第六十話 空の試練/水上戦準備
ミゼール上空に飛び立った頃は、みんな俺につかまるだけで精一杯だった――しかし飛行が安定すると、みんな周囲の景色を見るだけの余裕が出てきた。
ルシエから魔杖の在り処を示す場所の地図を受け取り、ユィシアと念話で情報を共有する。すると彼女から返事が帰ってきた。
(この地域を昔飛んだ時には、何もなかった。ただ、森が広がっていただけのはず)
(……何か条件を満たさないと、入れないのかもな)
(条件……それは、ご主人様に任せる。私の眼では、何も気になるものは見えていない)
ユィシアの視力は人間の十倍ほど遠くまで見えるというが、視力が特別に優れた種族というわけでもない。それこそメアリーさんの千里眼があれば便利だったが、全員で移動するわけにいかないのが悩ましいところだ。
「これでもジュネガンの一部しか見渡していないのに、世界が果てしなく広くなったように感じる……」
「私もそう思っていましたわ。こんなふうに自由に飛び回れたら、世界の隅々まで周りたくなりますわね」
「……違いない。今までどうやって行くのかわからなかった場所でも、どこにでも行ける……これなら……」
フィリアネスさん、ミコトさん、名無しさんは、空からの景色を見て、それぞれ思うところを口にする。
名無しさんは、隠者の仮面を外す方法は見つけていると言っていた。どこかに行く必要があるなら、ユィシアの力を借りられれば難しくはない。
本当は俺しか乗せたくないというが、そこはなんとか上手く交渉したいところだ。
(……ご主人様がそうしてほしいなら、断らない。そこまで、頑なではない)
(そうか……ありがとう。俺、ユィシアに我がままばかり言ってるな……)
(頼られるのは、嫌いじゃない)
短く答えたところで、気流の乱れを感じ取ったのか、ユィシアはゆっくり旋回すると、回りこむようにして進んだ。
(……落ちなくても、揺れると不安になると思うから)
(いや……本当に頼りになるな。ユィシア、頼もしいよ)
ユィシアは何も答えないが、首の後ろを撫でてやると、くるる、と珍しくドラゴンとしての鳴き声を上げた。咆哮しか聞いたことが無かったので、その意外な声の高さに驚かされる。
「ドラゴンさまがきれいなお声で鳴いています……お兄さまのお気持ちに応えていらっしゃるのですね……」
「はい、そのようです。今の鳴き声は、少し照れている気持ちが込められていますね。ルシエ殿下、翻訳いたしましょうか」
「そ、そんなこともできるのか……? セーラさん、竜言語がしゃべれるのか?」
「いえ、音に込められた感情を読み取ることができるのです。皆様には隠さず、お伝えしておきますが……私は人魚ですので、歌うこと以外の種族の特性を持っているとお思いください」
セーラさんは修道女の頭巾を抑えながら、柔和な微笑みを浮かべて言う。みんな最初は彼女が人魚ということに驚いたようだが、次に関心を俺に向けた。
「ギルマス……知り合いが幅広いのはいいですけれど、どうしてそう稀少な出会いを立て続けに経験できますの? うらやましいくらいですわ」
「彼は『持っている』というやつなんだろうね、きっと」
「ま、まあ……どちらかといえば、セーラさんがミゼールに来たのは、本当に偶然だと思うけどな。他の町の教会に行く可能性もあったんだよな?」
「はい。しかし私が選んだのはミゼールでしたから、やはりヒロトさんに引き寄せられてしまったのでしょうね……ふふっ」
「……ヒロトにはそういうところがある。しかしどちらかといえば、ヒロトはこれはという人物を見つけると、絶対に親交を深められる、いわば徳のようなものがあるのだ。赤ん坊の頃からそうだったな」
フィリアネスさんは昔のことを思い出すたび、俺の姉さんか何かなんじゃないかという優しい顔をするので、かなり照れてしまう。俺は今でも、隙あらば彼女に甘えたくて仕方ない――と、気を緩めるのは全てが無事に終わったあとだ。
◆◇◆
ユィシアはみんなのことを考慮して飛行速度を上げなかったが、それでも時間にして、ミゼールを離れて十分も経たずに目的の場所の近くに着く。
遠くには山々が見えているが、辺り一面、見渡すかぎりの森――いや、森が途切れた。
途切れた森の向こうに広がっているのは、ミゼール近くの湖とは比較にならないほど大きい湖だった。しかし、肝心の悠久の古城の姿は全く見えてこない。
仰いだ蒼穹から降り注ぐ陽射しの中、どこまでも長閑な風景が広がる。このどこに、魔杖を隠している場所があるというのだろう。
(ルシエの地図が間違ってる……いや、まずその可能性は否定しておこう。こういう重要なダンジョンは、条件を満たさないと出てこなかったりするんだ)
そこで俺は、ファーガス陛下が円卓会議で言っていたことを思い出した。
――ミゼールの北部の山地に、『悠久の古城』と呼ばれる城がある。魔杖は、そこに封印されている。前回魔王を倒したあと、古城には魔杖の勇者が残り、終生魔杖を守り続けることを選んだ。勇者が作った結界は、今も破られていない。それどころか、古城の姿を見ることさえ誰もできていないだろう。
魔杖の勇者は、今も魔杖を守り続けている――それならば。
『結界』が、外界からの侵入を拒む防壁となっている可能性がある。それで、俺たちの目に、悠久の古城がまだ姿を現していないのではないか。
「ルシエ、悠久の古城に行くにあたって、何か聞いてないか? 古城の周りに結界があるなら、それを通る方法が何かあるはずなんだ」
「い、いえ……私がご一緒すれば、自ずと道は開かれると、父上は……あっ……!」
――ルシエが声を上げ、全員に緊張が走る。
遥か前方、何も存在しなかったはずの空に、三つの姿が生じる――ひとつは獣のようで、もうふたつは白い翼を持つ何か――上半身は人型だが、下半身は違うように見える。
◆ログ◆
・あなたのパーティには選定者がいる。設置された召喚陣の発動条件を満たした!
・ネームドモンスター《嵐を呼ぶ者》が出現した!
・《ウィングトルーパー》が2体出現した!
・あなたのパーティはこの空域から離脱できなくなった。
(選定者の力試しをするつもりか……どうやら、ルシエを連れてくれば素通りってわけにはいかなさそうだな)
「あれを撃破しなければ、道は示されないということか……ヒロト、どう思う?」
「ああ、おそらくその通りだ。あの魔物はどうやら、魔杖の選定者に反応して出てくるみたいだから」
「空中戦を想定していたわけではありませんが……どうやら、これを使う時が来たようですわね」
ミコトさんは苦無の装備を外すと、手裏剣に持ち替えた。シノビが使うと異常に射程が長く、命中率も高い必殺の投擲武器だ。苦無も投げられるが、手裏剣の方がクリティカルヒットを発生させやすい。
地上で戦うことも考えたが、飛行する敵を相手に地上でセーラさんとルシエを守るのは、逆にリスクが大きくなる。それならば、ユィシアの飛行性能で敵の攻撃を回避し、空中で倒す――!
「どうやら、この空から逃げることはできないらしい……地上に降りて空中の相手と戦うのも難しい。名無しさん、フィリアネスさん、後衛の二人を守ってあげてくれ。俺とミコトさんは、攻撃を担当する!」
「了解っ……魔力の盾!」
◆ログ◆
・《名無し》は『魔力の盾』を詠唱した! パーティを魔力の障壁が覆った!
法術士スキルを50まで上げることで習得できる、法術レベル5の『フォースシールド』。空中でもその効果は遺憾なく発揮される――だが、もちろんそこまで絶対的な防御術ではない。俺は敵の属性を風と見て、防御術を重ねがけすることにした。
「風の精霊よ、その力を持って盾となせ……『風精の盾!』」
◆ログ◆
・あなたは『風精の盾』を詠唱した! 風属性に対する耐性が一時的に上昇した!
(これで風属性ダメージはかなり減らせるし、物理攻撃は簡単には通らない。貫通される可能性はほぼゼロだが……)
正直を言うと、俺は空中戦とはいえ、特に緊張などしていなかった。
倒すだけならば、それこそ山崩しを使えば、三体ともこの距離から落とすことができる――だが、そんな倒し方では、得られるものが少ない。
「この距離でも届くはずだ……雷の精霊よ、大気を駆け抜け、敵を薙ぎ払え! ボルトストリーム!」
◆ログ◆
・あなたは『マジックブースト』を発動させた!
・あなたは『ボルトストリーム』を詠唱した!
敵がある程度まで接近してきたところで、俺は前方に手をかざし、魔術を放った。地上での戦いと同じように、空中を雷が駆け抜け、三体の魔物に命中する――しかし。
「――クワァァァァッ!」
(あの魔物……鷲と獅子のキメラみたいな……グリフォンってやつか……!)
◆ログ◆
・《嵐を呼ぶ者》は『大気の壁』を発動した!
・『ボルトストリーム』は大気の壁に阻まれた!
鳥のような鳴き声と共に、ネームドモンスターが特殊能力を発動する――そして、雷は魔力を張り巡らせた大気によって阻まれ、エネルギーが散らされてしまう。
(なるほどな……嵐を呼ぶものだけはある。雷に撃たれるなんて、マヌケなことはないわけだ)
「――ミコトさん、頼むっ!」
「承知しましたわっ……神無月流、手裏剣術――桜花乱舞!」
◆ログ◆
・《ミコト》は五行遁術『風遁』を発動した!
・《ミコト》の投擲! 桜花手裏剣を3つ同時に投げた! 風遁の力が手裏剣の威力を強化した!
(忍術スキル100で『風遁』を使うと、手裏剣が敵を追尾するようになる……これも一種の魔法剣だな)
ミコトさんはどこからか取り出した手裏剣を、両手を十字に交差するようにして三つ同時に投げ放つ。十字手裏剣ではなく、桜の花のように5つの刃を持つ桜花手裏剣を、風遁と共に投げ放つ『桜花乱舞』。それはシノビを極めたプレイヤーしか使えない、奥義中の奥義だった。
「――!?」
「クワァァァァッ!」
「ッ!!」
◆ログ◆
・《嵐を呼ぶ者》に手裏剣が命中した! 284ダメージ!
・《ウィングトルーパーA》に手裏剣が命中した! 351ダメージ!
・魔物2体の行動がキャンセルされた。
・《ウィングトルーパーB》は手裏剣を叩き落とした!
「私の手裏剣を逃れるとは。どうやら、個体で能力差があるようですわね……あのウィング――いえ、グリフォンのお供の姿を見ましたか? ヒロトさん」
――俺の心臓が、早まり始めていた。ミコトさんの言葉は頭に入ってきているが、いつもなら即答するところを、俺は手裏剣を受けたウィングトルーパーを、もう一体が治療しようとしているところを見たのだ。
その姿は、まるで、天馬――ペガサスのケンタウロスとでも表現すればいいのか。半人半馬の姿をしていて、その人の部分に、鋼鉄の鎧を身にまとい、円錐状の槍を持っている。
その鎧の形状が、俺にはどうにも、女性向けに作られたもののように見えるのだった。
(あのウィングトルーパーって……もしかして、性別があるのか……?)
羽飾りのついた鉄仮面をつけているために顔が見えないが、後ろを向いたときに、長い髪が見えた。
顔がすごく怖かったりとか、ゴブリンみたいな顔だったりということもあるが――もし、何か特殊なスキルを持っていたら。もし、あのウィングトルーパーが女性だったら。
(……飛翔系のスキルを、採れるかもしれない……!)
魔物すら、姿によってはスキルをもらう対象に見える――そんな俺をみんながどう思うか。
(……よかった)
(……え?)
ユィシアがつぶやいたので、俺は思考で返事をしてみた。
(空中の敵なら、一瞬だけ全力を出して飛ぶだけで倒せる)
どうやら俺が考えていたこととは、全く関係ないことで『よかった』ということらしい。安心しつつも、今度は別のことが心配になってくる。
(ま、まさか……ユィシア、それは凄いスピードで体当たりするとか……?)
(体当たりではなく、全速で通り過ぎる。すると、不可視の力が発生して、私の周りのものが砕け散る)
(うぉぉ……そ、それって……)
ユィシア、音速超えられるってよ。そんな言葉が頭をよぎるが、実際にやっていたら、あのウィングトルーパーもボスも、おそらく一撃で落ちていただろう。ユィシアに手加減の二文字はないのだ。
もはや無敵空中母艦に乗り込んでいるようなものだし、メンバーがメンバーなので、もうセーラさんもルシエも頭を下げることなく戦況を見ていられた。しかしウィングトルーパーの一体がどうやら魔術を使えるらしく、敵三体が光に包まれ、ライフが半分ほど回復する。
――そして、《嵐を呼ぶ者》が本領を発揮する――どうやら俺たちを、本気を出すべき相手と認識したようだ。
◆ログ◆
・《嵐を呼ぶ者》は『ストームコール』を発動した! 天候が嵐に変化していく!
・《ウィングトルーパー》2体は『ウィンドショット』を放った!
・《嵐を呼ぶ者》は風の魔力を吸収した!
嵐を呼ぶ者に、ウィングトルーパーが風の魔術を打ち込む――そのエネルギーを吸収して、大技を繰り出すつもりのようだ。
(ご主人様、竜巻が来る……! あれをまともに受けると、少しだけ痛いかもしれない)
降り注ぐ雨は、俺と名無しさんの防御術が保護壁となって防がれる。水が弾かれるさまは、ガラス窓に雨が叩きつける光景にも似ていた。
「とりあえずここは俺に任せてくれ。ちょっとヒヤッとするかもしれないが、絶対大丈夫だ」
「ヒロト、何か策があるのだな……? 何か、とても楽しそうな顔をしているようだが」
「倒してしまうよりも、いい方法があるということですわ。ギルマスだけにできる、とっておきが」
「また大所帯になってしまいそうな気がするね……だが、とても興味深い……!」
ミコトさんと名無しさんは、俺が何を考えているのかもう分かっている。俺はユィシアの頭の上にまで移動すると、彼女の角を握らせてもらい、背中に背負った斧槍を抜くと、前方にかざした。
(斧を振ってスキルを発動すれば、斧のダメージが乗る……そこまでは必要ない……!)
◆ログ◆
・《ウィングトルーパー》2体は『エアロブースト』を発動した!
風の魔術を受けてエネルギーを溜めたグリフォンから、ウィングトルーパーが離れる。その時に加速するために使ったアクションの名称も、俺は目ざとく見逃さなかった。
「――コォォォォァァァァッ!」
◆ログ◆
・《嵐を呼ぶ者》は『竜巻』を発動した!
嵐を呼ぶ者が激しく羽ばたき、巻き起こった旋風が、辺りを巻き込む竜巻へと成長する。グリフォンはその風を受けてもびくともしないが、ウィングトルーパーたちは突風の中で踏みとどまるのが精一杯のようだった。
(――ユィシア、俺が技を使ったら、すぐに離脱してくれ)
了承の返事が伝わってくる。もう目を開けているのもきついほどだが、俺は巨人のバルディッシュ――タイタンズラースを振りかざしながら、斧技を発動させる――!
「――うぉぉぉぉぉっ!」
◆ログ◆
・あなたは『トルネードブレイク』を放った!
斧槍が風に包まれ、竜巻が生まれる――それを相手の竜巻にぶつけ、ユィシアは反転して離脱する。
2つの竜巻がぶつかり合い、雷鳴が轟く。グリフォンすらも近づくことができず、俺たちと同じように竜巻から距離を取って見ていることしかできない。
ウィングトルーパー二体はグリフォンの傍まで飛ぶが、その動きは俺には、もはや怯えているようにしか見えなかった。戦意など、とうに失われてしまっている――召喚された魔物でも、どうやら恐怖心がないわけではないようだ。
やがて俺の竜巻は、グリフォンの竜巻を巻き込むと、自ら消失する。一度竜巻を使うと天候が元に戻るのか、黒々と空を埋め尽くそうとした雷雲が勢いをなくし、太陽の光が雲間を照らし始める。
「ギルマスったら、いちいちやることが壮大なんですから……なんですの、この映――いえ、おとぎ話のような風景は」
ミコトさんは映画と言いかけたみたいだが、俺も同じ気分だった。いちいち壮大と言われて自分でも笑ってしまうが、トルネードブレイクで生じる竜巻は、もはや自然災害にも等しい威力だ。
「あの大きな魔物が三体がかりで作った竜巻を……ヒロト様は、たったひとりで……」
「ああ……さすがとしか言いようがない。まったく、追いつこうとしても突き放してくるものだ……だが、まだ気を抜いている場合ではないぞ?」
「うん、わかってるよ。あっちもまだ、諦めちゃいない……!」
◆ログ
・《ウィングトルーパー》2体が『ツインミラージュ』を放った! 分身が数体発生した!
・《ウィングトルーパー》たちは『エアロブースト』を発動した!
(ログの表示まで撹乱してくるとは……何体に分身してるのか、全く分からない……!)
2体だった天馬騎兵が、交錯するように飛行したあと、いきなり姿が分かれるようにして増える。それら全てが一斉に俺たちの方向を向き、槍を突き出したまま凄まじい速度で肉薄してくる――!
「魔物が私に似た技を使うとは……ヒロト、あれは私に任せてもらおう。迎撃しても構わないのだろう?」
「ああ、フィリアネスさんにはあの技があったな……」
(……わかった。このまま突っ切る)
ユィシアは引くこともなく、そのまま敵の集団に突っ込んでいく。振り返ると、フィリアネスさんはユィシアの背中の上で立ち、レイピアを抜き放っていた。
「――雷よ、我が剣に宿れっ……スパイラル・ミラージュアタック!」
◆ログ◆
・《フィリアネス》は「魔法剣」を放った!
・《フィリアネス》は「スパイラル・サンダー」を武器にエンチャントした!
・《フィリアネス》は「ミラージュアタック」を放った! 「螺旋幻影剣!」
フィリアネスさんがレイピアで突きを繰り出すと同時に、彼女の体から四つ――いや、七つの幻影が生じる。そして飛来するウィングトルーパー全てに、ユィシアの背中から飛び出して攻撃を加える――!
「――!?」
ウィングトルーパーは全く言葉を発しないが、2体だけ動きに乱れが生じる。分身が4体、本体が2体――合わせて6体まで分身していたのに、その全てに一人の騎士が反撃してきたのだから、魔物といえど虚を突かれたのだ。
そしてその全ての幻影が、フィリアネスさんの魔力によって、実体の7割の攻撃力を持っている――それが、細剣技『ミラージュアタック』の恐ろしいところだった。武器の威力は低いが、手数で補う技がそろっているのだ。
◆ログ◆
・《ウィングトルーパーA》の分身が全て消滅した!
・《ウィングトルーパーB》の分身が全て消滅した!
・《ウィングトルーパーA》に484ダメージ!
・《ウィングトルーパーB》に532ダメージ!
・魔物たちの行動がキャンセルされた!
・魔物たちの戦意が低下した。
(戦意が落ちた――だったら、ここでさらに押す!)
「ユィシア、もう一度旋回してくれっ!」
ウィングトルーパーたちは空中で動きを止めている。俺は二体同時に巻き込めるように、旋回した後に斧槍を構え、ユィシアの首の上に立ち、思いきり投げ放つ――投げても戻ってくる投擲技が俺にはある。
「名無しさん、俺の武器にスタンをくれっ!」
「っ……了解っ! 『動きを止めよ』っ!」
◆ログ◆
・あなたは《名無し》の『スタンパルス』を武器で受け止めた。『魔法剣』が発動した!
・あなたは『ブーメラントマホーク』を放った! 『飛翔制止斧』!」
スタン効果のある赤い魔力を帯びた斧槍が、ウィングトルーパーたちの間を駆け抜けていく――そのとき、一体の鉄仮面の槍の柄が当たり、ガキン、という硬質な音と共に仮面が吹き飛んだ。
「――!?」
◆ログ◆
・《ウィングトルーパーA》に152ダメージ! 抵抗に失敗し、スタン状態になった。
・《ウィングトルーパーB》は《ウィングトルーパーA》をかばっている。
一体がスタンして一時的に飛行できなくなり、もう一体のウィングトルーパーに支えられている。俺はそこで追い打ちをかけるのをやめた――他の状態異常では、墜落して命を落としてしまうし、オーバーキルからの手加減でも、同じように落としてしまう可能性がある。
「あ、あれは……仮面の下は、人間と変わらないんですの……?」
「そういった種族もいるということか……魔物の一種ではあるのだろうが……」
「まあ、倒すにはしのびない姿をしてるよな。かといって、鷲頭の怪物だけ倒しても、残り二体が全力でこっちに向かってきそうだ」
「ということは……あの鷲頭の怪物も、無力化するにとどめるということか?」
「――皆さん……っ、見てください、あの魔物の動きが止まっています……!」
ルシエが叫ぶ。彼女が言うとおり、『嵐を呼ぶ者』は大きな翼をはためかせてホバリングしているが、俺たちを攻撃しようとはしていなかった。
◆ログ◆
・《嵐を呼ぶ者》の臨戦体勢が解除された。
・あなたのパーティの移動制限が解除された。
・《嵐を呼ぶ者》が、あなたたちをどこかへ導こうとしている。同行しますか? YES/NO
(一定のダメージを与えるか、時間経過で戦いが終わることになってたのか……なるほど。選定者を死なせるための試練ってわけじゃないんだな……)
俺がYESを選ぶと、嵐を呼ぶ者は先程の獰猛さが嘘のように、クァァ、と鳥のような鳴き声を上げ、遥か眼下に広がる湖のほとりへと降りていく。ウィングトルーパーたちもそれについていき、途中で俺たちのほうを振り返ると、手招きするように槍を掲げた。
◆ログ◆
・あなたのパーティは戦闘に勝利した!
・《名無し》のレベルが上がった! スキルポイントを3手に入れた。
・《セーラ》のレベルが上がった! スキルポイントを3手に入れた。
・《ルシエ》のレベルが2上がった! スキルポイントを6手に入れた。
◆戦闘評価◆
・特殊勝利条件を満たし、戦闘評価が上昇した。
・《ウィングトルーパーA》の状態異常により、戦闘評価が上昇した。
・『恭順』の効果により、倒した相手の友好度が上昇した。
・ドロップアイテム『天馬騎兵の鉄仮面』を入手した。
◆◇◆
普通はパーティの中で活躍した順に経験値が割り振られるが、今回は特殊勝利条件がついていたので、参加していたメンバー全員に固定の経験値ボーナスが入った。これは美味い、というほかない。俺のレベル上げは経験値の桁が違うので簡単にはいかないし、まだレベルが低いメンバーを強化する機会のほうが、むしろ貴重だ。
それでもルシエはこの年齢では考えられないほど強くなってきている。現時点でレベル32だから、彼女が魔王との戦いに加わるため、いかに努力したかということだ――俺の指導もあるが、彼女は甘えたところが一切なく、ネリスさんの杖の指導も熱心に受け、時間外に自主的な練習まで行っていた。
そうでなければ、俺もルシエをもっと過保護に扱うところなのだが、彼女はそうされることも良しとしなかった。もちろんレベル差があるので、頼ってもらう分にはいいと思うのだが――他のメンバーとくらべて贔屓をされることを遠慮しているようだった。精神的には、彼女は完全に大人なのだ。
「……白くて綺麗な馬の……馬の女性の方……いえ、女性の馬の方でしょうか……?」
しかし、なんというか、見ていて癒されるところがある。ルシエはフィリアネスさんの後ろに控えつつ、着陸したあと何も言わずにこちらを見ている魔物たちを見ていた。
「もう一種は、鳥のような……こちらも白い羽毛で覆われていますね。獣のような半身は、黄土色をしています」
「たぶんグリフォンってやつだと思うよ。みんなは聞いたことないか?」
「話には聞いたことがあるが、これがグリフォンか……馬と同じほどの大きさと聞いていたが、それより一回りは大きいな。この個体は、特別なのだろうか」
俺がもう戦意はないと言ったので、フィリアネスさんは警戒せずグリフォンに近づいていく。グリフォンの片目には、古い刀傷がつけられているが、もう片方の瞳は深い碧色をしており、静かにフィリアネスさんを見つめている。フィリアネスさんは触ったりはせずに、見下ろしてくる鷲の瞳と向かい合っていた。
「獣の部分が雌だったら、ヒポグリフというそうだね。しかし性別は、見た目では判別しようがない」
「そちらの白馬の騎士……いえ、天馬騎兵の方々は、見るからに女性のようですわね、やはり」
泰然としているグリフォンと違い、ウィングトルーパーたちは手傷を負ったためか、俺たちを警戒している。しかし、そこにセーラさんが近づいていく。
「セーラ殿、大丈夫なのか? 彼女たちは、まだ槍を持って……」
「大丈夫です。私には、彼女たちの声が聞こえます……声なき声、ということにはなりますが」
そんなものまで聞き取れるのか――セーラさんを連れてきたのは、もしルシエが怪我をしたとき回復をお願いしたいからというくらいだったが、俺はまったく彼女のことを侮っていた。人魚の特性が、今回の冒険では遺憾なく発揮されている。
セーラさんは仮面が外れたほうの天馬騎兵を見て、何か気づいたようだった。
下半身は白馬だが、上半身の女性の部分は芦毛というか、黒に近い髪色だった。少し癖っ毛で、伸び放題に髪が伸びて、馬の背の部分まで達している。
「……額に傷を負っていますね……あなたのほうは治癒を使えますが、もう一人は使えないので、傷の位置がわからないのですね」
セーラさんが語りかけると、最初は警戒していた天馬騎兵は身を低くし、翼を小さくたたんで草むらに座った。セーラさんは彼女の額に手を当てて治癒術を使うと、懐から取り出した布を額に巻いた。
「これで大丈夫ですね。傷はすぐ治りますから、そうしたら外してください」
「…………」
こくり、と天馬騎士がうなずく。セーラさんは嬉しそうにしながら俺のところに戻ってきた。
「あれだけ素直に治療を受けてくださると、すぐに女神様の教えを伝えられそうです」
「せ、セーラさん……布教しようと思ってたのか?」
「種族は関係ありません、全ての生きとし生けるものは、女神様が創りだしたものなのですから……」
恍惚として両手を組み、空を見上げるセーラさん。やはりその狂信っぷりには、磨きがかかる一方のようだ。
「もう戦意も無いようですし、この魔物たちを調教したりできませんこと?」
「まさにそれを考えてたんだけどな。もしかしたら、すでにテイムされてる状態なんじゃないかと思うんだけど……ああ、やっぱりそうだな」
◆情報◆
・《嵐を呼ぶ者》 レベル50 種族:グリフォン 《ルシオラ》の護衛獣
・《ウィングトルーパーA》 レベル32 種族:ウィングトルーパー 《ルシオラ》の護衛獣
・《ウィングトルーパーB》 レベル35 種族:ウィングトルーパー 《ルシオラ》の護衛獣
(このルシオラって人物が、魔杖を守ってる……ってことなのか? ルシエと名前が似てるしな……)
この魔物たちのマスターである人物に頼んで、ウィングトルーパー一体を譲り受けられれば、と俺は考える。
実は『魅了』すると他人の護衛獣でも奪うことができるのだが、その場合は元の主人への忠誠度をゼロにする必要がある。簡単にできることではないので、ゲーム時代は『魅了』の使い手に護衛獣を奪われた、なんていう話はなかった。
ルシオラとの交渉次第で、得られるものも変わってくる。まず、魔杖を手に入れることだが……依然として、地図の位置にある場所にやってきたのに、古城が姿を見せていない――と思いきや。
グリフォンが湖の方向を向き、歩いていく。そして、水平線が見えるほど広大な湖に向けて、鷲のごとき眼光を巡らせる――すると。
◆ログ◆
・あなたのパーティには選定者がいる。設置された召喚陣の発動条件を満たした!
・《水を統べる者》が出現した!
ログが表示されると同時に、どうやら次の試練が始まったようだった――湖に壮絶なまでに大きな水柱が立ち、何かが飛び出してくる。
眩しくきらめく、桜色のような体色で、蛇のように長い体を持つ――あれはおそらく、水蛇だ。
(しかし……で、でかい……! あれと戦って、一定時間耐えろってことか……?)
難しいことではないが、正直を言ってこんなデカブツを目にしたのは初めてだ。みんなもあまりの巨体に、何と言っていいのかという顔をしている。
「……魔杖を守る人物は、やはり取らせるつもりがない……ということか?」
「い、いえ……さっきの戦闘は、一定時間で終わりましたし。空の試練の次は、水の試練ということですわ」
「ユィシアさんか、ヒロト君の長距離射程攻撃で倒せないかな?」
着陸してすぐに人の姿に戻っていたユィシアは、名無しさんの提案を受けてこちらにやってくるが、自分の手のひらを見つめて不思議そうな顔をしていた。
「……あの魔物は、私の攻撃を受け付けない。竜煌弾を撃とうとしたけど、狙いがさだまらない。息も効かなさそう」
ドラゴニックミサイル――それは正直空中戦で使っていたら、一瞬で戦闘が終わっていた代物パート2だ。8発から16発の、ユィシアの力で織り上げた気弾が、敵をロックオンして飛んで行くという強烈な技である。一発一発の威力が非常に高く、俺の山崩しと同様、地形を変えるくらいの破壊力を持つ。
それを使おうとしたのは、おそらく先手必勝で俺たちの安全を確保しようとしたのだろう。できれば俺の命令を受けてから撃ってもらいたいが、ユィシアが良かれと思ってしたことなので良しとする。
「つまり……あれは、特殊な魔物ってことなのか? セーラさん、聞いてみてくれるか」
幸いにも、今は魔物を情報源にできる。俺も魔物使いのスキルを取れれば、問題なく会話できるのだが――そういえば、ヒルメルダさんに長い間会ってないな。
セーラさんはウィングトルーパーに近づいていき、何事かを話しかける。すると、返事が返ってきたようだ。
「あれは、この湖にしか存在できないかわりに、特定の方法でなければ倒せない魔物だそうです。そちらに小舟がありますが、それに乗り込んで戦わなければならないようです」
「小舟……さっきまでは無かったよな。これもあの水蛇と一緒に出現したのか」
おそらく、この船に乗って、攻略方法を探して撃破しろということだろうが――人魚のセーラさんの力を借りれば水中呼吸もできるし、水に落ちてもまったく問題はない。
しかしそのためには、採乳しなくてはならないのだが。セーラさんとしては、緊張感あふれる場面でそういうことをするのはどうなんだろう。
「じゃあ……とりあえず俺が戦って道を切り開くとするか。みんな、とりあえずそこで見ててくれ」
「ギルマス、また美味しいところを……と言いたいところですけれど、私、ヘビは苦手で……今回は先陣をお譲りしますわ」
「ヒロト君、ああいった魔物は逆鱗があるんじゃないかな」
名無しさんの言うとおり、今遭遇した水蛇ほどの大きさではないが、あの種類のモンスターはゲーム時代もボスとして登場し、弱点が存在した。最後にそこを攻撃しないと倒せず、ライフが回復し続ける厄介な魔物だ。
「大丈夫、当たると思うよ。敵の全身を範囲に入れるつもりだから」
「全身を……ヒロト、あの巨体の全体を、どうやって攻撃するというのだ?」
まだ神威を知らないフィリアネスさんを驚かせることにはなるが、知っておいてもらった方がいい。そうすれば、俺がリリムと戦うときにも、彼女に無理をさせないでおけるだろう。
「ヒロト様……ご武運をお祈りいたします」
「……ヒロトさん、その……水中でも息ができるように、準備していかれますか……?」
「え、えーと、それは……」
祈るルシエを横目に、セーラさんが意外にも自分から提案してくれる。願ったりかなったりだが、どうしても必要というわけでもないので、俺は少しだけ躊躇する。
水蛇に船を揺らされて湖に落ちたときのためにというのは良いが、みんなの目の前でセーラさんの胸に触ってから戦いに臨むとか、それはちょっと説明しないとみんなにとって意味不明なんじゃないだろうか。どうして胸を触るの? 戦いの前の儀式? ということになりかねない。ある意味正解なのだが。
◆◇◆
そしてセーラさんはやはり思い立つと積極的で、戦う前に女神の祝福を与えるという口実で、俺を湖畔の森の中に連れて行った。みんなセーラさんが俺と二人になると情熱的だというのを知らないので、わりと無警戒だ。
(ユィシア、これはその、ちょっと事情が……あれ?)
そう離れていないのに、念話が通じていない。さっき水蛇に攻撃が通じないと言ってたし、ここは特殊なフィールドということだろうか。
もしそんなふうに無力化される罠のような空間を、敵側が作り出せたらと思うと危険なので、何かしら対策を打ちたいところではある。
結界破り――あるいは、結界の無効化。ゲーム時代の絶対的なルールとして存在した、『魔術が使えない空間』『倒せないNPC』というような規則に干渉するような行為だとも思える。
(創造神たる女神の領域に足を突っ込もうとしてるのか……一筋縄ではいかなさそうだな)
みんなから見えないところまで歩いたあと、木の影に隠れて、セーラさんは頭巾を脱ぐ。余裕のある戦いだったとはいえ、空中戦で緊張したのか、少し汗をかいていた。手巾で汗を押さえると、彼女は俺の額も拭いてくれる。
「セーラさん、お願いしていいかな」
「は、はい。ヒロトさんのお力になれるのなら……」
セーラさんから採乳することで、俺は水中で呼吸ができるようになるはずだ。そうすれば、もし水の中に落ちるようなことがあってもリスクを減らせる。
◆ログ◆
・あなたは『人魚のミルク』を採り入れた。
・『布教』スキルが上がりそうな気がした。
・あなたは水中で呼吸ができるようになった!
(よし……!)
なかなか水中で呼吸できるようにならなかったが、7回めで効果が発動した。マナの消費が大きく、セーラさんは自分で身づくろいができないほど疲れてしまっていた。
「セーラさん、これを飲んでおいて」
「は、はい……この青いお薬は、マナポーションですね……んっ……こくっ……」
セーラさんは白い喉を鳴らしつつマナポーションを飲む。その姿の色っぽさに見とれてしまいそうになりながら、俺はみんながいる湖岸のほうを、木の陰から伺おうとして――。
◆ログ◆
・『カリスマ』が発動! 《ウィングトルーパーA》はあなたに注目した。
「――!?」
俺とばっちり目が合い、ぱからっ、と蹄の音を立てて後ろに後ずさったのは、天馬騎兵のうちの一体だった。
遠目に見ても、顔が赤くなっているのがわかる。どうやら俺たちのしていたことが、秘密にすべき行為だと分かっているようだ。そして覗きがばれたことに慌ててもいる。
「――!! ――!!」
天馬騎兵は槍をぶんぶんと振ったあと、急いで逃げていってしまう。その先にはもう一体の天馬騎兵がいるが、そちらの方は仮面をつけているので表情が見えない。どうやら『A』のほうは、『B』のほうと比べると気が弱いようだ。『B』のほうは落ち着いていて、『A』の声にならない訴えを聞いても平然として、俺の方をちら、と一瞥するだけだった。
(これは……俺に天馬騎兵の種族スキルを取れと、そういうことか。そんなに関心があるなら、それはちょっと仕方がないっていうことだな……!)
「……ヒロトさん、どうなされたのですか? 何かを決意されたような目をして」
「あ……い、いや、何でもないよ。セーラさんのおかげで、心置きなくあの水蛇と戦えそうだ」
「ふふっ……それは良かったです……どうか、ご無理はなさらないでくださいね……」
俺はセーラさんに手を差し出して立ってもらい、みんなのところに戻っていく。
「ヒロト、何かあったのか? あの騎兵の一体が、おまえたちの様子を見に行っていたが……」
「まあ、予想はつきますけれど……休憩中にそういうことがOKなら、私たちもお願いしたいくらいですわ」
「い、いや……せめてテントで一泊するときとか、そういった時にするべきじゃないかな。ヒロト君は理由があってしたのだろうから、いいけれどね」
理解のあるパーティメンバーを持つことができて何よりだ。とか開き直っていたらそのうち酷いしっぺ返しに遭いそうなので、今回のことは特例にしようと思った。セーラさんが歩くのもやっとというほど消耗させる俺も俺なのだが、水中呼吸のために必要だったということで、大目に見てもらいたい。
「みんな、それじゃここで待っててくれ。一人のほうが危険がないからな」
頷くパーティメンバーを置いて、俺はひとり船に乗る。どうやらこれも召喚されたオブジェクトのようだ――湖にずっとあったにしては、そこまで老朽化していない。
錨を引き抜いて、湖に漕ぎだす。まだかなり離れた距離に、馬鹿げた大きさの水蛇が、空中に跳ね上がってその巨体を晒していた。
(俺の斧技で落とせるか……いや、落ちない敵なんていないが。まずは、倒す条件を探さないとな……!)
これほどの大型モンスターとの戦闘は初めてなので、ゲーム時代の大規模レイドを思い出し、俺の身体は震えていた。もちろん怯えているのではない――武者震いだ。




