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死止め人《デス・キーパー》  作者: 小日向 日向
そして始まる死の物語
4/9

第4話 死に惑う


「だからッスね、これは死後硬直と死んだことによるショック状態みたいなものなんスよ」


「ぐううぅぅあぁ!」


「本来死後硬直ってもっと長い時間かかるようなんスけど、半死人は平均して約24時間で復帰し始めるッス」


「あああぐぎいぃぃあ!」


「そこんところ、日宮さんは12時間弱ッスからね、これはもう、即戦力間違いなしッスよね」


「ふううざけんなあぁ!まだ無r―――」


「ほら、頑張って!やることは決まったッスでしょう?」


「ざけっ……なっ…!どうしいてててぃ!こうなる!」


「どうしてって……。それをいわせるんスか?」


「は……ぐぎいいぃ!何を……」


「愛する女のために夜の運動中ッスよね?」


「ざっけんな!!」



 話は少し遡る。



 *



「なあ、まあ俺がお前たちに協力することになったのはいい。いいんだが、殺し合わなきゃいけないってのは何なんだ?」


 別になにかして生きていたわけじゃない。ただただ惰性に生きていただけだった。そこに今、死んだことによって意味をみつけようとしているのだ。まずは自分の死の真相を明かすことから。それはいい。

 だがどういうことだ。殺し合う?拾ったばかりの命を?七姫の発言によってまた知りたいことが増えてしまった。


「あの……。顔に『要説明』って書いてあるところ申し訳ないんスけど、もういいスか?七姫説明疲れたんで」

「お前な……」

「それよりお兄さん疲れてないんすか?頭も随分回っているようで……いや、なによりなんスけどね?お兄さんまだ死んでから12時間くらいしかしてないから異常だなーと思っただけで」

「12時間?」


 そうか。そういえば俺はまだ時間を知らなかった。窓を見たとき外が暗かったので漠然と夜だとしか理解していなかった。もともと時間に縛られない生活だったせいで時間に無頓着なのもあるかもしれないが。


「今何時なんだ?」

「ん~と、午前4時ごじゅう…大体5時くらいッスね。そう!夜明けも近いこんな時間帯に年端もいかない少女と二人きり……」

「ガキは寝てろ」

「んなぁ!言っておくッスけどね!一応精神年齢は17ッスからね!そういうお兄さんだって随分と若い……。若い………」


 そう言って七姫は目を(しばた)かせながら……固まった。


「あのぉ……。そういえば……。そういえばなんですけど…」

「なんだ?」

「すっっっごい今更なんですけど、七姫、お兄さんのこと全然!これっぽっちも!全くというほど知らないなぁなんて」


 気まずそうにこちらを見やる七姫。


「お前らの駒の無愛想でつまんないけどめちゃくちゃこき使える後輩、だろ」

「うっわ愛想悪いのにめちゃくちゃ根に持つタイプッスか……。めんどくさ」

「悪かったな」


 しかしどうしたもんか……。さっきの話の流れだと言いづらい。


「ん?あれ?どうしたんスか?私の目に『焦り』が見えたんスけど?」


 クソ!『能力』め!


「もしかして名前が思い出せないとかッスか?え、どうしよう。そんなの……。いやでもかおる……さん?のことは思い出せるんスよね?大丈夫ッスか?」

「いや、名前を忘れたわけじゃない」


 本気で心配された。少しばかり罪悪感が募る。


「ん~、じゃあ極悪の指名手配犯だったりとか?大丈夫ッスよ。別に七姫たちはそんなこと気にしないッスよ?」

「俺は社会不適合者だが犯罪者じゃねえよ」


 純粋な善意が痛い。罪悪感が大きくなった。というかよく考えたら法には違反しまくってるぞ俺。自分の中の法のハードルが随分と下がっていることに気づいた。法は破ったらダメだな。落ちるとこまで落ちるもんだ。それに気が付くと同時に、七姫が法に関するまっとうな感性を持っているとも気づく。やっぱりコイツは陽のあたる世界の人間か……。どうりで苦手なわけだ。


「えぇ、じゃあもうわかんないッスよ……」


 レパートリー少ないな。いや、向こうの世界の人間なら仕方がないのか?ともかく、今なら七姫の|注意は名前に向いている《・・・・・・・・・・・》だろう。


「日宮。日宮秀だ」

「え」


 七姫は一瞬驚き、すぐにほっとしたように破顔した。


「なんだ……言えるんじゃないッスか………。貯めるからなんかあるのかと思ったッスよ………」


 罪悪感がマッハだ。


「あれ?そうなるとさっき見た『焦り』はなんだったんスかね……。あれ?あれあれ~?」


 やばい。なんか感づいた。クッソ『能力』め!さっきから度々厄介極まりない。


「日宮さん?日宮っさん?やっさんかな……」

「日宮!」

「それはともかく………。何を焦っていたんスかねぇ?そして今なお、私の目は肥大化する『焦り』を捉えてるッスよ~?」


 ほんとどうしようかな……。


「そんなことよりお前!全然元気じゃねえか!」


 強引に話を戻すことにした。


「疲れてるッス!けどね日宮さん、疲れてるからって、目の前で怯えて動けなくなってるカエルを逃す蛇はいないんスよ!」

「知らねえよ!疲れてるなら寝てろよ!」


 はぁ、とため息をついた七姫。わざとらしく肩をすくめて、やれやれと呟いた。


「あのねぇ日宮さん?今や小学生でも遅寝早起きの時代ですよ?オールしている子もいれば、朝5時に起きて勉学に励むエリートもいる」


 ………。

 嘆かわしいことだな。俺が言えた義理じゃないが。


「それに七姫の『等級』はSッス。限りなく完全死に近い状態。寝る、なんて生理現象は土砂の中に埋めてきたッスよ!」


 ……俺は人付き合いが得意じゃないが、時々出るこいつの真っ黒ジョークは何なんだろう。俺以外の誰でも反応できないんじゃないか?


「……まあ、時々寝るッスけどね、虚しいんで」


 遠い目をしていた。だからどう反応しろと?


「日宮さぁん!?今のは「虚しいって、体が成長するわけじゃあるまいし……。胸が虚しいのは一生治んないよ?」ってツッコむところッスよ!」

「言わねえぞそんなセクハラ発言」


 ほんとついてけねえな。だがこの調子だ。勝手に爆走してろ似非(えせ)中学生。そのまま忘れてしまえ………!


 「あ、あ~ハイハイなるほど。日宮さんは達観して見下すタイプッスか。紳士気取り?そうやってクールぶっちゃって。顔がいいから様になってんぞキザ男!」


 何!?ほんとなんなんだコイツ!?貶してんの?褒めてんの!?

 思わずこめかみが引きつったが、どうにか無言を貫いた。


「ハ!ばーかばーか!カッコつけてんじゃねえぞ中二病!」

「ガキか!中二はお前だろうが!」

「ざんね~ん!(もと)中3ッスー!」


 コイツ……!


「話が進まねえんだよ!結局殺し合いってなんなんだ!俺にどうして欲しいのか具体的に言いやがれ!」

「死止め人や半死人は別の派閥の死止め人や半死人を倒さなきゃ消えて無くなるんすよ!だからミナちゃんを守んなきゃいけないんス!そのために日宮さんには岬学院高校に入学してもらわなきゃならないんスよ!」


 え?


「ちょ、ちょっと待て!そもそも俺はその早嶋ってやつを知らねえぞ!そうだよ!そいつなんなんだ!俺を生き返らせておいてお前なんかに世話させやがって!」

「ミナちゃんは明日……じゃない今日学校があるんスよ!だって今日、金曜日ですし!平日ですし!まあ日陰者には関係ない話ッスけどね!私は戸籍ないッスから学校通ってないのでこれ幸いと世話を買って出てやったんスよ!」


 え?


「そ…れは悪かったな!感謝もしてるさ!ありがとう!けどな、そもそも殺し合いなんてできえねえぞ!協力するといった手前、できることはやるが実際に殺せるかは別問題だ!」

「そんなのわかってるッスよ!別に今日から行けって訳じゃないッス!今日から編入手続きして土日で戦い方学んでもらって、月曜から行って欲しいんスよ!ああまた交渉だ!手続きだ!めんどくさい、めんどくさいッス!」


 え?


「いらねえんだよ!」

「は?」

「手続き………いらねえんだよ………」

「何を言って……」


 ぜぇぜぇ。

 はぁはぁ。


 柄にもなく口喧嘩なんてしてしまった。まったく。だがもういい。なるようになれ。知らん。


「俺は……、俺は岬学院高校1年、日宮秀だ」



 *



「アッハハハハハハハ!日宮さん、岬学院の生徒だったッスか!それも1年。1年ってことは私の一つ年下ってことになるッスね!」


「いだだだだ!いてぇっつってんだろ!」


「あ、ハイ。ほら、我慢してッス。ぷぷ、それにしても、私のことあんなにガキガキ言っていたのに……。ぷぷ」


「くそがあぁぁあぐぎいいい!」


「でもそういうことなら話は早いッスからね。今日から行ってくださいッス、学校。そのために今ストレッチしてるんスから」


「わかってんよコノヤロぉぉお!」


 AM5:24。

 俺は柔軟体操に悲鳴をあげていた。

 なんでも、早く体をほぐして登校し、早嶋とか言う奴を守れとのことだ。俺としても薫に近づくため、他の死止め人との接触は望むところだ。戦い云々はどうにもならないかもしれないが、早めに学校で早嶋と関わりを持つのも悪くないだろう。あったことはないが……学校についたら突貫しよう。聞けば誰かしら教えてくれるだろう。


「ほい。そろそろいいッスかね」

「はぁ………はぁ………。てめぇ絶対覚えてろ」


 『能力』じゃないが確実に言える。コイツ俺が苦しむのを楽しんでやがった。


「はは。やってみろッス。何度も言ったと思うスけど、こんなんでも半死人の中じゃトップクラスッスから。まあせいぜい頑張ってくださいッス」

「―――チッ」


 立って軽く体を動かす。違和感はある。体が軽くなった感じで動かしている実感がない。それに貧血感とでもいうか、血が足りていないのがわかる。かと言って倒れそうになるわけでも足元がふらつくわけでもない。ただただ違和感としか言いようがなかった。


「じきに慣れると思うッスよ」


 違和感を見抜いたのか、七姫が心配はいらないと伝えてくる。もとより心配なんぞしていないが。


「そういえば、血に汚れていないんだな」


 俺は自分の格好をみやりながら言った。


「ああ、ええ。蘇生を行うと流れ出た血は黒く染まって蒸発するッス。傷を負う死因だった場合は染まった血が肌のように覆うので跡が残るッス。死印以外の、半死人を見分ける要因になるので、日宮さんもそれ、簡単に見せないように重々注意してくださいッス」


 確かに黒い傷跡は見たな。裂け目のような形をした、死印と同じ形のこの傷は確かに、古傷と言ってもごまかせないものがある。留意しておこう。


 そろそろここを出るとするか。そう思ってジーンズのポケットに手を入れたが、手荷物がなかった。


「俺の手荷物あるか?」

「それならたしかこの辺に……ッス」


 七姫は近くのちゃぶ台を探して……いや、荒らしている。そもそも本やら何やらが多すぎる。どういう生活してんだ。


「あ、あったあったッス」


 そこから俺の携帯と財布を持ってきてくれた。俺は受け取り、確認をする。


「確かに」

「あ、そうッス。七姫の連絡先も登録しておいてくださいッス」


 そのまま赤外線で登録し合う。

 ちゃんと登録してあるか確認して―――


 姓 愛しの    名 七姫

     ↓

 姓 クソガキ   名 七姫


 誤表記があったのでしっかり訂正しておいた。


 横の女は俺が訂正したことに気がついていないのか、ひどくしたり顔だった。それともツッコミ待ちか?大きく深呼吸して、、、無視した。


「っておい……ッス」

「ここの住所は○○✖-✖✖-✖であってるよな」

「はぁ………。そうッスよ」


 ストレッチ中に聞いたここの住所を確認したら、随分と投げやりに答えられた。まあいい。


「じゃあ行ってくる」

「ええ、気をつけてくださいッス。さっきも言いましたが12時間で精神、身体共に復帰するのは正直驚異的ッス。それだけに日宮さんには期待が高まりますが、同時にどうなるかわかんないッス。万一倒れたりとかしても助けようがないですので、無理はしないでくださいッス」


 無理をさせた張本人が何を言ってるんだか。


「ああ」


 そうして俺は外に出た。



 *



「ふぅ……」


 私は一息吐いた。


 びっくりしたものだ。たかだか12時間で目覚めるなんて。その後の受け答えも明瞭。一度だけ、薫という人のことでパニックになりかけはしたが、こちらの話をしっかりと聞いて、冷静さを取り戻した。


 少年の出て行った扉を見つめる。


 ありえない早さで起きたことに驚いて向かってみると、更に驚かされた。生きているには少々不思議な心理状態。いや、一般的な思考はある。あるのだが、それ以上に大きく、広く彼を占領していた感情は、諦観、悲愴、恐怖、絶望。刷り込まれたかのように堂々と根付いていた感情に、こちらが恐怖してしまったくらいだ。表情もほとんど死んでいた。能面のような表情。死んだ目。とんだ拾い物をしてしまったと思った。もちろん悪い意味で。


 私は何をどう話しただろう。正直全然覚えていない。ただ必死に、感情を動かさせるよう、乱せるようにと躍起になっていた。

 結果、私はどうにか彼を人間だと思えるようになった。この感想は随分と失礼なことだろうが。人間らしい受け答え、感情の動きはあったのだ。


 彼はどうやって生き、何を思って死んだのだろう。

 薫さんを追いかけようとする感情はなんなのだろう。


 自分の人生をひどく嫌っているようだった。思わず怒りを覚え、「甘えるな」と思ってしまったが。


 覗き穴に映る私は、とても悲痛な面持ちをしていた。その姿が見たくなくて、私は背を向け、ドアに寄りかかる。



 彼を蘇生してもらったのは間違いだったのだろうか。


 わけのわからない殺し合い(こんな世界)に巻き込んでしまって良かったのだろうか。



 生き延びたことが、何か、彼を変えるきっかけになればいいと、切に願う。



 *



 俺は帰り道、次第に記憶が戻ってくるのを感じていた。


 一歩歩むごとに、戻ってきた記憶たちは俺にまとわりつき、縛り上げる。すべての記憶が戻り、定着したその時、俺は催してきた吐き気をこらえきることができなかった。

 すぐに塀に手をつき、側溝の上でぶちまける。



 薫だ。

 ひどく怯えていた。

 紅い文様。その眼は狂気に満ちていて―――


 ―――おそらく俺と同じだった。



 彼女も俺と同じ。脆かったのだろう。何があったのかは知らないが、仕方ないことだ。そういう奴らだ。俺たち(クズ)は。


 俺らの常識(ルール)。自分のことは自分で。それはわかっていた。

 薫の心配なんかしている余裕はない。死止め人なんかに関わってしまったことで、余計に俺の余裕なんかあるわけなかった。使命感?なんだそれ?普段の俺なら一も二もなく切り捨てただろう。


 なのになぜだ。どうしても切り捨てられない。薫に特別な感情があるわけではない………と思う。ただ、このままにしておくわけにはできなかった。看過する、という選択に、なかなかどうして踏ん切りがつかなかった。


「あ”あ”、クソッ!」


 意味もなく右手で塀を殴りつける。


 口の中の臭いが鼻につく。ひどく不快だ。ゆすいでしまいたい。



 もしかして………そういうことなのか?

 薫を救うことで、俺はこの身に染み付いた臭い(クズ)を洗い流したいと?


「バカバカしい」


 そんなことしてなんになる。俺の自己満足。何の解決にもなってない。逃げ出した俺の問題はそこにあるまんまだ。一時の善行で愉悦に浸るだけだ。寧ろそのほうがクズっぽいだろうが。




 そんな思考が巡っても、どんなに理屈を捏ね上げても、薫を助けたいという俺の考えが変わることはなかった。

 わけのわからない使命感がある。それを受け入れられない俺がいる。気持ちが悪い。俺は何をどうしたい?


「クソッ!」


 もう一度全力で殴った壁は、僅かに揺れた気がした。





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