第六十二話 後編 2つのテント/人馬一体
フィリアネスさんに呼ばれて焚き火の近くに戻り、みんなもうお腹いっぱいだというので、残っていたスープを食べる。
誰もが満足するまで食べたというわりに具がごろごろ残っていたので、俺のために残しておいてくれたらしい。十分に堪能して、分担して後片付けを終え、就寝の時間となった。
俺は男一人ということで小さなテントを一つ、そしてみんなが一緒に寝られるよう、大型のテントを張っていた。それを見て、ルシエが少しさびしそうにする。
「お兄さま、ご一緒にお休みなさらないのですか……?」
「あ、ああ。それは、これくらいの歳の男女が一緒に寝るっていうのは、いろいろと世間体に差し支えがあるからな……えっ、み、みんな、どうした? そんな不穏な顔をして」
「今さら世間体なんて言い出されたら、この人は二重人格なのかと疑っても無理はありませんわよ」
「に、二重人格って……俺、そんなに変なこと言ってるかな?」
「……もう、一緒に寝る以上のことをしてきたと思うのだけど。それくらい信頼を積み上げてきたというのは、小生たちの思いこみにすぎなかったのかな……?」
「皆さん、ヒロトさんとご一緒でなければ、彼が一人で休んでいるあいだに、危険なことがないかと心配なのですね。男性だからといって、一人はよくありません。聖騎士さまも、心配で寝つきが悪くなってしまいます」
「わ、私は……その……確かに、なぜテントをふたつ張る必要があるのかと思ってはいるが……む?」
フィリアネスさんが何かに気づいたように、小さい方のテントと、大きい方のテントの中を覗き込む。四つん這いになっているこのアングルに、俺だけが直視できない気持ちになる。
「……ヒロト、大きなテントは、小さなテントのおよそ二倍の広さのようだが……私たち五人が大きなテントで眠ることになると、少しきゅうくつなのではないか?」
「あっ……ご、ごめん。そうか、このテントって二人用だったんだな。それで、大きい方は四人用だったのか」
なるほど、そういうことなら、ユィシアを入れて俺たちは七人いるから、3:4くらいがちょうどいいのか。いや、3人ではこの小さなテントでは、密着して寝るしかなくなって――。
(こ、これは……また役得というか、争いの火種を作ってしまったのでは……?)
ユィシアは森に行こうとしていたが、やはり思うところがあるのか、ふよふよと長い尻尾を揺らしながらこちらに戻ってきた。
「……3人と、4人。そういうことなら、私も寝られる」
「ええ、もちろんです。ユィシアさんも竜であるとはいえ、女性なのですから」
「……それほどでもない」
ユィシアは照れているのか、ちょっとずれた回答をしつつ、俺を見やる。この期待に満ちた視線……明日の古城攻略など関係なく、彼女の強き種の本能が、俺と生存戦略したいと思っているに違いない。生存戦略はたぶん男女の営みの隠喩ではないと思うが。
「大きなテントをふたつ張ればちょうど良かったな……ごめん、俺、自分を隔離することしか考えてなくて」
「……ヒロトは積極的だが、紳士的なのだから、私たちに遠慮することはないのではないか?」
◆ログ◆
・《ミコト》はつぶやいた。「紳士的……それはきっと、ミルクが大好きな紳士さんですわね」
・《名無し》はつぶやいた。「人はそれを変態紳士というのかもしれないけれど、小生はもっと本能に正直なヒロト君も見てみたい……」
・《セーラ》はつぶやいた。「ああ……女神様、これから私は、初めて殿方と同衾しようとしています……明日の朝を迎えても、変わらぬ祝福をお与えください……」
セーラさんを連れてきたのは良い判断だったのか、俺はちょっと心配になってしまう。この人は聖職者でありながら、俺に対して門扉を開きすぎている――ぜひともお邪魔したいところなのではあるが、そんなことしてる場合じゃないと、町に残してきたみんなの顔が代わりばんこで浮かんでくる。
(しかし……戦いに臨む前に子孫を残したいというこの気持ちは、確かに本能といえば本能なのか……くっ、俺は紳士なんかじゃない! 一皮剥けば狼もいいところだぞ!)
「なんだか、煩悶していますわね……あまりいじめたら、女性恐怖症になってしまわないでしょうか?」
「な、なにをそんなに怖がることがあるというのだ。ヒロトがひとりで寝るよりも、私が近くで見ているほうが、色々と安心だと言っているだけではないか」
「……私の方が安心。聖騎士より、私の方が強いから」
「……種族の違いによる絶対的な差はあるが、あまり侮ってもらっては困る。公国最強の名を背負う者が、簡単に負けを認めるわけにはいかないのでな」
「今からでも勝負する? 大丈夫、手加減はする。聖騎士を傷つけると、ご主人様に嫌われるから」
フィリアネスさんとユィシアの間に火花が散りまくっている――俺が原因なのだが、よもやこんなことになろうとは。ユィシアはフィリアネスさんを甘く見ているが、彼女が本気を出せば、例えユィシアでもノーダメ―ジとはいかないだろう。
(いや、今のユィシアはかなり成長してるから……俺でも勝てるか分からないくらいなのか……?)
確かに、戦わずして力の差を認めるというのは、俺としても簡単には受け入れがたいことだ。しかし――。
「あ、あのっ……お二人とも、けんかはいけませんっ……!」
なんと二人を仲裁に入ったのはルシエだった。まだ十歳の少女が、精一杯声を張って、二人を諌めようとする。
それを見てフィリアネスさんははっとしたように怒りのオーラを消し、ユィシアも挑発をやめる。上がっていた尻尾が下がり、戦意を消して、ユィシアはミコトさんのところに歩いていく。
「……さっきみたいに、決めて。ご主人様に添い寝をする順番を」
「それが一番良さそう……と言いたいところですけれど、順番ということは、二人ずつ交代で、ギルマスのテントで一緒に寝るということですの? な、なかなか大胆ですわね……」
「では、四人ならばいかがでしょうか? ヒロトさんはお身体が大きいですから、広いテントの方が良いでしょうし」
なるほど、4人用のテントで俺と三人が一緒に寝れば、一度の交代で全員入れ替われるわけか。それは妙案、むしろ名案――なのだろうか?
(それはみんなとの間に、何もなければの話じゃないか……?)
「……ヒロトさまと、ご一緒にお休みできるのですか? それでしたら、私は、くじを引きたいです」
「いや、ルシエに夜更かしをさせるのはよくない。ルシエは前半の組としよう」
「小生は夜更かしに耐性があるから、後半に入れてもらってかまわないよ。聖騎士殿は、夕食のあとから少し眠たそうにしているね」
「ふぁ……い、いや、そこまで眠くはないぞ。いつも夜十時くらいには休むようにしているが、ときに遅くまで起きている必要もあるのでな」
「では聖騎士さま、ルシエ殿下、私が前半の組に入りましょう」
「ええ、私はそれでかまいませんわ。極まったシノビは三日間一睡もしなくても大丈夫ですのよ」
「……私も大丈夫。一週間くらいは寝なくても平気」
俺も寝なくても平気ではあるが、不眠状態になるとライフが減り始める。ミコトさんの言うとおり、眠らなくてもよくなるスキルもあるのだが、あいにく俺はまだ取っていない。
しかし寝る必要があるということは、悪いことではない。こうやってみんなで寝るのが、本音を言うと俺はけっこう好きだったりする。
(フィリアネスさんにかくまってもらいつつ、マールさんとアレッタさんから隠れてスキル上げをした日々……懐かしい。あれをみんなで一緒に寝たというのか分からないが)
「で、では……それで決まりだな。ヒロト、休む支度をしよう」
「う、うん。ミコトさん、名無しさん、ユィシア。じゃあ、二時間で交代ってことでいいかな」
「ええ、私はそれで構いませんわ」
「……私はしっぽが大きいから、外にいる」
「遠慮はいらない、そのなめらかな尻尾には一度触る口実が欲しかったからね」
「だ、だめ。これはご主人様にしか触らせない」
「ふふっ……なるほど、大切な部分なんだね。そこを触っていいのは、ヒロト君だけなのか……」
「い、いやその……ペットの尻尾を触るのは、主人として自然なコミュニケーションじゃないかな」
名無しさんが思わせぶりな言い方をするので、ついフォローを入れてしまう――が、みんな顔を赤らめて恥ずかしそうにする。
「ぺ、ペット……確かに竜種を従えているのだから、ペットとはいえなくもないのだが……」
「人の姿をしていますから、ヒロトさんが……その、すごいことを言っているように思ってしまいましたわ」
「お兄様は、ユィシアさんの飼い主なのですね……ご主人様なので、しっぽをいっぱいさわって……しっぽって、私にもはえてこないでしょうか……?」
「私の場合、もし人魚に戻ることができたら、この足もしっぽになるのですが……」
俺はしっぽフェチというわけではないのだが、もう断じてもいいと思うが、セーラさんは俺を誘惑するというか、堕落させることしか考えていない――あの女神を信奉しているのだから、何もおかしなことはないような気もするが。
◆◇◆
まず俺がテントの中で就寝するための簡素な格好に着替え、他のみんなもテントに入って着替える。
俺が張ったテントが、女性の更衣室と化している現状――指先で穴を開けて中を覗いてみたい、そんな浅ましい欲望は胸の奥底に封印し、俺は焚き火を夜通し絶やさずに済むように、ちょっと森に行って薪を作っていた。
「――ふっ!」
◆ログ◆
・あなたは《薪割り》を放った!
・208本の薪を生産した。
ただの薪割りが、今の俺のステータスでは一本の樹を一撃で薪に変える異能と化していた。もう切り株しか残っていない。
(これは森林破壊なのか……やり過ぎに注意しないとな)
十分すぎるほど薪が取れたので、テントの近くに積み上げておく。すると、大きい方のテントからルシエが出てきた。彼女の寝間着は、可愛らしいチュニックだ。
「お兄さま、お疲れ様です。フィルお姉さまと、セーラさんの準備ができました」
「ああ、ありがとう。えらいな、ルシエはお姫様なのに」
「……わ、私は、自分のことをお姫様なんて思っていません。お姫様はもっと華やかで、すてきな女性のことを言うんだと思います。お兄さまと一緒にいる、皆さんのような」
あんな堂々とした演説をしておいて、この子はまだ謙遜している。今はまだ幼くても、それこそ数年で、羽化するように大人になる――そんな予感はするが。
(俺のほうが年下だったのに、逆転したらお兄さまか……いや、俺の精神は、どう考えても八歳相当じゃないから無理もないのか)
「あ、あの……フィルお姉さまと、セーラさんは、荷物を軽くするために、寝間着が……」
「軽いやつを選んだってことか? 俺は荷物の重さなんて気にしないけどな」
「は、はい……お兄さまにとっては、ふつうのことなのですよね、きっと……」
「ん……? ルシエ、顔が赤いけどどうした?」
「は、はぃっ、なんでもありませんっ……お兄さま、それでは参りましょう」
ルシエの様子が気になるが、まあフィリアネスさんとセーラさんがラフな格好をしていて、男の俺と一緒でそんなかっこうでいいのか、と心配しているのだろう。
しかし二人と俺の関係を考えれば、それくらいはありえない話ではない。慣れてしまったというわけではなく、俺もロマンを解する人種としての自負があるので、ふたりが素敵な格好をしてくれていたら、それはそれで素直に喜びを噛みしめたい。
そう思った俺だが、テントの中を覗いても、初めはフィリアネスさんとセーラさんの姿が見つからなかった。
もう、毛布を被ってしまっている。一緒に寝ると言っても、こういう感じならば確かに健全なのだが――添い寝をしてくれると言われた手前、少し寂しくもなる。
「二人とも、もう寝てる? じゃあ、俺も休もうかな」
「あっ……」
何かルシエが言おうとした気がしたが、彼女の方を見やるとふるふる、と首を振る。何でもない、ということらしい。
とりあえず俺は自分の寝床に寝そべり、毛布をかぶった。他の三人は、小さなテントでどうやって寝てるんだろう――気になるが、今から見に行ったらユィシアに捕獲されてしまう気がする。
(あのしっぽで巻きつかれたら、生存戦略待ったなしだな……と、それはユィシアのことを肉食系だと思い過ぎか)
ルシエも寝床に入ったようなので、俺も目を閉じる。
――そして、幾らも立たないうちに。
フィリアネスさんとセーラさんの方向から、同時にもぞもぞと衣擦れの音がした。
「ん……あれ? 二人共、起きて……おぉぉもごっ!?」
「お、大きな声を出すな……っ、向こうのテントまで聞こえてしまうだろう」
「申し訳ありません、ヒロトさん……私たち、寝間着を持って来なかったんです。ですので、こんなかっこうで……聖騎士さまは、布鎧でいらっしゃいますが」
「ご、ごめんなさい……お兄さまを驚かせるつもりはなかったんです。でも、フィルお姉さまと、セーラさんのかっこうが、あの……は、恥ずかしいかっこうで……」
「は、恥ずかしい……ルシエ、これは仕方のないことなのだぞ。それにこの布鎧はいつも身に着けているものだ。先ほど水で洗ってから魔術で干したので、このまま寝床に入っても問題ない。セーラ殿は、少し想定外の格好をされているが……」
セーラさんは実に大人のランジェリーを身に着けている。水色系の色で統一しているのは、人魚だからということだろうか。
(勝負下着を身に着けている聖職者……もうセーラさんのことを淫乱シスターと呼ぶしか……いや、それだとイメージが悪すぎるな)
「では……ヒロトさん、おそばに行ってもよろしいですか?」
「お、おそばにって……え、えーと、それは……」
「……このかっこうでは、肌寒いのでな。湖のほとりだからか、それとも山の方に来たからか、少し冷えこむ」
「あ……そ、そういうことか。わかった、それなら俺を使って暖を取ってもらって構わないよ」
「ありがとうございます。ルシエ殿下、ヒロトさんにお許しをいただきましたよ」
「は、はいっ……!」
ルシエはまくらを持って俺のところにやってくる。彼女も俺と添い寝したいことに違いはないようだ。
「……私がこちらで、セーラ殿は向こう側……とすると、ルシエは……」
「……お兄さま……お胸をお貸しいただいてもいいでしょうか……?」
「胸って……い、いいのか? その、すごい体勢というか……」
「お、重かったら、すぐに降ります。そのときは、自分のところでお休みしますので……」
そこまで言われては断るわけにもいかない。十歳だから、問題はない――ならば受け入れるべきだろう。
「ああ、いいよ。ルシエなら、重いなんてことないだろうしな」
「は、はい……失礼いたします……っ」
フィリアネスさんが俺の毛布をめくり、ルシエがそこからそろそろと俺に覆いかぶさる。まるで抱き合っているような感じだが、俺は十歳の少女の未発達な身体に興奮するようなことは全くなく、
(――待てよ……ルシエの母性って、いくつだったっけ?)
確か神殿で見た時、ルシエの母性の数値を見て驚いたような記憶が――そうだ、20には達してなかったが、19に上昇したところも見届けたはずだ。というか俺が『授印』したときに上昇したのだが。
その数値が示すことは――未発達ながら、ルシエの胸が、何もない平野ではありえないということだった。
「……お兄さま、あったかい……お胸の音が、とくとくって聞こえてきます……」
(あ、あざとい……じゃなくて純粋に言ってるんだろうけど、これは非常にまずい……っ)
背中に届く長さの、さらさらとしたストロベリーブロンド。ルシエはそれをさらりとかきあげながら、俺をうれしそうに見上げてくる。シャツの胸元をきゅっと掴む手は、俺の手で包み込めるほど小さい。
この状況では、フィリアネスさんに怒られてしまうのでは――と焦るが、右を見やると、フィリアネスさんは俺たちのことを微笑ましそうに見ていた。
「ルシエは本当にヒロトになついているな。そんなに幸せそうな顔をして……」
「はぅっ……す、すみません。こんなときに、甘えたりしていてはいけませんよね……でも……」
「心安らかにお休みされることが、今は何よりも大切なことです。何も恥じることはありません、女神様もきっとお許しになられます」
セーラさんの説法のような言い回しを聞いていると、俺も洗脳――もとい、何も考えずに心安らかにこの状況に身を任せるべきでは、という気がしてくる。
「ふぁ……す、すみません。いつもなら、もうお休みしている時間なので……」
「ね、眠たいんだな……わかった、俺のことは気にせず、寝ちゃっていいぞ」
「はい……んぅ……おやすみなさい、お兄さま……」
(み、身動ぎをする度に主張される、この確かな弾力……恐ろしいまでの素質を感じる……!)
――そして俺は、さらなることに気がつく。
採乳は、手で触れなければ成立しないのだろうか。胸に触れていればいいのなら、別の部位でも大丈夫だとしたら……?
あれから時間が経ち、ルシエの母性が20を超えている可能性がある今、トライ・アンド・エラーしてみるのが俺の信条ではないか。
(胸板から乳エネルギーを吸収する……それが可能なら……!)
身体の一部さえ胸に触れれば良いというのならば、肘に胸が当たってしまったというラッキーイベントが、全てスキル上げに姿を変える。
もっと貪欲にスキルを取らないと、肝心のときに使えなくて歯がゆい思いをする。そして手で触れるわけでなければ、相手が幼くても、手で胸を触れていい相手でなくてもスキルが採れる。
(ルシエから今もらうとは思ってなかったが……この接触で何もしないのは、俺の主義としてありえない……!)
「……お兄さま……そこは、だめです……」
「ルシエが何か背伸びをした夢を見ているようだが……ヒロト、私の知らないところで何かしたのか……?」
「殿下もお年ごろですから、そういった夢を見てしまうのは仕方のないことかと……」
「そ、そうなのかな……十歳はちょっと早いんじゃ……うっ……!」
もぞ、とルシエが動いた拍子に、身体の柔らかさが伝わってくる。胸もそうだが、全身がふにふにとして柔らかいし、何かいい匂いがする。
しかしこの年齢のルシエを意識するのは、何かリオナに凄く悪い気がしてくる。だがこの態勢になってしまったからには、スキルを回収せずにはいられない。
(……大罪人と呼ばれようとも、俺はスキルが欲しい。副王にふさわしいだけの『王統』を……!)
◆ログ◆
・あなたの『王統』スキルが2上昇した!
◆◇◆
ずっとくっついていたルシエだが、途中で寝ぼけたように目を開けると、俺の上から降りた。どうやら、俺を重くさせてはいけないと、夢うつつに気を遣ってくれたらしい。
フィリアネスさんとセーラさんは俺とルシエを見守っていた――というわけにもいかず、二人ともスキル上げをした。聖剣マスタリーが上昇し、『神器所持』のパッシブを取得できたのは大きな収穫だった――二人も満足そうだ。
「そろそろ、交代の時間か……ヒロト、私たちはもう一つのテントに移る。ルシエは深く眠っているから、このまま寝かせてやってほしい」
「うん、分かった。フィリアネスさん、セーラさん、ありがとう」
「私たちの方こそ、ありがとうございました……人魚の力が必要になる時は、またいつでもお声がけください」
フィリアネスさんたちは少し名残惜しそうにテントから出て行く。外でミコトさんたちと話す声が聞こえて、すぐに三人が中に入ってきた。
しっぽの長いユィシアが一番最後に入ってくる。彼女はテントの中ではしっぽを身体に巻くようにして、場所を取らないように気を使っていた。
三人はほどなく毛布にくるまってすやすやと寝息を立て始めたので、俺はそろそろとテントを抜け出した。取得したばかりの『投擲』スキルを試してみようという気になったからだ。
少しテントを離れたところまで歩き、近くの丸く平べったい石を拾って、水切りをしてみる。
◆ログ◆
・あなたは小石を『投擲』した。
今まで何かを投げるときは感じなかった、スローイングが矯正される感覚――下手投げで小石を水面に投げ放つと、小石がピシピシと水面を跳ねていき、湖面の彼方へと消えていく。
(これはいいな……ブーメラントマホークの精度が上がりそうだ)
スキル10で覚える基礎スキルでも、未だに俺に新鮮な驚きを与えてくれる。この世界のスキルを全て集め尽くすまで、驚き続けることができるのだろう。
忍術の初歩として投擲を覚え、ミコトさんがどうやって成長してスキルを一度目のカンストまで持っていったのか――俺もシノビの育成チャートを見たことはあるが、相当な苦労をしたことは間違いない。
その貴重なスキルを、俺は簡単にもらえてしまう。この世界の人達は誰一人として交渉術を持っていないので、俺のようにはできないのだ。
まだまだ、世界には裏技と呼べるものが眠っているだろう。思ってもみない組み合わせで、スキルが凄い効果を発揮することだって――、
そんなことを考えているうちに、俺は、ようやくその物音に気がついた。
湖岸をぐるりと回りこんで四分の一周ほどした先――月明かりの中で、豆粒ほどの大きさにしか見えないが、二人の天馬騎兵が水の中に入っている。
何をしているのか――と考えたところで、俺は彼女たちの近く、湖岸に銀色に光るものが置いてあることに気がついた。
(よ、鎧を外して……あれは、水浴びをしてるのか?)
ざぶざぶと水の中に入っていったり、浮かんできたり。半身半馬の彼女たちがそんなことをできるのか想像がつかなかったが、どうやら泳いでいるようだ。
二人が水から上がってきて、ふるふると身体を振る。しかし濡れた身体はなかなか乾かず、魔術を乾かすことに使うこともしたことがないのか、じっと座って身体が乾くのを待っているようだった。
(魔物とはいえ、女性の姿をしてるし……堂々と行っていいものか……いや……)
――この千載一遇の機会を逃してはならない。俺は荷物から身体を拭くための布を取り出すと、急ぐ気持ちを抑えながら湖岸を歩き、天馬騎兵たちの近くに辿り着いた。
濡れた髪をかきあげながら、鎧を外したリンダがカレンに笑いかけている。カレンも表情は少ないながらも、穏やかな表情でいた。
先ほどはお預けをしてしまったので、ここは思い切って出て行く。怒られたらその時はその時で、魂の土下座によって許しを乞うだけだ。
「あ、あの……身体が乾くまで待ってると風邪引くから、良かったらこれで拭いてくれ」
「……!?」
「……」
リンダは驚いていたが、カレンは裸身を見られることを少し恥じらいつつも、特に隠そうとはしていなかった。俺の方にやってくると、布を受け取り、リンダにも渡す。
リンダは布を受け取って髪を拭き始める。身体を振ったときに白い馬体からは水気が飛び、そちらの方はほとんど乾いていた。
「二人とも、こんな夜中に水浴びを……え、違う? ああ、もうすぐ朝だって?」
こくり、とリンダは頷く。彼女が指差した方の空、そちらにもうすぐ日が昇るのだろう。
そしてカレンは湖を見やる。どうやら、朝になると古城が姿を現すということか――そうなってみないと、まだわからないが。
そしてリンダとカレンは、黙って俺をじっと見ている。鎧を慌ててつけようともしない――見せてもいいと思ってくれているのか、裸を見て恥じらいこそすれ、絶対隠さないといけないほどでもないのか。
カレンはリンダを見て、俺を指差す。リンダはやはり顔が赤くなりやすいらしく、かぁぁ、と赤面すると、しきりに恥ずかしがっている。
そしてリンダは意を決したようにこちらへとやってくる。馬体の分だけ人間の半身の位置が高くなり、見上げるような位置に、形のいいふたつの膨らみが見えている。
果たして、人間の身体の部分――胸から採乳できるのか。それを試す時が来たのだ。
「……さっきお願いしたことだけど。今、『お礼』をもらってもいいかな」
リンダはしばらく俺を見つめていたが、やがて意を決したようにこくりと頷いた――ウイングトルーパーのスキルを取るときが来たのだ。
◆ログ◆
・あなたは《リンダ》から『採乳』した。
・『天馬騎兵』スキルが獲得できそうな気がした。
リンダの胸が輝き、俺の身体にスキル経験値が流れ込んでくる。リンダは片手だけを、自分の胸をつかんだ俺の手に添えるが、引き離そうとはしなかった。
「…………」
「もう一回だけお願いできるかな……ん?」
リンダの胸を再度つかまえようとしたところで、俺はカレンに手を取られていた。
「……?」
「……い、いいのか? リンダに対してひどいことをするなって怒ってるわけじゃなくて?」
「……」
カレンは無言のまま、少し緊張した面持ちで、俺の手を自分の胸に導く――さっきからあまりじろじろ見ないようにしていたが、カレンは俺の手で収まりきらないほどの大きな胸を持っていた。ずっしりとした手応えに、思わず指を動かしそうになってしまう。
左手は後ろから回してリンダの左胸に、右手もまた、カレンの左胸に触れている。この状態なら、絶対にスキルが上がる……!
◆ログ◆
・あなたは《リンダ》《カレン》から同時に『採乳』した。
・同一種族から同時に採乳を受けることで、経験値ボーナスが発生した!
・あなたは『天馬騎兵』スキルを獲得した! 天翔ける騎兵の姿を自分に重ねた。
・あなたの『天馬騎兵』スキルが2上昇した!
このペースで続けて、アクションを獲得する――それで、取得できるものが一体何か。
そのアクションの名前を見たとき、俺は自分の戦い方の幅が大きく広がると確信していた。
◆最新の取得スキル◆
・天馬騎兵 0→10
・アクション『空中ジャンプ』を獲得した。




