表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/104

第六話 雷神フィリアネス

 上からならず者を踏みつけていたバルデス老だが、ドワーフの体重は見た目の小柄さに反してかなり重い。しかしまあ、うちの母さんに手を上げた以上は、それくらいは甘んじて受けてほしい。


「ありがとうございます、おじいさん」

「いやいや、いいんじゃよ。わしもすっかり耳が遠くなってな、騒ぎに気づくのが遅れてしもうた」


 バルデス老は言いつつ、レミリアさんの背中にいる俺を見やる。俺は一瞬だけ目を合わせられたが、やはりそっぽを向いてしまった。


「うむ、いい目をしておる。わしが気づけたのは、この子の持つ風格のおかげかものう」


 同性を魅了すると、大変なことに……ということはなく、基本的には友好的になるだけだ。ゲームでは、女性が男性プレイヤーを使って同性キャラを落としにかかるというケースもたまに見られたが。やおいが嫌いな女子なんていませんって、けっこう真理に近いんじゃないかと俺は思う。もちろん俺には縁遠い文化だが。


「わしが生きているうちに、子供向けの道具でも作って贈りたいものじゃ」

「いえいえ、そんな……今日助けていただいただけで、こちらこそお礼をし尽くせません」

「儂が勝手にそう思っておるだけじゃ。のう坊主、大きくなったらこのバルデス爺の工房に遊びに来い。覚えておられたらじゃがのう……ほっほっほっ」


 バルデス老――いや、バルデス爺は上機嫌に笑いつつ立ち去った。母さんを助けてくれて本当にありがとう、と言いたいところだが、言えないし、手を振ろうとしてもぎこちない感じになってしまった。でも笑ってくれてたからいいか。魅了スキルが成功してくれて良かった……。


 今回の魅了スキルは町の人十人以上にかかってしまったので、さっきから「命令しますか?」のダイアログが連発している。俺が何もせず、彼らの好感度を上げなければ、24時間もすれば魅了は解除されるだろう。


 のびている男たちは、ガードによって連行されていく。今みたいな事態だと、「どちらに非があるのか」は、やはり先に手を出した方が悪いということになるのだろうが……どうやら、最初男がレミリアさんにぶつかったのは、わざとだったようだ。ログを見るとアントンという男が「体当たり」を発動させている……俺は最初気づけなかったが、初めから因縁をつけるつもりだったのだ。


 レミリアさん、ライフが少し減ってる……何てことをしやがる。しかし俺の怒りは、もう何かに向ける必要はなかった。フィリアネスとバルデス爺が、完膚なきまでにアントンたちを叩きのめしてくれたからだ。


「あ、あの……フィリアネス様、本当にありがとうございます。私がつい、かっとなって手を上げてしまい……」

「数に任せて女性に狼藉を働こうとするような輩を、公国の騎士が見逃すわけにはいくまい。まして、このような幼い赤子を連れて……」



 ◆ログ◆


・「カリスマ」が発動! 《フィリアネス》に注目された。



 カリスマが発動して、フィリアネスがレミリアさんの後ろに周り、俺の顔を見ようとする。


「むっ、私の方を向いてくれない……っ」

「……あー、うー」


 急にあなたが近づいてきたので、と言い訳をしたいところだが、やはり初対面の人の目を見るのは無理だ。愛嬌よく笑ったら、好感度が上がるかもしれないのに。



 ◆ログ◆


・「魅了」が発動! 《フィリアネス》は「聖なるサークレット」の効果で魅了を防いだ。



 フィリアネスが頭につけている額当てはマジックアイテムで、魅了を完全防御しているようだ。でも、「カリスマ」のおかげでステータスだけは見られる。

 俺は別に、スキル上げのことしか考えていないわけではないのだ。ゲーマーとしては、強いキャラクターのステータスは無視できない情報でもあるわけだし……閲覧させてもらおう。

 所持スキルの多さは予想していたが、サラサさんと同じくらいの情報量だった……し、しかし、これは……。



 ◆ステータス◆


名前 フィリアネス・シュレーゼ

人間 女性 14歳 レベル30


ジョブ:セイントナイト

ライフ:340/340

マナ :120/144


スキル:

 細剣マスタリー 40

 鎧マスタリー 20

 精霊魔術 30

 【神聖】剣技 50

 魔術素養 10

 恵体 25

 母性 35

 気品 12


アクションスキル:

 ピアッシング(細剣マスタリー20)

 ツインスラスト(細剣マスタリー40)

 加護の祈り(【神聖】剣技10)

 魔法剣(【神聖】剣技20)

 ダブル魔法剣(【神聖】剣技50)

 精霊魔術レベル3(精霊魔術30)

 授乳(母性20)

 子守唄(母性30)


パッシブスキル:

 細剣装備(細剣マスタリー10)

 二刀流(細剣マスタリー30)

 手加減(【神聖】剣技30)

 カリスマ(【神聖】剣技40)

 鎧装備(鎧マスタリー10)

 マナー(気品10)

 育成(母性10)

 オークに少し弱い

 スライムに弱い


残りスキルポイント:0



(……じゅ、じゅうよんさい……!?)


 雷神フィリアネスのゲームでの公式イラストは、二十代の女性だった。「フィル姐さん」という愛称で呼ばれてもいたし、俺の認識が間違ってはいないはずだ。頻繁に「BBA結婚してくれ」と掲示板に書き込まれるキャラの代表格でもあった。

 ゲームではレベル60を超えてたはずなのに、年齢が下がっているからなのか、30しかない。それでもほとんど無駄のない振り方をして、今見せてくれた戦闘力には納得できる……だが……。


「やはり、剣を持っている女は、赤ん坊には怖がられてしまうのだろうか……」


 目の前でしゅんとしているのは、紛れもなく14歳の少女だった。女騎士というより、少女騎士と呼ばなくてはなるまい。

 しかし14歳で、リカルド父さんより強い……どんなスキル上げ、もとい苛烈な鍛錬を積んだらこんな強さを得られるのだろう。俺もぜひ見習いたい。


「フィリアネス様、私が公国の貴族の子女と知っていらしたようですが……」

「私は公国を護る者。公王の系譜に連なる方々の名前はすべて存じております。レミリア・ハウルヴィッツ様……あなたが、我が騎士団の斧騎士リカルドと婚姻されてから、すでに二年になりましょうか」


 フィリアネスは母さんの前に膝をつき、頭を下げる。その瞬間、俺はひとつのことに気が付き、電撃に打たれるような気分を味わった。


 「ジークリッド」は俺のプレイヤー名で、ゲーム中に登場なんてしなかった。俺の両親もいなかったはずだ……なのに、この世界では、元からいた存在になっている。


 俺はいくつかの仮説を立てるが、俺を転生させた女神に再会しないことには、答え合わせは出来ない。今のところは、女神が「俺を迎え入れるために」準備を整えた結果なのかもしれないということだ。両親がいて、両親にはそれぞれの出自があり、人生があり、人間関係がある。


 神は自分が作り出した世界で、人間の存在を自由にすることが出来る。

 でも今は、それを傲慢だと思うよりは。


「はい。この子はヒロト……私とリカルドが授かった子です」


 俺はリカルドさん、レミリアさんの子として生まれさせてくれたことを、女神に感謝したかった。

 おんぶした俺を心地よい加減で揺らしてあやしながら、レミリアさんが笑う。この世界の、俺の母さんが笑っている。

 俺はその笑顔を守りたかった。不甲斐ない前世をそれで取り返せるとは思わないけど……リカルドさんも、町のみんなも、サラサさんやリオナだって、誰だって守ってやりたい。

 それが女神にボーナスをもらって、この世界に生まれさせてもらった俺の、せめてもの恩返しだ。


「……なぜこちらを向いてくれないのだ。私はそんなに怖い顔をしているか?」

「……まんま」

「あらあら……ヒロトったら、お腹がすいてるみたい。フィリアネス様、お礼はまた日をあらためて、必ずさせていただきます。それでは……」

「実を言うと、私は貴女の家に用があって来たのです。それに、先ほどの連中の仲間がいないとも限らない。よろしければ私も、貴女の家まで同行させていただきたいのですが……」


 フィリアネス……と、ゲーム時代の感覚を思い出して呼び捨てにしてしまっていたが、そろそろ敬称をつけよう。どうやら彼女は、のっぴきならぬ重要な事情でこの町に来たようだ。ほとんど首都から動かないキャラだったから、俺にはこの先、どんなイベントが起こるのか想像がつかない。


 ずっと先まで、赤ん坊の身ではクエストに関わることなんて無いと思ってたけど……もしかしたら。俺はフィリアネスさんの来訪に、密かに胸を弾ませていた。


「な、なんだ、こちらをじっと見ているが……私の顔に、何かついているのか?」

「あら……珍しいわね、ヒロトが人見知りせずに、人のことを見られるなんて。フィリアネス様、恐れ多いことですが、うちの子がなついているみたいです」

「む、むむ……助けたからということか? 別に恩義に感じる必要などないのだが……」


 もちろん母さんを助けてくれたことに感謝してもいたが、俺は、こんな時でも目ざとかった。


(フィリアネスさんのスキルに母性が……それも35。14歳なのに……!)


 彼女の装備を見るには、パーティに入ってもらわないといけないので、まだ見られないが……外見だけでも、何を身につけているかはだいたいわかる。


 彼女はゲームでもそうだったが、防御力が高く、付加効果も多いフルプレートメイルを、敏捷性が下がって攻撃回数が減ることを嫌って装備しない。


 そのかわり、「腰鎧ウェストアーマー」という腰回りを護る装備と、「肩鎧ショルダーアーマー」を、「布鎧クロースアーマー」の上から装備している。つまり金属部分が肩と腰だけを守っていて、あとは布なのだ。


(……これがリアル乳袋……14歳で、母性35……7%のプラス補正が入ったバスト……!)


 ひたすら感嘆するほかない。14歳なのに、明らかにレミリアさんより大きい。それではレミリアさんが小さいようだが、決してそうではない。フィリアネスさんが恵体……いや、発育に恵まれているのだ。


 魅了スキルの判定は、しばらく時間が経たないと入らないし、彼女がサークレットをつけている限りは無効化される。高望みをしてはいけないが、セイントナイトの職業固有スキル「【神聖】剣技」が取れるとなると、正直喉から手が出そうになってしまう。


 サークレットを取って髪をおろさせたら……じゃなくて、「魅了」への抵抗値を下げられたら。そんなチャンスが、果たして訪れるだろうか。


「この子ったら……フィリアネス様、くれぐれもこの子を甘やかさないでくださいね。すぐに女の子を引き寄せる、不思議なところがある子なんです」

「む……しかし、私は子供に好かれるような人間ではないし、ヒロトもさっきからそっぽを向いている。私が甘やかしたところで、喜んでもらえないのなら、何もするつもりはない」


 ちょっと拗ねているフィリアネスさん。さすがに最強クラスのNPCから採乳をすることは出来ないか……こればかりは諦めるしかない。今まで18歳以上の女性しか母性20以上を持つ人がいなかったから、14歳の彼女に対しては、少なからず背徳感があるしな。


 装備を外してもらうには、それより強力な装備を渡すしかない。「交換」スキルで渡すにしても、聖なるサークレットと同価値のアイテムなんて持ってないし。

 お金とアイテムの「交換」も出来るのだが、幸運スキルを取ったときに取得した「ピックゴールド」は俺が自分で歩かないと発動出来ないから、現時点の財産はゼロだった。それに、マジックアイテムのサークレットは金貨百枚じゃすまない価値があるだろう。


(八方ふさがりか……うーん。とりあえず、彼女の用事が何か分かるだけでもいいか……時間回復するとはいえ、母さんのライフも何とかして回復させてあげないとな)



 ――俺はまだ、今の時点では失念していた。


 ゲームと違い、この世界では、どんな人でも絶対に装備を外す機会があるということを。


明日は一話のみ更新になるかもしれません。

時刻は夕方~夜になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ