第六十七話 聖杖の装備条件
黒く禍々しい、邪悪としか言いようのない気を放つ杖。
まるで、杖そのものが生きているかのようだ。ドクン、ドクンと胎動するたびに邪気が膨れ上がるように感じ、不快感を覚える。
これが女神が与えた武器――魔王が手にすれば『魔杖』となり、ルシエが手にすれば『聖杖』に姿を変えると言われるもの。
それに手を伸ばすには、途方も無い勇気が必要だと思えた。
――しかしルシエは、自分の肩に手をかけて微笑む。そこにいる母に守られているのだと確かめ、彼女はもはや恐れを克服していた。
「……我が力に応じ、異なる姿を現せ。『聖杖ハルモニア』!」
◆ログ◆
・《ルシエ》に『魔杖カタストロフ』の所有権が移行した。
・《ルシエ》の属性に合わせ、『魔杖カタストロフ』は『聖杖ハルモニア』に変化した。
神々しいまでの光が、俺たちの視界を埋め尽くした。
眩しいはずなのに、目を開けていられる。光の中で、黒い杖の姿が変わっていく――禍々しくうねるような形状の杖だったのに、聖杖の名にふさわしい姿に変わる。
青と白を合わせたような金属質で、先端部分は大小の円環を組み合わせたような形状になっており、円環の中心に水晶のような宝玉が嵌めこまれている――いや、宝玉はどのような原理か、円環の中に封じ込められて浮遊している。
◆アイテム◆
名前:聖杖ハルモニア
種類:杖
レアリティ:ゴッズ
攻撃力:0
防御力:100
スロット:空き8
装備条件:杖マスタリー50 聖剣マスタリー10
適正条件:杖マスタリー150 聖剣マスタリー100
・未鑑定。
・固有技『サンクチュアリ』を発動できる。
・《魔王リリム》に止めを刺すことができる。
・『魔剣マスタリー』スキルを持つ者が装備すると、『魔杖カタストロフ』に変化する。
・1分ごとにマナが25回復する。
・攻撃対象を一定確率で転向させる。
(攻撃してもダメージが無い――つまり魔王リリムに特攻があるわけじゃなく、『サンクチュアリ』を使って止めを刺すんだ)
持っているだけで防御力が100もプラスされるとは、所持者の周りにバリアでも発生させるのだろうか――見てみないと分からないが、やはり女神の武器は規格外だ。マナの回復量も異常に高く、うまくマナを管理すれば『生命付与』を無限に発動できるのではないかと思えるほどだ。
――だが、だがしかし。
「……あっ……!」
選定者の手に収まるはずの杖に、ルシエが触れられないでいる。
そう――彼女は聖杖を装備するためのもう一つの必要スキル、『聖剣マスタリー』を習得していない。
無理もない、俺でも昨夜のスキル上げでようやく10に達したばかりだ。アンナマリーさんが聖剣マスタリーを習得していたが、それも何かのきっかけがあってのことだろう――選定者ならば、無条件で備わっているわけではない。
『杖は聖杖に変化した……ルシエは杖に選ばれている。けれど、持つためには、聖杖に認められなければならない。そういうことかしら』
「お母様……杖に認められるには、どうすれば良いのでしょうか?」
『それは……ごめんなさい、私は杖を扱うことはできなかったから。ヒロト君は、何か知っている?』
「は、はい。杖を所持するためには、特定の方法で資格を得る必要があるんです。それは、『選定者』であるかどうかとは別みたいですね」
「ヒロト、特定の方法については知っているのか?」
「ま、まあ知ってるというか……ルシエには、一回やったことがあるんだけど……」
そう――『刻印』。ルシエに王族として認められたしるしとしてつけた刻印を、今度は『聖剣マスタリー』を与えるために付け直せばいい。
俺はフィリアネスさんから聖剣マスタリーを手に入れた。それを、ここでルシエに渡す――まさか、ここで二度目の授印をルシエに施すことになるとは思っていなかった。
「ギルマス、まさか……私に力を与えた方法と、同じことをルシエ殿下に……?」
「ん……ミコトに力を? ヒロト君、それは一体……」
ミコトさんとフィリアネスさんには『限界突破』をあげたが、名無しさんにはまだ『授印』は使っていない。機会は幾らでもあったが、まだ彼女に与えたいスキルを決められていなかった。
「っ……そ、そうか……あの方法なのか。ヒロトは口づけ一つで、どれだけのことを可能にできるのだ……? まさか本当に、女神の申し子なのか」
「まあ……とても興味深いですね。聖騎士様がそこまでおっしゃるような行為とは、いったいどのような素晴らしいことなのでしょう……♪」
「……ご主人様がミコトにしたようなことを、またしようとしてる……ルシエに……」
「うっ……ご、ごめん、ユィシア。聖杖を手に入れるためにも、ここはお目こぼしを頼む……このとおりだ!」
ミコトさんとのことをユィシアに見られていたことについては、今でも申し訳ないと思っている――だから俺はしっかりと頭を下げた。
「見事な90度……あれが本当のお辞儀ですわ。ヒロトさんったら、そこまでして殿下に授けものをしたいんですのね……少し妬けてしまいますわ」
「重装備のヒロト君が、少女に屈して頭を下げる構図……これは、少し萌えるものがあるね。彼は何をしても可愛いけどね」
「ヒロト……おまえの覚悟は私たちにはちゃんと伝わっているぞ。何としても聖杖を手に入れようという思い、確かに見せてもらった。進むがいい、おまえが信じる道を」
倒置法で言われると何か雰囲気が出ているように感じるのは、俺が中二の心を持っているからだろうか。そういえば今の俺は14歳相当であり、リアルに中学二年生の年齢と言っても過言ではない。何の話をしているのだ。
中学といえば異世界ではどうなっているのかというと、騎士学校は幼年部、小等部、候補生部があるという。ウェンディは候補生部にいたのだが実技試験でポカミスをして落ち、修行のために冒険者となった。
俺と出会った当時は13歳だったから、候補生でいられるのは12歳まで――なかなかのエリート学校である。異世界では小学校を卒業する年齢で騎士団に入るのだ。15歳までは前線には出ず、可能な範囲の任務をこなすそうだが。
「……お兄様、みなさんの前で……もう一度、していただけるのですか……?」
「ル、ルシエ……その言い方はちょっと、想像を膨らませすぎやしないか」
「あっ……す、すみません。するというのは、あの、よ、夜伽のようなことではなくてっ……」
(俺は一体何をしているんだ……12歳のルシエに夜伽とか、そんな言葉を使うように誘導するなんて……!)
それもこれも、今のルシエの姿が成熟しすぎているからいけないのだが、俺は何か自分が猛烈に汚れた存在に思えてきて、己のうかつな発言を恥じ入るほかなかった。
「夜伽……他の方から聞くと、何とも緊張感が走りますわね……動悸がしてきましたわ」
「あまりこう言うのもなんだけど、ミコトには寝取られ属性でもあるのかな? ヒロト君が他の女性と仲良くしていると、興奮を覚えてしまうという……それはかなり困った嗜好ではないかな」
「なっ……だ、誰もそんなことは言っていませんわ。そういったことも、ギルマスの魅力を再確認するための、スパイスかもしれませんけれど」
「……スパイス? かどうかは分からないけど、それはあるかもしれない。ご主人様が他の雌に対しても魅力的というのは、誇らしい」
「め、雌……確かに竜にとっては、雄と雌なのかもしれないが、何か雌と言われると、人間も動物なのだと言われているようで、考えてしまうな……」
「聖騎士も聖職者も、等しく女性であり、本質は雌なのです。女神様もそうおっしゃっておられます」
(絶対言いそうにないが、セーラさんの中での女神はどんな性格なんだろう……性に対して大らかな地母神的な感じなんだろうか)
銀髪のエルフの少女といった趣の女神の姿を思い出し、俺は考える――そういえば彼女は俺が知る中では珍しい、『適乳』の持ち主だった。ルシエが大きく育ってしまった今、なぜかひどく懐かしい。霊装を解いたルシエが元の姿に戻ったら、再び成長を見守っていきたいところだ。
「こ、こほん。とにかく、ヒロトはルシエに、聖杖を所持させるための力を持っているのだな。では、すぐにでも……」
「す、すぐにって、みんなの前でしてもいいのか?」
『ヒロト君、ちょっといい? ……するって、破廉恥なことではないのね? 私、もうあきらめていたけど、立場上はファーガスの妻なのだけど……』
「だ、大丈夫です。少しその、印をつけるだけですから。それも破廉恥と言われたら、無理にすることはできないですが……」
「……お母さま、ヒロト様の唇で、こうしてしるしをつけてもらうんです……前にいただいたときは、ここに……」
ルシエが襟元を開き、乳房の谷間が見えそうなくらいまでそろそろと引っ張っていく――すると、そこには俺がつけた花のような形の刻印があった。
『これは……ジュネガン王族のしるし。女神の神殿で与えられるもののはず……ヒロトくんは、女神の儀式の代行者なの……?』
「は、はい……何故かそういうことになったんですが、その時もらった力の延長で、ルシエに聖杖を扱う力を与えられるんです」
女神との関係は説明しづらいが、俺が女神から一目置かれている存在ということは、それで伝わったようだった。ルシエは頷き、目を潤ませて俺を見つめる。
「……お兄様には、本当に、何から何まで……どれだけ感謝をしても、この気持ちは伝えきれません」
『娘がこう言っているのなら、私もあなたを全面的に信頼するわ。恥ずかしい方法のような気はするけれど……私も恥ずかしがっていてはいけないわね』
母娘の答えは一致している。そして、パーティメンバーは完全に見守る体勢に入っていた。密かに場所を変えて行いたい、とはとても言えない雰囲気だ。
(そうか……テントの中での経験を経て、みんなの『羞恥』耐性が上昇している……そんな隠しパラメーターが……?)
ゲーム脳でそんな想像をしてしまうが、単にみんな必要なことだと思ってくれているということだろう。俺としても、やましいことは何も、これっぽっちもないので、みんなの前で公開授印を行っても何も恥ずかしくはない。破廉恥な行為じゃないから恥ずかしくないと言い切れる。
「よし……行くぞ、ルシエ。あまり焦らしても、逆に恥ずかしくなるからな」
「は、はい……お願いします、お兄様……」
ルシエは両手で胸を抑えなければならないほどに緊張している。そして見守るパーティメンバーも、我がことのように真剣そのものの眼差しを向けてきた。




