第五話 町での騒動
赤ん坊のまま、俺は順調に取得スキルを増やしていった。
新しく町の住人に接触する機会があると、とりあえずスキルを見せてもらう。ちょっと申し訳ないが、一度スキル上げを始めると、どうしても徹底的にやりたくなってしまう……前世からの俺の、良くも悪くもある習性だ。
カリスマを発動させ、魅了スキルが成功したら、場合によっては吸わせてもらう。まさか赤ん坊時代が、こんなに忙しくなるとは思わなかった。
しかし赤ん坊のうちだけだろう、と思う。魅力スキルを取得して上げないと、魅了はほとんど成功しないからだ。赤ん坊に対する補正がなければ、ほぼ豪運に頼るしかなかったりする。サキュバスとか、インキュバスなんかの魅了専門みたいな種族なら話は別だが。
そういえば、魔物を全然見てないな……と思いかけたところで、俺はふと思い出した。
ジュネガン公国西部のミゼールといえば、あまり離れていないところに、ドラゴンが住んでいるという伝承がある。
ドラゴン討伐クエストが発生するとかなり早い時期から言われていたが、俺がプレイしていた時にはついに実装されなかった。
(……けど、この世界に『未実装』は存在しない。ドラゴンがいるのがただの伝承じゃなければ、実際に居る)
もし、ミゼールにドラゴンが現れたら……何のクエストもなしに、そんなことが起こりうるとは思えないが。
「ヒロト、さっきからおとなしいわね……いつも静かで助かるけど、もっと元気にしてもいいのよ?」
昼下がり、揺りかごの中で静かにしていた俺だが、そろそろ実は母さんを喜ばせてあげられることがあった。あー、うーと言っていた甲斐があって、ちょっとだけ喋れるようになったのだ。
しかし恥ずかしい……しゃべるってことはつまり会話だもんな。母さんとはいえ、初めて話すとなると緊張してしまう。
「なんて、まだ言葉は分からないわよね。よしよし」
レミリアさんが俺を抱え上げて、背中をさすってくれる。俺は今しかないと思い、勇気を振り絞った。
「……ま、まんま」
「きゃっ……い、今、何て言ったの!? ヒロト、もう一回言ってみて?」
「……ぷいっ」
「お、お願い! ママの一生のお願いだから、もう一回言って? ほら、おっぱいあげるから!」
レミリアさんに授乳されたのち、俺はこの味を味わうのももう少しで終わりなのかな、と感じていた。寂しいものだが、そればかりは仕方ない。成長は喜ぶべきことだ。
そして俺は意地でも二度目の「まんま」を言わないのだった。母さんだからこそ恥ずかしかったりするが、いつものあまのじゃくだ……また、そのうち言えるといいんだけど。
◇◆◇
父は元騎士なのではないか、という俺の予想は、想定していなかった形で確かめることができた。
レミリアさんの背中に背負われて、初めて彼女と一緒に市場に買い物に出た時のこと。
「きゃっ……!」
人混みの中で、レミリアさんが男にぶつかられてしまう。人混みでパッシブスキルなんて発動してたら大変なことになるので、あえて外していたのだが、それが裏目に出てしまった。
「どこ見て歩いてんだ、あぁ!?」
「おい、こいつ首都から来た貴族の娘だろ。あのリカルドと一緒に住んでる」
「ああ、リカルドか。臆病風に吹かれた、都落ちのリカルドだよな」
リカルドさんのことを知ってる……しかし、その言葉には悪意が含まれている。臆病風……都落ちって。
――そう俺が思っているうちに、レミリアさんが動いていた。
パァンッ!
「ぐぁっ……て、てめえっ!」
「あなたたちに、夫を侮辱されるいわれはないわ! 謝罪しなさいっ!」
レミリアさんが男の頬に平手打ちをして、気丈に言う。市場を行き交う人々は、武装した三人の男たちを恐れているのか、遠巻きに囲んで見ているか、足早に通り過ぎるだけだった。
「先に手を出したのはそっちだからな……何されても文句は言えねえよなぁ!」
「っ……は、放しなさいっ! この子に手を出したら許さないからっ!」
――ありがとう、レミリアさん。でも、俺があなたを必ず守る。
ここでスキルを使えば、みんなに俺の異質さがバレてしまうかもしれない。そうしたら、ここで暮らしていけるかどうか……あまりに平穏な暮らしで、荒事があるなんて想像もしてなかったけど、ここはエターナル・マギアの世界だ。一歩町の外に出ればゴロツキや山賊がいて、町の中でも、状況によっては強盗などが起こることだってある。
俺はそういうシビアさも好きだったが、それとこれとは話が別だ。
(パッシブスキルを、全部アクティブにする……頼むっ……!)
魅了スキルを有効にして、かかった人の中に強い人が居れば力を借りられる。もしくは、三人の男のうち、一人でも「【対同性】魅了」が発動すれば……!
「そこまでにしておけ、ならず者どもっ!」
「っ……なんだ、てめえっ!」
突如として響いた凛とした声。その声の主は、白銀の鎧を身につけた、金糸のような長い髪を持つ女性騎士だった。頭防具の額当てを付けていて、優美な面立ちに勇ましい印象を与える。
彼女は男たちの前まで颯爽と歩いてくると、間合いを取って剣を抜く。それを見た周囲が大きくどよめいた。
「彼女を誰だと思っている? ジュネガン公国に暮らす者が、汚れた手で触れていいと思っているのか。恥を知れっ!」
「くっ……てめえ、公国騎士団の人間か……!」
「やべえ、こいつ《雷神フィリアネス》だ……っ!」
フィリアネス――その名前を聞いて、俺は少なからず感動していた。もちろんパッシブスキルの発動後、ログで魅了がかかった人物を全速で確認しながらだ。
敵三人はこちらへのヘイトが高すぎて魅了出来なかったが、町の人を何人か魅了できている。しかし、彼らに即座に命令を下さなければならないという事態は避けられた。
フィリアネス・シュレーゼ――ジュネガン公国最強の女騎士が来てくれたおかげで、俺は冷静に判断する時間を得られた。
「フィリアネス様、どうしてここに……っ!?」
「話は後です……っ、はぁぁっ! 雷光麻痺刺突!」
雷神フィリアネス。騎士のNPCの中では五本の指に入る力を持つ女性騎士。彼女はその異名のとおり、雷系の魔術と剣技を組み合わせた「ダブル魔法剣」スキルの達人である。
「ぐぁぁっ……!」
「は、速いっ……速すぎるっ……」
何が起こったのか、赤ん坊の俺の目では追えない。しかしログには、フィリアネスの放った剣技が何を起こしたのか、詳細に羅列されていく。
◆ログ◆
・《フィリアネス》は「ダブル魔法剣」を放った!
・《フィリアネス》は「ライトニング」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「パラライズ」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「ピアッシング」を放った! 「雷光麻痺刺突!」
・《アントン》に1268ダメージ! オーバーキル!
・「手加減」が発動した! 《アントン》は昏倒した。
・《ガノフ》に1134ダメージ! オーバーキル!
・「手加減」が発動した! 《ガノフ》は昏倒した。
・《フィリアネス》の武器エンチャントが解除された。
(っ、っょぃ……)
思わず引いてしまうほど、フィリアネスの戦闘力は途方もなかった。ダブル魔法剣を使ったとはいえ、「細剣マスタリー」20で取れる初歩スキル「刺突」で、4桁ダメージが出せるなんて。
オーバーキルは相手のライフの二倍以上のダメージを与えてしまった時に発生する。もちろん相手は死んでしまうが、誇り高き騎士である彼女は「手加減」スキルを持っているため、相手のライフを1でとどめていた。それは原作にもある設定で、手加減したがゆえに、敵に不覚を取るというイベントもあるのだが……。
「て、てめぇっ……この女がどうなっても……ぐぁっ!」
もう一人残っていた男が、レミリアさんを拘束して後ろから刃物を突きつけようとする――が、俺はすでに手を打っていた。男は動く前に、誰かに後ろから殴られて倒れこむ。
何が起きたのか、少しログを遡ってみよう。
◆ログ◆
・あなたは「魅了」スキルをアクティブにした。
・「魅了」が発動! 《アントン》は抵抗に成功した。
・「魅了」が発動! 《ガノフ》は抵抗に成功した。
・「魅了」が発動! 《ドザル》は抵抗に成功した。
※中略※
・「魅了」が発動! 《バルデス》は抵抗に失敗、魅了状態になった。
「魅了」の範囲内にいた数十人のうちの一人、鍛冶師バルデス――ミゼールの町に住むドワーフの老人に、俺の「【対同性】魅了」が成功した。俺は彼のステータスが高いことを確認したあと、すかさず彼が助けてくれるように命令をしておいたのである。
◆ログ◆
・《バルデス》は「鉄拳」を放った!
・《ドザル》に244ダメージ! 《ドザル》は昏倒した。
「く、くそっ……てめえら、覚えて……やがれ……ぐへっ!」
「やれやれ。荒事は年寄りには堪えるわい」
バルデス老は、ドワーフの寿命に近い230歳だ。老化でスキルポイントを失っているが、「恵体」スキルは55という高い数値を保っている。そこから放たれる「格闘」系アクションスキルの「鉄拳」は、3桁ダメージでも荒くれ者を一撃で倒す威力を持っていた。
次回は20:00過ぎに更新です。