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第六十二話 前編 湖畔のキャンプ/天馬騎兵たち

 湖の岸に辿り着くと、みんな力尽きて、浅瀬のところを抜けて芝生に変わるあたりで、次々にへたりこんだ。

 俺を助けてくれようとしたとはいえ、裸の女性が四人、無防備な後ろ姿をさらしている。


「はぁっ、はぁっ……さすがに無茶をしましたわね。『水蜘蛛』を作っていれば、水に濡れずに水上を進むこともできたのですが」

「ミコトなら、何もなくても水面を駆け抜けられそうだけどね……こんなときに、体力が無いことがいかに弱点かを痛感するよ……」

「あ、あのっ……皆さん、早くお身体を拭かれないと、ヒロト様が見ていらっしゃいますが……っ」

「そ、そうだな……ヒロト、どこか別の方向を向いているのだぞ。お前の鎧は、私たちが脱がせてやるからな」

「う、うん……」


 ゴシックプレートメイルの中に水が入り込んで、つなぎ目の部分から水が噴き出している。セーラさんは胸を隠しつつ、俺のありさまを見て楽しそうに笑っていた。


「水の精霊もかくやというお姿ですね、ヒロトさん。その鎧は、濡れたままでは錆びてしまいませんか?」

「いや、素材的には錆びないんだけど……一応、メンテナンスした方がいいかな」


 耐久度には問題ないようだが、せっかくの良い装備なので、手入れは欠かさず長く使いたい。

 とは思うものの、古城に入る条件は満たしたので、一刻も早く向かいたいところだが――。


「ヒロト、待たせたな。おまえも風邪を引いてしまうから、一度鎧を脱いで乾かした方がいい」

「あ、うん……うわっ、み、みんな……そんな格好で……」


 フィリアネスさん、ミコトさん、名無しさんは身体を拭くための大きめの布を羽織っている。名無しさんはしっかり胸元を抑えてこちらにやってくると、セーラさんに持っていた布をかぶせた。


「まったく……人魚だからといって、あまり肌を見せては誘惑しているようなものだよ」

「ふふっ……はい、すみません。神に仕えるものとして、あるまじき行為でしたね」

「……なんだか、一番あなどれない気がしますわね。セーラさんは、常にギルマスに対してオープンというか……どんなことを教えられてきたんですの?」


 顔を赤らめつつ、少し拗ねたようにミコトさんが言う。彼女は濡れた髪を乾かすためにほどいていた。前髪がパッツンで、おさげを下ろすと背中の辺りまで髪が届いている。


(この髪を降ろしたときに色気というか、艶っぽさは……いや、髪を上げてるときも可愛いけどな)


「ふふっ……そうだよね。ミコトは髪を下ろすと、とてもおてんば娘には見えなくなる。さて、どちらが本来の彼女の姿なのかな?」

「っ……も、もう。茶化さないでくださいませ。髪をおろそうが、私は私ですわ」

「……ヒロトは黒い髪のほうが好きなのだろうか?」

「そ、そうなのですか……? 私、子供の頃から、この色で……あ、赤は、いけませんか……?」

「いや、黒も好きだけど、他のみんなの色も好きだから。心配しないでくれ」


 ほっ、と全員が胸を撫で下ろす。少し遠くで湖を見ていたユィシアも、銀色の髪を触りつつかすかに笑っていた。


 ――そして、なぜか仮面を失った白馬騎兵も髪を気にしていた。黒っぽい髪色だからということだろうか。というか、人間の言葉は話せなくても、通じてはいるようだ。


(そういえば、返してあげたほうがいいんだろうか……と思ったけど、考えてみると、魔物って落としたものを返せっていうケースがあんまりないよな)


 インベントリーに入っている鉄仮面を渡してあげたら、また付け直すのだろうが――ユィシアやジョゼフィーヌのように装備品を必要としない魔物しか仲間にしてこなかったから、魔物の装備画面って見たこと無いな。


 そうなると好奇心が湧いてくるのだが、やはりウィングトルーパーAのほうは、Bの後ろに隠れて俺をうかがっている感じだった。まだ警戒しているのか、それともセーラさんの胸を触っていたことから、女性の敵とみなしているのか。どちらにせよ、誤解を解かなければ。


(でも天馬騎兵の飛行能力を取れたら、俺の背中に羽根が生えるのか……エアロブーストで空中を飛び回る? とりあえず取ってみないと分からないな)


「む……何をよそ見をしている。おまえの鎧を脱がせるところなのだぞ?」

「あ……うん、ありがとうみんな。脱がせてもらう分には問題ないよ」

「……好きにしてもいいということか。だ、大胆なのだな……今さら恥じらっている場合でもないのだが……」


 ◆ログ◆


・あなたは『ヴァリアント・プレート』の装備を《フィリアネス》によって解除された。

・あなたは『混沌を握りし手』の装備を《ミコト》《名無し》によって解除された。


 フィリアネスさんは鎧の留め具を外す。みんなも見よう見まねで手伝い、俺は鎧を脱がされていく――金属とこすれるのを防ぐために下に着ていたシャツは、水を吸ってぴっちりと身体に張り付いていた。


「……なんて身体をしてるんですの? 私なんて問題にならないほど、全身が凶器ですわね……もう……」

「本当にね……細いのに引き締まっていて……もう少し大人になったら、どうなってしまうのか……」

「え、えーと……それを見せるときっていうのは、然るべきときなんじゃないかと思うんだけど、どうなのかな」

「まあ……ヒロトさんったら。そんなに乙女の心を惑わせるようなことを……なんて罪深いのでしょう……」


 みんな顔を真っ赤にしてしきりに恥じらいつつも、鎧を脱がせる手は止まらず――そして、セーラさんがシャツの裾に手をかけた。


「そ、そこは……っ、セーラさん、そんなに大胆に攻め入ってもいいんですの……っ?」

「乾かさないといけませんから、下着も脱いでいただかなくては……それが、いかがなさいましたか……?」

「そ、そんな……まだ、ヒロト様のそんなお姿を見せていただくような関係では……わ、私、どうしたらいいのでしょう……フィル姉さま……っ」

「私に判断を仰ぐというのか……ルシエの年頃では、私はまだ、ヒロトの裸を見たことはなかったな……」

「……見てはいけませんか? それでしたら私、森のなかに行っていた方がいいですか?」

「い、いや。ルシエ、あまり離れちゃだめだ。見たところ魔物はいないけど、敵の刺客が追ってきてる可能性はあるからな」


 俺が止めると、ルシエは何か、とても切なそうな顔をして俺の方を見た。


「……はい。では……お近くで、お兄様のお姿を、この目で……」


 静かにしているだけでも気品に溢れた少女が、俺の身体への好奇心を隠しきれずにいる。い、いいのか……そんな、お姫様に初めての感情を芽生えさせてしまって。


(ルシエって何歳だったっけ……10歳って、普通に異性を意識したりする年頃なのか……?)


「では……遠慮無く脱がせていいということだね。こういうのは思いきりが肝心だから……」

「あっ……な、名無しさんったら、抜け駆けはだめだと言っていますのに……」


 名無しさんが俺のシャツをめくりあげて、引っ張って脱がせてくれる。この視界が塞がれている間に、みんなに見られているという感覚は何とも言えない。


(そして脱ぐということは……もはやお約束となりつつあるな……)



 ◆ログ◆


・あなたは『黒い鎧下アンダーシャツ』を脱いだ。

・あなたの『艶姿』が発動した! 周りの異性があなたに釘付けになった。



「……夕焼けに映えるお身体ですわね……と言うのも、我ながら褒め言葉なのかわかりませんけれど……」

「そ、それより、濡れている髪と身体を拭かなくては……ヒロト、じっとしていてくれ……んん……」

「なぜ頭を拭いているだけなのに、少し悩ましげなのかな……?」

「な、悩ましくなどない……しかし、ヒロトがあまりにいい子にしているのでな……い、いや、もういい子などという大きさではないが……」


(何というか、たまに猛烈に子供に戻りたくなるけど……俺、またリリムを倒したら、フィリアネスさんより年下になるのかな……?)


 その辺りは事前に検証しようがないし、奪われた生命エネルギーを取り戻せたとして、どんな形で返ってくるのかはわからない。8歳に戻るのか、それともレベルが上がるのか――。

 そもそもリリムが俺との戦いでエネルギーを使ったら、生命エネルギーはどうなるんだろう。別腹ということで蓄積したりしているとありがたいのだが。


 そうこうしているうちに髪をしっかり拭いてもらえた。飲めるかは知らないがきれいな水なので、一度ずぶ濡れになってから拭いてもさっぱりしている。それこそ、水浴びができるくらいだ。


「ヒロト、腕を上げて……そう……やはりこのあたりの筋肉が鍛えられているな……」

「筋肉といえば……やはり、腹筋ですわね……四つに割れていますわ」

「筋力は、強さに直結しないと言うけれど……モニカ嬢も鍛えられていたね。小生はあまり自信がないな……」


 スキルが全ての世界ではあるが、体格補正もあるといえばある。しかし法術士の名無しさんは腹筋を割る必要はないし、みんながみんなマッシブになってしまったら、俺はもっとマッシブにならなければならなくなる。筋肉こそ全て、さあみんなも筋肉と会話できるようになろう。俺は何を血迷っているのだろう。


「名無しさんは今のままでもいいと思うよ」

「む……それは、小生が身体を鍛えるのは無理ということかな?」

「私も少し前なら無理でしたけれど、今ではいくらでも鍛えられますわね。頑張ればくっきり割れそうですわ」

「わ、私は……あまり筋肉質だと、ヒロトから見てどうなのかと……」

「抱き心地が悪い……と言われてしまうと、女性としてはとても傷つくところですね。聖職者の私は、生涯貞操を守るということになっていますから、その悩みとは無縁なのですが」


(その言い回しでは、貞操を守るというのは建前なのでは……くっ、この人はなぜ常に思わせぶりなんだ……!)


「抱き心地ということは、セーラ殿は、ヒロトに抱きしめられるような機会が……い、いや、ヒロトならば、聖職者の方にいたずらに劣情を抱くことはないと思うが……」


 俺を信じてくれているフィリアネスさん。彼女は俺がいろんな女性と仲良くしているにも関わらず、未だに信じてくれているのだ。

 ミコトさんと名無しさんは何と言っていいのか、と苦笑している。俺は遊びで劣情を抱いているのではない、否、劣情を抱いているのはスキルに対してなのだ。とか開き直ったら外道すぎるだろうか。


「上半身は拭き終わりましたけれど……皆さん、まだ終わったという顔はしていませんわね……」

「……それは、残ったほうもお拭きして差し上げなければ、ということかな? 小生はいつもヒロト君にはお世話になっているし、それくらいしても罰はあたらないと思うけれどね」

「な、名無しさん……攻略に対してはストイックな名無しさんはどこに行ったんだ?」


 布にくるまっているとはいえ、さっきまで裸だったわけなので、俺は彼女のスレンダーながら、出るところの出ている体型をしっかり見ている。そんな彼女に、日頃の感謝を返したいと言われたら、それは当方としてもやぶさかではないと答えてしまいそうだ。


「……ルシエ、先ほどからどうしたのだ? 顔が赤いな、水を飲むか?」

「……ヒロト様が……たくさんの女性に囲まれて、とても幸せそうです……見ていると、胸が痛いような……フィル姉さま、この気持ちは何なのでしょう……?」

「っ……す、すまなかった。ルシエの気持ちを知りながら、いたずらに時間をかけてしまったな……ヒロト、下を脱がせるぞ。恥ずかしがることはない、濡れたままでいては良くない、それだけなのだからな。私も脱いだのだから、おまえも脱ぐのは自然なことなのだぞ」

「えっ……い、いやあの、それはちょっと……!」



 ◆ログ◆


・あなたは『ヴァリアント・チェスト』の装備を《フィリアネス》によって解除された。

・あなたは『ヴァリアント・グリーヴ』の装備を《ミコト》によって解除された。

・あなたは『青いパンツ』の装備を《セーラ》に解除されそうになったが、抵抗した。



「あっ、ちょっ……セーラさん、いきなり何をっ……!」

「こちらもぐっしょりと濡れていらっしゃいますから、乾かさなければいけません。恥ずかしがることはありません、生まれた時はみな、裸で産声を上げるのですから」


(おぎゃぁぁぁ!)



 ◆ログ◆


・あなたは『青いパンツ』の装備を《セーラ》に解除されてしまった……!



(しまった……! じゃない! ログで緊迫感を煽るな!)


 女神が笑っているのを想像すると無性に怒れてくるが、もちろん今はそんなことを言っている場合ではない。

 生まれたままの姿になった俺を、4人の女性と、ひとりのお姫様と、ウィングトルーパー勢とともに見ているユィシアと、物言わぬグリフォンが見つめていた。


「い、いやあの、見てる場合じゃなくて。服を乾かしたらすぐに魔杖を取りに行くわけであってだな……っ!」

「それが、古城が姿を現す時間は限られていて、明日の朝を待たなければならないようなのです。ヒロトさんが潜っている間に、あの鷲の魔獣さんが教えてくれたのですが」


(俺が条件を満たしたから、教えられるようになったってことか……というかグリフォンと話すとか、本当に怖いもの知らずだな……)


「今日はギルマスの冒険者としての経験に期待して、『野営』をしなければなりませんわね」

「そ、それは準備してきたから、キャンプを張って野営はできるけど……それと、みんなが俺の裸に興味を示すことと、何の関係が……?」

「難しく考える必要はないよ……小生たちに、少し学術的な興味が芽生えたというだけなんだ。優れた遺伝子を持つ男性に会った場合、本能には逆らえないのでね……と、小生も少したがが外れてしまっているようだ」

「い、いでんしとは……何かその、特別に感じる男性が持っているものなのだろうか?」


 前世では自分の遺伝子に欠けている部分を補うために、相手を本能で選ぶという説もあったが、どうなのだろう。俺の持つ数々のスキルが、みんなに対して、足りないものを補う本能に訴えかけているとしたら――どれだけ俺は、異性を誘惑する理由を増やせば気が済むのだろう。


「……ウィングトルーパーさんも、見たところ女性ですから、関心があるみたいですわね」

「目を皿のようにしているね……一体は仮面をつけているからわからないけど、きっとそれに乗じて、余すところなく見ていると想像できる。ヒロト君、小生はどうだと思う?」

「……あ、あんまりそういう方向に持っていかれると、俺もその……意識するっていうか……」


 今反応したらまずいと分かってるのに、この状況で心を揺らされないわけにもいかない。幾ら慣れているといえど、裸を見れば俺にも普通の男性としての心のゆらぎが生まれてしまうのだ。


 こんなときこそ『氷の心』が求められるが、スーさんのジョブが変わったあとなので、俺は彼女から執行者スキルをもらうことはできなかった。もし氷の心があれば、こんなときも冷徹に事態を見極め、みんなに全裸を見られてもクールなマスクを保てる男に――それはただの開き直った変態だ。


「では……見られているのが恥ずかしいのなら、目隠しをすればいいのですわ」

「め、目隠し……!? ミコトさん、それは高度すぎやしないか……!?」

「い、いえ……専用の道具を持っているわけではなくて、私の持っている包帯を使うのですわ」

「包帯で目隠し……より危ない行為に感じるのは気のせいだろうか。小生は仮面の上からつけることになるのかな……?」


(ミコトさんとペアになると、名無しさんは全くブレーキにならない……ここはフィリアネスさんに期待するしか……!)


 目隠しまでして男性の身体を拭くなんて必要はない。俺が自分で拭けばすむのだ――というかパンツを脱がされてから刻一刻と乾いてきているので、もう別に拭かなくていい気がしてきている。自然乾燥、そういうものもあるのだ。


「……そ、そうだな。私は直接見ても構わないが、ルシエの情操教育のことを鑑みて、まだ男性のことをそこまで知るには早いというか……」

「ああ……女神様。あなたの祝福を受けた尊き御子が、今より私たちの前で、いたわりの奉仕を受けようとしています……どうか、心安らかに終えられますよう、この罪深き身体の火照りをお鎮めください……」

「ほてり……ですか? セーラさま、湖に入られて、お風邪を……?」


 セーラさんはルシエには清らかな微笑みを向ける。しかし俺に対しては、いつものように目の光が消えかかって、淫靡な表情になっていた。淫靡って言葉を思い浮かべたのは、この人生において初めてではないだろうか。淫靡の「靡」とはどういう意味なのだろう。


「ルシエ殿下もご成長されれば、おのずと理解されます。そういうものなのですよ」

「そ、そうなのですか……この胸の高鳴りとは、また違うのですか?」

「その延長線上にあるものです。あせらず、理解できるそのときをお待ちください。そうヒロトさんもおっしゃっておられます」

「ま、まあ……そうだな。ルシエはまだ小さいからな。俺のことなんて見ても、何とも思わないだろ?」


 むしろ男の身体を見て怖いと思うとか、そういうデリケートな時期じゃないだろうか。

 ――と思ったが、ルシエは顔を隠しつつも、しっかり俺の裸を見ている。少女が俺の裸に興味を――とか言ってる場合ではない。


「くじの用意ができましたわ。これを引いて、当たった人が目隠しをして、ギルマスのお世話の続きをします。他の方々は手出し無用ですわ」

「ミコトは勝負ごとには公正だから、不正はしていなさそうだね」

「当たり前ですわ。これで恨みっこなしといきたいところですわね」


 結局俺の身体を拭くために、5人の少女たちがくじを引いている。ユィシアの分もちゃんと用意されていて、彼女も三番目に引いたのだが、外れてしまった。


(……ご主人様が夜中に水浴びをしてくれたら、また拭ける)


 念話が伝わってきたが、そんなことをしたら色々と収まりがつかなくなりそうだ。むしろ俺はみんなの身体を拭いてあげて、そのついでにスキルを上げた方がいいのではないだろうか。



 ◆◇◆



 くじの結果は、名無しさんの勝利に終わった。

 そして俺はというと、ユィシアに預けておいたバックパックからテントの材料を取り出し、設営しながら、燃えるような羞恥のさなかにいた。


(目隠ししていたとはいえ、とんでもないことに……まあ、拭いてもらっただけだからいいか……いやいや……)


 名無しさんは仮面をしている上から目隠しをしている状態で、自分の姿も見えなくなるわけだから、身体に巻いた布が危うくずれてしまったりして、俺も目隠ししてもらった方が良い状態だった。


 みんないい身体してるな、と爽やかに言えるようになりたいものだ。そう、裸を見たのではなく、肉体美を見せつけあったのだと思えば、それは日頃の鍛錬の成果の鑑賞会になる。


「……このままだと頭がおかしくなりそうだ」


 俺以外女性のパーティの問題点は、みんな若さを持て余しているということだった。

 だが、今日さえ乗り越えてしまえばいい。今回の冒険は、もう大詰めまで来ているのだから。


 冒険者スキル30で取得する『野営』を発動し、俺は黙々とテントを張り終えた。やり方が頭に浮かんでくるので、それに従うだけでテントが建つ。

 『野営』はテントを張る以外にも、周囲に敵が近づいたときのために鳴子を仕掛けたり、焚き火を起こしたりと、野外で宿泊する際の技術が複合的に含まれている便利なスキルだ。


 そしてさっき火を起こしておいたので、みんなが料理を作ってくれている――と考えたところで、肉が焼けるいい匂いがしてきた。今回持ってきた食糧は燻製肉と水分の少ないパン、乾燥させた穀物と、ドライフルーツがたっぷり入った乾パンのようなものである。水も持ってきているが、いざとなれば湖も水源として使えるだろう。野外の水を飲むのはけっこう勇気が必要だが。


 夜の湖畔は静かで、虫の音も聞こえてこない。湖の上を流れる風が涼しく、心地よかった。


「ヒロト、装備が乾いているぞ」

「おっ、本当に? 良かった、これで裸を脱出できるよ」


 水蛇が嵐を呼んで天候が荒れたとき、みんなの服も濡れてしまったので、フィリアネスさんと名無しさんはそれぞれ魔術で熱風を起こし、ドライヤーの要領で乾かしていた。焚き火で乾かすのは煤けたりして得策ではないので、魔術で乾かすのが最もクリーンだ。


 アンダーシャツとレギンスに具足グリーヴという格好で、ようやく俺は裸を脱した。そしてできあがっていた食事を、みんな揃って食べ始める。


「ああ……温まるな。夏とはいえ、水泳でちょっと身体が冷えたからありがたい」

「ヒロトさんがしっかり食糧を準備してくださったので、作るものには困りませんでした。まだ三日ほどは持つ量が残っています」

「あ、あの……お兄さま、いかがでしょうか……?」


 ルシエはネリスさんから将来の花嫁修業などと言われて、ミルテと一緒に料理を教えられていた。まだ簡易料理ができるくらいだが、セーラさんと二人で作った燻製肉のスープは、一緒に入れた穀物の甘みが出ていて、身体に染み渡るような味わいだった。

 燻製肉を切り分けるために、刃物を使えないセーラさんに代わってフィリアネスさんがナイフを使っていたのも新鮮だった。ナイフマスタリーを取得できそうだが、彼女の使用武器はレイピアから動かないだろう。


「……料理を習って少ししか経っていないのに、私より……ルシエには才能があるのだな」

「フィルお姉さまも、きっとすぐにお上手になられます。誰より食べていただきたい方が、おそばにいるのですから」

「っ……そ、それは……そうなのだが、なぜルシエはそうも大人びているのだ」

「ふふっ……殿下の前では、聖騎士さんもたじたじですわね。あと数年したら、一番の強敵になりそうですわ」


 ミコトさんも髪を結び、黒装束に身を包んでいるが、今はその下に鎖帷子くさりかたびらをつけていないので、襟元から覗く白い肌が、ちらちらと俺を誘惑してやまない。


(食欲の次は……っていうけど、ほんとにそうなのが何とも言えないな)


 糖蜜を塗ったパンをかじり、エネルギーを確保する。それを見ていたユィシアも俺にならって食べている――甘いものは嫌いではないらしく、かすかに目を見開いて、さらに口に運んでいた。


「ヒロトさん、あの魔物の方々にも少しおすそ分けをしてよろしいでしょうか?」

「ああ、そうだな。腹が減ってるなら、って話になるけど……俺が行ってこようかな」


 俺たちが古城に行くまで見張りでもしているつもりなのか、魔物たちは湖畔に待機し続けている。グリフォンは一度飛んでどこかに行って戻ってきていた――どうやら食事をしてきたらしい。


 俺はインベントリーから鉄仮面を取り出し、もう片方の手でスープの入れ物を持って、天馬騎兵たちの元に向かった。

 ケンタウロスはどうやら体高2メートルといったところか。見上げるほど大きく、後ろの馬の部分には、普通の馬と同じように乗れそうだ。


(白くて滑らかな毛並みだ……まさにペガサスって感じだな)


 仮面をつけている方は俺を動じずに見ているが、手に持った槍を動かす気配はない。もう一体も槍の穂先を下げ、俺のことを緊張した面持ちで見下ろしている。


 遠くから見ると髪が黒く見えたが、近くで見ると、緑を濃くしたような色をしている。ふわふわとした髪は伸び放題になっているが、アマゾネスのように野性味を帯びた外見というわけではない。顔だけを見るなら、精悍な女戦士というように見えるのだが――。 


「――っ」


 俺と目が合うと、つい、と目をそらしてしまう。上半身だけをひねると落ち着かないのか、下半身も追従する。柔らかい草地にいるので、蹄の音は立たない。


「……?」


 しかし俺を無視したいわけではなく、ちら、とこちらを伺ってくる。俺はできるだけ友好的に笑うことを心がけた。


「俺の名前はヒロトっていうんだ。二人とも、お腹は減ってないか?」


 『二匹』『二体』というべきなのかもしれないが、人間の上半身をしているのでそういう呼び方をした。

 仮面をつけている方は俺の持ってきたスープを覗き込むと、黙ってもう一体を見やった。どうするか決めてくれ、と言わんばかりだ。


「……」


 俺が器を掲げると、ウィングトルーパーAはそれを片手で取り、そして近くで見た。

 そしてどうやらお気に召したようで、俺をじっと見る。


「毒とか入ってないから、良かったら食べてくれ。口に合うようなら、まだおかわりもあるし」

「……」


 スープの器に入っているスプーンを手に取り、ウィングトルーパーAが口に運ぶ。仮面をつけている方が、無言でじっと見ているのが、ちょっとシュールだった。


「……!!」


 一口食べた途端に、それだけで止まらなくなったのか、次々に口に運ぶ。すごい食べっぷりだ――どうやら、普通に食事もするし、お腹がすいてもいたらしい。


 食事中はランスが邪魔そうなので、持っていてやると、抵抗なく渡してくれた。鈍く光る金属でできた、円錐状のランス――攻撃力はさほど高くないが、ランスは防御の補正が高く、少ない攻撃チャンスで相手の弱点を狙えるのなら、なかなか使える武器だ。


「んっ、んっ……」


 飲むときだけは声を発しているように聞こえて、何か微笑ましかった。仮面をつけている方は未だに無言だ。


「……」


 食べ終えた器を、ウィングトルーパーは顔を赤くして返してきた。



 ◆ログ◆


・《ウィングトルーパーA》はあなたの渡したものを食べた。

・《ウィングトルーパーA》のあなたに対する好感度が上昇した!

・《ウィングトルーパーA》はあなたに好意を抱いている。



(そ、そんなにお腹が空いてたのか……)


 食べ物で釣ったつもりはなかったのだが、さっきまで警戒していたのに、今は普通にこちらを見てくれている。そして鉄仮面の方を見ると、黙って頷いてきた。どうやら彼女も食べたいと、そういうことらしい。


 もう一杯スープを持ってくると、なんと鉄仮面をつけていたウィングトルーパーBが、自分から仮面を脱いだ。やはり髪が伸びっぱなしになっているが、こちらはAよりも気が強そうだ。

 A、Bと呼ぶのも何なので、個体名を見てみることにした。二人とも『カリスマ』にはかかっているので、問題なくステータスが見られる。



 ◆ステータス◆


名前 リンダ

ケンタウロス 女性 15歳 レベル32


ジョブ:ウィングトルーパー

ライフ:580/580

マナ :144/144


スキル:

 槍マスタリー 51

 天馬騎兵 40

 精霊魔術 32

 母性 32

 恵体 45

 魔術素養 10



 ◆ステータス◆


名前 カレン

ケンタウロス 女性 16歳 レベル35


ジョブ:ウィングトルーパー

ライフ:724/724

マナ:168/168


スキル:

 槍マスタリー 53

 天馬騎兵 44

 精霊魔術 24

 白魔術 48

 母性 52

 恵体 57

 魔術素養 12



(ケンタウロス種のウィングトルーパーってことになるのか……二体揃うとバランスがいいな。しかし、全体的に、『B』の方が年齢も一つ上だし、一回り強いな……)


 AのほうがBに隠れるようにしていたのは、年上だからということもあるだろう。B――カレンは、1歳しか違わないにも関わらず、リンダよりもかなり落ち着いていた。目が細くて、キツネ目の美人といえばいいのだろうか。スープを飲むときの姿も、リンダより大人びて見える。


 食事をしている間に、リンダは俺の前までやってきてランスを受け取る。一緒に鉄仮面も渡そうとしたが、リンダは黙って返してきた。髪を気にしているので、どうやら蒸れるのでいらないということらしい――魔物でもそういうことは気にするようだ。


「……」

「ん……? どうした、何か伝えたいのか?」


 リンダが何か言いたげにこちらを見てくるので問い返すが、ふるふると首を振られた。ますます魔物使いスキルをムラムラと取得したくなってくるが、そんな理由でヒルメルダさんを探し始めたら、俺はバストストーカーと呼ばれてしまわないだろうか。字面だけならちょっと強そうだ。


「……」


 そんなくだらないことを考えているとはつゆ知らず、ぺこ、とリンダが頭を下げてきた。そして自分の額を指さし、また頭を下げる。治療をしてくれたセーラさんにもお礼を言いたい、ということらしい。


 そして自分を指さし、俺を指差すと、何か手をくるくると回してこちらに出してくる――仕草だけを見る限りでは、何かをあげたい、そう言っているようだ。


「俺が、何か欲しいかって? 食事のお礼ってことか?」

「……」


 リンダはこくりと頷く。俺の言葉は伝わるので、意志の疎通には思ったほど問題はなかった。


 何が欲しいかと言われたら、天馬騎兵スキルに決まっているのだが――母性を持つイコールスキルを採りに行くのか、と自重する考えもある。そもそも知り合って間もないし、『まだお互いを理解してないし』と断られるのが普通だろう。


 そこで普段の俺ならうっかり魅了してしまったりしているところだろうが、あいにく今はそんな事故も起こりようがない。


 こんなときのために選択肢がある――リンダからスキルを取ることは、この場での最善の行動に含まれているのだろうか。


(というか、好感度をチェックして採乳したいです、というのは、何か男女の機微を無視している気がするからな……って、今さらすぎるか。まあいい、来い、選択肢!)



 ◆選択肢ダイアログ◆

1:《リンダ》から『採乳』する

2:《カレン》から『採乳』する

3:《リンダ》《カレン》から同時に『採乳』する


「あ、あの……その、えーと、お礼って、なんでもいいのか?」

「……」

「じゃあ、その……二人にお願いしたいことがあるんだけど……」


 リンダは不思議そうな顔をしており、カレンは静かに俺を見ている。しかし何かを悟ったのか、初めてぴくっと震えると、胸甲の上から手を当てて、表情はそのままに頬を赤らめる。


 ◆ログ◆

・あなたは《リンダ》《カレン》に『採乳』を依頼した。


「……っ」


 リンダの方もかああ、と顔が真っ赤になる。そしてカレンと困惑したように顔を見合わせ、「本当に?」というように改めて俺を見た。


「あ、ああ。ただ胸に触りたいってわけじゃなくて、その……とても大事なことなんだ」

「……」

「……」


 二人とも何も言わず、さすがに断られるかと思ったが――リンダとカレンは同時に、ランスを掲げて祈るような所作を取ったあと、砂地に垂直に突き立てた。


(誰かに祈った……主人のルシオラに対してってことか? それでランスを置いたってことは……)


「……」


 リンダは何か言いたげにしているが――どうやら彼女には、俺の依頼を断るつもりはないようだった。好感度的には不思議はないのだが、それよりも、彼女たちに俺が思うほど、採乳という行為への抵抗がないのかもしれない。それにしては、二人とも顔が真っ赤になっているが。


 リンダは俺の前までやってくると、背中のほうを省みた。どうやら、乗っていいということらしい。

 おそらく人目につかないところまで、乗せて運んでくれるということだろう。カレンの方は先に歩き始めて、森の方へ行こうとする。セーラさんの時と同じで、すぐに済ませてしまえば、みんなに怪しまれることも――、


「ヒロト、どうしたのだ? まだスープが残っているが……」

「あっ……ご、ごめん、すぐ戻るよ」


 分かってはいたが、さすがに席を外しすぎた。フィリアネスさんに呼ばれて戻らざるを得ず、リンダに乗ろうとしたところで中断する。


「そ、その……また今度ってことでもいいかな。ごめん、俺の都合で」

「……」

「……」


 リンダはゆっくり首を振り、穏やかな目で俺を見る。どうやら気にしなくていいということらしい。

 カレンの方は表情は変わらないが、少し不満そうに、刺さっていたランスを抜く。そして、空中に向かって突きを始める――もしかしなくても、残念に思っているようだ。


(ケンタウロスでもそういう気持ちはあるんだな……って、俺が頼んだのに中断されたから、イラッとしただけだよな。申し訳ない)


 突きを続けていたカレンの隣に行くと、リンダもそれに習って、夜空に浮かぶ月に向かって突きを繰り出していた。その横でグリフォンは俺を見やり、嘴を大きく開けてあくびをした――何とも貫禄のある所作を見て、あのグリフォンが天馬騎兵たちの保護者のようなものなのかもしれない、となんとなく思った。


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