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死止め人《デス・キーパー》  作者: 小日向 日向
そして始まる死の物語
6/9

第6話 死は潜む


『なんだってーーーー!!』


 響くエルマーの声。この閑静な高級住宅街では大いに響き渡ることだろう。だがどうやらエルマーによれば、視える人にしか霊の声は聞こえないらしい。


『そうか、坊ちゃん……。【赤目】の仲間入りしちまったのか………』


 なんでもエルマーは前世で(・・・)【赤目】―――死止め人や半死人をとっ捕まえていたらしい。『であえー!であえー!御用だ!御用だ!』と取り締まる仕事をしていたようだ。


『はぁ……生き直してくれ、なんて言う半日前に死んじまってたなんてなぁ。なんだかなぁ』


 悲しみのあまり俺のベッドの上で遠吠えを始めた。もったいないな。彼の声が俺以外に届くことはないというのか。


「気にするな。俺はどうあっても生き直すと決めた。例え死んでしまってもな」

『あれぇ………。矛盾しかないぞソレ………。坊ちゃんってホントは頭弱かったのかー』


 失敬な。


『つーかさ、坊ちゃん、どこでひろってきたんだよその人魂』

「お………。あったあった。って、コイツか?」


 俺はウォークインクローゼットの中から制服を取り出すと、軽くブラッシングをかけながら肩の狐火を見やる。


「帰ってる途中で触れてしまってな」


 正確には()れてしまったではなく(さわ)っただが。多少のニュアンスの違いは問題ないだろう。


『ホントか……?ホントにホントか?触れただけなんだよな』

「そう……だが………」


 ズズイッ、と身を乗り出してくるエルマー。

 駄目か?ニュアンスの違いは許容範囲外なのか?


『ふむ………。確かに取り憑かれてるって感じではなさそうだな。赤目になった影響で幽霊を操る能力にでも目覚めたのかもしれないな』

「ああ、七姫の言っていた『能力(アビリティ)』か」


 制服に着替えながらエルマーに同調する。


『なんつったっけか………。欧州の言い伝えになんかあったよな……死んだ生物を操る術師………。そうそう、『死霊使い(ネクロマンサー)』だ!あれ?あれは魂じゃなくて死体を操るんだったか………?』

「コイツなんか操れてもな………」


 ネクタイを締め、人魂に触れる。エルマーならまだしも、コイツは物言わぬ無害な浮遊物体だ。どうやって使えばいいと言うんだ。

 まあ、エルマーがいれば大丈夫か。



 Elmar(エルマー)

 ドイツ語で、『高貴』の意を持つ。

 種族はマンチェスター・テリア。紛れもない英国種だが、名は独語だ。

 口調こそ名に反しているようだが、彼は多くの人生経験があるようだ。人生経験の長さではない。転生回数の多さ(・・・・・・・)という意味で。輪廻転生の流れに従って繰り返した生の数。その数は20を超えるらしい。

 俺が生まれる前からこの家にいて、俺の成長を見守ってくれていた。辛い時も、苦しい時も、俺を支えてくれた。俺を苦しめるのはもっぱら家族であったからこそ、俺はエルマーを本当の家族、兄のように慕っていた。……依存と言い換えてもいいかもしれない。だからこそ、この悲劇は俺ら二人で始まった。


 俺は安心している。まだ、依存しているのかもしれないが。彼が味方にいるだけでなんでもできる気がしてくる。精神が安定する。勇気が湧いてくる。家族にだって会えるかもしれない。彼は俺の麻薬(どく)かもしれないが、麻薬だって薬ではあるのだ。

 また、犬として暮らしていた時にはなかったようだが、幽霊となった彼には今までの人生分の記憶があるらしい。先程からも俺の話に理解を示し、経験則から考察を述べてくれえる。転生をくり返した分、魂も上質(・・・・)で、幽霊の中でも高位霊と呼ばれる存在なのだとか。このあたりはよくわからないが『とにかく一般霊――人魂よりは力になれるだろうな』とのことだ。


 俺ら二人で始まった悲劇……エルマーとなら、俺は乗り越えようと思える。うだうだと悩んでいた期間を鑑みると、笑えてしまうくらいに単純だった。




『ま~、それはともかくとして。その?ナナキとかいう嬢ちゃんの頼み通り学校に向かうのか?』

「そうだな。とりあえずはそこから手を付けることになるだろう」


 崩れ落ち、座り込んだ扉。それをなんの感慨もなく開き、階下へ向かう。

 大丈夫だ。数時間前までとは違う。俺は生き直すんだ。トテテ、トテテと先行して下るエルの後ろ姿を見ながら、思った。


 リビングに入るとテーブルへと座り、パンの袋を掴む。着慣れない制服がのりで硬い。そういえば一度も袖を通したことはなかった気がするな……。

 エルマーは浮遊しテレビの主電源をオンにすると、ソファーの上で丸くなった。


「って、そんなことできるのかよ………」

『高位霊だからなー』


 俺の肩の居候とは大違いだな。


 袋から出した食パンは白く、一瞬どうしようか迷ったが、結局そのまま口に入れた。口の中に小麦の素朴な味が広がっていく。


『あはは、この司会者なかなか毒舌で面白いな!』


 それは昨日の番組とは異なっていたが―――


「そうだな」


 おかしな番組だと思った。



 *



「着いた」

『ここが―――』


 私立岬学院高校。

 主に富裕層が通う有名校だ。が、黒い噂も絶えない。事実、俺はまだこの学校を退学にされていない。入学式すら来ていないのに、だ。父に金を掴まされているのだろう。……いくら見限ったとはいえ、日宮の一家に汚点を作らないために。魂胆はくだらないと思うが、結果としては父に感謝しなくてはならないな。


『でかい学校だな~』


 感慨深そうにエルが呟く。が、俺はそれ以上特に思うことはないので早足で正門を通り抜けた。


『置いてくなよ、()!』


 昇降口。

 大きな怪物が口を開けて待っていた、そんな印象を受ける。喰えるものなら喰ってみろよ。

 無機質でのっぺりとした怪物は、意にも介さない。


『秀の靴箱はどこかな~って、名前書いてないぞ?』

「あのな、ここは小学校じゃねえぞ?」


 俺はブレザーの胸ポケットから生徒証を取り出すと、クラスと出席番号を読み上げる。


『0325、0325と………。あったぞ秀!』

「ああ、すまない」


 浮遊し俺の靴箱を探し出したエルに礼を言って、靴をしまう。そこで上履きが必要なことに気がついたが………、靴箱を過ぎた先にあったスリッパを勝手に拝借することにした。


「しかし、クラスが分かってもな……。そもそも一年のフロアがどこにあるか分かんねえよ」


 無駄に金だけはある有名私立のマンモス高校。教室群はすぐに見つかるかもしれないが、何階が一年の教室かわからない。


『人目が気になるってんなら俺が探してきてやろうか?』

「いや、いい」


 エルマーが提案をしてくる。確かにエルなら誰にも見つからず1-3を探してくることができるだろうが、それでは多分意味がない。


「最終的には教師連中に捕まるだろう。人目なんか気にしても意味がない。それにこんなことから逃げてるようでは生き直すなんて到底無理だろう?」

『それもそうか』


 七姫から頼まれたのは早嶋美奈津なる人物の護衛。戦場になり得るここの地理を把握していないのは問題だしな。

 俺とエルマーは周りを気にせず、のんびりと校内を見回ることにした。



 *



「キミ、何してるんだ!」


 2限目、古典の授業は先生の怒号で中断された。

 私はちょうどノートを使い切ってしまっていた。2学年に進級してから半年が経つ。本文を書き写さなくてはならない古典のノートでは、当然の摂理だった。……買って置くのを忘れた。なんの教科のノートに板書しようか。新しいノートに書き写すの面倒だな。授業終わらないかな。と思っていたところなので、先生の意識を持っていったクラスメイトに感謝する。


 いや、どうやら戦犯はクラスメイトではないらしい。先生の視線は廊下に向いている。先生の怒号で飛び起きた生徒君。どうやら君ではないようだ。クラスメイトも何気なく廊下に意識を向けていた。


 スタッ、スタッ―――とスリッパの足音がする。どうやら犯人は自分が怒られたことに気がついていないらしい。先生は憤慨し、勢いよく廊下のドアを開ける。


「なんだねキミは!今は授業中だろう!?何をのんきに校内を散歩しているんだ!」


 窓際真ん中の席の主たる私の位置からでは、犯人の全容は明らかにならない。背筋を伸ばせば、どうにか学校貸出の緑色をしたスリッパがみえた。………内心ホッとする。大輔ではないようだ。彼には戦いやすいようにと室内履きの使用を義務付けている。


「聞 い て い る の か ね !学年とクラス、出席番号、名前を教えなさい!」


 どうやら犯人は人を怒らせる天才らしい。穏便に済ませるということはできないのだろうか。……授業を妨害してくれていることには感謝するが、あの先生はしつこいことで有名だ。穏便に済ませる努力が足りなかったのならともかく、頑張って逃げられないのなら可哀想だ。ご愁傷様。


 スタッ、スタッ――


「待ちたまえ!無視するとはどういう了見なんだ!」


 通り過ぎようとした犯人を先生が引き止める。振り返った犯人はちょうど私からみて全身が見える角度にいた。

 犯人は無言で先生の手を振り払う。………一体どんな胆力をしているのかしら。そのまま彼は歩き去って行く。


「待て!待ちなさいと行っているでしょう!」


 先生が声を掛けるも、どうやら帰ってくることはなさそうだ。


「え、今の誰?」

「超カッコよくなかった?」

「あんな子いたっけ?」


 クラスメイトは主に女子を中心にして浮き足立っていた。なるほど確かに、彼はかっこよかったかもしれない。たかが一目見ただけで女子が浮き足立つのもわかる。

 だがしかし―――


「あの少年君……、たしか………」


 私は多分、あの少年に会っている。あの少年を助けて(・・・)いる。


「聞いてないのだけれど………」


 どういうことなのかしら?ナナ。



 *



「やっぱり目をつけられると面倒だな」


 俺たちは今、屋上を目指している。

 校舎内はあらかた回った。その途中で一度、2年の教室前で授業中の先生に絡まれるハプニングがあったのだ。


『いや~、あれは………。確かにめんどくさくはあったが………非は十割十分俺らにあると思うぞ?』

「エル………お前だけは味方だと思ってたのに………」

『先生は敵だったのか!?』


 エルの中では俺が110パーセント悪いらしい。


 中央階段を登る。1階で見つけた案内によれば、ここだけ他の階段と違い、5階まで階段が続いている。5階はちょっとした踊り場と屋上への扉があるだけのはずだ。


『しっかし、屋上なんて空いてるもんかねぇ』

「さあな。ただ、流石に二度も三度も先生に絡まれたいとは思わないからな」

『早速避難場所探しなわけだ』


 『生き直して欲しい』と言うエル的にはさっきの態度は喜ばしくないらしい。少々つっけんどんとした言い方だ。


「褒められた態度じゃないかもしれないが、別にゼロから一気に百を目指すつもりはない」

『へーへー』


 これ以上は言ってこないので一安心する。


「ここか」


 ついに俺らは屋上への扉へたどり着いた。鉄製の扉にはドアノブが一つあるだけだった。


「鍵は………空いてるのか」

『ほー、屋上解放してるのか。今時珍しいな』


 他の学校のことは知らないが、とりあえずは次のチャイムまで隠れられそうだ。ギギギと扉があげる音を聞きながら、俺は差し込んでくる陽の光に目を細めた。


―――ギイァァァ、バン


 始動こそ重かったものの、扉は急に軽くなり、勢い余って壁にぶつけてしまった。やば、うるさっ!


 屋上は広く、首都の空港の屋上のようだった。大きなフェンスが四方を囲っていた。ここまでは想像通り。

 だがなんと、驚くべきことに先客がいた。そいつは不敵にも屋上の中央で大の字に寝そべり、日光浴をしている。


「うるせぇなぁ………。先公が上がってくると面倒だ。カギ閉めておけよ」


 体は動かさず、命令だけをよこしてくる。癪だが迷惑をかけたのはこちらなので、仕方なく言うとおりにする。


「チッ……。謝罪もなしかよ」


 先客は寝返りを打ちながら毒づいてきたが、興味がないな。


『おい秀………、謝っとけよ』

「は、やだよめんどくさい」

『お前な………』


 エルが呆れているが俺は付き合わない。

 折角誰にも絡まれない場所を見つけたと思ったらこれだ。


 それに―――

 はぁ、とため息をつきながらもう一度先客を見る。

 

 着崩した制服。チャラチャラとした金属類のファッション。ソフトモヒカンで左がわに剃り込みを入れている。

 随分とこの学校に不釣合いな容貌をしていた。授業中の散歩にこれだけ厳しい学校なのだ。こういう(たぐい)のやつは絶滅していると思っていたよ。


 所謂(いわゆる)不良だ。


 こいつらは苦手だ。俺らクズとは本質的に違う。泥水を啜る俺らとは違う。啜っているフリ。悪ぶっている。うまく言葉にはできないのだが………なんだ?『偽物』というか。ゆるい。覚悟が足りない。持つべきものを持っている。信念を賭けるものがある。ダチと友情ごっこでもしてろ。お前らはそこに青春を求めているんだろ?


 (・・)いが違うんだ。お前らは匂うんだ。


 かかわり合いになりたくない。


 俺はどうすべきか数秒考えた後、扉の上の天井に登ることにした。横に周り、なにかのタンクを足がかりにして登る。


『うわぁ、見事にコケだらけだな』


 コケなのだろうか。なにかヌルッとしている。仕方がないのでそのまま淵で横になった。そのまま目を閉じる。チャイムがなったら確認しておいた1年3組の教室に向かうとしよう。






「おぃお前、見ない顔だな」

「うおおああぁ」


 俺を覗き込む影。思わず驚いて転げ落ちる。が、半死人になったことで上がった身体能力のおかげだろう、日本足ですっくと着地することができた。先程まで俺がいた場所には人が立っていた。逆光で影になっていて顔は見えない。屋上の中央にいた不良がいない。つまりあいつがソフモヒ野郎であると思われる。接近に気がつかなかったのは……寝てしまっていたのだろうか。


「よっと」


 不良も飛び降りてくる。


「お前、誰だよ」


 着地するなり不躾に質問をしてきた。


「なんでお前なんかに教えなきゃならない?」

「ハッ………、ここ最近で転校生が来たって話は聞いてねえからな」


 不良は顎を突き出し、威嚇するように睨みつけてきた。メンチを切るというやつだ。

 ここは俺のシマだ、とでも言いたいのか?

 俺は少しでも多く侮蔑の感情を載せられるように、冷ややかな視線で答える。


「お前になんか興味ないな………」

「ンだとゴル”ァ”」


 ガニ股でこちらに闊歩してくる。俺とぶつかるスレスレの位置で止まると、上から睨みつけてきた。しかしこうして立ってみるとなかなか背が高いな。俺が175センチあるかないかくらいかなのだが、コイツ俺を見下ろしている。10センチほど背丈で負けているのか。

 しばらくそのまま睨みあっていると近くのスピーカーからチャイムが鳴った。


「ケッ………」


 不良は脇に唾を飛ばし、屋上の中央に戻って大の字になった。完全に俺から興味を失ったらしい。


「チッ……」


 こっちも軽く舌打ちをする。こんなところからはさっさと出るに限る。

 腹いせに鉄扉を大仰に開け、わざとらしく音を立てて閉めた。


「なんなんだアイツ。急に近づいてきやがって。不愉快ったらありゃしねえ。なあ、あれは俺悪くないだろ、エル―――」


 そこまで言ってエルを置いてきてしまったことに気がついた。また屋上に行かなきゃなんないのか?クソ、ムカつく!

 そういえば、不良に起こされてからというもの、一度もエルマーは口を開いていなかったな………。


ふぉいふぉい(おいおい)ふぉいてくなひょ(おいてくなよ)秀』


 変な声とともに、俺のカバンを咥えながらエルマーが壁を抜けてきた。なんだ、戻らなくてもいいのか………。

 エルマーが咥えていたカバンを話すと、それは実体化しドサリと踊り場に落ちる。


「つか、そんなこともできるのかよ………」

『まあ、高位霊だからな………。って違う!違うぞ坊ちゃん!大変だ!』


 エルは興奮したように飛び回りながら叫ぶ。一体どうしたと言うんだ。


「どうしたんだ?」

『赤目、赤目なんだよ!』


 そこで区切り、何かを嚥下(えんげ)するような素振りを見せると、一言一句確かめるようにこう言った。



『あの不良の坊主、赤目だったんだよ!』






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