表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死止め人《デス・キーパー》  作者: 小日向 日向
そして始まる死の物語
3/9

第3話 死が止まる 後編


 俺はしばらく放心していた。漠然と今までの事を考える。


 目が覚めて、気がついたら訳のわからないところで。見知らぬ女子に「お前は死んだのだ」と宣告され、詳しい説明をされている。


 何が何やらわからない。


 思ったより近くでカチャカチャと音がする。七姫は存外近くにいるようだ。


「あちゃ……。まずお湯を沸かすとこからッスか〜?」


 首を回し、天井に向ける。説明のあいだずっと右に傾けていたので首がいたい。身体は未だうまく起こせないが、少しずつ慣れてきた……気がする。はじめに身体を起こせなかったのは身体を襲う違和感のせいだったようだ。肩は動かないが、肘は動かせそうだ。肘を曲げ、自分の両手を見やる。部屋が暗いせいで逆にわかりやすい。記憶の中の自分より血色が悪そうだ。


 死んで……いるのか?


 薫と会った辺りから記憶が曖昧というか、判然としない。


 文様。文様。

 七姫の死印は俺に大きなショックをもたらした。未だに記憶はないが、俄然俺の死が現実味を帯びてきたことと、文様を見たときから続く眉間の痛み。


 休憩を貰ったことで、情報が整理され少しずつ理解し始めたが、同時に疑念も湧き続ける。


 なんとなく、顔を左に向けた。 


 窓があった。月明かりが薄ぼんやりと入り込む程度のこの部屋では、窓に俺の顔が映り込む。こんな状況だというのに、俺は憮然とした表情。見つめ返してくる無表情の俺。普段と違うのは顔色だが、もともと日陰暮らしだ、血色の悪さは自分以外気づかないだろう。

 ………。いや、俺のことをよく見てくれていた薫なら、あるいは。


「いっつぅ………」


 不意に走った脇腹の痛みに顔を顰める。

 掛け布団を剥がすと、服が破け、黒くなった脇腹が見えた。気味悪いほど黒いかさぶたのようだが、触り心地は普通の肌のようだ。なんなんだこれ。


「うっ……」


 今度は頭に殴られたような痛み。

 自分の脇腹から生えるナイフのイメージがフラッシュバックする。蒸せ返る血の匂い、体温が抜けていく感覚。そして、眼に奇妙な文様が浮かんだ薫の泣きそうな―――そして壊れてしまったのだろうあの表情。


 ああ、断片的だが思い出して来た。そうか。


 もう一度窓を見る。と、いつ浮かんだのか、眼が瞳孔の細い猫のような眼になっていた。死印は刺殺。おそらく刺された傷をモチーフにしたのだろう、紅い紡錘形の断面図のような文様が浮かんでいる。笑えない冗談だ。どういう原理かは知らないが、古傷を、死を面白おかしくしているようで、冒涜しているようで腹がたつ。


「なるほどな」


 だが頭はいやに冷静で、自分が死んだことを理解しきっていた。


 視線を天井に戻す。

 ……今まで気にしていなかったが、薫はどうなったんだろうか。


「お茶入ったッスよ~、て。記憶でも戻ったッスか?」


 七姫は戻ってくるなり、天井をぼーっと見つめる俺に質問する。


「いや、記憶は少しだけ。が、現状は理解した。俺は薫に刺されて、その早嶋ってやつに蘇生されたわけか」

「ええ、そうッス。と言っても見つけたのも助けるって判断したのもほぼ七姫ッスけどね。ミナちゃんへの感謝は当たり前ッスけど、七姫にも超絶感謝してほしいッス」

「感謝……、ね」


 すごく複雑な気分になる。

 俺は生きている価値なんかなかった。生きていたってどうしようもない人間だった。だから生きていられるってことに微塵も嬉しさを感じない。だから七姫の言葉に内心苦笑してしまっていた。

 

「別に俺は生かしてくれなんて頼んじゃいないがな」

「死にたかったッスか?」


 どうなんだろう。七姫の言葉に答えようとして、逡巡する。


「……ただ言えるのは、俺が生きることに意味はないってことだけだ」

「そうッスか」


 七姫は答えながら湯呑を脇に置いた。


「甘ったれんな」


 そのまま顔を背けながら、七姫が何か呟いたが、俺にはよく聞き取れなかった。


「さ~て、 説明の続きでも始めますか。七姫たちは過去じゃない、これからのことを考えなきゃならないんスから」


 そして七姫はスライドを手に再び説明を始める。


「まずこの太い横線を見て欲しいッス。線の中は左端は白、右端は黒のグラデーションなのがわかると思うッス。これが、【人の死】ッス」

「人の……、死?」

「そッス。白が健康、黒が完全なる死だと思って下さいッス。何らかの要因で死が始まると、人の状態がこの白端から段々と黒端に向かっていくッス。で、黒に到達すると完全死ッスね」


 そう言って七姫は左手の人差し指を白い左端に置いた。


「七姫を例にとると、土砂に巻き込まれたことで【死が始まった】ッス」


 そのままスライドに置いた人差し指を、線をなぞるように右端へと動かす。


「……でこう……死に向かっていく途中で、ミナちゃんに蘇生されたッス」


 だいぶ黒に近づいたところで七姫はぴたりと指を止めた。


「晴れてネオ七姫の完成ッス。どうッスか」


 フンス、と鼻息を立てながら七姫は胸を張った。どこら辺に威張る要素があったのだろうか。

 

「……なるほどな。始まった死を、完全な死に移行する前に止める。それで死止め人、半死人ってわけか」

「そうッスね……」


 七姫は俺にツッコまれないことに肩を落としながら同意した。


「このグラデーションの感覚は、多分記憶が戻ればわかりやすいと思うッスよ。体温がすぅっと、段々と抜けてって、「あ、私もうダメかも」って気持ちが比例してますから」

「……」


 笑ってあげるべきなのか?ここも冗談なのか?あまりにも黒過ぎる話題に俺は何も返せなかった。

 七姫は湯呑に一口つけると、再開する。


「さて、話が変わるようでまあ変わっちゃいないんですが、『死』についてどれくらい知ってます。あ、『生』でもいいです」

「は?」


 俺は唐突な質問に反応しきれなかった。


「いやまあ、何も知らないが」

「そうッスよね。ぶっちゃけ七姫もッス。詳しくは専門家に聞くかググれよって話なんスけど、なんか人は生きてると体、脳の働きをセーブしてるみたいで、生命活動を維持してるっぽいッスよ。で、七姫ら半死人はほとんど死んでるようなもんッスから、そのセーブする機能が衰えてるわけッス」

「なるほどな」


 理由はわかる。本来死が始まった時点で止まることはないわけだ。それが死止め人によって強引に止められた。もうほとんど完全な死に移行していた俺たちは、正しい生命活動を持っていないということか。


「ここで出てくるのが『等級(ランク)』と『能力(アビリティ)』ッス。『等級』は身体のセーブがなくなって向上した身体能力のことッス。D~Sまであって、Dランクだと常人の2倍まで。Cランクだと3,4倍。Bランクは大体5,6倍で、Aランクは7倍程度。Sはそれ以上ってところッスかね」

「ちょっと待て。人間の身体ってそんなに高いポテンシャルを持ってるのか?」

「だから知らないッスよ、そんなことなんて!詳しくは専門家に聞いてくださいッス!」


 さっきの前置きは内容に突っ込まれた時の保身用だったわけか。


「すまない。続けてくれ」

「むぅ。次は『能力』ッス。と言ってもこちらも『等級』と同じッス。身体にセーブかかってるのと同じで、もちろん脳にもセーブかかっていたわけで、そのセーブが弱まったことによって発現した超・後天的異能力のことを『能力』と呼ぶんス」

「さっき自己紹介で『能力』は心を覗くこと……みたいに言っていたが、人によって違うのか?」

「そうッスね。というかそもそも『能力』(アビ)持ちが少ないッスね。『等級』の違いはこれ、このグラデーションのどの地点で止められたか、どこまで完全な死に近いかで決まると考えられてるッスけど、『能力』に関しては一切謎。発現したら儲けもんみたいなものッス。発現してたって能力によっちゃ発現してることに気がつかないかもですしッスね~。例えばほら、七姫は心を覗く能力を持つッス。けどこれ最初は漠然と「あ、この人喜んでる」とか「怖がってる」っていうのを表情以外から読み取ることができただけで、たまたまその推測が正しかっただけで、『能力』って理解したのはわりかし最近ッスから。それに半死人になると身体の感覚ってだいぶ変わるッス。生理的なものなくなったり、成長が止まったり。あと……」


 七姫は横に置いた湯呑を一気に煽った。そういえばさっきも、湯気の上がる熱い茶を一気飲みしていたな。


「……五感も麻痺しますッスからね。『等級』と同じで死の経過具合で個人差あるんスけど。だから『能力』なんて持ってる方が珍しいんス」


 七姫は湯呑を置いた。


「ふー。一通り説明したッスかね~。どうッス?分かりました?」

「まあ、自分がどうなったかは理解した」


 死んでいたはずなのに、何故か拾われ生きていた。人間ではなくなっているというおまけ付きで。


「で、俺はこれからどうしたらいい」

「ん?過去にウジウジ悩むのはやめにしたんスか~」


 ニヤニヤと笑う七姫。どうしてそんなことを言ってくるのか。……ああそうか、心を覗かれているんだな。

 なるほど、これが『能力』か……。


「どうもこうも、好きに、今までどうり暮らせばいいんじゃないッスか~」

「そうはいかないだろ。俺はもう生きちゃいない。それに、成長が止まるなら社会には溶け込めない。だからお前はこんなところで一人暮らしてるんだろ」

「んん~、まあ、七姫の場合は事故のせいで戸籍上死んじゃってるからなんスけど、まあ、溶け込めないのは事実ッスね。でもお兄さん、あなたは元々社会に溶け込んでなかったッスよね」


 七姫の紅い眼が俺を覗きこんでくる。


「だったらそのままでもいいんじゃないッスか?」

「俺は……」


 七姫の言うとおりだ。もともと俺は社会のつまはじきものだ。だが、引っかかっているのだ、じっとこちらを見る七姫の死印。その文様が心をかき乱す。何かしなくちゃいけない。何か救わなきゃいけない。何か?いや、誰かだ。そうだ、薫――。


「なあ、薫を知らないか?」

「どちらさんッスか?」

「赤いドレスを着た女だよ。俺より年上の」

「ああ、なるほど。お兄さん殺害事件の容疑者さんッスね」

「どういうことだ?」

「いえ、あなたを見つける前、赤いドレスを着た半死人(・・・)が急いで路地裏を抜けていったんスよ。そう、あの人のせいで私の大切なコートが―――「会わなくちゃ」―――え?」


「会わなくちゃいけないんだよ!俺は!薫に!」


 そこで無理に体を動かそうとして、全身走る痛みに悶えた。


「落ち着いてくださいッス!わかった、わかったッスから!私の言うことを聞いていればどうせ会えますって!」


 七姫はそのまま無理に起きようとした俺を寝かさず、上体を起こすのを手伝った。痛みはひどいがどうとでもなる。


「――くっ!それよりどういうことだ!また会える?適当言ってんじゃねえぞ!」

「大丈夫、根拠はあるッス。半死人や死止め人は集まる運命にあるッスから。死止め人はし死止め人同士で殺し合おうとするので」

「何?」

「……まあ、蘇生された時点でお兄さんは普通の生活に戻れる余地はなかったってことッス。なんで私の言うことを聞いてください」


 神妙な面持ちで語りかける七姫の姿勢に、俺は少し冷静さを取り戻した。


「その、悪かったッスよ。煽るような事を言って。死止め人や半死人は他の派閥の死止め人、半死人と殺し合うんス。だから普通には暮らせないんス。騙してすみませんでした」


 俺の視点が低いのでそれに合わせたのか、七姫は土下座した。

 そこまで言われると俺は完全に冷静になるしかなかった。


「いや、別に……」

「―――なら戦ってくれるんスね」

「え?」


 顔を上げた七姫は、嬉々とした表情を浮かべていた。


「これからの生活はミナちゃんの駒となって、一緒に戦ってくださるんスよね!」


 今の謝罪はなんだったのか。

 実に清々しい表情で、七姫の要望を押し付けてくる。やっぱりコイツは嫌いだ。ただ、俺に選択権はない。


「……それで、薫に会えるのなら」

「よっしゃあッス!無愛想でつまんないけどめちゃくちゃこき使える後輩ゲットッス!」


 ガッツポーズをする七姫。

 ……コイツにはいつかきっと二度目の死を味わわせてやろうと、静かに俺は決意した。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ