第七十話 悪魔の軍勢
ユィシアの背に乗って飛び立った俺たちは、ミゼールに向かう。ユィシアは速度を限界近くまで上げる――できるだけ直線で飛ぼうとすると雲を突き抜けることになり、みんなユィシアにしっかりとしがみついている。
――しかし幾つか厚い雲を抜けたとき。
遥か前方に見えてきたミゼールから立ち上る、黒雲のような幾つもの煙が、俺たちの視界に入った。
「戦いが始まっている……やはり、ミゼールを狙ってきたか……!」
「ギルマス、何かがミゼールの上空に飛んでいます……あれは……っ」
ミコトさんが言葉を濁すのも無理はなかった。
ミゼールを襲っている、何体もの巨体を持つ魔物――それは、悪魔系のボスモンスターが周囲に従えている、『大悪魔』だったからだ。
(……あれを呼んだのは、リリムなのか……いや、どちらにしても関係ない。全ての敵を倒すしかない!)
「みんな……戦闘開始だ。セーラさんとルシエは、できるだけユィシアと行動して守ってもらった方がいい。ユィシアは、俺たちの中で一番守りが硬いから」
「いいえ……お兄様、私は戦います。今の私なら、きっとお力になれます……!」
「……分かった、でも出来るだけ前には出るなよ。パーティには前衛と後衛があるから、役割は分担しないといけない」
「はい、お兄様!」
物凄く凛とした返事――ルシオラさんが憑依したルシエは、まだあどけなさがあるとはいえ立派な女性なのだから、思慕をひしひしと感じる返事に何か照れてしまう。
「ヒロト、ルシエは戦いがどんなものか、もう理解している。パーティの一員として、私たちも頼らせてもらおう。あの付与魔術は、すさまじいものだった」
「ええ、本当に。地上に降りたら、上手く連携できるように心がけますわ……十体以上来ますけれど、ギルマス、対応はどうなさるんですの?」
(私に任せてほしい。あれくらいの敵なら、どれだけ来ても倒せる)
「分かった……ユィシア、頼む!」
前方の空に、人間の二倍はあろうかという巨躯を持つ、黒と紫の混じったような皮膚を持つ悪魔たちが次々と現れ、俺たちへと魔術を放とうとする。
その数、およそ15体。一つ一つの個体が、『暗黒魔術』レベル5以上の魔術を、同時に詠唱し始める――!
◆ログ◆
・《グレーターデビル1》は『ワイアードソウル』を詠唱した!
・《グレーターデビル2》は『イビルプロミネンス』を詠唱した!
ヴィクトリアと同じレベルの暗黒魔術を使う敵が、15体――他に空を飛んでいる個体、地上で町を暴れている個体も入れれば、ゆうに100体を超えている。
――もはや一秒の猶予もならない。仲間たちは、この悪魔の軍勢と戦っているのだから。
(我が身体に流れる、竜の力よ。あまねく光となりて、敵を穿て)
ユィシアの翼についている翼爪のあたりに発生した光は、敵にそのまま向かうのではなく――空に向けて飛び、そして弾けるようにして、悪魔の群れに降り注いだ。
◆ログ◆
・《ユィシア》は『竜煌弾・流星』を放った!
・《グレーターデビル》たちに平均7回ヒット、1264ダメージ!
・《グレーターデビル》を13体倒した。
「「「グガァァァッ!」」」
悪魔たちが巨体を次々と光弾で射抜かれ、ライフを削りきられた個体は煌めく光の粒となって弾ける。
「――残りは私がやりますわっ!」
「小生も手伝わせてもらうよ……! 『衝撃の波動』!」
仲間の影に入ってヒット数を減らしたグレーター・デビルに、ミコトさんと名無しさんがすかさず追撃を叩き込む――頼もしい限りだ。
◆ログ◆
・《ミコト》は『八方手裏剣』を投擲した!
・《グレーターデビル8》に2回ヒット、568ダメージ! 《グレーターデビル8》を倒した。
・《名無し》は『衝撃の波動』を詠唱した!
・《グレーターデビル13》に228ダメージ! 《グレーターデビル13》を倒した。
敵の第一陣を倒して、一段落というわけにもいかない。
これは、戦争だ――敵もまた、全戦力を投入してきている。普段遭遇しない強力な魔物が、次々と空中に発生した転移陣から姿を現して、こちらに向けて魔術の詠唱を始める。
(……これでは、きりがない。ご主人様、一度町の中心に降りる。地上にいる悪魔の中には、空にいるものより、強いものが混じっている)
(……みんなが心配だ。ユィシア、空を頼んでもいいか? 俺たちは、地上で戦ってるみんなを助けなきゃならない)
(敵をすべて、ミゼールごと消し去ることはできる……しかしご主人様は、それを望まない。私は魔物だけを倒すことを心がける)
ユィシアの申し出は、俺の心情を最大限に汲んでくれるものだった。俺は同意を返し、ユィシアは空の敵に竜煌弾を放ちながら降下していく――町の中心へと。
「みんな、降りたあとは周りに気をつけろ! 街中に敵がいる! 俺は仲間たちを探すから、みんなは周囲に注意してついてきてくれっ!」
「「「了解っ!」」」
ユィシアは地上が近づいたところで翼を広げて制動をかけ、速度を落とす。そして足をついて着陸したところで、俺はルシエとセーラさんを担いで飛び降りた。他のみんなもその後に続いたあと、再びユィシアは、目に映るグレーターデビルを引きつけながら空に舞い上がる。
(……私の巣が近くにある以上、眷属をおびやかす魔物を、一匹足りとも逃がすわけにはいかない)
「ユィシア、頼んだぞっ!」
「――ヒロト、あれを見ろ! マールたちが交戦している……路地裏から、何か出てくるぞっ!」
フィリアネスさんが声を上げる。すると鍛冶屋のある狭い路地から、両側の家の壁を削り壊しながら、折れた角を持つ悪魔が飛び出してくる――ジェシカさん、そしてマールさんの二人を、力づくで押し返しながら。
「くぅぅっ……化物めっ……!」
「ジェシカちゃん、逃げて! 私だけなら大丈夫だから!」
「そんなわけにはっ……マール、死ぬ気かっ!」
俺はその魔物の姿に見覚えがあった――バフォメット。悪魔型のボスモンスターで、グレーターデビルの大群を引き連れている、ゲーム最初期にプレイヤーを苦しめた『暴君』だった。
しかしそのバフォメットが、通常の姿とは違う――全身に深い傷を負っているのに、それが全て再生している。クリスさんの魔術弓によるものとおぼしき傷跡も、全てふさがって肉が盛り上がっていた。
(一度死んだバフォメットを、不死化したのか……リリスはもう、この町にいる……!)
「ギルマス、あのまま押し切られれば、二人が向こうの家壁に叩きつけられますわっ!」
「――やらせないさ……中ボス風情が、俺の仲間に手を出すなっ!」
◆ログ◆
・あなたは『絶影』を発動した!
・あなたの敏捷性が大幅に上昇した!
・あなたは『神威』を発動した!
・武器に『滅属性』が付与された! 攻撃力が120%上昇した!
その瞳を真っ赤に染め、猛然と突き進むバフォメットを、どう止めるか――横っ面から殴りつけて吹き飛ばす、それもありだ。
しかし俺はできるだけ被害を少なくするための方法を選ぶ――まずは、浮かせる。
限界まで敏捷性を上げて行動すると、周囲の時間が遅れているような、そんな感覚を覚える。粘つく空気の中で、俺はバフォメットに肉薄すると、左側から技を叩き込んだ。
通常なら上から下に叩き降ろす斧技――しかし斧槍には、突きから振り上げて浮かせる動作が存在する。
「うぉぉぉぉっ!」
◆ログ◆
・あなたは『パワースラッシュ』を放った!
・《バフォメットゾンビ》に1084ダメージ! 敵が空中に浮き上がった!
・《バフォメットゾンビ》の傷が再生している。
「くっ……な、何が……!?」
「ヒロトちゃん……っ!」
驚くジェシカさんの声、マールさんの嬉しそうな声。しかし互いの無事を喜ぶのはまだ早い――滅属性を乗せた斧技でも、まだ倒しきれてはいないのだ。再生のスピードも尋常ではなく、もう斧槍の刃で切り裂いた傷が体表から消えかけている。
(一撃でライフを消し飛ばす……それしかない……!)
「――消えろっ!」
◆ログ◆
・あなたは『山崩し』を放った!
・《バフォメットゾンビ》に2840ダメージ! 《バフォメットゾンビ》を倒した。
「――ウォォォォォッ……ォォォ……」
一撃目で滅属性が消えてしまって、五桁ダメージとはいかなかったが、俺が空に向けて放った『山崩し』に飲まれて、バフォメットゾンビは他の魔物と同じように光の粒となった。
ドロップしたものは、持っていた大鎌――地上に落ちてくるところを斧の柄で弾き、誰もいない地面に落とす。ザン、と鎌の刃が地面に突き立った。
◆ログ◆
・あなたは『黒曜石のデスサイズ』を手に入れた。
今の斧槍『タイタンズ・ラース』があるので武器は必要ないが、ゲーム中では一部の職業の強力な武器として好まれたデスサイズ。それも敵が自然にドロップする中ではかなりレア度の高い黒曜石だ。
同じ黒曜石の武器を使っていたヴィクトリアに、デスサイズは似合いすぎている。重量さえクリアすれば使ってくれるかもしれないので、インベントリーに入れておいた。
「はぁっ、はぁっ……よかった、ヒロトちゃんが来てくれて……あの悪魔、一度復活してから、ぜんぜん倒れてくれなくて……」
「技を使い果たし、アレッタ殿とメアリー殿が逃げる時間を稼いでいたところです。クリスティーナは、敵の増援に対応したのですが……さすが、無事のようですね」
見やると、クリスさんが追いかけてくる中型の悪魔を魔術弓で撃ち抜きつつ、こちらにやってくるところだった。
「ああ良かった、ヒロト君が来てくれた……聖水くらいじゃ全然敵の再生が止まらなくて、ちょっとだけ危ないところだったんだよね。わらわら手下も集まってきて、私だけ引き付けるために戦列を離れてたんだけど……アレッタさんとメアリーちゃんもそこにいるよ」
エレナさんの店の中から、アレッタさんたちが姿を現す。アレッタさんも魔物と戦ったようで、少し服が破れている――だが彼女は、すでに自分で手当を終えていた。まずダメージが比較的大きいジェシカさんに駆け寄って、治療を始める。
そしてメアリーさんは、姿を見せるなり、俺に深々と頭を下げた。
「指揮官殿……申し訳ありません……っ、敵の襲撃に備えていたにも関わらず、ミゼール全域に、突如として悪魔が現れ……」
「敵は転移してくるから、読みようがない。転移を封じる方法があればいいが、それはまだ見つけられてない……それなら、後手には回るが、対応するだけだ。とりあえず、マナポーションを渡しておくよ。みんなに飲ませてくれ」
「はい……指揮官殿。私はこれより、兵の被害を最小限に留めるべく、彼女たちと一緒に行動します」
俺に対していつも軍規を発動し、大胆なお願いをしてくる彼女だが、今はこの状況を案じ、打開する術を考え続けていることが伝わってくる。
――できれば悪魔の群れと、騎士団の兵たちが直接にぶつかることは避けたかったのだろう。しかし町のあちこちで凛とした騎士たちの声と、獣のごとき悪魔の叫びが聞こえている。
みんな、生き残るために、ミゼールを守るために、戦ってくれているのだ。それを思うと、俺は後から後から、抑えきれないほどに力が湧いてくると感じる。
「……あれ? そこにいる女の人……髪の色が、ルシエ殿下と同じ……」
「殿下がいらっしゃらず……その代わりに、その方が……手にされている杖は……」
マールさんとジェシカさんが、ルシエの存在に気がつく。ルシエは少し恥ずかしそうに、彼女たちの前に行くと、その場に膝をついて名乗った。
「私がルシエです。古城で杖を守っていたお母さまに、今は力を貸していただいています……ですから、この姿はかりそめのものです」
「ふぇぇ……る、ルシエ殿下が、女王殿下になっちゃった……のですか……!」
「……世の中は広い。それで納得するには、私も驚いております」
「これで殿下も、ヒロト君争奪戦の有力候補に……なんてね。そういう話するのも、全部終わったあとがいいっていうか……そこっ!」
◆ログ◆
・《クリスティーナ》は精霊魔術によって、氷属性の魔術弾を生成した!
・《クリスティーナ》の魔術弾速射! 『氷結凍気弾』!
相変わらずの弾生成の早さ、そして正確な射撃。俺たちを見つけて飛びかかってくる中型の悪魔は一撃で凍りつき、地面に激突するなり砕け散った。
「さっきの大型悪魔との戦いで、みんな消耗してると思う。騎士団の本隊と合流して、安全な場所で休んでくれ」
「いえ、アレッタ殿のおかげで回復しました。私とマール、そしてクリスは、少しでも被害を減らすべく、地上にいる悪魔を掃討します」
「うん、私もまだ元気だしね。さっきの羊男は、なんだかエッチな感じがしたから、ヒロトちゃんが倒してくれてよかったよ~」
「そうだ……ヒロト君、リリムはもう近くにいる。メイドみたいな格好をしてたけど、間違いないよ。私たちの目の前で、羊の悪魔を呼んだから」
――メイドのような格好。
悠久の古城に向かう少し前に、鍛冶工房のある路地の奥で出会った、メイヴというメイド。
そのステータスを見た時、戦う力を持たずとも、異常だと感じた――それが、正体を偽装したリリムだったからだというなら、あの時に何もしなかったことが悔やまれる。
「ヒロト、『あの剣』の元に急ぐぞ……マールたちをここで足止めしたということは、リリムが剣を狙ってくる可能性がある……!」
――父さんに頼み、『護り手』の役目を譲ってもらうことも、一度は考えた。
しかしそれは、父さんがどれほどの覚悟をして剣を護り続けてきたのかと思えば、息子だからといって簡単に言い出せることではなかった。
「みんなは騎士団と連携して行動してくれ! 絶対に、無理はするな!」
「うん……任されたよ! ヒロト君こそ、絶対に死なないでよね!」
「ヒロトちゃん、雷神さまのことお願いね! 私より強いから大丈夫だと思うけど!」
フィリアネスさんはマールさんの言葉に、笑みをこぼす。彼女たちの信頼関係が、これ以上なく伝わる光景だった。
――俺たちは町の中心を離れ、西側に向かう。俺の家、そして教会がある区域。
何人もの騎士が悪魔に挑み、膠着した戦いを展開している――俺たちは悪魔の横っ面に一撃を叩き込み、彼らを助けながら走り続ける。
「これほどの数の悪魔を従えていたなんて……リリムも、ただ傷を癒やしていたわけではなさそうですわね……! はぁっ!」
「これ以上町を破壊させるわけにはいかない……っ、『雷光幻影剣』!」
ミコトさんは逆手に忍刀を持ち、二刀流で悪魔たちを斬っていく。影分身を発動して連撃を叩きこめば、グレーターデビルは耐えられない――ときどきクリティカルが発生して、悪魔が一撃で仕留められる光景も見られた。フィリアネスさんも雷の魔法剣を駆使して、足を止めずに敵の数を減らしていく。
――サラサさんの家、そして俺の家が見えてくる。その間を北に向かう緩やかな坂の向こう、そこに教会がある。
しかしその坂の途中で、壮絶な戦いが繰り広げられていた。
「――たぁぁぁぁっ!」
◆ログ◆
・《ウェンディ》は『蒼天破斬』を放った!
・《シスカ》は受け流した! 直撃を避け、53ダメージ!
・《シスカ》のスーパーカウンター!
ウェンディが今回の戦いに参加するため、鍛錬を重ねて会得した剣技――それを、紫色の体毛を持つ狼獣人の女性が、長く伸びた爪で受け流す。
「しまっ……!」
「ウェンディッ!」
間に合わない――分かっていても、叫ばずにいられなかった。獣人化したシスカの爪は長く、剣のように鋭く、まともに突きを受ければ致命的になる。
◆ログ◆
・《シスカ》は反撃しようとした!
・《アンナマリー》の『聖槍リライヴ』の効果が発動! 周囲の時間が停滞した!
・《スー》の『烈風脚』! 《シスカ》に124ダメージ!
・《シスカ》の攻撃がキャンセルされた。
「――させないっ!」
「やぁぁっ!」
スーパーカウンターに割り込むなど、本来は不可能だ。しかし、アンナマリーさんの槍の力が時を遅くし、すかさず飛び込んだスーさんが気合いと共に『烈風脚』を入れる。シスカは体勢を崩されるが、吹き飛ばされながらもくるりと回転して着地し、立て直す。
――そしてアンナマリーさんとスーさんの追撃を牽制したのは、シスカと行動を共にしているナヴァロだった。後衛の位置から以前見せたチャクラムを飛ばしてくるが、スーさんは蹴りで、アンナマリーさんは槍の一閃で弾き返す。
◆ログ◆
・《シスカ》の傷が再生している。
不死化させられたことによる再生ではない、獣人化によるものだ――不死化していれば、あの瞳の静かな光は残らない。俺は、そう信じたかった。
「ヒロト……」
前衛から離れた位置にいるネリスさんが、俺の名前を呼んだ。
――彼女が身に着けている帽子、そしていつも着ているローブは、ぼろぼろに爪のようなもので切り裂かれていた。
彼女はおそらく、娘に呼びかけたのだ。正気を取り戻してくれるように、孫のミルテが待っている、その想いを伝えるために。しかしその想いはまだ、リリムに操られた彼らには届いていない。
「――シスカさん、ナヴァロさん! 頼む、こんなことはやめてくれ! リリムに操られてるだけなんだ、そうなんだろ!?」
シスカとナヴァロは呼びかけても反応しない。
その後ろにいる姿――メイヴ。栗色の髪を二つのおさげにしていたのに、今は解いている――人間に偽装していたときは、顔も変えていたのだろう。今は俺の知る、『魔王リリム』の姿に戻っていた。
「ふふっ……ふふふ……久しぶりね、ヒロト。会いたかったわ」
「……俺も会いたかったよ。俺は、ここでお前を倒す」
「……そうね。あの皇竜の娘に追いつめられるよりは、あなたに傷つけてもらうのも、悪くはないと思っていたところよ」
「っ……何を言ってるんだ! 俺に倒されることを望んでるっていうのか、ここまでのことをしておいて!」
背後の空には悪魔が次々と舞い上がっては、ユィシアの光弾に射抜かれて消滅する。兵士たちが悪魔と交戦し、衝撃と、剣戟の音が聞こえてくる。ときに悲鳴のような声が上がるたび、彼らの身を案じずにはいられない。
メイヴ――魔王リリムは、言葉通りに、シスカとナヴァロの間を抜けて、無防備にこちらへと歩いてくる。
「選ばれた王女が、杖を持っているのね。私を封じる準備は整っている……けれど、まだ死ねない。最後にあなたに殺されるならいいけれど、まだ終わらせてはやらない。なぜなら、私は全てが憎いから。何も知らずに生きている人間たち、その全てが大嫌い」
「……俺はそういう考えを持つお前を、放っておくわけにはいかない」
激しい言葉を選ぼうとすれば、幾らでもできた。
――だが、俺には、今のリリムが自棄になっているように思えた。昔出会ったときも、そして今も、自分ではどうすることもできない、破滅の願望に動かされている。そんなふうに見えてならない。
「……リリム。お前はなぜ、人間を憎むんだ」
「そういう存在として生まれてきたからよ。だから私はあなたを憎む……憎んで、そして愛しているわ。私は姉さんが欲しがるものを奪いたい……だからあなたの魂が欲しい」
◆ログ◆
・《メイヴ》は正体を現した!
・魔王の力が目覚める……《メイヴ》は《魔王リリム》に変身した!
メディアも、メイヴも、リリムの仮の姿だった――白い髪の魔王が、再び姿を現す。同時に明るかった空は瘴気で曇り、太陽の光が遮られる。
ねじ曲がった悪魔の角が、その頭部に現れる。蝙蝠のような黒い翼を広げると、まとっていた服が魔王の力に耐えかねて千切れ飛び、新たな装備が魔力で生成され、寒気がするほど美しい裸身を覆っていく。
◆ログ◆
・《魔王リリム》は「装備再生」を発動した!
・《魔王リリム》は「悪魔のビスチェ」を装備した。
・《魔王リリム》は「悪魔のヒール」を装備した。
・《魔王リリム》は「招魂の杖+8」を召喚し、装備した。
――いつかと同じ装備。
しかし俺は、臨戦状態となったリリムの姿を、恐ろしいとは感じなかった。
今の俺たちなら、彼女を与することができる。その準備なら、整えてきた。
「決着をつけよう。一度目は死ぬかと思ったが、次はそっちの番だ」
「……とても愉しいわ。生まれてからこんなに愉しいと思ったことは、一度もない……さあ、もっと悦ばせて。いつかの無力な勇者よりも、できるだけ愉快に踊ってみせて」
翼を揺らめかせて、リリムの身体が宙に浮き上がる。シスカとナヴァロもまた、爪と暗器を構え、俺たちの行く手を阻む。
――そしてリリムは少女のように微笑みながら、艶やかな唇を、赤い舌でぺろりと舐めた。




