商品を作って頂き感謝ですね」


「あの三馬鹿様、数が減っていたとはいえ地上部隊ヴェルグを抑えこむとは、人は見かけによらないものですね。まあ工作部隊マヴルフには全く気付いていないようでしたが。ちなみに私の使っている空槍ルフトはご主人様からいただいたものです。その他にもご主人様はどこかで集めてきたわからないような強力な装備を持ってらっしゃいます。ご主人様も世に言うオタクという奴なのでしょうか? でもそんなご主人様も知的でカッコいいと思います」

●依頼内容「ワシの生物兵器と戦ってほしい」

●依頼主「パラディノス国王ヴァリスハルト」

●報酬「2万W」


 朝もはよからキッチンでツェンタリアの肩を揉んでいる俺。もちろん仕事のための準備は昨日の夜のうちに済ませ、格好もいつもどおりのジーパンとTシャツ(【栗鼠園】と書かれている)でバッチリである。


「すみませんご主人様に肩をもんでいただいて」


 言葉こそ思いやりがあるように見えるがツェンタリアの口調と表情はまるで畜生に対するソレだ。まあ仕方ない。昨日のベイルムを許してもらうために今日一日なんでもするって言ったのは俺だしな。


「いいってことよ、ちなみに肩もみってのは意味ねぇぞ」


「またそんなことを言って、サボろうとしても無駄ですよ?」


 俺はやれやれと首を振ったあと、衛生兵から昔教えてもらった知識をドヤ顔で披露し始めた。


「実は肩こりの原因は筋肉を覆う膜、筋膜っていうんだが、それにシワができた状態なんだ」


「……おや、ご主人様が少し知的に見えますね」


「実際に頭はいい方なんだがなぁ」


 ツェンタリアは軽口をほざいている俺の顔を見ている。俺が嘘を付いているかどうかを見定めようとしているようだ。まあ気持ちは分からんでもない。俺は気にせず話を続ける。というか俺は肩こりをしない体質なので一度試してみたかったのだ。


「んで肩こりを解消するにはその筋膜のシワを無くすのが重要なんだ」


「どういう意味ですか?」


 ツェンタリアが食いついた。そりゃまあツェンタリアはかなりのモノを持っているから切実な問題だわな。


 俺はツェンタリアの肩を触ってみる。急なソフトタッチにツェンタリアが「んっ」と艶めかしい声を出している。だが「これは治療の一環だ」と俺は自分に言い聞かせて手を動かす。


 ふーむ、なるほど確かにツェンタリアの肩を触っていると一箇所だけ違和感のある部分を発見した。これが筋膜のシワか。


「ここの部分のシワを伸ばしてやるのさ」


 その部分を両手で何度か伸ばした後ツェンタリアに「どうだ?」と聞いてみる。するとグルグルと肩を回したツェンタリアが叫んだ。


「すごいです! 本当に肩が軽くなりました!」


 どうやら成功のようだ。ツェンタリアが「わぁ……」と過去にないくらい喜んでいる。これで少しは機嫌を直してくれるだろう。


 俺は「さて次は」と言って朝食の準備に取り掛かった。今日はまだまだこき使われそうだ。


◆◆◆◆◆◆


「相変わらずご立派な内装だねぇ」


「見張りもそれぞれが死角を消し合っていますね。これでは敵は忍びこむことは難しいでしょう」


「そうだなぁ。お、あのステンドグラス、ありゃあ値打ちもんだぞぉ」


 俺とツェンタリアは大きな建物の中を歩いている。赤い絨毯の引かれた床、神を称えるステンドグラス等の豪華な内装や調度品が目を引くが、ツェンタリアの言うとおりそこかしこに見張りのための窓や矢を射るための場所が確保されており、ここがただの豪華な内装のパーティ会場ではないことがわかる。


「ご主人様、本当にここが今回の仕事場なのですか?」


 ツェンタリアの言葉に俺は頷いた。


「ああ、ここがパラディノスが誇る世界最硬の地上要塞ベルテンリヒト、今回の任務で指定された場所だな」


「依頼人は……」


「ワシじゃよ」


 後ろからいきなり声をかけられてツェンタリアが「キャッ」と可愛い声を上げて跳びはねた。


「よぉ、ヴァリスハルト。相変わらず心臓に悪い登場の仕方してくれてんな」


「ホッホッホ、それくらいで止まるやわな心の臓ではあるまいて」


「いやいや俺は小心者でな夜中にトイレも一人でいないくらいだぜぇ?」


「……ところでワシの腕を離してくれんかな?」


 ヴァリスハルトと呼ばれたジジイが俺に掴まれた自分の腕を指差す。『ワシじゃよ』の『シ』の時点で俺は動いてヴァリスハルトの腕を掴んでいたのだ。『離してくれ』というヴァリスハルトの言葉を無視して、俺はすっとぼけた顔でギリギリと握力を強めていく。


「俺の大事なパートナーの尻を勝手に触ろうとしたこの右腕を、手前勝手に離してくれってのは道理が通らねえんじゃねえかぁ?」


 ツェンタリアを驚かせたと同時にヴァリスハルトの腕がタイトスカートに伸びたのだ。このエロジジイめ。そうでもなければ誰が好き好んでこんな爺の腕なんて触るかよ。


「え? え? あ!? ご主人様ありがとうございます」


 ツェンタリアもようやく事態を飲み込めたようだ。


「ホンの茶目っ気じゃろうて」


 やれやれとため息をつくヴァリスハルト。その態度に俺はカチンと来た。


 ヴァリスハルトの腕を持ったまま後ろにまわってキメる。周りに潜んでいた天使兵がザワつくが、俺の殺気をぶち当てて金縛り状態にしておいた。そしてヴァリスハルトの耳元で囁く。うわコイツ耳の裏臭ぇ。


「おい……ヴァリスハルト、貴様のやっていることはイジメをしている人間が『ただの冗談だった』と言っているのと同じだ。しっかりとツェンタリアに謝れ」


 ヴァリスハルトを突き飛ばしてツェンタリアの前に這いつくばらせる。爺だろうが王だろうが神だろうが構いやしない、俺はこういう言い訳を始める奴が一番嫌いなのだ。


「あたたたた……」


「そんなご主人様、私は良いですから」


 一国の王の四つん這いを前にしてツェンタリアがオロオロとコチラを見ているが、俺はベルテンリヒト中に響かんばかりの声で「さあ!」と一喝する。


 ヴァリスハルトはしばらく「むむむ……」などと唸っていたが、俺の機嫌をこれ以上損ねることの愚を悟ったのだろう、ボソボソと謝罪を述べ始めた。


「ツェンタリア殿、ワシの行動で不快にさせてしまって、すまなかった」


 命がつながったな。もしも謝らなければヴァリスハルト含めたベルテンリヒト中の全ての人員を半殺しくらいにはしたかもしれない。


◆◆◆◆◆◆


「それでじいさん、今日は何の悪巧みだ?」


「悪巧み? すまんが経験のないことを尋ねられても答えられんのぅ」


 俺たちはヴァリスハルトに案内され、ベルテンリヒト内にある訓練場に来ていた。円形の壁に囲まれた訓練場は、これに大きな観客席がついていればコロシアムさながらだ。しかし、訓練場には誰もいない。本来この時間ならここで天使兵達が訓練しているはずなのだが。


「誰もいないが天使兵共は集団サボタージュか?」


「まさか、いくら天使兵が弱兵と言えどもサボらせはせんわい」


「弱兵ですか……」


 自国の兵をあっさりと弱兵と呼びすてたヴァリスハルトにツェンタリアが言葉を飲み込む。だがまあヴァリスハルトがそう言いたくなる気持ちもわかる。


 戦術と重装備が自慢のエアルレーザー騎士団、弓を操り空も飛べるフェイグファイアの竜人、多種多様な種族のいるアップルグンドに比べてパラディノスの天使兵は魔法こそ使えるがはっきり言って弱い。


「だから生物兵器を兵士の代わりに据えるってんだろ。んでその生物兵器とやらはどこにいんだよ?」


 俺は訓練場を見渡しながら答える。この言葉のはツェンタリアとヴァリスハルトの二人に向けている。


「ちょいと待つがよい。もうすぐカーカラックが生まれるでな」


「カーカラックぅ?」


「生まれる、ですか?」


 突如として訓練場真ん中の地面が隆起した。すぐさまツェンタリアが身構えるがヴァリスハルトはホッホッホと愉快げに笑っている。嫌な予感しかしない。そして地の中からヌラリと奇っ怪な生物が這い出てきた。


「なんだありゃ?」


 その生物は人間のように二本足で立っているが、目鼻は無く口だけが大きい。ヌメヌメとした分泌物で白い肌がおおわれテカテカと輝いている……一言で言えば気持ち悪い見た目だ。


 そして、問題なのはそれが俺ですら見たことがなかった生物であるという点だ。


「キシャァァァァァッ!」


 まあ当然言葉も通じそうにはない。「どうすんだよこれ」と思いながらヴァリスハルトの方を見ると、なにやら右手に腕輪をはめてモゴモゴ言っている。


「入れ歯でも外れたか?」


「たわけ、あやつが今回お主の相手じゃ」


「淫猥な見た目ですね」


「……」「……」


 ツェンタリアのストレートな感想に俺とヴァリスハルトの両名はしばし沈黙。


「……」


 何故かカーカラックも沈黙。気を取り直してヴァリスハルトが口を開く。


「この生物兵器の名はカーカラックじゃ」


「キシャァッキシャァァァァッ!」


「なんとまぁ随分とヤンチャなお子さんで」


 嫌な予感が当たってしまい頭をポリポリとかく。ヴァリスハルトは俺の様子など気にせず詠唱を続けている。


「安心せい、この腕輪で操ることができる。例えお主が不慮の事故で死んだとしてもしっかり止めてやるわい」


「そりゃどうも」


 死んだ後で止めんのかよ。俺はヴァリスハルトの形すら成していない善意に対して適当に感謝する。


 そしてツェンタリアに目配せした。ツェンタリアは頷いて炎の壁を張る。炎を操るのはツェンタリアの十八番である。しっかりとツェンタリアがバリアを張ったのを確認した俺はカーカラックに向き直った。


「キシャァッ!」


 どうやらあの腕輪で操れると言うのは本当らしい。カーカラックは後ろにいる糞爺と美女には見向きもせず俺のみを敵と認識しているようだ。


「犬くらいの脳ミソはあるんだろうな?」


 俺の問いにヴァリスハルトはホッホッホと不気味に笑った。


「お主に負けぬくらいはあるぞ?」


 その言葉と同時にカーカラックが突進してくる。


「戦う相手に一礼もできないくせに俺並の脳みそかよ」


 よくわからない奴を相手にするときは、まず観察だ。俺は右に飛んで距離をとる。するとカーカラックは一時停止、そしてゆっくりと方向転換し向かってきた。


「……なんか鈍くさいなこいつ」


 今度は攻撃を見てみよう。


「キシャァッ!」


 カーカラックはこちらに向かってきながら右腕を振り上げた。しかしその動きはお世辞にも早いとは言えない。


 ここから魔法を放つのか、それとも腕を変形させるのか……と身構えていたのだがカーカラックは振り上げた右腕でグーを作りそのまま右腕を振り下ろしてくる。これも遅い。


 いや俺から見ればどんな攻撃も遅いのだがコレは遅すぎる。例えるなら運動神経の無い子供のようなパンチだ。


 しかし、こう見えて実は魔力が込められており破壊力が物凄い場合もある。俺は避けながらもしっかりとガードできるよう気を使って動く。そんな俺を見てヴァリスハルトが茶々をいれてきた。


「あいかわらず毒見役に完食させる王様のように慎重な奴じゃな」


「アンタが信用できないだけさ」


「安心せい。カーカラックはまだ弱い」


 ヴァリスハルトの言う通り、降り下ろした腕は見た目通りの威力だった。空振った拳は地面に穴を開けるでもなく凹ませるでもなく、むしろ地面に負けてボインと弾んだ。それにしても『まだ弱い』ってのはどういう意味なのだろうか。


「含みのある言い方するじゃねえか」


「ご主人様、チャンスです!」


 ツェンタリアの言う通り攻撃をはずしたあとカーカラックは棒立ちになっている。表情が読み取りにくいが、もしかして地面に叩きつけた腕が痛くて放心しているのだろうか。何にせよ簡単に後ろを取れた。


 だが『本当に攻撃しても良いものか』と俺は考える。たしかにコイツは弱い。そして今攻撃すれば確実に致命傷を与えることができるだろう。


 しかし、先ほどのヴァリスハルトの言葉もそうだが、何やらこいつからは不気味な気配を感じるんだよなぁ。悩む俺を見透かしたかのようにヴァリスハルトが口を開く。


「ほれほれどうした、依頼の内容は避けてくれではないぞ?」


「……チッ、ギャーギャー言われて減額されんのは御免だしなぁ」


 俺は舌打ちをしながらカーカラックの後頭部に小指でデコピンをいれた。強さ的にはチンピラを気絶させるくらいの強さだ。


「ギシャァァァッ!」


 俺は「あれ?」と声を出す。かなり手加減したはずのだが、カーカラックは思い切りふっ飛んで訓練場の壁に叩きつけられた。ピクピクとしたあと動かなくなるカーカラック……訓練場にシーンと沈黙が流れる。


 これは……やり過ぎたか? ヴァリスハルトの奴め、本当に弱いじゃねえか。


「やりましたね、楽勝でした」


 俺の気持ちを知ってか知らずか喜ぶツェンタリア。その横でヴァリスハルトは腕を組んだままだ。カーカラックが見せ場なく負けたので不機嫌なのか、それとも……


「これでしまいかぁ?」


 ヴァリスハルトに頷いてほしいなぁという希望は、首を横に降られあっさり崩れ去る。


 むしろヴァリスハルトは「なぁにまだまだここからよ」と意地悪く笑った。俺は「だろうなぁ」とため息をつく。ほんとコイツを聖王って名付けた奴のセンスを疑うわ。いや、こいつのことだから自分で名乗った可能性もあるな、なにしろ不老不死だって噂だし。


 再び地面が隆起、しかも今度は3つだ。


「キシャァァァァァッ」「キシャァァァァァッ」「キシャァァァァァッ」


「量産も可能ってことかい!」


 俺の言葉を待たずに一斉に襲ってくる。あいかわらず挨拶もなし、趣の無い奴らだな。いや、この場合指揮している奴の性格がゲスいのか。


「ホッホッホ、カーカラックは増やせるだけではないぞ」


「そりゃそうだろうよ、増えるだけならワカメだってできる。それだけだったら吝いアンタが高い金だして俺に依頼はしてこないだろうしな」


 軽口を叩きながら三匹の攻撃をよく見て避ける。なるほど、確かにヴァリスハルトの言う通り、今度の奴らは一撃のあとに間髪いれずにもう一撃攻撃してくる。


「先程の奴よりも動きがいいな、こっちのが精鋭なのか?」


 精鋭という言葉は使ったがカーカラックの動きはまだチンピラ程度だ。


「カーカラックに個体などはおらん、個が全、全が個よ」


 俺が『これくらいならなんとななるかなぁ』などと思い始めたところに、ヴァリスハルトの爆弾発言が投下される。相変わらずいいタイミングで最悪なアドバイスをぶちかます奴だぜ。


「マジかよ」


「キシャッキシャッ!」


 そうこう言っている内に段々とカーカラックの動きが早くなってくる。と言うよりは『俺に当てるための最適な動きを覚え始めた』と言ったほうが近いか。


 それでも俺から見れば止まって見えるのだが、この短期間でそこら辺のゴロツキくらいの強さにはなってきている。どうやらヴァリスハルトの言葉はデタラメと言うわけではないらしい。


「個が全? 全が個?」


 どうやらツェンタリアには少し難しい話だったらしい。優しい俺はどんどん精度を増していく攻撃を避けながらツェンタリアにも分かるように説明してやる。


「つまり遠くで仕事してる俺の経験を家で料理作ってるツェンタリアも体験できるってことだな」


「なんですって!? ではご主人がシャワーを浴びているのならその感触を全身で感じ取れるというわけですか!?」


「なんかそう言われると凄い気持ち悪いな」


 なにはともあれ大体の意味は伝わったらしい。一応正確な言い方をするのなら『個人の経験や肉体をカーカラック全体で共有できる』って感じなんだろう。


「さぁしっかりと戦うのじゃぞ?」


「どおりで報酬が高いわけだぜ」


 ウッキウキなヴァリスハルトを無視して「さてどうしたもんか」と俺は考える。ここでカーカラックを攻撃すればした分だけ肉体的に成長するし、このまま避け続けても経験的に成長し、動きが洗練されていってしまう。


 別に成長した所で俺からすれば瞬殺できることには変わりないのだが、カーカラックによってパラディノスの兵力が強化され過ぎてしまうのはなるべく避けたい。せっかく取った4国のパワーバランスが壊れてしまう。


 それはよろしくない、だからと言って仕事の途中放棄ってのは最も避けたい選択肢だ。


 どうにかこうにか相手の力をそのまま相手に返して倒すなんて都合のいい方法がないものか……とカーカラックの攻撃をしながら思案する俺。すると意外とすぐに良い方法を思いついた。さすが俺、冴えてるねぇ。


「ああ、あるじゃねえか!」


「何がですか胸ですかセクハラですか?」


「なんでそういう考えになるかね」


 ガクガクッと体勢を崩す。ツェンタリアめ、ベイルムの事まだ根に持ってやがるな。


「あ、ご主人様あぶない!」


 カーカラックが動いた。まあ相手が目の前で体勢崩したらそりゃ攻撃もするわな。それにしてもツェンタリアには、邪魔をするのか応援するのか態度をはっきりして欲しいもんだ。


「キシャァァァァァッ!」


 本日6度目のカーカラックの攻撃。だが今度は避けはしない。


 俺は少しだけ集中する。するとカーカラックの動きがみるみる遅くなっていく。本気で集中すればコマ送りくらいに見えるのだが、この相手にそこまでする必要はない。


「……よしっ!」


 そこそこ冷静にカーカラックを観察し、攻撃の軌道を完璧に読み終えた俺は、善は急げとばかりに先ほど思いついた考えを実行に移す。


「ギシャァァァッ!」


 千載一遇の好機とばかりにフルパワーで迫るカーカラックの右腕、そしてその攻撃の全体重を支える左足……ここだ。


次の瞬間、ドゴンと言う鈍い音が訓練場に響き渡る。その音の発信源は俺の横の地面だ。そしてその地面には襲ってきたカーカラックの頭がめり込んでいる。


「な、何をしたのじゃ!?」


ピクピクしていたがやがて動かなくなったカーカラックを見て、ヴァリスハルトがやっとこさ動揺してくれた。よしよし、少しは驚いてくれないと張り合いがねぇわな。


「なるほどあの方法ならば成長しませんね」


 世界中でも屈指の実力を持つツェンタリアにはしっかりと俺の行動が見えていたのだろう。ヴァリスハルトの横ではツェンタリアが感嘆している。フッフッフそうだろうそうだろう、もっと褒めろ。


「ギシャァァァッ!」「ギシャァァァッ!」


 残り2体のカーカラックが襲い掛かって来たので俺は再び攻撃を避け始める。そして再び観察……うむ、こちらの目論見どおり肉体的にも経験的にも成長はしていないようだ。


 カーカラックに何をやったのかと言えばこうだ。①まず襲いかかってくるカーカラックの右腕にタイミングを合わせていなす。②そしてバランスを崩したカーカラックが体勢を立て直そうとしたところに足をかけ転がす。


 はっきり言ってしまえばむこうの世界で言うところの柔道や合気道の要領である。相手の力をそのまま返す。この方法ならばカーカラックは肉体的に成長はできない。


 ただしこういった戦法は珍しいものではない。こちらの世界でも同様な戦法はある程度発達しており、カーカラックも見れば学べるはずだ。まあ見れればの話だがな。


「俺は頑固な寿司職人より厳しいからな教えもしないし見せもしねぇぞ」


 俺は意地悪く笑う。


 そう、見れば成長するカーカラックの経験的成長についての俺のアンサーは『カーカラックの反応速度を越えるスピードで動く』という単純なものだった。


 しかしその効果は絶大で実際にカーカラックの経験的成長も封じ込めることに成功した。反応速度については先程の攻撃を避けている途中でしっかりと計ったおいた。その結果、カーカラックは動きは自分だけで洗練していくことができるが、反応速度は自分だけでは上げられないことが解っている。


 以上のことからカーカラック以上の反応速度で相手の力を利用した攻撃をすれば俺の完全勝利となるわけだ。


「キシャァァァァァッ!」「キシャァァァァァッ!」


 カーカラックが距離をとって雄叫びをあげる。一見するとやる気満々な状態に見えるが、実際には腰の引けたただの遠吠え。理解できない強さの相手に怯えているだけだ。


 これくらいの知能を持っている相手なら、数分も戦えば思考は手に取るようにわかるようになる。


「ギ、ギシャァッ!」「ギ、ギシャァッ!」


 だが、怯えながらもカーカラックは攻撃にうつろうとしている。いや『攻撃にうつらされそうになっている』と言った方が的確か。なぜなら、そういう命令が俺の後ろにいる鬼畜爺から出てるしな。


 戦いの最中に置いても、意識の1割位を割いて俺はヴァリスハルトの唱える呪文を解読していた。中々に複雑な呪文でヴァリスハルトほどの魔法巧者でも詠唱は苦労している。


「おいおい、自分を殺しに来た相手と友達になることが最強って偉い人も言ってだろ? 戦わないことも学べよぉ?」


 この言葉はカーカラックではなくヴァリスハルトに向けた言葉だ。しかし、呪文と唱えることに集中しているのか、それとも単純にシカトしてるのかヴァリスハルトはジリジリとカーカラックに距離を詰めさせる。指揮者様はあくまでやる気ということなのだろう。


「ギシャァァァァァッ!」「ギシャァァァァァッ!」


 まぁヴァリスハルトの性格的にカーカラックなんて駒としか思ってないだろうしな。俺は苦笑いを浮かべ、襲いかかってきたカーカラックを待ち受ける。


「まぁ、俺もお前らと友達になる気は更々無いがな!」


◆◆◆◆◆◆


 今日は早く仕事が終わったのでのんびりと家の前の坂道を登っていく。街で買い込んだ食料の袋を持って右側を歩いているツェンタリアが「それにしてもご主人様とヴァリスハルト様は相性が悪いですね、やはり同族嫌悪ですか?」と言うので「やはりもクソもねぇよ、俺の同族は俺だけだっての」と答える。


 それを聞いたツェンタリアがフフッと笑って「ケンカはダメですよ?」と注意してくる。完全に人のことをからかっている口調である。俺はぶーたれて言ってやった。


「そうは言うがな、アイツのとこは女性は全員神様のものとかそういう感じの宗教だぞ?」


「……まぁ世の中にはどうしても性格が合わない人がいますよね」


 しばらく黙った後、ツェンタリアは平凡な答えで話を終わらせた。


「しかしまあカーカラックってのはめんどくさそうだな、あれで生まれて一日目だってんだから嫌になっちまうぜ」


 俺の言葉にツェンタリアも頷く。エアフォルクを100、普通の兵士を1とすればカーカラックは2くらいはあるだろう。だからといって『カーカラックを50体揃えればエアフォルクと互角に戦えるのか』と言えばそう単純なものではないのだが。まあ十分に各国にとって脅威ではある。


「すごいですよね、私なんて生まれた頃の記憶なんてありませんよ」


「へぇ精霊でもそうなのか?」


「自我に目覚める前の記憶はおぼろげなんですよ」


「はーそういうもんなのかぁ……まあなんにせよカーカラックの学習スピードがこれ以上速くならないことを祈りたいもんだな」


「そうですね、数を増やせることも勘案するとかなりの戦力がパラディノスに出現することになりますし、厄介ですね」


「ああ、そして更に面倒なのは俺を使ってカーカラックの教育と、戦力の喧伝と、各国への牽制を一気にやっちまったヴァリスハルトがその戦力を握ってるってことだな」


「え?」


「なんだツェンタリアも気づいてなかったのか? あの訓練場の客席みたいなところに新聞記者がいたんだぜ?」


「ぜんぜん気づきませんでした」


「まあ某国の特殊部隊にいたみたいだからなぁ。あ、ちなみに前に俺が傭兵を始めるって記事を書いてくれたのもソイツな」


「それは、ぜひともいつかお会いしたいですね」


 俺は「まあそのうちな」と答えて思案に入る。


 さて、困ったことになった。ヴァリスハルトのことだから記者に金を握らせて明日の新聞一面は【ジーガーとパラディノスの新兵器カーカラックの一騎打ち】で内容は【ジーガーとの一騎打ちでカーカラック手応えを感じたパラディノスは今後実用化に向けて量産に乗り出す予定だ】とかなりパラディノスに傾いた記事を書かせるだろう。


 本来隠すべきカーカラックという新戦力を公開することによってパラディノス国境付近にちょっかいを出している他の三国に対してヴァリスハルトは強烈な牽制をしたのだ。


 こういうことを考え、そして実行できるヴァリスハルトが唯一の弱点だった兵力を克服したというのは今後の展開に大きく影響をおよぼすだろう。となってくるともう一度各国の戦力を分析しなおして……いやそもそもあのカーカラックって生物は何なんだ……色々と考えを巡らせているとツェンタリアが手を繋いできた。


「まだあの約束は有効ですよね?」


 あの約束、つまり今日一日なんでもするという約束だ。


「……あ、あぁ」


 俺は頷いた。


「でしたら家に帰るまでは私とお話してください」


「……そうだな」


 俺は「ありがとう」と言って手を握り返した。


「ところでツェンタリア、今日の夕飯は何だ?」


「はい、ニシンパイです」


「げっ」


 味はうまいのだが見た目が強烈な料理の名前に俺の足が止まった。いやまだ見た目が強烈になるとは限らないはずだ。ツェンタリアの腕ならきっと綺麗なニシンパイを作ることも十二分に可能なはず……しかし、俺はあの約束をなぜ結ばされたかを今更ながらに思い出す。


 横を歩くツェンタリアが目を細める……その目は笑っていない。


「安心してください味は保証します。ですが今日は特別強烈な見た目にしますので、しっかり食べてくださいね?」


「はい!」


 カーカラックよりも恐ろしいヴァリスハルトよりも恐ろしいツェンタリアに、俺は震え上がった。そしてツェンタリアには過剰なイタヅラはしまいと固く心に誓ったのだった。


 ……一応言っておくとかわいいイタヅラはする。本人もなんだかんだで喜ぶし。


■依頼内容「カーカラックと戦ってほしい」

■結果「成功」

■報酬「2万W」

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