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第七十一話 赤き魔王の領域/白い少女の記憶

 シスカとナヴァロ――ミルテの両親は、俺たちの言葉にまだ耳を貸してくれそうにない。


 魅了を使うことも考えたが、こんな表示が出てしまっては、リリムを倒す以外には無くなってしまう。


 ◆ログ◆

・あなたは『魅了』をアクティブにした。

・『魅了』が発動! 《シスカ》は『妖精のピアス』の効果で無効化した。

・《ナヴァロ》はすでに《魔王リリム》に魅了されている。

・《ナヴァロ》の魅了状態を上書きすることができなかった。


(上書きできない……リリムは男性に対して、俺より上位の魅了を使うってことだ)


 そして、メイヴの時に見たステータス通りに、リリムはおそらく対同性の魅了能力を持たない。別の方法でシスカを従えているということだ。


 ――単純に考えれば、ナヴァロを人質に取られている。それ以外でも、魔王ならば人心を操ることくらいは造作でもないだろう。


「ヒロト……貴方に楽をさせてあげるつもりはないわ。せいぜい苦しんで、悩んで、自分の理想とやらを貫き通してみればいい」

「……とことん性格が悪いな。最悪と言っていい」

「殺されかけたのだもの、それくらいは思って当然よ。甘さなんて欠片も必要ない。もっと私を憎みなさい」

「憎んではいるよ。だが、俺の甘さを自覚させてくれたことには、感謝もしてる。ありがとうと言ってやってもいい」

「……何か勘違いしているようだけど。あなたに傷つけられたいというのは、ただで殺されてあげるというわけではないわ。あなたが生きていられたらの話よ」


 リリムの杖が、赤く輝き始める――そして。

 暗い赤色だったリリムの瞳が、血の色に染まる。


 ぞわ、と全身に鳥肌が立つ。その行動を完遂させてはならない――!


「ウェンディ、下がれっ! ここは俺がやる!」

「は、はいっ!」


 ウェンディが技の範囲から出たところで、俺は叫ぶ――これまでも繰り返してきた、戦いの儀式のような行為スキル


 ◆ログ◆

・あなたは「ウォークライ」を発動させた!

・パーティの闘志が昂揚する! あなたの攻撃力が一時的に上昇した!


「我が手に宿る力は、神にも届く――『神威』!」


 リリムの赤い魔力が魔法陣を織り成し、完成に向かう前に、俺は前に出て切り込んだ。三人全員を範囲に巻き込み、『手加減』をかけ、『山崩し』を繰り出す――!


 ◆ログ◆

・武器に『滅属性』が付与された! 攻撃力が120%上昇した!

・あなたは『山崩し』を放った!


 シスカとナヴァロが身構える――しかしもう俺の技からは逃れられない。斧使いが地形を変える技を繰り出すことなど、想像できる者は少ないだろう。


 ――しかし、リリムは俺を見て微笑んでいた。その歪んだ口元に、俺は一度目の戦いを思い返す。


(あの時とは違う……俺はリリムと戦える!)


「――喰らえっ!」


 振りぬいた斧から、滅びの力が放たれる。

 リリムはその前に、ただ杖をかざす――魔法陣の展開を止めることなく。


 ――あなたの攻撃は、私にはまだ届かない。


 ◆ログ◆

・《リリム》の『永久の闇エターナルカオス』が発動した!

・《リリム》のダメージを無効化した。

・《シスカ》のダメージを無効化した。

・《ナヴァロ》のダメージを無効化した。

・『永久の闇』の耐久度が22834減少した!


(なっ……!?)


 リリムたちの前に展開された壁のようなもの――それは、まさに結界だった。


 リリムたちの前方に発生したそれは、俺の放った技のエネルギーを受け止め、壮絶なせめぎあいの果てに、全て霧散させてしまう。


 山崩しが通じなければ、技のレベルをもう一つ上げるしかない。しかし、全く効果が無かったわけではない。


 三人に与えた神威のダメージ――合計で22834。この分が、『永久の闇』の耐久度を削った。すなわち、ダメージを与え続ければいつか壊れるということだ。


「――人間の力ではない。けれど私もまた、人の領域からは離れている。それだけの話よ……そうでしょう?」


 リリムの身体を包んでいた真紅の魔力――それが、空中に魔法陣を描き始める。恐ろしいほど緻密に描かれたその陣が、完成に向かおうとする。


 もう一度神威、そして山崩しを発動することはできない――どうしても、このレベルの技のクールタイムをゼロにすることはできなかった。


 リリムが何をしようとしているのか。割り込みをかけるために技を繰り出すよりも、魔法陣の展開は速かった。


(俺たちにとって最悪の展開は何だ……それを避けなければ……!)


 ◆ログ◆

・あなたは『号令』をかけた! パーティに命令が伝わった。


「アンナマリーさん、先に教会まで行ってくれ! リリムは俺たちを足止めする気なんだっ!」

「っ……分かった! 先に行くよ、ヒロト君っ!」

「――させるわけがないでしょう? そう簡単に」


 ◆ログ◆

・《シスカ》は『絶影』を発動した!

・《シスカ》の攻撃! 《アンナマリー》は武器で防いだ。


「くぅっ……!」

「……行かせられない。ごめんなさい」


 ――シスカが、謝った。感情などなく、リリムの命令を聞くだけに見えた彼女が。


 その瞬間、アンナマリーさんも俺も、判断が遅れる。


 それすらもリリムの術中の内だと気づいた時には、遅かった――生成された魔法陣が完成し、リリムの膨大な魔力が注がれ、その力を発動させる。


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》は『血の領域ブラッディリージョン』を展開した!

・《魔王リリム》と配下の能力が強化された。

・あなたのパーティは徐々にマナを失い始めた。


 空中に現れた魔法陣が光を放ち、視界が赤く染まり始める――リリムを中心に広がった、血のように赤い半球状の領域。その中に、俺たちは取り込まれていた。


 マナを回復する装備をしていれば、減少量はそこまで致命的ではない――しかしこの人数から吸い続ければ、リリムは膨大なマナを使って戦い続けられるということになる。


 しかしリリムは、笑ってはいない。全てが自分の思い通りになったわけではないからだ。


「ウェンディ、名無しさん、セーラさん! 頼む、父さんを助けてくれ!」

「っ……了解であります!」

「ヒロト君、みんな、無事でまた会おうっ!」


 『号令』で教会の地下に行くように経路を伝える――俺の家の地下道。三人は間一髪で『血の領域』から逃れ、俺の家に駆け込んでいく。


「おふたりとも、こちらです!」


 セーラさんが先導する――教会の司祭である彼女は、魔剣のありかについても知っている。おそらく父さんがいるだろう教会の地下に、最短経路で向かってくれるだろう。


 足止めに徹するリリムたちを倒すには、相応の戦力が必要だ。フィリアネスさん、ミコトさんに頼むことも考えたが、それでは前衛が足りなくなる。聖槍を持つアンナマリーさんを行かせたかったが、思い通りにはいかなかった。


(まだ戻しは効く……しかしこの血の領域、どれくらいの強化バフ効果があるんだ……)


「盤面は常に変化するもの。対応しきれなければ、そこで終わりよ」

「っ……!?」


 それは悪夢のような光景だった――リリムの身体がどろりと溶けたのだ。

 赤い血に変化して一瞬で地面に染み込み、姿を消す。

 そして再び現れる場所を想像して、俺は叫んだ。


「――ルシエッ!」


 リリムが創りだした領域は、球状――俺たちの上も覆っている。そう、ルシエの頭上も。


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》の『流血のブラッドレイン』!


 ルシエの上から、血に変化したリリムが降り注ぐ――そんな未知の攻撃に、ルシエは即座に対応することなどできない。

 ――だがそれは、ルシエが『一人』であればの話だった。


「――『大地の盾アース・シールド』!」


 ◆ログ◆

・《ルシエ》は『大地の盾』を詠唱した!

・《魔王リリム》の『流血の雨』を防いだ。


(速い……地面から一瞬で土が盛り上がって、盾になった……!)


 頭上からの攻撃だというのに、ルシエ――いや、ルシオラさんは伏せながら地面に付与魔術を使い、土を操って盾にした。ゴーレムを操るのと同じ要領だ。


『上に目がついていないと思って、侮らないでもらいたいわね……っ!』


 盾が防いでいるうちに、ルシオラさんはリリムの追撃を読んで逃れる。血に変化したあと、リリムの姿に戻るのもまた一瞬――そしてシスカとナヴァロも動き始める。


「ルシエ殿下、こちらへっ!」

「――図に乗るな、槍に使われているだけの女が!」


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》は『アビスグラビティ』を詠唱した!

・冥府の扉が開き、《アンナマリー》《ルシエ》の生気を奪おうとする!


「させてなるものかっ!」


 ◆ログ◆

・《フィリアネス》は『破邪聖光陣セイクリッドノヴァ』を放った!

・『アビスグラビティ』を相殺した!

・《魔王リリム》は破邪の光の効果を軽減した!

・《魔王リリム》に118のダメージ!


 聖なる気を纏いながら、フィリアネスさんが発生しかけたアビスグラビティを封殺する。彼女もまた、魔王リリムと一度目に戦った時よりも、格段に強くなっている――リリムに与えるダメージが二倍に増えている。それも、リリムの魔術を封じながらだ。


 リリムの白い顔に聖なる光が触れ、煙を放つ。それはすぐに収まったが、リリムの目は殺意を持ってフィリアネスさんに向けられた。


「本当に忌々しい女……ナヴァロッ!」


 ◆ログ◆

・《ナヴァロ》の『分身円月輪ディバイドチャクラム』!


 ナヴァロの得意とする暗器、円月輪――それがフィリアネスさんの背に向けて投擲される。彼女は振り返るが、幻術によるものか、円月輪の姿が幾つにも分裂する。


「――はぁぁぁっ!」


 ◆ログ◆

・《フィリアネス》の『ミラージュアタック』!

・《ナヴァロ》の攻撃を2回相殺した。


 フィリアネスさんはナヴァロの攻撃全てに対応しきれていない――メッセージからそう判断した俺は反射的に動いていた。


 ◆ログ◆

・あなたは『絶影』を発動した!

・『混沌を握りし手』の特殊効果が発動! 攻撃回数が増加した!


「ヒロトッ……!」


 フィリアネスさんとチャクラムの間に割り込み、俺は斧槍でチャクラムを弾き返す――手応えは二回。ナヴァロはダブルチャクラムどころか、四つ同時クアドラブルを繰り出していたということだ。


 アンナマリーさんのおかげで『絶影』を覚えていなかったら、俺は全く仲間を守りきれていない。今の戦いには、この速度が当たり前に必要になる。


 そして俺はすかさずリリムを狙う。フィリアネスさんはそれに気づいて、技の軌道から何も言わなくても飛び退いてくれる。


「ヒロト、頼んだぞっ!」


 ◆ログ◆

・『神威』が再度使えるようになりました。


(『永久の闇』の耐久力を削りきる――そうすればリリムにまともなダメージが入るようになる。貫き通すしかない……!)


「――我が手に宿る力は、神にも届く。『神威』!」


 ◆ログ◆


・あなたは『神威』を発動した!

・武器に『滅属性』が付与された! 攻撃力が120%上昇した!

・あなたは『山崩し』を放った!


 初撃から勝負を決めに行く。『山崩し』で足りないなら、ボーナスでスキルをさらに解放するまでだ。


 振りぬいた斧から、地形ごと破壊する滅びの波動が生まれる――地面を削りながら突き進み、一瞬でリリムを飲み込む。


 ◆ログ◆

・滅属性の追加ダメージが発生! 《魔王リリム》に2283ダメージ!

・『アースジャベリン』が発動! しかし《魔王リリム》は無効化した。


(なんて硬さだ……他の二人の五倍も防御力がある。道理で昔の俺が、歯が立たなかったわけだ……しかし……!)


「――っ……!」


 魔王リリムの表情に緊張が生まれる。そして展開された黒い壁が、音もなく砕け散った。


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》の『永久のエターナルカオス』が発動した!

・《魔王リリム》のダメージを無効化した。

・『永久の闇』の耐久度がゼロになった。


(25000……他の二人のダメージを消していなければ、10回は耐えられた。リリムは、俺の技の威力を読み違えたのか……?)


 それとも、リリムは本当に、配下の二人を守ろうとしたのか。

 信じられない、しかし、可能性は否定できない。

 あれほどの非道を働いた魔王に、情けをかける理由など、見つけてはならないのに。


「前の勇者は、私の防御を破ることもできはしなかった。ここまで届いたのはあなたが初めて……ふふっ……ふふふっ……あははははははっ……!」

「――戦いの中で笑うなっ! 魔王リリム、覚悟せよっ!」


 ◆ログ◆

・《フィリアネス》は『ダブル魔法剣』を放った!

・《フィリアネス》は『スカイヴォルテック』を武器にエンチャントした!

・《フィリアネス》は『フローズンブロウ』を武器にエンチャントした!

・《フィリアネス》は『ゼロ・スラスト』を放った! 『天雷氷零閃』!


 『永久の闇』が剥がれたリリムに、雷と氷のエネルギーを集束させたレイピアで、逃れられない速さの突きを入れる――。


 そのときリリムは初めて、ただの回避を選んだ。身体をひねり、心臓をそらす。


 細剣の先端が肌に突き立つ瞬間、リリムが微笑んだように思えた。それは嘲笑ではなく、まるで賞賛しているかのような、清々しいものだった。


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》に465ダメージ!

・《魔王リリム》の身体が感電した! しかし『麻痺』状態を無効化した。

・《魔王リリム》の身体が凍結した! しかし『凍結』状態を無効化した。


「うっ……ぐ……」


 初めてリリムに、明確なダメージが入る。3桁――決して多くはないダメージで、リリムはまるで人間のように表情を崩し、がくりと膝をついた。


 フィリアネスさんも目を見開く。しかし彼女は、さらに細剣を引き抜いて追撃を繰り出した。


「――ここで終わらせる……私はそのためにここに来たのだ、リリムッ!」


 ◆ログ◆

・《フィリアネス》は『破邪聖光陣セイクリッドノヴァ』を放った!

・《魔王リリム》に684ダメージ!

・《フィリアネス》は『ミラージュアタック』を放った!

・《魔王リリム》に4回ヒット、512ダメージ!

・《魔王リリム》はたたらを踏んだ。


「あぁぁっ……あぁ……!」


 ここまで容赦のないフィリアネスさんを、俺は見たことがなかった――しかしその一撃一撃が、彼女の澄み切った闘志を込めたものだった。


 聖騎士とはどのような存在か、俺は改めて知る――聖なる気をまとい、魔を討つ者。彼女と一緒に戦えることを、改めて誇りに思う。


 リリムは一歩、二歩と後ろに下がり、その場に膝を突く。フィリアネスさんは追撃の手を止め、細剣をリリムに向けて告げる。


「降伏しろ、魔王リリム」

「……ふふっ……ふふふっ。嫌よ。私はあなたが大嫌いだもの」

「――リリム様ッ! 貴様ァァァァ!」


 そのときナヴァロが初めて吼える。リリムに魅了されてしまった彼には、リリムの身体をフィリアネスさんの細剣が貫き、苦痛に声を上げる姿は静視に耐えるものではなかったのだ。


 ◆ログ◆

・《ナヴァロ》の『暴走スタンピード』!

・《ナヴァロ》の攻撃力が大幅に増加した!

・《ナヴァロ》は『狂戦士』状態になった。


 今まで理性的に、遠距離から狙うスタイルを取っていたナヴァロが、マントの下の全身に潜ませていた暗器を表に出す。その全てを無差別に投擲すれば、全員――後衛のネリスさんとルシエにまで危険が及ぶ――!


 しかしナヴァロが動く前に、ミコトさんが切り込んでいた。後ろから追おうとするシスカは、『絶影』を持っているアンナマリーさんが食い止める。


「――守るべきものを守らず、怒りに狂う。同じ戦闘狂でも、認めるわけにはいきませんわね……!」


 ◆ログ◆

・《ミコト》の攻撃! 『忍法風車』!

・《ナヴァロ》に七回攻撃し、三回ヒット! 384ダメージ!

・《ミコト》の『戦闘狂』が発動した!


 二刀流の忍刀で回転しながら何度も斬りつける技、『忍法風車』。それをナヴァロはダガーナイフで受けるが、全て受けきれず、3つの斬撃が両腕と右足に走る。


「ぐぅぉっ……!」

「――あなたっ!」


 シスカはやはり感情が残っている――今の一言で分かった。

 ナヴァロが魅了されたために、シスカはリリムに従わざるを得なかったのだ。生まれたばかりの娘を、置き去りにすることになっても。


「ミコトさんっ!」

「分かっていますわ、ギルマス……親を失くすことの意味は、私にも……」

「――がぁぁぁぁっ!」


 ナヴァロは吼える――リリムに忠誠を尽くすために。助けようとするシスカを、アンナマリーさんが槍技で押し返す。


 『絶影』を使える者同士だが、『冥狼』に獣化したシスカの速さが少しだけ上回り、アンナマリーさんの虚を突いて、捨て身で横を駆け抜ける。


 ◆ログ◆

・《アンナマリー》は『瞬光閃』を放った!

・《シスカ》にかすり、174のダメージ! 《シスカ》は流血した。


「この人は殺させない……っ!」

「――やめなさいっ、その男は、あなたも巻き添えにしてっ……!」


 シスカはナヴァロをかばおうとする――ミコトさんの制止を聞かずに。

 だがナヴァロはそれにも構わず、持っている武器の全てを投げ放とうとしていた。魔力で推力を得て撃ちだされる暗器、それが『暗殺者アサシン』の必殺の武器なのだ。


 ◆ログ◆

・《ミコト》は『影分身』を発動した!

・《ナヴァロ》は『百器繚乱ハンドレッド・ウェポン』を放とうとした!


 ミコトさんが分身でシスカの裏に回りこみ、ナヴァロの技を止めようとする。

 だが――その前に、ナヴァロの技は既にキャンセルされていた。


「――らせていただきますっ!」


 ◆ログ◆

・《スー》は『発勁』を使った!

・《ナヴァロ》の防御力を無視して打撃ダメージが貫通した! 584ダメージ!

・《ナヴァロ》は脳震盪を起こした。《ナヴァロ》は昏倒した。


「ごふッ……!」


 血の領域が発動した瞬間から、スーさんがどうしていたか――絶対の好機を伺い、敵の数を減らすために、戦場から気配を消していた。それが執行者だったころの、彼女の戦い方だったのだろう。


 発勁によって伝わったスーさんの気は、ナヴァロの内部に振動を与える――そして彼は、放とうとした武器を全てばら撒いて、前のめりに倒れこんだ。そして、ナヴァロを助けようとして、自らの守りを捨てたシスカもまた、ミコトさんに後ろを取られる。


「――覚悟ッ!」


 ◆ログ◆

・《ミコト》は「バックスタッブ」の発動条件を満たした! 攻撃力が倍加する!

・《ミコト》の攻撃! 『忍法朧霞おぼろがすみ』!

・影分身が《シスカ》に襲いかかる! 4回ヒットし、772のダメージ!


 忍法朧霞――敵を霞に包み、影分身たちが同時に斬撃を浴びせる奥義。ミコトさんは攻撃回数を最大まで増やさず、シスカが死なないようにダメージを調節する。


「くぅっ……あぁぁっ……!」


 ◆ログ◆

・《シスカ》の獣化が解除された。

・《シスカ》は昏倒した。


 通常なら4桁ダメージを叩き出す攻撃が、『血の領域』では威力を軽減される。それでも、既に手傷を負ったシスカを倒すには十分だった。


 残るはリリム一人――膝をついたまま俯いていたリリムが、顔を上げる。


 真っ白な髪をかきあげながら、リリムは俺たちを睥睨する。まるで、まだ自分が追い詰められていないとでも言うように。


「……男は肝心なときに役に立たない。シスカが二人いれば良かったのに」

「戯れ言を……リリム、お前はもう終わりだ。この人数を相手にして、どう戦うというのだ」

「ふふっ……ふふふっ……あなたを殺すことだけに執心すれば、封じられる前に命は取れるわ。こんなふうにね……!」


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》の『血の領域』が胎動する……。

・《魔王リリム》は『流血の雨』を暴走させた!


「――もう人の形など留めていなくてもいい。全て血の海に沈めてやる」


 女性的な口調が失われる時、リリムの目は魔に染まる――その底知れぬ悪意と共に、彼女の身体は血のように赤く染まり、指先から霧に変化して、血の領域と同化する。


 ――シスカ、ナヴァロ。お前たちの血液も私に供せよ。


「がっ……あぁぁぁっ……!」

「くぅっ……うぅ……!」

「――シスカ、ナヴァロッ!」


 倒れて流血していた二人の血を、血の領域が吸い上げようとする。傷ついた配下まで糧にしようというのか。


 空間そのものに、二人の血が吸われる。それを、どうすれば防げるというのか。


 ◆ログ◆

・《魔王リリム》は『吸血』した!

・エナジードレインが発生した! 《シスカ》《ナヴァロ》は生気を失った。


「――やめろぉぉぉぉっ!」


 この空間を一刻も早く破壊する。だが、俺の最大の技も、ヒビを入れても壊すことまではできなかった。


 血の領域を発動された時点で、俺たちに勝ちはなかったのか――ただ、負けを引き伸ばしただけなのか。そんなことは微塵も考えない。


(俺たちは鍵を掴んでる……ルシエ。そして、ネリスさん……!)


 ネリスさんは出血していない。それは何を意味するのか。

 彼女の服を切り裂いたのは、おそらくシスカだ。

 ――シスカには、ネリスさんの呼びかけが届いていたのだ。母を母と思う感情があるからこそ、深く爪で斬りつけることをしなかった。


「――ネリスさん! シスカさんには、貴女の声が届いてる! 二人は元に戻れるんだ!」


 ずっと自失のまま立ち尽くしていたネリスさんが、俺を見た。リリムすら彼女は戦力外と見て、無視し続けていた――しかし。


 ミゼールの賢者と言われた女性は、ずっと自失のままこの戦いを終えるほど弱くはなかった。


「……わしとしたことが、動揺で心を失っておった。精霊たちも笑っておるじゃろうな……しかしまだ、手遅れなどではない……っ!」


 ネリスさんの目に光が戻る。彼女は詠唱する――俺がまだ聞いたことのなかった、彼女がおそらく秘奥としているだろう精霊魔術を。


「我が声に応え、万物に宿りし精霊の王よ、弱き者に御手を差し伸べたまえ――『天護精霊陣スピリットライジング』!」


 ◆ログ◆

・《ネリス》は『天護精霊陣』を詠唱した!

・《シスカ》《ナヴァロ》を精霊の力が包み込んだ!

・《魔王リリム》のエナジードレインを無効化した。


 シスカとナヴァロの身体の下に生じた光が、彼らを覆う――俺は確かに、そこに大いなる存在の気配を感じた。それが、精霊王――精霊魔術を修めた俺にも、感じ取ることができたのか。


 ネリスさんは破れた帽子を脱ぐ。そうしてよく見えるようになった彼女の顔は、見とれるほどに美しく、晴れやかだった。


「娘にこれ以上手を出させてなるものか……至らぬ母親でも、わしはもう迷わぬ……!」


 ――それならお前から吸い尽くしてあげるわ。じっとしていなさい……!


 次にリリムが狙いを定めたのは、ネリスさんだった。

 血の領域のどこからネリスさんを襲うのか、予想などつくわけがない。


 ここから抜け出さない限り、一人ずつ犠牲は増えていく。ネリスさんの魔術も、万能ではない。


 ――しかし、それは。


 俺たちが、魔王リリムを倒すために、何の方策も持たなかったならの話だ。


 赤い視界をつらぬくように、青白い光が生まれる。

 その光の源は――ルシエが手にした、聖杖ハルモニアだった。


「っ……槍に、共鳴して……聖なる武器同士が、呼応してる……」


「はい……ともに、魔王たちを封じるときが来たのです。リリム……あなたは私を終始狙い続けるべきだったのに、そうしなかった。それは、この杖に触れられないからです」


 リリムは答えない。その沈黙が、雄弁に答えを示していた。


 杖に触れず、ルシエだけを狙う。それは決して不可能ではなかった――だが、リリムはそれを成すことはできなかった。


 だからリリムは俺たちを殺すことを急いだ。


 時間がかかっても、ルシエが聖杖の力を発現させてしまえば、それで戦いは終わりなのだから。


「聖杖ハルモニアよ。その聖なる輝きで、全ての穢れを浄化せよ……『聖なる領域サンクチュアリ』」


 ルシエがかざした杖の放つ青白い光が、広がっていく。

 視界を埋め尽くしていた赤色は、光に飲まれて消えていく…‥。



 全て光で埋め尽くされたあと、視界がゆっくりと戻ってくる。


 俺は今までとはまるで違う場所を俯瞰していた。


 それは、何もない平原だった。


 二人の少女が手を繋いで歩いている。


 その手がやがて離れて、一人の少女が消える。


 もう一人の少女が周囲を見回す。それでも広い平原の中で、もう一人はいつまでも見つからない。


 どれだけ走り回っても、どこにもいない。転びながらも、彼女はひたすらに走り続ける。


 やがて力尽きた少女は、その場に倒れ伏す。そして、ずっと泣き続ける。


 何度日が昇り、沈むことを繰り返しても。


 何もない平原に、何度季節が巡っても。


 やがて泣き止んだあと、少女は立ち上がる。


 その足取りは力強く、ただ、ひたすらに前に進んでいく。意地になってでもいるかのように。


 しかし彼女の歩いたあとは、赤い血の色に変わって腐り落ちてゆく。



(……リリムは……姉を失ったあと、ずっと一人だった。退屈だったんじゃない、絶望していたんだ)


 それはリリムの心象風景なのだろうか。

 それとも、俺が見た、つかの間の幻に過ぎないのだろうか。

 分からないが――一つ言えることは。

 魔王リリムとの宿縁に、俺たちが今、一つの区切りをつけられたということだった。


※いつも本作をご覧いただきありがとうございます。

 このたびは、この場を借りて大事な報告をさせていただければと思います。

 本作の書籍第2巻の発売予定がファミ通文庫様のホームページに掲載されました。

 書籍情報は以下となっております。


 2016年7月30日(土)発売予定

 「コミュ難の俺が、交渉スキルに全振りして転生した結果2」

 著:朱月十話 イラスト:夜ノみつき


 現在は書名のみとなっておりますが、公式での告知にあわせて

 追って活動報告などでも情報をお伝えさせていただきます。

 今後とも本作をよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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