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第八十話 ミコトと名無し・3 ふたりの素顔

 俺の声は名無しさんに届いたのか、それとも。


 教会で花嫁衣裳を着た彼女の姿が、目に焼き付いて離れない。


 意識は浮上せず、ただ暗闇の中にいる。


 隣に寝ているはずの、名無しマユさんの気配を感じられない。彼女はもう、向こうの世界に帰ってしまったのか。


 ――向こうの世界。俺にとって、もうあの場所は、かつて故郷であった場所というだけだった。


 俺たちが帰るべきは、帰りたい場所は、マギアハイム(ここ)だけだ。


 ただ、祈るしかない。目を覚ましたとき、名無しさんの姿を見つけられることを。


 ◆ログ◆

・あなたは『魂の魔導書』から解放された。

・《名無し》は『魂の試練』を乗り越えた。

・《名無し》の『隠者の仮面』の呪いが解けた。


 流れてきたログが意味するところは一つ。名無しさんが、帰ってきてくれたということ。


「――名無しさんっ!」


 俺は起きると同時に、彼女を呼ばずにはいられなかった。


 右を向くと、俺たちを見てくれていたミコトさんと、『揺りかごを揺らす者』がこちらを見ている。


 ――そして、左を向く前に。


 俺より先に起きていた名無しさんが、俺を後ろから抱きしめてきた。


「……心配をかけたね。先にこっちを向いていたら、どんな顔をしていいか困ったところだよ」


 囁くような声。名無しさんは泣いているのか、声がかすかに震えていた。


 そして――彼女の言葉の意味は。


 後ろを向けば、すでに名無しさんの仮面は外れているということだ。


「小生は『ありえたかもしれない未来』になんて興味はない。自分で歩く道を選び、この世界を選択した。そのことを決して後悔しない。例え親不孝と言われても、私は親が望む生き方をして、一言も逆らってこなかった。それなら、大人になったあとは、自分の足で歩いたっていいはずだ」


 それは自分に言い聞かせているようでもあり、同時に贖罪の言葉でもあるように思えた。


 彼女は残してきた家族に対して、心残りがあった。父親、母親、姉――そして彼女を知る多くの人々。


 それでも彼女は、この世界を選んだ。エターナル・マギアの世界で生きたいという思いは、それほど揺るぎないものだった。


 俺は一瞬でも不安に思ったことを恥じた。名無しさんが帰ってしまったら、そう思ったことを後悔した。


 彼女はこの世界を、俺とミコトさんと、そしてギルドの仲間たちと共に十二分に楽しみ、飽きることなく旅をしていた。


 俺がそうであるように、名無しさんも同じ気持ちで居てくれる。そう信じられるほどには、長い時間を共有したつもりだ。その事実に、俺はもっと自信を持つべきだった。


「……俺は大人にはなれなかったし、親不孝のままで終わった。そんな俺よりも、名無しさんはずっと立派だ。俺も、出来るのなら名無しさんみたいに……」

「いや、小生も親不孝だよ。その事実はどう言いつくろってみたって変わらないけれど、本当に大事なもののためにここにいるんだから、何も後悔はない。それどころか……こうして君といられることに、今も喜びを感じている。本当に、ただそれだけでいいんだ」

「名無しさん……」


 ゲームで出会った以上は、ただゲームを純粋に楽しむ仲間であるべきだと思っていた。

 そもそも俺は、麻呂眉さんを男性だと思っていたのだから、こうしているのが今でもふと不思議になるのだが――。


 俺と会ってから、仮面をつけていても関係なく、たおやかな女性らしい姿を見せてくれていた彼女に魅力を感じ続けていた。


 思えば最初出会ったとき、困っているウェンディを見て気遣ってくれた名無しさんを見たときから、彼女の正体を知らずとも好意を抱いていたのだろう。


 そんなことを考えていると、俺たち二人を見ていたミコトさんが、涙で潤んだ目元を拭いながら笑いかけてきた。


「……マユさん。一度だけお会いしましたが、やはりお綺麗ですわ。私が大人になったら、あなたみたいな女性になりたかった」

「いや……小生は、これからもずっと『名無しノーン』だよ。マユというのは私の真名ということにしておこうか。名無しという呼ばれ方のほうが、ヒロト君のパーティの一員と感じられる」

「……分かった。本当に大事な時以外は、『名無しさん』って呼ぶよ」

「大事な時……ヒロト坊やったら。少し前まで赤ちゃんだったのに、もう一人前の男の人みたいなことを言って……」


 『揺りかごを揺らす者』は、なぜかとても嬉しそうにしている。彼女に対して身構えている部分があったが、どうも敵意は全くないようだ。


 しかしこんな時に気にすることではないが、否、どんな時でも気にするのが俺だが、背中に名無しさんの胸のふくらみが当たっており、彼女の呼吸に合わせて微妙に形が変化するところまで、鋭敏に感じ取ってしまっている。俺の手に収まる大きさから、少しはみ出しそうになってきているが、俺が育ててしまったという事実には感慨しか覚えない。


「……ごめん、心臓がうるさいかな。仮面を外しているから、落ち着かなくて……」


 名無しさんの胸は確かに早まり、トクトクという鼓動が伝わってくる。こんなに早くて大丈夫なのかと思うほどのスピードだ。


 俺を抱きしめるために前に回っている名無しさんの手に触れながら、俺は言った。できる限り彼女が落ち着くように。


「ミコトさんも今か今かと待ってるみたいだし……見せてくれるかな。名無しさん」


 しばらく答えは返ってこない。ミコトさんはじれったいようだが、頬を赤らめつつも我慢して待ってくれている。


「……仮面をつけていたからといって、目の周りだけ日焼けしていなかったりはしないけど。ミコトはああ言ってくれたけど、あまり自信は……」

「何を言ってるんですの。それは、これだけ焦らしてしまったので、見せるのが怖くなっているだけですわ」


 ミコトさんに言われて、名無しさんがふっと笑う。少し緊張が緩んだみたいだ。


 俺は名無しさんの腕をそっとさすりながら、彼女が落ち着くのを待った。俺に抱きついていたらずっと落ち着かないのではないかと思うくらい、彼女の心臓はずっと早いままだったが――次第に、少しだけ落ち着いてくる。


 名無しさんが俺から離れる。そして何も言わずにいる彼女の方を、俺はゆっくりと振り返った。


「……あの、名無しさん。これは……?」


 ようやく見られるというところで、両手で目を隠された。名無しさんのひんやりとした手の感触が心地よい。


「そ、その……小生というか、私も恥ずかしいと思うことはあるんだよ。ゲームのときは、男性のキャラで萌えとかそんなことばかり言ってたし……」

「俺も結構言ってた気がするから、気にすることないよ」

「……男の子はいいけど、女性はそういうことを隠さないといけないこともいっぱいあってね。まあ、だからこそ、ジーク君やミコトといるときは、楽しかったんだけど」


 名無しさんは隠れオタクというやつだったのだろうか。確かにネットで包み隠さず自分の趣味をさらけ出したあと、リアルで顔を合わせるというのは緊張しそうだ。


 そういう時にうまくやれる能力をこそ、コミュ力と言うのだろうが――今の俺になら、名無しさんの緊張を和らげてあげられるはずだ。


「そんなこと言ったら、俺は小さいときに名無しさんにもっと大変なことをしてるよ。この世界じゃなかったら、ありえないようなことを……」

「それは……そうだね。私もミコトも、君のスキル上げに大いに貢献したね」

「な、なぜその話になるんですの? こちらに飛び火させないでくださいませ」


 ミコトさんが慌てて、名無しさんが笑った気配がする。もう、大丈夫だろう。


 彼女の手がゆっくり外される。そして俺は、名無しさんの顔を正面から見た。


 男性のロールプレイをするくらいだから、さばさばした感じというか、男性みたいな雰囲気なのかと思っていたが――想像以上に優しそうな顔をした女の人がそこにいた。


 そして、ミコトさんが言っていた通り――いや、それ以上に綺麗だった。


「……ジーク君がイメージしていた私と比べて、許容範囲内かな?」

「いや……びっくりしたよ。こんなに大人っぽくて綺麗な女の人が、ミコトさんにバニー装備一式をプレゼントして、フヒヒとか言ってたのかと思うと……なんていうか、卑怯だな」

「ひ、卑怯……それはまあ、しょうがないよ。可愛いキャラに可愛い格好をさせたいというのは、そんなに珍しいものじゃないはずだし……ミコトもそう思うよね?」

「本来の話し方は女性らしいですから、どちらに寄せていいか決めかねているようですわね。いっそのこと、私みたいにされてはいかがですか?」

「……それは、本当に悩ましいところなんだけどね。うーん……」


 名無しさんは困っている。年上のお姉さんにこんなことを思うのもなんだが、何とも言えず可愛い。これが仮面をつけていたら、ミステリアスさが勝るところなのだが。


「……ジーク君はどっちがいいと思う? 小生は、そのままでいいかなと思っているんだけど……たまにぶれるかもしれないけど、それは仕方ないと思って許してほしい」

「許すも何も、俺にとってはどっちの話し方でも名無しさんだから。さっきからジーク君って呼んでくれてるけど、それも懐かしくて嬉しいよ」

「っ……そ、そう……良かった……」


 やっぱり、まだ名無しさんは緊張してるようだ。俺の方もこんな美人を前にしたら、前世でオフ会なんてしていたら確実に何かやらかして、嫌われていたところだろう。


 この世界で初めて直接会うのが俺たちにとって最高のタイミングで、それ以外にはありえないと断言できる。


「……どうしたの? ジーク君、ぼーっとして」

「あ……い、いや、何でもないよ」

「本当に? ちょっと顔が赤いみたいだけど……」


 驚いている間も与えられず、名無しさんが髪を上げて、俺の額に自分の額をつけてきた。俺よりも、名無しさんの方が少し体温が低いが、とても照れくさい。


「良かった、熱はないみたい」

「あ、あの……名無しさん、距離が……」

「……今さら距離のことを言うような関係かな? あんなにいっぱい、君にスキルをあげてきたのに」


 名無しさんもスキルのことを理解している。当然だ、彼女にもログが見えるのだから。

 つまり俺が最初に法術士スキルをもらった時からずっと気づいていて、それでも俺のスキル上げに付き合ってくれたわけだ。今さらに、途方もない感謝が湧いてくる。


「ふぅ……やはりそうなりましたか。これだから、名無しさんが本気を出したら怖いと思っていたのですわ。女性経験の浅いギルマスでは、たじたじですもの」

「ふふっ……坊やはこの世界で生まれてからずっと、出会う女性すべてをとりこにしてきたと思うのだけど、それは面白い見解ね」


 楽しそうに笑っている『揺りかごを揺らす者』。貴女は俺の姉さんか何かか、と言いたくもなる。


 しかし通り名というか、まだ称号しか知らないが、彼女に名前はないのだろうか。


「その……まだ、名前を聞いてなかったけど。やっぱり、名乗れなかったりするのかな」

 女神と同じように、名前を伏せているのか。そう思ったが、彼女は首を振った。


「私の名前はクロトと言います。あなたたちと戦う可能性も考えて、名乗らずにおこうと思っていましたが……名無しさんはこの世界を選びましたし、ヒロト坊やに憎まれずに済んで良かったと思っています。こんな得体の知れない姿で、何を言っているのかと思うでしょうが……」


 ◆ログ◆

・あなたは《揺りかごを揺らす者》について情報を手に入れた。

・《揺りかごを揺らす者》の名前表示を本名に変更しますか? YES/NO

・《揺りかごを揺らす者》の表示を《クロト》に変更した。


「クロト……名前だけ聞くと、ヒロトさんにちょっと似ていますわね」

「ええ、そうですね。偶然ではありますが、共感を覚えるところです」


 俺と名前が一文字違いというだけで、クロトさんはとても母性的な女性だ。仮面の下の火傷は気になるが、半分しか顔が見えなくてもその美貌に変わりはない。


 そして母性という言葉を思い浮かべてしまうと、俺は反射的に彼女のステータスを見ようとしてしまう。生まれながらに母性に惹かれすぎて、採乳ばかりしている――と詩的に表現しても言い訳にはならないが。


 ◆ログ◆

・《クロト》のステータスは『時詠みの仮面』によって隠蔽されている。


(ほっ……いや、見られたほうが嬉しいけど、見境なさすぎるのもな)


 そんなことより、何か物凄く気になる名前の装備品だ。ゲーム時代は存在しなかったアイテム――『時詠み』なんて、未来を予知するとか、時間に干渉する力でも持ってるんだろうか。


「ヒロトさんの目の色が変わってますわ。名無しさん、お仕置きしてあげませんこと? この人は放っておくとすぐにこうなのですから……」

「うん、そうだね。ヒロト君は小生の素顔を見ても、そんなに興味を持ってくれなかったみたいだし……」

「い、いや、そんなことないよ。ただ、ずっと近くで見てると照れるからさ」

「……小生は一度見せてしまうと度胸がつくみたいで、慣れてきたよ。好きな人の顔は、ずっと見ていても飽きないものだね」


 名無しさんはベッドの上で俺と向かい、こともあろうに首に両腕を回してしなだれかかってきた。


 ふにゅ、と胸板に柔らかいものが当たる。昔からそうだが、名無しさんは法術士だからというより、身体がやたらと柔らかいように感じる。それは、触り心地が良いということでもあるわけで。


「皆さん、それではまた後でお会いしましょう。私は自室に居ますので、ここから出るときは一言お知らせいただけますか。お話したいこともありますので」

「あ……は、はい。この部屋は、使わせてもらっていいんですか?」

「ええ、もちろん。何泊でもされて構いませんし、転移で戻ってこられるようにもしておきましょう。ヒロト坊やが習得してここに来るとは思っていませんでしたが、魔王から力を得るなんて、本当に強くなったのですね」


 俺の持っているスキルがお見通しというのは落ち着かないが、彼女ほどの未知の力の持ち主ならば、それも仕方がない。


 彼女は俺たちに微笑みかけると、部屋から退出していく。改めて見ると、高レベルの魔術師にふさわしい装備で身を包んでいた。


(おそらく彼女のレベルはカンスト……『魂の魔導書』を召喚したことからすると、装備召喚ができる魔王と同等の実力を持ってる。いや、あるいは……)


 女神との関係が深いということは、魔王より格上の存在という可能性すらある。そんな相手が友好的に接してくれるのなら、俺としてはとてもありがたいのだが――まだ、完全に信用していいものなのか、後で改めて見定めたい。


 それより、今はするべきことがある。名無しさんの仮面を外すことができたら、俺がしようとしていたこと。


「名無しさん、ミコトさん。二人に、改めてお願いしたいことがあるんだ」

「何ですの? どんなお願いでもお受けしますわよ」

「うん。小生もそのつもりだよ」


 いつか、そんなやりとりをしたことがあった。二人が俺にギルドのマスターになってくれと頼んできて、俺は一週間考えてから返事をした。


 増え始めた仲間たちは、エターナル・マギアのサービスが始まってから初めて行われるギルド戦に、自分も参加してみたいという思いを持っていた。ギルドの構成人数は最低でも8人で、俺たちはさまざまな職業の知り合いを作り、すでに16人以上が揃っていた。

 俺は最も長く行動を共にしていたミコトさんと名無しさんに、ギルドのサブマスターに就任してくれるように頼んだ。ソロで行動する時間の多いミコトさんも、リアルで忙しくなることのある名無しさんも、「俺にマスターになってほしいと頼んだのは自分たちだから」と、多少受け身ながらも快諾してくれた。


 三人とも、すごく社交的というわけでも何でもなかった。ただ、エターナル・マギアが好きだったというだけだ。


 元の世界で生き続けても、こんな時が果たして来ただろうか。ミコトさんの病気のことを考えれば、どうやっても別れる時が来て、寂しさを味わっただろう――俺はそんな思いを、二人にさせてしまったということでもある。


 もう、そんな思いは二度とさせたくない。これから二人に頼むことは、その誓いの意味も込められている。


「俺と結婚してくれないか。これからはパーティの仲間ってだけじゃなくて、俺の奥さんになってほしい。二人のことが好きなんだ」


 ――まず、『二人が好きだ』という自体が、元の世界ではありえない話で。


 異世界で俺が副王になったから、多くの奥さんを持つことができると言われても、二人が受け入れるかどうかは別の問題だ。


 それでも俺は、『魂の魔導書』の中で見たように、名無しさんと他の誰かが結婚するなんて、とてもじゃないが耐えられない。


 二人にはこれからもずっと一緒に居てほしい。転生してもまた出会ってしまったのだから、その気持ちはそれこそ、死ぬまで変わらない。


「……こういう時は、愛してるとか、そういうことを言ってほしいと思っていましたが。好きというだけで、もう胸がいっぱいで……他のことは何も考えられませんわ」

「小生の答えは決まっているよ。君が大きくなったら、他の女性と……フィリアネスさんや、モニカさんと結ばれるのかもしれないと思っていた。小生は、君を見ていられたらそれだけで良かったんだ。好きだなんて言ってもらえるなんて、期待してはいけないと思って……」


 名無しさんが言葉に詰まり、彼女の頬に涙が伝う。ミコトさんがベッドに身体を乗り出してきて、二人が俺に抱きついてくる。


 その温もりを感じながら、俺は思う。ネットで知り合って、そして出会って結ばれるなんてことは、珍しい話じゃなかったが――俺には縁遠くて、どちらかといえば斜めに構えて見ているほうだった。


 こんな日が来るとは想像もしていなかった。二人と会えただけでも嬉しかったというのに、あまりにも贅沢すぎる。


 だがそれを言うなら、子供のころから常に俺は恵まれていた。皆に優しくしてもらえて、大切な人たちを守ることを許されて、ここまで来た。


 何もかも、生まれ変わらなければ得られなかった。リオナのことでは女神を憎んだこともあったが、やはり憎むだけというわけにはいかず、感謝するべき部分もある。


 おそらくもう、女神の居場所にたどり着く日は遠くはない。この世界で旅をする目的は、近いうちに達せられるだろう。名無しさんが女神に課した枷を解き放ち、そして女神のことを知る人物に会えたのだから。


「……ヒロトさんに、ずっと言いたかった。私はエターナル・マギアでも、あなたと『結婚』したかったのですわ。もう永くないからといってそんなことを頼めませんから、最後まで言わずじまいでしたが」

「小生もヒロト君とは、一度リアルで会って話してみたかった。ゲームのチャットとはいえ、君は一番長く話した男の子だったからね。でも、自分の実際の姿を見せる勇気がなくて……ゲームとは性別が違うなんて、よくある話だとは思っていたんだけどね」


 今なら素直に気持ちを打ち明けられる。そう言わんばかりに、二人が隠してきた想いを話してくれる。


 そして俺を見つめるうちに、二人の瞳が熱を帯びていく。魅了も何も関係ない――『房中術』を持つ俺の手が、二人の背中に回っているということは、多少関係あるかもしれないが。


「……これ以上のことは、結婚式の後で……い、いえ、何でもありません。私ったら、はしたないですわ」

「いつもの範囲ならいいんじゃないかな。ヒロト君は、『忍術』スキルをまだ上げ足りないと思うし……『法術士』も、カンストはしていないよね」

「……い、いいのかな。俺、スキルをもらうばっかりで……」


 何を今さらと言うように、二人が笑う。


 そして俺は今になって、まだ名無しさんについて知らないことがあると気づいた。


「あ、あの。名無しさんって、今は何歳なのかな?」

「ん……そうか、小生のステータスは仮面のせいで見えなかったんだね。小生はこちらの世界に来たとき、16歳になっていたんだ。だから、今は24歳ということになるね」


 24歳……大人だ。俺は14歳相当で、10歳差ということになる。他にも年齢が離れている人はいるので、今さら問題にはならないのだが。


「俺は転生する前は16歳だったから、こっちに来てからの8年を足したら24年になるな。同い年っていうのは、ちょっと違うけど……」

「……そんなに若いのに、命を落としてしまったんだね。ヒロト君のご家族も、さぞ悲しまれたことだろう……」

「前世で早く亡くなった分だけ、私たちが幸せにしたい……と言ったら、傲慢だと思いますか?」


 ミコトさんが聞いてくる。彼女だって早くに亡くなったというのに。


「いや、嬉しいよ。傲慢なんて思うわけない」


 ミコトさんは嬉しそうに笑うと、名無しさんと目くばせをして、再び俺に寄り添う。そして、二人同時に頬にキスしてくれた。


 そうしてもまだ、二人は満足しきっていない。これまで待ってくれていた分を取り戻すように、二人は何も飾ることなく、素顔のままで俺に甘えたがり――結局俺たちがクロトさんのもとを訪れるのは、半日が過ぎてからになるのだった。


 ◆ログ◆

・あなたは《ミコト》《名無し》に『求婚』を行った。

・二人はあなたの求婚を受け入れ、関係が『婚約者』に変化した。


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