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死止め人《デス・キーパー》  作者: 小日向 日向
そして始まる死の物語
7/9

第7話 死が踊る 前編


 ザワザワ、ザワザワ。


 休み時間ということもあるだろう。喧騒の中、廊下に出ている生徒が幾人かこちらを見てはヒソヒソと話している。小学生か。見知らぬ顔がいたくらいで騒ぐなっての。


「あ”ぁ”あ”!煩わしいな………」

『落ち着け秀!いちいちささくれ立つな!』


 エルは俺の顔の前でひょいひょいと飛び回り、俺の機嫌を落ち着かせようとしている。……別になにかしたりはしないつもりだ。だから視界を遮るのはやめてほしい。


「わかった……。わかったっつの!前が見えない!」

『ん………、あそうかすまん』


 エルはどうやら少し落ち着いたみたいで浮遊高度を下げていく……。と下がりきる前に誰かとぶつかってしまった。相手は軽く、俺に当たったでけで尻餅をついてしまう。


「ッ―――悪い」

「あ、いえ………って、え………」


 俺がぶつかってしまった人―――ショートボブの少女に手を伸ばす。少女は手を取ると立ち上がり、俺の顔を見て固まった。幽霊でも見たかのようだ。ちなみにうちの幽霊は足元でうなだれている。首を下げることで謝罪のつもりらしい。

 少女の方は多分、初めて見る顔に驚いているのだろう。ヒソヒソ話の生徒たちと同じだ。


「大丈夫か?」

「あ、はい」


 一見するが、足をひねった……、とかは特になさそうだ。


「悪かったな……。じゃ」

「あ………」


 すぐそこの教室に入る。廊下は居づらくて仕方ない。1-3のプレートは確認済み。ここが俺の教室らしい。

 俺の席はどこだ……?席を立っている生徒が多く、どれが空きの机なのか判別がつかない。ガヤガヤとしていたクラスの生徒たちは、はじめこそ、俺を誰かと話しに来た他クラスの友達かなんかかと思っていたみたいだが、俺が入口につったって何度も周りを見回しているのを見て、こちらに注目し始めた。居心地が悪い……!


「あ、あの………!」


 後ろから呼びかけられて振り向いてみれば、目の前に立っていたのは今さっきぶつかってしまった少女だった。


「日宮……秀くんだよね………?」


 今度は俺が目を見開く番だった。


「そうだが……君は?」

「あ……と………。ひ、久しぶり……かな。私、小学校の時同じクラスだった、瀬戸(せと)彩花(あやか)……だよ………。覚えてない……かな?」


 小学時代……?

 思い返してみるが全然覚えがない。そもそも俺は交友関係が浅く、世間一般に言う友達なるものがいたことがない。半年前まで通っていた中学のクラスメイトだってろくに顔を覚えていなかったのだ。わかるはずもなかった。


「悪いな」

「あ………。そっか……そうだよね………」

『なんだよ坊ちゃん、冷たいやつだな』


 エルマーが耳元で囁いてくる。冷たいと言われてもどうしようもない。覚えていないものは覚えていないんだ。


「うるさいな」

「え………あ、ごめんなさい」


 ついて出てしまったエルへの悪態を瀬戸が勘違いして誤ってきた。ただでさえ弱弱しそうで小柄な体が、一層縮んでしまったように見える。


「あ、いや、その、違うんだ。悪い」


 エルとの会話は控えなくてはならないな。傍からみれば俺は独り言を呟く狂人になるわけだ。生き直すもへったくれもなくなってしまう。

 俺は瀬戸に対して謝ってばかりいるな。


「……いきなり声かけてごめんね。席………わからないのかなと思って」

「ああ、そうなんだ。悪いが俺の席を教えてくれないか」

「日宮くんの席はあそこ。窓際の一番後ろの席だよ」

「助かった」


 瀬戸の好意に甘えて席を教えてもらう。礼だけ述べると俺は早速席へと向かった。俺が歩くと、クラスメイトたちはこちらに注目しながらも道を開けてくれる。視線は努めて無視して教えてもらった席までつくと、腕を枕に窓へ顔を向けて机に伏した。


「もう疲れたな」

『坊ちゃん………』


 七姫から頼まれたのは護衛だけだ。人間関係は適度にやっていこう。


「あ……あの!」

「………なんだ」


 どうやら瀬戸がついてきていたようようで、決意のこもった声をかけてくる。正直驚いた。……エルマーとの会話、聞かれてないよな?


「忘れられてたみたいで……その………ちょっぴり寂しかったりもするけど……。これからよろしくね、日宮くん!」

「……ああ」


 俺が返事し終えるとともにチャイムが鳴り始めた。生徒たちは一斉に自分の席へと帰り始める。瀬戸はまだ何か言いたそうにしていたが、やがて諦めたのか、「じゃあ、またね」とだけ言い残して去っていった。彼女の席は教卓前の最前列のようだ。


「ども。日宮クン♪モテモテだな。俺は笹木(ささぎ)亮馬(りょうま)!これからよろしく♪」


 皆が着席する中、軽薄そうな隣の男が声をかけてきた。俺は体も起こさず、視線だけくれてやると「ああ」と返しておいた。



 *



「で、あの不良だったか?本当に赤目だったんだろうな?」

『ああ、間違いねえよ!』


 3限目、数学の授業中。

 俺は最初に机に伏せた時の姿勢のまま、エルマーと話し合う。授業が始まってすぐ、数学の先生は全ての席が埋まっていることに驚いてはいた。しかし俺が伏せたまま身動き一つしないのを理解すると、通常通り授業を開始したようだ。

 チョークが黒板に白い跡を残す音、先生の解説だけが響くこの時間この空間は、秘密の会議にもってこいだといえる。


「根拠は?」

『身体能力だな。あれはただの人間じゃねえ』

「ああ、俺を追って飛び降りたことか?」


 だがしかし、それは何か特別なことか?

 俺は人一人分の高さから転げ落ちた。が、無事に着地した。あれはもちろん身体能力が上がった恩恵もあっただろうが、別に誰だって出来るだろう。建物の2階から飛び降りるくらいは半死人でなくても余裕だ。確固たる証拠にはなりえないと思うが。


『いや、違うんだ。アイツ……どうやってお前に接近したと思う?』


 接近か。

 俺は脇にあったタンクに足をかけ、そのまま登った淵で寝そべった。つまり俺同様にタンクを登ってきたのだとしたら、俺を飛び越えて着地しなくてはならない。タンクは球状のため、しっかりとした足がかりにはなれない。だから登るために足がかりにはできるが、跳躍するのは困難だろう。さらに言えば跳躍し、俺を飛び越えたとて、着地ができないのだ。俺を飛び越えた先は、コケのようなヌメリけのある謎物質で一面覆われていたのだから。スパイクのない、ただの室内履きで、着地時に転倒しないのは少々おかしい。


「単純に、鉄扉のノブを足がかりにして登ってきたんじゃないのか?」


 まあ、タンク側ではない他三方向からなら、どこからでもよじ登る方法はあるだろう。


『いや、そうなら良かったんだけどな………。アイツ、一足飛びに跳躍して登ってきやがったんだ』

「はぁ?」


 3メートル弱。それくらいの高さを垂直飛びの要領で飛んできたことになる。それは人間の身体能力ではない。


「エル………。垂直飛びの世界記録を知っているか?デイビッド・トンプソン、マイケル・ジョーダン。ともに120センチと少しがせいぜいだったはずだ。下手な冗談はやめてくれ」

『おお、ジョーダンだけに!秀も冗談が言えるのか!』


 嬉しそうにエルマーが尻尾を振っている。だがすぐに尻尾は下がり、うなだれた。


『いや、そうでもないんだけどな………』

「何?これ以上まだ何かあるっていうのか?」


 エルの発言が事実だとういならば、もうすでに不良が赤目………いや、半死人であるのは確定事項のようなものだ。だというのにエルマーは何かを言いにくそうにしている。


「言ってくれ」

『ああ、うん………。アイツな、あの広い屋上の中央にいただろ?お前が横になってしばらくしてからさ、何かに気づいたみたいに起き上がって、その場で助走つけてこう……ピョーンと………』

「はあぁ―――!?」


 これには正直驚きを隠せなかった。盛大に叫び、音を立てながら立ち上がってしまう。授業中であった先生、クラスメイトたちはともにこちらを向いている。いきなりの俺の奇行に驚いていた。


「あ………ええと………。悪い、なんでもない」


 とりあえず謝罪をし、静かに席に着き直した。

 まだ注目されているのを感じながら、息を潜めてエルマーに問う。


「本当なのか!?」

『ホントもホント!たった数歩の助走だけで跳んで、狙い済ませたかのようにドア側、淵の角に右足の土踏まずから着地!つま先で乗り上げるようにゆったり、音を立てずに着地したんだ!!』


 頭がおかしいとしか思えない。何もかもが異常過ぎる。

 屋上の正確な広さはわからないが、30メートルは下らないと思った。奴がいたのが本当に中央だったとしたら概算で数歩の助走で15メートル。かつ15メートルの時点で3メートルの高さになくてはならないのだ。実際には水平方向に17,8メートル飛んでいたのではなかろうか。鉛直方向に至っては、最高到達点で何メートルの高さになっていたのか、検討もつかない。

 人間の身体能力ではない?当たり前だ。こんなものはもはや化物と呼ぶにふさわしいだろう。


『やっぱバケモンだな、赤目って』


 エルも俺と同意見のようだ。


「エル、お前は昔あいつらを相手にしたことがあるんだろ?」

『ああ、いくつか前の前世でな。そのときは俺も人間だったんだぜ?華の江戸っ子だったのさ!』

「どうやって戦ってたんだ?あんな規格外の奴らと」


 正直に言えば、ただの人間が勝てるような相手ではないだろう。ここはエルの経験に頼るしかない。


『あ……あ~。ま、まあ、当時はな。色々やりようがあったんだよ。帯刀を許されてたからな。基本的にはあいつらと正面切って戦ったりはしないようにするが………。うん。武器もなしに正面切って戦うのは無理かな』


 駄目だ。参考にならない。


『だからそうだな………。とりあえずは目を光らせておいて、ナナキって嬢ちゃんに助力を仰ぐのが正解だと思うぜ。くれぐれもこっちはバレないようにしてな』

「ああ、そうする」


 現状ではどうしようもない。

 本来は七姫にこの土日で戦い方を教わり、護衛を始める予定だったのだ。七姫も今の俺にそこまでの期待をしていないだろう。であるなら、今日一日だけ、あの不良に気をつけながら生活すればいい。あいにくこちらが半死人であることは割れていないはずだ。


 とりあえず、昼休みになったら死止め人である早嶋美奈津とコンタクトを取るとしようか。護衛として情けない話ではあるが、早嶋美奈津に相談すれば何か解決案をくれる可能性もある。


「………やることは決まったな」

『おっしゃ、オレもできる限り協力するぜ!』

「頼りにしている、エルマー」

『おうよ!任せとけ!』


 ひとまず昼休みまで時間が過ぎるのを待つとしよう。


 窓の外、優しく色づいた葉が一枚、ひらひらと落ちていくさまを見届けると、俺は目を閉じた。



 *



 方針を決めてから3度、チャイムが鳴ったのを確認した。

 1度目が3限の終わり。2度目が4限の始まりで、今まさに余韻を残して去っていったチャイムが4限の終わり。昼休みだ。


 目を開け、活動を開始する。


 登校時の注目度を鑑みて、3限と4限のあいだにクラスメイトから声をかけられるとかと思いげんなりしていたが、別段誰かが俺のもとに来ることはなかった。3限での奇行が功をそうしたのだろう。結果オーライだと思うことにする。


「それじゃ、今日の授業はここまで。号令」

「気を付け。礼」


 生徒たちは席を立ち、思いおもいに行動し始める。


『秀。お前授業は聞けよ』


 エルマーが叱責してくる。


「聞いてはいたさ。一応な」


 そう。俺は寝ていたわけではない。あまり眠気を感じないのだ。同様に空腹も感じない。授業前後には無駄に神経を集中させてチャイムを聞き分けていた。授業中には肩の人魂を使ってあれやこれやと試行錯誤した。結果、本当に俺は人魂を操れることが判明した。

 ………今考えると、なんで屋上では寝てしまっていたのだろうな。


 人魂を肩に戻すと、早速席を立とうとする。


「日宮くん!」


 ――のを瀬戸に止められた。


「なにか用か?」

「ううぇ………」

『おい秀!』


 俺の突き放すような口調に、瀬戸は怯む。触発されてエルが咎めるように口を開いた。が、瀬戸がまだ諦めていない様子なのを見て口を噤んだ。


「あ……あの、よかったら……一緒にお昼、どうかなって………」


 気が付けば周りの数人、彼女を見守っている。気の強そうな女子がこちらに気がついて近くに寄ってきた。何かあればフォローに入れるようにだろう。


「悪いが、昼食は持ってきていなくてな」

「それなら!私……、学食に案内するよ!手持ちがないなら………その……おかずのおすそ分けも出来ると思うし………」


 なかなかに食い下がってくる。不良の奴がいるのでなるべく早く早嶋美奈津と接触したいのだが………。


「そういえば、俺、職員室に呼ばれているんだ。悪いが次の機会に―――」

「ちょっとあんたねえ!」


 しばらく見守っていただけだった気の強そうな女子が、俺の発言に割って入る。最初に「職員室に呼ばれていた」で断ったならまだしも、今、思い出したように断ったために疑われたのだろう。3限、4限の先生と言葉も交わしていないしな。いい観察眼だとは思うがうっとおしいな。


「さっきから黙って見てれば、折角彩花が勇気出して誘っているってのに―――」


―――ガラガラガラ、ドシャン。


 女子の発言は、また新たなる乱入者によって遮られる。

 勢いよく教室の引き戸を開けた乱入者は、ドスの聞いた声でこう言った。



「なぁ!このクラスに見慣れない顔がいるはずだよなぁあ!」



 半死人の不良野郎。どこかから俺の教室を嗅ぎつけたのか。


 クラスメイトたちは固まり、完全に萎縮しきっている。


 不良はその高い身長で上から俯瞰し、少女に詰め寄られる俺の姿を認識した。すぐに堂々とした歩みでこちらに向かってくる。机をはさんで俺の正面に立つと、バンと大きな音をたてて机の天板を叩いた。


「お前に用がある」

「興味ないが」


 威嚇がいちいち鼻につくんだよ。


「シラァ切んじゃねぇぞ。コッチの用っていえば、わかるよなぁ?」


 不良は屋上の時よりもさらにグイと顔を近づけ、目を見開いた。


―――紅い文様。


 その文様は、俺から見て眼球の右下に二つ、紅く塗りつぶされた小さな円が並んでいるというもの。ほぼ額が触れ合うかという距離まで近づいているので、俺以外のクラスメイトたちには見えにくくなっているだろう。

 どうやらすでに、俺は半死人であると割れているらしい。もはや知らぬ存ぜぬではまかり通らないところまで来てしまっていた。


『秀………』


 エルマーは心配そうにこちらを見ている。大丈夫だエルマー。もう覚悟は出来ている。


 「フン………」


 不良は俺の無言を肯定ととったのか、死印を収め、鼻で笑う。来た時と同じように堂々とした足取りで廊下に出た。一歩出たところで顔だけをこちらに向ける。


「準備ができたら最初のとこまで来い」


 それだけ言い残し、去っていった。






 しばらく静寂が包んでいたが、ポツリポツリと会話が広がっていく。


「おい、あれやばいだろ」

「3年の鬼龍院(きりゅういん)大輔(だいすけ)だろ」

「日宮くんかわいそう」


 有名人なのか。まあ当たり前か。


「で、どうするんだい?トラブルメーカー日宮クン♪」


 近くで見ていた笹木が茶化すように問いかけてくる。気づけば周りのクラスメイトたち、瀬戸、気の強そうな女子までもが心配そうにこちらを見ていた。笹木だけが楽しそうにこちらを見ている。


「どうするって、行くしかないだろう」

「日宮くん!駄目だよ!」


 泣きそうな顔で瀬戸が引きとめようとする。気持ちは嬉しいが、やるしかない。


「日宮クン、遺言は?」

「ちょっと亮馬!」


 ふざける笹木を気の強そうな女子が嗜める。俺に気を使ってくれているのだろうが、それは余計なお節介だ。


「まさか、あるわけないだろう」

「ハハッ、言うねぇ~」


 笹木の悪ふざけに俺が便乗してしまったからか、女子も黙ってしまった。


 俺は不良を追いかけるように歩き出す。



「無理だよ!無茶だよ!負けちゃうよ!」



 瀬戸が叫ぶ。確かにそうかもしれない。でも生き直すと決めたんだ。やらなきゃならないことからは、絶対に背を背けないことにしたんだ。



 教室を出る。もはや泣いていた瀬戸と目を合わせる。



 笑えた、気がした。彼女の目にはどう写ったのかわからないけれど。



「行くぞ、エルマー」



 相棒に声をかける。



『お前がやると決めたなら、オレは手助けしてやんなきゃな』



「エルマー。無理だと。無茶だとさ」



『………』



 思えば、諦め過ぎていたんだ。諦めることに慣れすぎていたんだ。どうしようもない?仕方がない?なるほど、そうやって重荷を置いてきてしまっていたのか。



「まずは、諦めが悪くなるところからはじめてみよう」





 俺は生き直すと決めたから。



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